9. とある噂
ズァークが魔法を使おうとしてからというもの、両親は毎日のように魔導書を彼に見せ、魔法教育に熱心に取り組んだ。
ズァークもイメージを掴むために何回も魔法を受け、魔法の隅々までを明確に記憶していった。
その甲斐あってか一ヶ月で【思念伝心】をある程度は習得でき、言葉は話せずとも意思の疎通が可能な状態になった。そしてこの魔法を習得する中で、様々な言葉を詠唱の代わりとした魔法の起動感覚というのも掴めてきた。
本来、魔法の習得時期というのは早くとも生後四年経ってからなのだが、彼は転生体であり魔法に関して膨大な知識と経験があるため、たとえ未知の魔法であってもある程度理解が及べば赤子の体であっても扱うことができたのだった。
そして次に習得目標とする魔法は、家に来たばかりのころ母親が料理に使っていた【念動操作】、見た目は派手だが、威力は野鳥や害獣を追い払う程度の爆発を起こす【超小爆波】である。これを習得できればある程度は自衛のすべが得られるとのことで、三人で相談して決めたものである。
「《あうあー》」
今、ズァークは家の庭にて父に抱かれながら【念動操作】の練習中である。
彼の声は詠唱の代わりとなり、イメージした【念動操作】を作動させる。
庭の真ん中に置かれた小石が一瞬ふっと浮いたかと思えば、即座に魔法の効力を失い地に落ちる。
「《うう……》」
『またか。浮かすことはできたがどうやら動かすのにはまだまだ時間がかかりそうだな。この【思念伝心】のようにすんなりとはいかぬようだ』
自分の状況に対する不満をこぼす。それに父は返答した。
「まあそう焦るな、ズァーク。お前は言葉を覚えるのも、魔法を扱えるようになったのも一般に比べて遥かに速かった。天才って言葉はまさにお前のための言葉だといってもいい。でも天才は天才でもお前はまだ赤ん坊だ。時間はたっぷりある」
『しかし俺は早く触れたいのだ。ヨイドーラ達が作った大衆の魔法に』
「また魔王様を呼び捨てにして、ヨイドーラ様だぞ。お前の友達でも何でもないんだからな」
『本当に友達だったと言ったらどうする、父さん』
「はは、冗談はほどほどにしておけ。こんなこと、魔王様に聞かれていたら一発アウトで《なにされるかわかったもんじゃない》」
父は笑い声を発していたがしかし、目の奥は笑っていなかった。
『そんなに恐ろしいのか、そのヨイドーラ、様は』
『正確には魔王様じゃなくて、彼の熱心な過激派配下のことだな。彼らは耳聡くてヨイドーラ様に対するちょっとした不満、冗談をくまなく拾い上げ、発言者をを私刑に処しているっていう噂だ。この村にその耳は届くことはないが、ここを出た後にさっきみたいなことを言ってみろ。いくらお前でもなす術無くやられちまう可能性の方が高い。だから普段からそのような冗談は言うべきじゃない』
念には念をというものなのか、父は【思念伝心】にて直接脳内に語りかけてくる。
(そんな危ない輩などアイツが放っておくとは思えぬが……まあアイツのことだ、何か考えがあるのだろう。噂の真偽も定かではないしな)
そう心の中で結論付け、ズァークは再び【念動操作】の練習に移る。
またしても小石は地に落ちた。
――――
ズァークが魔法を練習しているのと同時刻。
魔王城が鎮座するルヴァヌリアのとある路地裏にて。
「ううーっ!!お前たちは何者だ!!!!なぜこんなことをっ!!!!」
「何故だと?貴様舐めているのか」
男が布で簀巻きにされ、不衛生な土に転がされていた。加えて複数人の仮面を被った集団が男を取り囲んでいる。
「先ほどの自分の発言を振り返ってみろ。それでも覚えがないというのならば教えてやろうか」
簀巻き男の目の前に立つ、リーダーであろう長髪の男が殺気を言葉に孕ませる。
その言葉に男は震えあがりながらも必死に記憶を巡らせた。
そして。
「まっまさか、さっき冗談で魔王様は御伽噺の勇者様の子孫かもしれないと口にしたことか!?」
顔を青ざめさせながら男は声をあげる。
「そうだ、よく覚えて」
「それともあれか!?魔王様は胸より脚派と一部で言われているが、奥様は両方立派なものを持っていたから案外両方なのかもしれないと酔った勢いで言ってしまったことか!?」
「……後者は把握していないから前者だ。貴様、不敬にも限度があるだろ」
予想だにしてない話が飛んできて若干引き気味のリーダーの男。
「どうしてだ!?ただの冗談だろ、こんなことをされるいわれはないはずだ!!!」
男の反論に別の仮面の男が言葉を紡ぐ。
「我々の噂は知っているだろう?魔王様へのふざけた発言は許されない、お前は我々が裁く」
「お前達がかの噂の過激派集団、《仮面親衛隊》か!!俺はその場にいた子供ににボソッと漏らしただけなのに耳が良すぎるだろ!?」
そう、彼は買い物の帰りに小さな子供に話しかけられ、その話の流れで先の言葉を話しただけに過ぎない。そして彼が子供と別れたその瞬間、背後からいきなり身動きをとれない状態にされてこの路地裏に拉致されたのだった。
「貴様と問答をするのは時間の無駄だ。己の発言を後悔しながら冥府で悔やむんだな」
リーダーの男が言葉を発すると同時、周りの隊員が一歩前に出て魔力を高める。
「ひっ、く、くそぉ!こんなことになるなら冗談でもふざけたことを言うんじゃなかったぜ!!うぉおおおおおおっ!」
男は必死に体をよじってもがくも拘束は外れず、その場に土を少しまき散らすだけに過ぎない。
「やれ」
リーダーの男の命令に。
「「「《はい、承知しました》」」」
隊員たちは灼熱の炎で男を包むことを以て答えた。
「ぎやあああああああああああああああああッ!!!!!」
男の絶叫が、絶望が路地裏どころか表通りにまで聞こえるかの如き声量で放たれる。
だがその音は《仮面親衛隊》周辺に貼られている遮音結界により誰にも届くことはなく。
やがて何の音も発さなくなった炭を確認した彼らは散開し、再び表通りにて“罪人”を静かに聞き分けるのであった。
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