12.炎の巫女の真実
夜の炎の森。
少女と青年は、森の奥の神殿跡にいた。
神殿の壁には、無数の古い碑文が刻まれている。
青年はその中の一つを指さした。
「これは、炎の巫女に関する記録だ」
少女は、ゆっくりとそこに刻まれた言葉を読む。
『紅蓮の巫女――世界を焼き尽くす炎』
「……これは、前にも見た」
「でも、本当にわたしが……?」
青年は、静かに頷く。
「お前はかつて“紅蓮の巫女”として生まれた」
「強大な炎の力を持ち、国を繁栄させるはずだった――だが」
「その力は、やがて制御を失い、世界を焼き尽くす存在となると予言された」
少女の胸がざわめく。
「それで……わたしは封印されたの?」
青年は、少し目を伏せた。
「……いや、お前は“封印された”のではない」
「“自らの意思で、力を捨てた”んだ」
少女は息をのんだ。
「わたしが……自分で?」
信じられなかった。
だが、胸の奥が、何かを思い出しそうな感覚に包まれる。
青年は続ける。
「炎の巫女は、強大な力を持っていた」
「だが、その力はあまりにも大きすぎた」
「お前は“レオニス”とともに、その力を抑えようとしたんだ」
少女の心臓が、大きく跳ねる。
――レオニス。
冷たい瞳。
鋭い剣。
彼の姿が、断片的に浮かぶ。
青年は続けた。
「だが、お前の力は、制御できるものではなかった」
「最終的に、お前は自らの記憶を捨て、“炎”を封じる道を選んだ」
少女は、自分の手を見る。
(……わたしは、本当に自分で選んだの?)
すると、青年が静かに言った。
「だが、レオニスは、お前の“完全な封印”には反対した」
「だから、彼はお前を“氷の牢獄”に閉じ込めることで、お前の力を抑え続けたんだ」
少女は、ハッと息をのんだ。
――レオニスが、わたしを封じた理由。
それは……
(わたしを、守るためだった?)
少女の記憶に、ひとつの光景がよみがえる。
燃え盛る炎の中、ひとりの青年が、剣を構えて立っていた。
「お前を救う方法は、これしかない」
「お前の力を封じ、記憶を奪う――それでも、お前が生きていけるなら」
「俺は……お前を、閉じ込める」
(――レオニス……)
少女は、思わず胸を押さえた。
それは、彼女がずっと忘れていた言葉だった。
レオニスは、ただわたしを封じたわけじゃなかった。
わたしを、生かすために封じたんだ。
少女は、震える声で青年に問う。
「レオニスは、今……どこに?」
青年は、しばらく少女を見つめた後、小さく息をついた。
「……おそらく、もうすぐお前に会いに来る」
少女の瞳が大きく見開かれる。
「……え?」
「お前の封印が解かれた時から、レオニスは動いているはずだ」
「もし、お前が本当に記憶を取り戻すとしたら――」
「次に出会う時、お前はレオニスと戦うことになるかもしれない」
少女の胸が強くざわめく。
(レオニスと……戦う?)
まだ全ては思い出せていない。
けれど、たったひとつ、確信できることがある。
――わたしは、もう一度彼に会わなければならない。
少女は、拳を強く握った。
「わたしは……レオニスに会う」
「彼に、真実を聞くために」
青年は、静かに頷いた。
「それでいい。だが、その前に――」
「お前は、炎の巫女としての最後の試練を乗り越えなければならない」
少女は、まっすぐに青年を見つめた。
「試練……?」
青年は、炎の剣を手に取り、少女の前に立つ。
「お前が本当に“炎の巫女”として目覚めるかどうか」
「俺が、ここで試してやる」
次の瞬間――
青年の剣が、炎をまとい、少女に向かって振り下ろされた。