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魔王、未来へ跳ぶ 〜魔王と魔法について〜  作者: キャベ太郎
一章 魔王転生
6/9

6. 殻破り、そして再出発

「そうですか、それが貴方の選択ならば」

 

 女神は左手を虚空へ伸ばすと、何処からか塊が飛来してきた。ただ其れは黒であり、白であり、青であった。

 

「これは貴方が貴方たらしめる全て。混沌に漂っていたものを持ってきました。混沌に染まっていますが貴方なら乗り越えてくれるだろうと信じています」

 

 混沌の自己が魂へ侵入する。

 

 刹那思い出される自身の名前、過去。

 

 だが、所々が覚えのない記憶が挟まれては侵食していく。そして、その侵食は感覚などない魂へ絶望的な苦痛を感じさせた。

 

(ぬっ、ぐがぁああああああああ……)

 

 侵食を払おうとその記憶に集中すれば、また別の記憶が蝕まれていき、自己が塗り替えられていく。

 

(わた、己はバルトース・エクスタ……。聖ッ……いや魔剣ヴァルドエグと共に戦場を駆けて……世界を滅ぼ……ぐ、魔王になって……)

 

 混沌に蝕まれながらも己の過去をしっかりと識別する。その度に激痛が魂を襲った。

 

(痛ぅッ……どうして……楽なほうを選ばなかったのだ……俺は、私は、拙者は、某は、余は辛い)

 

 耐え難い激痛に混沌の意識がそれぞれ主張を強めて出張ってくる。これは汚染された自己による現象ではあるのだが、本音を言えばバルトースの自己も確かにこのように思ってしまっていた。

 

 バルトースの形をした魂の一部分が出っ張ったり引っ込んだり、伸縮したりを繰り返し始めた。

 

(ぐぅっ……これはある意味罰なのだろうな。自分に絶望し、原初の望みを果たせぬと逃げた俺への)

 

 確かにバルトースは戦場で力を振るい英雄となったが、彼が目標、原点にしていたのはその先。平和が成就した先のことなのだ。目標を成す為に己が先頭に立ち各地を平定した。そのことを強く思い出す。

 

 この思い出は周囲に流されかけていた自分を呼び戻した。

 

 魂の変形が止まる。

 

(原点から逃げて……平和の維持からも逃げた……もう逃げの人生は十分だろう……俺は……せめ……てアイツらとの約束……目標からは)

 

 魂に、バルトースの自我に黒いオーラが纏われ始めた。そのオーラは女神の金のオーラに触れるや否やバチっと稲妻の音と共に反発しあった。

 

(逃げぬ!逃走生活はもう終わりだ)

 

 目などないはずの魂の“眼“が紅く染まり、己の内で暴れる混沌にその効力を向ける。

 

(ぬぅううううううううッ!会ったこともない異邦の者達よ、俺は前に進まねばならぬ!故に俺が通る、道を開けよッ!!)

 

 混沌を破壊することはできないが、体内に留まれなくなったのか、ずずずと魂から混沌が抜け落ちていく。人によって、視点によって色が無限に変化するそれは魂の上空に固まって、一つの塊を成していく。

 

(いいのか?前進はある意味地獄だぞ。逃げておけばよかった、やらなければよかったと後悔してもしらないわよ)

 

 残存する混沌が語りかけてくる。初めての現象だ。

 

(逃げて後悔するのはもう終わりだ。それよりは前進した故の後悔の方が幾分か気持ち良いものかもしれぬ)

 

(そうか、なら何も言わねえさ。邪魔したな、頑張れよ)

 

 その言葉と共に。

 

 内なる混沌は全て魂外へと排出された。


「乗り越えましたね、流石魔族の英雄、魔王バルトース・エクスタです」

 

 女神が笑顔を向けてバルトースの魂に言葉をかける。その音は聞いていると眠たくなるような優しく柔和なものであった。

 

(英雄などと。一般的から見たらそうかも知れぬが、自分からすれば逃げの魔王の称号がお似合いだ)

 

「でも前に進むことを決めたのでしょう?もう貴方は逃げの貴方ではありませんよ。それに前世だって戦からは逃げなかった。側から見たら逃げるような魔族だなどと誰も思いません」

 

(戦は目標の為の手段だったからな。そこから逃げるという事は頭になかった)

 

「目標の為に行動を起こし、そこに至る手段から逃げずにそれを全うした。それだけでも十分ですよ、貴方にとっては手段が舞台に上がる為の下積みで、本番はこれからだったのかもしれませんが」

 

(本番から逃げてしまった。才能が無いと。俺よりもっと相応しい演者がいるからと。だがもう今は少し違っていてな。少し演出と原点に捻りを加えようと思う)

 

 先ほどの混沌との争い、原点の再自覚、そして何より新たなる決意が新しい考えをバルトースに齎していた。

 

「そうですか、自分の殻を破ったのですね。さて、そろそろ魔法の効力が発揮されるみたいです。これからの貴方の人生に幸在らんことを」

 

 青い魔法陣がバルトースの魂を包む。

 

(最後に二ついいか、一つは混沌に対してだ「ありがとう」。そしてもう一つだが、お前の名前を教えてくれ)

 

 混沌への感謝を述べると上空の塊が少しぐにゃあと動いたような気がした。上空の混沌は様々な自己の塊だ。先の会話と同様に、返事をしても不思議では無い。

 

「私の名前ですか。私はアグライト、女神アグライトです」

 

(アグライト……何処かで聞いたことがあるような……まあ良い。新しい俺を見ていてくれるか?)

 

「ええ、私は貴方、そしてこの世界そのものをいつでも見守っていますよ」

 

 アグライトの言葉が返ってくるとバルトースの魂がこの空間から消えていく。

 

 転生の開始である。

 

「バルトース」

 

(なんだ?)

 

 呼ばれて意識をアグライトへ向ける。続く言葉を放つ彼女の顔は、懐かしいものを見るような顔をしていた。

 

「貴方と話せてよかった」

 

 その言葉と同じタイミング、バルトースが言葉を返す暇もなく、魂が完全にこの場から消え去った。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
読ませてもらいました。 バルトースが痛みに耐えてるシーンで5章までを通して魔王としての強さなどを示していたのにこの混沌の痛みに対してすぐに弱音を吐いていたところだけ気になりました。最初から痛みはあれど…
2025/03/31 23:53 オムライス
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