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第15話 8月10日 その7

 陽菜の体の奥底から歓喜の感情がマグマのようにあふれ出し、陽菜の体を震わせた。18年の人生でおよそ味わったことのない感動だった。観客がこんなにも喜んでくれている。こんなに嬉しいことはない。自然と涙があふれてくる。

 大岩の大きな手が陽菜の肩を叩く。

「いい仕事だ、嬢ちゃん」

 陽菜は頭を下げた。

「そら、相方を出迎えてあげな。勇者のご帰還だ」

 大岩が馬場の方を見た。

 万雷の拍手の中、友梨佳とノーブルホワイトが戻ってくる。

 馬から降りてノーブルホワイトを遥に預けると、友梨佳は一目散に陽菜に駆け寄り抱きついた。

「陽菜、あたしやったよ。見ててくれた?」

「うん。見てたよ。格好よかったよ。綺麗だったよ」

 二人は手を取りながら笑いあった。

 大岩は鼻頭を押さえながら、振り向いて空を見上げた。

 会場からはいまだに拍手が鳴りやまない。鳴りやまないどころか、ばらばらだった拍手が徐々に手拍子に変わっていった。会場は友梨佳が再び現れるのを期待していた。

「友梨佳ちゃん、カーテンコールよ。ノーブルホワイトに乗って」

 遥がノーブルホワイトを引いてくる。

「陽菜。カーテンコールってなに?」

「もう一回出て、愛想を振りまいてくればいいの」

「オッケー! それなら任せて」

 友梨佳はノーブルホワイトに跨ると、再び馬場に出て行く。友梨佳が馬場に現れた瞬間、手拍子が拍手と歓声に変わった。

「すごいわね」

 遥が手を振りながら馬場を一周する友梨佳を見ながら呟いた。

「はい。友梨佳はすごいです」

「違うわ。あなたのことよ」

「私ですか?」

「そうよ。見てみなさい、この観客の数。全部あなたの提案のおかげ。友梨佳の演技の魅力を最大限引き出して、観客を魅了させたのもあなたよ。企画・運営に向いているのかもね。素敵な才能よ、大切に育てなさい」

「私の才能……」

 企画運営に自分が向いてるなんて考えもしなかった。でも、胸に去来する充実感は紛れもない事実だ。具体的に動けば具体的な答えが出る。小田川の言った通りになった。真っ暗なトンネルに一筋の光がさした気がした。

 馬場では友梨佳がピースサインと笑顔で写真撮影に応じていた。写真撮影を求める観客の列は途切れることがなかった。



「たどり着いたら 岬のはずれ 赤い灯が点く ぽつりとひとつ……」

 大岩がカラオケのマイクを握り、石原裕次郎の北の旅人を熱唱している。もちろん誰も聞いていない。加耶がスマホで撮った友梨佳のドレッサージュの演技を皆が取り囲んで観ていた。

「友梨佳ちゃんホントにきれえー。その白さちょっとでいいから分けてよー」

 酔っぱらった加耶が友梨佳にべったりと抱きついて離れない。

「あはは。加耶さんも可愛いよ」

「きゃー! 友梨佳ちゃん大好きー!」

 お酒は飲んでいないはずなのに、雰囲気にあてられたのか友梨佳は普段以上に陽気になっている。

「昔から上手いのは知ってたけど、さらに腕を上げてるな。初見の馬でここまで乗れるってなかなかできないよ。マジで全国レベルだわ」

 小林も相当飲んでいるはずなのに全く酔った雰囲気がない。遥によると、彼は九州出身でお酒にはめっぽう強いとのことだった。

「やだー。小林くん褒めすぎー。」

 友梨佳はこれ以上ないほど上機嫌で、『褒めすぎー』をIKKOの『どんだけ~』の口真似をして言った。小林は友梨佳より10歳くらい年上のはずだ。小林が怒り出さないかひやひやしながらコーラの入ったコップを両手で握りしめていた。

「友梨佳ちゃんはもちろん素晴らしかったけど、もう一人の立役者を忘れてないわよね!」

 ほろ酔いの遥が声を上げる。

「陽菜ちゃーん!」

 ハイボールを飲み干した加耶とジンジャーエールを持った友梨佳が叫んだ。

 小林は陽菜に向かって拍手をする。

 陽菜は引きつった笑みを浮かべながら会釈をする。

「体験乗馬なんて流行らないなんて言ったの誰だっけ?」

 遥がいたずらっぽく言うと、加耶がジトっと小林を見た。

「いやだって、厳さんが……」

 小林は大岩を見やるが、大岩は相変わらず北の旅人を歌っている。梯子を外された小林は「すいません」と頭を下げた。

 実際、体験乗馬は大盛況であった。車椅子の陽菜がデモンストレーションで乗ることで、親は安心して子供を乗せることができた。また、身体障害者施設の職員からは、うちの利用者さんも乗せてほしいと大勢集まってきた。結果的に、フェスティバルの終了時間まで体験乗馬の列が続いたのだった。

 陽菜の叔父の雅治によると、フェスティバル始まって以来の反響だったそうだ。そんなイベントに自分の姪っ子が関わっていたと知って雅治は我がことのように喜んだ。雅治は自宅で友梨佳も交えてお祝いをしたかったらしい。遥たちと打ち上げに行くと知って心底がっかりしていたが、また日を改めてお祝いをするということで落ち着いた。

 打ち上げは舞別町の小さな繁華街にある『場末』の文字がこれほど似合う店もないカラオケスナックを貸し切って行われた。なんでも大岩の妹が旦那さんと切り盛りしている店で、遥の牧場で飲み会を行うときはいつも使っているとのことだった。

 打ち上げが始まってからかれこれ3時間以上経っていた。

「なんだ嬢ちゃんたち、ジュースばっかり飲んで。酒飲め、酒。俺なんか15の時に日本酒をひと瓶空けてたぞ。心配するな、ここは俺の妹の店だ。日本国憲法は店の扉で終わってるからよ」

 カラオケを歌い終わった大岩が戻ってきて陽菜と友梨佳にからんだ。

「はいはい、厳さん。こっちきて乾杯してちょうだい」

 遥が助け舟をだす。

「代表の頼みとあっちゃあ断れねえな」

 大岩が遥の隣に座わり、小林からウイスキーの入ったグラスを受け取る。酔った大岩の扱いに慣れているのでいつものことなのだろう。

「ふたりともごめんね。でも厳さんはセクハラしないから安心してね」

「そうだね。どっちかっていうと加耶さんのほうだもんね」

 笑いながら話す友梨佳の膝に、いつの間にか加耶がまたがっていた。

「だって、かわいい女の子大好きなんだもん」

 加耶は友梨佳に抱きつく。

「きゃあ、かわいいだって。どうしよう陽菜」

「ど、どうって……」

 陽菜が戸惑っていると、加耶が陽菜をジトっと見つめる。陽菜は嫌な予感がした。

「ごめんね! 陽菜ちゃんもかわいいよ!」

 加耶が友梨佳と陽菜の間に割って入ると、今度は陽菜に抱きついた。

「あ、あの。私は大丈夫ですから……」

 陽菜は加耶を引き離そうとするが加耶は離れない。

「ねえ、陽菜ちゃんってクリスチャンなんだってね。友梨佳ちゃんの演技の前にお祈りしたって聞いたよ。代々クリスチャンなの?」

 陽菜に抱きついたまま加耶が尋ねた。

「いえ。中学三年からです。両親は無宗教です」

「どうして陽菜さんはクリスチャンになったの?」

 遥がグラスを傾けながら尋ねた。

「あたしもそれ聞きたかった」

 友梨佳が身を乗り出す。

「こういった場にふさわしいかどうかわかりませんけど……」

 陽菜は、看護師の高専受験後に交通事故に会って車いす生活になったこと、夢と希望が事実上絶たれてずっと引きこもっていたこと、ある日聖書の言葉に救われて教会に通いだしたことを訥々と話した。

 陽菜が話し終えたころには店内は静まり返り、有線で流れる演歌と大岩の嗚咽だけが聞こえた。

 陽菜に抱きついたまま黙って涙を流している加耶を友梨佳が引き離して、代わりに友梨佳が陽菜に抱きついた。

「ごめんね。辛い過去をしゃべらせちゃって。あたし全然知らなくて……」

「ううん。いつか友梨佳には話そうと思ってたから」

 陽菜は友梨佳の頭を両腕で包んだ。

「いやーん。尊いわ」

 二人の姿を見て加耶が目を輝かせる。

「それで、『脱出の道』は見つかりそうなの?」

 遥が尋ねる。

「今日のエキシビジョンで何となくわかった気がします」

「へえ、どんな?」

 陽菜は友梨佳をちらっと見る。

「まだ内緒です」

「ええー! 聞きたい!」

 加耶が友梨佳と陽菜に飛びついた。

「加耶さん、お酒臭いです」

 陽菜と友梨佳が顔を見合わせて笑った。

「若者は迷ってなんぼだ! 人生に迷わん奴は大成せん! 大いに悩めばいい! 悩み疲れたら日高に戻ってこい。なあ、小林。分かったか? わかったら脱げ」

 大岩はシャツを脱ぎ、上半身裸になる。

「ええ、俺もっすか⁈」

「よっ! 脱ぎの大岩!」

 加耶がちゃかす。

「さあ、このままいたら危ないわよ。ふたりでカラオケでも歌ってらっしゃい」

 遥がマイクを陽菜に渡す。

「え、カラオケですか?」

「やったー。陽菜、何歌う?」

 友梨佳が陽菜の車椅子を押してモニタースタンドに行く。

「乃木坂歌って!」

 加耶が叫ぶ。

 店内に『ガールズルール』のイントロが流れ始める。ふたりの歌声と歓声がスナックの扉を通り抜け、場末の路地まで聞こえていた。


「ふたりともごめんね。加耶がずいぶん絡んじゃって」

 泰造と雅治夫婦が二人を迎えに来たのはほぼ同じタイミングだった。泰造と雅治夫婦が世間話をしている間、遥が陽菜と友梨佳に声をかけた。

「いえ、大丈夫です。とても楽しかったです」

「あたしも全然大丈夫。おっぱい触られただけだから」

 友梨佳が自分の胸に触れながら笑って答える。

「ほんとごめん。あとできつく言っておくから。あの子スタイルのいい女の子がいるといつもああなのよ」

 陽菜は複雑そうに自分の胸を見る。自分の両足全体が良く見渡せる。神は無慈悲だ。

「陽菜ちゃん。そろそろ帰るわよ」

 叔母の真由美が声をかける。

「友梨佳さん、お話は聞いてるわ。陽菜と仲良くしてくれてありがとう。友梨佳さんとお友達になってから、陽菜がほんとにいい顔をしてくれるようになったのよ」

「今日だって素晴らしい演技だったみたいじゃないですか。観光課でも評判だったんですよ」

「そんな、ありがとうございます。叔父さま」

 友梨佳がしおらしく答える。

「い、いやあ……うっ……」

 デレデレする雅治に真由美が微笑みながら肘鉄を喰らわせた。

「そういえば、さっき陽菜ちゃんのお父さんから電話があって、今度の金曜日にお母さんと一緒に来るって。それで、高辻さんの牧場にもご挨拶に伺いたいって言ってるんですけど……」

「うちみたいなボロい牧場でよろしければいつでもどうぞ」

 泰造が答えると、陽菜と友梨佳は手をつないで喜んだ。

「それじゃあ高辻さん、またご連絡いたします。陽菜ちゃん、車に乗りなさい」

 雅治がみぞおちを押さえながら陽菜を促す。

「友梨佳あとでLINEするね」

「うん。わかった」

 陽菜が後部座席に乗り込むと、雅治は車椅子をトランクに入れ、自分も運転席に乗った。雅治と真由美が会釈をすると車を走らせる。陽菜は友梨佳に向かって手を振った。

「さ、わしらも帰ろう」

「はーい」

 友梨佳が車に乗った後、遥が泰造に近づいた。

「お話考えていただけました?」

 かすかに遥が泰造にそう言ったように聞こえた。

 泰造は小さく首を振ったあとに運転席に乗った。

「おじいちゃん。遥さんと何の話してたの?」

「いや、友梨佳を預かってもらったことにお礼をしただけだ」

 泰造は友梨佳を見ないで答えた。

「ふーん」

 友梨佳は大して気にも留めずに返事をした。

「友梨佳、お前遥から何か言われたりしたか?」

「別になにも」

「そうか。それならいい」

 泰造は車のエンジンをかけた。

 動き出す車の窓の向こうの遥に友梨佳は手を振った。遥も笑顔で手を振ったが、その目は笑っているようには見えなかった。

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