18.夜明けの誓い
戦いが終わった湖畔に、静寂が訪れていた。
夜の空には、名残惜しげに星が瞬いている。
黒炎の気配は完全に消え去り、代わりに青い炎の残り香が漂っていた。
少女は、静かに空を見上げた。
(……終わった)
レオニスが剣を収め、ゆっくりと息を吐く。
「……ようやく、だな」
彼の言葉に、少女は微笑んだ。
戦いの果てに残ったのは、傷ついた影の巫女・アゼリア。
彼女は膝をついたまま、少女の方を見上げていた。
「……あなたが勝ったのね」
彼女の声には、悔しさよりもむしろ安堵が滲んでいた。
少女は静かに頷く。
「……でも、これは勝ち負けじゃない」
「わたしは、あなたを倒すためにここに来たんじゃない」
「この炎を……自分自身を、証明するために戦ったの」
アゼリアは、その言葉を静かに噛みしめるように目を閉じた。
長い沈黙の後、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「……私の役目は終わったわ」
黒炎を操る巫女として、長い間世界の均衡を守り続けてきた。
だが、今――
彼女が信じていた均衡は、少女の手によって新たに紡がれようとしていた。
アゼリアは少女を見つめ、微笑んだ。
「……あなたになら、託せるかもしれない」
そう言うと、彼女は最後の力を振り絞るように手を掲げた。
漆黒の炎が、彼女の指先に灯る。
それは、かつて世界を覆った破滅の炎――だが、今は穏やかに揺れている。
アゼリアは、その炎をそっと少女へと差し出した。
「これは、私の最後の力」
「あなたが……“次”の巫女になるために」
少女は、驚きに目を見開いた。
「……わたしが?」
「あなたが、この炎を制するなら……私は、あなたに未来を託したい」
少女は、しばらくその黒炎を見つめていた。
レオニスが、慎重な表情で口を開く。
「……受け取るのか?」
少女は、ゆっくりと手を伸ばした。
そして――
黒炎を、静かに掌の中へと受け入れる。
――青と黒、二つの炎が、一つになる瞬間だった。
黒炎と青炎が、少女の周囲を舞う。
まるで、それぞれの力が互いを確かめ合っているかのように。
アゼリアが微笑む。
「あなたはもう、破壊者ではない」
「これからは、“守る者”になりなさい」
少女は、静かに頷いた。
「……うん」
その瞬間、黒炎が青炎の中に溶け込むように消えていく。
青炎が、より深く輝いた。
レオニスが、それを見て小さく息をつく。
「……やることが、また増えたな」
彼は、微笑みながら剣を肩に担ぐ。
「まあ、お前ならやれるだろう」
少女は、彼の言葉に小さく笑った。
「ありがとう」
アゼリアが、一歩後ろへ下がる。
「私は、ここから先へは行かないわ」
「でも……いつか、また会える気がする」
少女は、その言葉に少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
「うん……わたしも、そんな気がする」
夜明けが近づいていた。
東の空に、ほんのりと光が差し込み始める。
アゼリアは最後に、少女へと微笑みかけた。
「……行きなさい、新しい巫女」
「あなたが灯す炎が、この世界を照らす未来になりますように」
そして、彼女の姿は、静かに闇の中へと消えていった。
少女は、静かに目を閉じた。
黒炎と青炎――二つの力を受け入れた今、彼女の中で何かが変わろうとしていた。
レオニスが、横に並ぶ。
「……これから、どうする?」
少女は、空を見上げる。
夜明けの光が、ゆっくりと世界を照らし始めていた。
彼女は、小さく微笑んだ。
「――行こう」
「まだやるべきことがある」
レオニスは、それを聞いて小さく頷いた。
そして、二人は――
新しい未来へと向かって、歩き始めた。
青い炎が、朝日の光と混ざり合うように輝いていた。