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魔王、未来へ跳ぶ 〜魔王と魔法について〜  作者: キャベ太郎
二章 幼少期編
8/9

8. 思いを伝える魔法

 病院生活も数ヶ月が経ち、退院の日を迎えることとなった。

 

 ズァークの入院生活はとてつもなく暇であった。

 

 なまじ自我がある分、一般的な赤ちゃんに比べて体感時間がとーっても長くなってしまうからである。相変わらず魔力は操れない為、魔法を使うこともできていない。

 

 加えて入院中に病院関係者が使用する、見たこともない魔法を彼の目は複数捉えていたのだが、それの詳細を知る術もないのでズァークの知的好奇心は増大しっぱなしである。

 

 勿論、知的好奇心を満たす為に様々な策を弄そうとはした。時には病院の本棚に置いてある魔導書に近づく度に大きな声で喚いて、時には必死に魔法陣を指さそうとして。だが、それらは全て偶然、もしくは時期尚早と一笑に付された。

 

 だが、そんな生活も終わり。

 

 そろそろ首は座り、親の補助なしにその視界を自在に操れるようになるだろう。それに四つ足で歩く事もそう遠い話ではないと彼は確信していた。

 

 そうなれば己の四肢による意思表示もしやすくなるというものだ。

 

「本当にお世話になりました」

 

「ええ、また何かこざいましたらお気軽にご来院ください」

 

 そしてズァークは病院へのあいさつを終えた母の腕に抱かれながら、家路につくのであった。赤ちゃんの性なのか、彼はしばらくして眠りに落ちてしまった。


 次に彼が目を覚ました時には既に実家は目の前にあった。

 

(ほう、中々に作りがしっかりしていそうな家だ。どうやら俺の家はこの村でも中々の位置にあるみたいだ)

 

 建築方法は前世の主流であった木造ではなく鉄筋で、外観は魔力を豊富に含んだ塗料によって白を基調とした簡素なものに仕上げられていた。そして家全体に薄い魔力壁が張られていた。

 

 鉄筋コンクリート造の家というのはバルトースの時代には殆ど無く、ライザルクの象徴である魔王城やその近辺にある宝物庫くらいであった。

 

「ほら、ズァーク。ここがあなたのお家よ~」

 

「そんな立派なもんでもない、一般的な家だけどな。今日からお前はここで育つんだ」

 

 両親の言葉にズァークは目を剥いた。

 

(鉄筋コンクリート造の一般化だと?クク、どうやら俺の想像以上に技術は進歩しているらしいな)

 

 鉄筋コンクリート造の一般化という事実を、彼は感慨深げに受け止めていた。それも当たり前だろう。

 

 昔はごく一部のものしか建てることのできなかった鉄筋コンクリート造が、今ではごく普通の大衆が『普通』という認識に至るレベルでありふれたものになっているのだから。

 

 そんなズァークの内心など両親は知る由も無くこれからの生活に妄想を膨らませており、母親に抱かれて幼き体は家の門を潜るのだった。

 

 そして中へ。

 

(なるほど、内装も前世の一般的なものと比べるとかなり大きく部屋数も多くなっている)

 

 見ると部屋の数は三つあった。両親の寝室、リビングダイニングキッチン、そして将来ズァークの部屋になるだろう空き部屋である。赤ん坊故、今の彼の寝床は両親のベッドの横であるが。

 

「あう」

 

 母、エレイナがズァークを予め組み立てておいた赤ん坊用の小さなベッドにそっとおく。反射的に小さく声が漏れた。

 

「お家に来たばっかりで悪いんだけど、私夕飯の準備をしなくちゃいけないの。大人しく待っててくれるかな。貴方、ズァークを見ておいてくれるかしら」

 

「おう、任せておけ」

 

 そう言って母は開けた寝室の扉をそのままにそそくさとキッチンへと向かい支度を開始する。父は顔を綻ばせて、息子の顔をしばらく眺めていたが、何かやることを思い出したのだろうか、はっとした顔を浮かべて部屋から出ていった。勿論扉は開けっ放しである。

 

(扉を閉めることを忘れるくらい大事な用なのだろうか。だがこの状況は好都合だな。両親がこの場にいない今、俺もやるべきことをなせる)

 

 まずは自分が何年後に転生したかの確認である。病院で知る機会というのは多少あったように思われるかもしれないが、実のところ彼はそのタイミングでことごとく睡魔に襲われていたり、よく聞き取れなかったりと不運に見舞われたため、今まで知ることができなかったのであった。

 

 ズァークは不安定な首を少しずつ左右に動かしてカレンダーを探す。やがて視界の右端にそれらしきものが壁に貼られているのが見えた。

 

 そこには。

 

 バルトス歴5569年とあった。

 

(なに、5569年だと。俺は設定していた2万年より遥か前に転生したのか!あいつらとは今生の別れと思って少し格好をつけたが、これでは再会などしようと思えばいくらでもできるな……)

 

 バルトス歴とは魔王バルトースがこの大陸を統一し、平和をもたらしたその年から使われ始めた暦である。

 

 それはつまり、彼は約5500年後の時代に転生したということを表していた。

 

(しかし、なぜ二万年どころか一万年すらも経たずに効力が発揮されたのかが疑問だな。あの神、アグライトの仕業か。それとも混沌による影響か。存外、単純にヨイドーラの調整がうまくいかなかっただけかもしれぬ。ふむ、今考えても答えは出てきそうにないな)

 

 転生魔法とは言っても完璧なものではなく、ヨイドーラがバルトースの依頼により試行錯誤の末、実用化できる可能性があるところまでこぎつけた代物である。

 

 故に不安定で成功する確率は三割どころか一割もなかった。そしてバルトースの魂が混沌に飲まれ、自我の境界がほとんど消し飛んでしまった際、アグライトが引っ張り上げてくれなかったらその時点で彼の魂はバラバラに砕け散っていた可能性が高かった。加えてあの魂の状況からして自我を取り戻した後も長く保つ状態ではなく、救済の意味も込めてアグライトがすぐさま転生をさせたのだった。彼女は転生が始まると言っていたが、その実、転生時期を強制的に早めていた。

 

 このことはズァークはもちろん、開発者のヨイドーラすら知らない為、このことを知るのは助けた張本人、アグライトだけなのだった。

 

(想像よりかなり前に転生したが、何も悪いことばかりではない。たった5500年で魔法、民は俺の時とは比べ物にならぬくらい変化している。出産、家、魔法の大衆化がいい例だな。いたるところで魔法が使われていた。俺の時は魔法など戦時の際に運用される軍事的な面がほとんどだったのだがな。奴らが約束をきちんと果たしているのをひしひしと感じる。流石だ)

 

 彼の考えを裏付けるように母が料理に魔法を使っている様子が目に映る。念動力だろうか、調味料の入った瓶がひとりでに開き、その中身を適量、対象へと落としていた。

 

(まるで俺が目指していた魔法の在り方そのものだな)

 

 ズァーク、いやバルトースが以前掲げていた原点“平和な世で人の為に力を”であるが、それ行き着く先というのが『魔法を戦争の道具では無く全ての者にとってありふれた物にする』というものであった。平和という前提の為に戦争のための有用な魔法を生み出してきた彼だからこそ、平和になった暁には魔法開発の経験を活かし、人一倍魔法をありふれた手軽に取れる選択肢にしようと、その為にひた走ってきた。故にそれが永劫このままでは叶わないと悟った際の絶望というのは凄まじかった。

 

 引き篭もった、それも数週間。

 

 それからは想像もつくだろうが、ヨイドーラに転生魔法を依頼し肉体を新たにやり直すことにした。そうすれば煩わしい破壊の力の影響から逃れられ、再び目標を為すスタートラインに立てると考えたからである。

 

(アイツにこの事を喋った事はなかったのだがな。先を越されたか、考える事はどうやら同じらしい)

 

 そんなことを考えていると、扉からどたどたとあわただしい音とともにエリオが入ってきた。その手には何やら分厚い本が握られていた。

 

「う~?」

 

 ズァークは赤ん坊としてその本に反応を示す。

 

「お、やっぱり気になるか。これはいろんな魔法が載っている魔導書ってやつでな、興味あるかと思って引っ張り出してきたんだ」

 

 どうやら急いで探し出したらしく額は汗でぬれており、肩で息をしていた。

 

「病院で度々魔法に目をキラキラさせていただろ。ここに帰る途中母さんと話したんだ。最初ははただの偶然だと思っていたが、最後の方には気づいた。お前の目は本気だってな。なら、子供の興味を後押しするのが親ってもんだろ。珍しいんだぞ、こんな幼少から魔法に興味を持つやつ」

 

 そう言いながら父は魔導書の最初のページを開く。そこにはある言葉が刻まれていた。

 

“魔法は未来であり過去である。過去からの積み重ねが未来を、可能性を描く。それは使い手によって薬にも毒にもなりうる。願わくは我が叡智が泰平の礎にならんことを 発明の魔王、ヨイドーラ・モルヴィー”。

 

(これは……ヨイドーラの言葉か。魔法は未来でもあり過去、いいことを言うではないか)

 

 この書面から察するにズァークが今まで見てきた見知らぬ魔法の数々の開発者はヨイドーラで間違い無いだろう。彼には民衆政策の才に加え、このような“大衆化”された魔法を創造する才能にも恵まれていたらしい。

 

(あいつはつくづく俺の欲しかったモノを持っていたものだな。やはりどこか悔しいがあいつに任せて正解だった)

 

「う!」

 

(……よし、決めたぞ!)

 

 気合いを声に出し、新たに決めた己の生き方を心に刻む。

 

 気合に満ちた赤子は次のページへ捲れと父に催促する。

 エリオは息子の声に少しびっくりした顔をしながらもぺらっとページを捲った。

 

「急に声を出すからびっくりしたぞ、どこか具合でも悪くなったのか?」

 

 いいや、となんとか表情と身体で伝えようと顔を動かし、手足をバタバタと遊ばせる。その様ははたから見るとぐずっているようにも見えたかもしれない。

 

 だが。

 

「はは、これだけ元気なら大丈夫だな」

 

 父には伝わった。

 

「さて、このページはな」

 

 父は笑顔と共に開いたページに目を落とす。

 

「伝心の魔法だ。話したい、言葉を伝えたいと思ったやつと連絡が取れるってものだな。確かヨイドーラ様が最初に世に出した魔法だとか」

 

 そう言うとエリオは少し力む。

 

「《ほーれ、よく見てろよ》」

 

 彼の眼前にぶうんと小さな魔法陣が浮かび上がり明滅、魔法の効果が発揮された。

 

『わかるか?これが伝心魔法、【思念伝心(テレパス)】だ。お前はまずこの魔法を使えるように練習してみるといい。魔法の初歩の初歩みたいなもんだからな。といっても赤子のお前にはこの言葉の意味も伝わっているかも怪しいけど』

 

 父の言葉が直接頭の中に響いてくる。その声は決して大きなものではなかったが、初めての経験故少し驚き、そして感動した。

 

「うっ……えぐっ」

 

 感動が全身を包み込むと同時、反射的にズァークの体は涙を浮かべて。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 せき止められた感情がいっきにあふれ出たかの如く大声で泣き叫んでしまう。

 

 いや実際に様々な感情が混濁し、許容量を超えてしまったのだ。

 

 それは感動であり、歓喜であり、驚嘆であり、嫉妬であり、奮起であった。

 

 涙はそれらを餌にしてとめどなく溢れる。

 

 転生してから少しずつ溜まっていた好感情、悪感情はズァーク自身、制御し飲み込めていたと思っていたのだが、やはり無意識のうちに漏れ出ていたのかもしれない。

 

(赤子故か感情の制御が利かぬ。これでは魔法どころではないな、父さんもものすごく冷や汗を垂らしながら慌てている、少々面倒なことになった)

 

 みればエリオは自分の【思念伝心(テレパス)】のせいで息子が大泣きしたのだと思い、必死に泣き止ませようとあやし道具を取り出して泣き止まそうと奮闘していた。

 

「ああ、お父さんが悪かった。そうだよな、いくら魔法に興味があってもいきなり頭に声が響いたらびっくりしちまうよな。俺が本当に馬鹿だった、浮かれてた。お前のことも考えずに」

 

 いつの間にか父も涙を浮かべながら謝罪していた。

 

 さらに。

 

「あなた!何したの!ズァークがすごい声で泣いてるじゃない!!」

 

 泣き声を聞き、料理など二の次だというように、エプロン姿とお玉そのままにエレイナが部屋に飛び込み叫ぶ。

 

「俺はっ……こいつに魔法を教えてやろうと……」

 

「馬鹿なの!?生まれてまだ一年も経ってないのよ!気が早すぎる!!」

 

「うっ、その通りだ……すまん……」

 

「大体あなたは~……」

 

 父が涙目で状況を説明し、母は雷を落とす。

 

 阿鼻叫喚である。

 

(自分の感情の抑えが利かぬだけで、なにも父さんが怒られるようなことではないのだがな。だが言葉が通じぬこの状況ではこのことを伝えることもできん。そうだな、イチかバチか試してみるしかないか)

 

 さっき父から教わった【思念伝心(テレパス)】があればこの状況が収まる。そうと決まれば彼に実行しないという選択肢はなかった。

 

「ううううううううう……」

 

 涙は依然溢れているが、必死に精神を自身の魔力へと集中させる。

 

(先程目の前で魔法を使われ、直に体験したのだ。それに魔導書のページは開かれたまま俺のベッドに置かれている。成功材料は十分だ)

 

 先の体験と激情が後押ししたのかズァークの精神は生まれて初めて己の魔力の芯を掴む。そこではじめてわかったのだが、アグライトの言う通り、どうやら彼の力は前世のものから何の欠けもなさそうであった。

 

(力はそのままか。転生時期の問題もあって、少しは弱体化したものだと思ったのだがな。好都合だ。これならいける)

 

 次いで魔力を少量練る。それはほんの少しの小さなものであったが、伝心魔法の発動には十分な量だろうと彼は思った。

 

(魔力は何とか練れたか。あとは……魔導書の通りに魔法陣をイメージして……)

 

 脳裏に魔法陣を描くと同時に魔力を流し込む。

 

 するとうっすらほんの小さな魔法陣がズァークの胸のあたりに出現した。

 

(あとは、詠唱だが。しかし父さんはしている素振りが無かった。いや、これまで見てきた魔法を使う者は詠唱らしい詠唱を全くしてなかった)

 

 そうなのである。看護師も父も皆、必要なはずである詠唱を最低限すらしていなかった。まるでイメージさえしっかりしていれば、様々な言葉が詠唱代わりになっているような。

 

(まさか……ここまで魔法が発展していたとは。面白い、俺の時にはなかった技術だ。イメージは大方できている。さて、どのくらいの難易度か)

 

 できるはずだ。イメージさえつかめていれば。大丈夫、声は出ている。

 

「《うわああああああ》っ!!!」

 

 一際大きな泣き声をあげた瞬間、胸の魔法陣が明滅する。

 

 だが、魔法陣の効力は発揮されず、ばりんとガラスが砕けるような小さな音を立てて魔法陣が消え去った。同時に涙も引っ込む。

 

(くそ、流石に見様見真似で一発本番大成功とはいかぬか。一回では完璧なイメージを掴めていなかった可能性もある。鍛えねばな)

 

 思いを伝えることはかなわなかったが、一連のズァークの行動は状況に変化をもたらしていた。魔法陣の崩壊が、両親にズァークが魔法を使おうとしていたことを気づかせたからだ。

 

「いま、こいつ魔法を使おうとしていなかったか。確かにわずかな魔法陣の崩壊を感じたが」

 

「え、ええ。たしかに聞こえたわ、ばりんって」

 

 ばっと両親はベッドで泣き止んだ息子を見やる。

 

「やっぱりこいつは魔法が大好きなんだよ、さっそく教えた魔法を使おうとするくらいにはな」

 

「そうね。私も言い過ぎたわ。早い遅いなんて関係ないのかもしれない、きっとこの子は私たちに大丈夫だから怒らないでって伝えようとしたのね」

 

 確かに【思念伝心(テレパス)】は失敗した。

 

 だがそんな魔法はなくてもズァークの胸の内は両親にしっかり届いていた。

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