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何もかもおかしかった

理解した後、猛烈な羞恥が足に火をつけて部屋までを急かす。

これまでのあれやこれを思い出し泣いて、ぼんやりして、そしてベッドに潜り込む頃にはあまりの羞恥から死にそうになってしまっていた。

だって、よくよく考えればおかしいに決まっている。あんな綺麗でそれでいてこの世界で地位もある健全な二十過ぎの男が、こんな冴えなくて素性も知らないおじさんに『一目惚れ』?


「ないに決まってるだろ……!」


自分にそんなシンデレラストーリーが都合よく用意されると思っていたのか。ルーシュではなく自分こそが一目惚れしてしまってどれだけ頭がお花畑になっていたのか、今となってまざまざと思い知らされる。

彼から与えられる言葉と体験に今の今までなにも疑問を持っていなかった。自分は彼を愛しているし彼も自分を愛しているから、貰えて当然で自分も返して当然だと信じて疑っていなかった。だから、昨日の夜のことを思い出して羞恥と申し訳なさで手繰り寄せたシーツを破りそうになる。


(やばい、キツくなってきた)


お互い成人も過ぎた大人である上、婚約者だったこともありやることはやっていた。

言葉を隠さず言ってしまえば性欲はそれなりにある方だ。三十過ぎの働き盛りの男の性欲を舐めないで欲しい。ルーシュも部屋を訪ねると拒まずにいつも迎え入れてくるから、三日と持たずに扉をノックしていた。昨日も、次の日は帰りが遅くなると言われていたしじゃあ明日の分も……とか思って大層な盛り上がり方をしたのを思い出す。

よくよく考えれば、いつもノリノリなのは俺だった気がする。誘っていたのも八割俺。


(なんかいっそ殺して欲しくなってきたな)


そういえば当初最初にベッドに誘ったのも自分だった。年上の自分がリードしなくてはといった気持ちと、挿入する側だとルーシュが怖がるかもという気持ちから挿入される側を自ら志願した。それ以降はあまりにルーシュが甘やかしてくれることと、人生の中で初めて味わった後ろの気持ちよさにメロメロになってしまって、タイミングが合えば夜を共にしていた。

それもこれも義務感でおじさんを抱いていたのかと考えると、視界に映っている窓から大声を上げて飛び降りてしまいそうだった。特に好きでもなんでもないおじさんに甘えられて、強請られて、たくさんキスもされたりしてしまって。俺はこの国の何らかの法律で裁かれたりしてしまわないだろうか。


城のみんなは知っていたのだろうか。優しく俺たちを見守っていてくれたが、実は接待だということに気づいていたりするのだろうか。そう考え出すと祝福してくれていたと思っていたが、当初は若干困惑した目で見られていた気がする。考え過ぎかもしれないが、城のみんなからすると品行方正な敬愛するべき優しい王子様が麗しいお姫様ではなく冴えないおじさんを連れてきたら困惑するに決まっている。よく誰も止めに行かなかったものだ。いや、俺の知らないところで止めに行ったひとがいるのかもしれない。


「ア!」


数日前の記憶が蘇ってくる。そう言えば止めに来たひとが一人居た。

確かルーシュ達王家一族の遠縁にもあたる隣国のお姫様。隣国との関係は良好で、幼馴染として育っておりルーシュと同い年か少し下のように見えた。しかも、遠縁というだけあってルーシュに引けをとらない美形だった。並ぶと大変絵になる二人であろうことは想像に容易い。彼女はたった一人で最小限の護衛と共にここへやって来て、そして俺との面会を希望してきた。突然の訪問に驚きつつもルーシュと仲の良い幼馴染と聞いたこと、そして城のみんなが身元は保証してくれていたため、彼女が待っている部屋へと足早に向かうと優雅に挨拶をされる。付け焼き刃の俺の礼とは違う、王族として染み付いている美しい礼だった。

彼女の言葉も声も大変美しく、それでいて突然の訪問を詫びる礼節もあった。そんな彼女は本当に言いづらそうに、ルーシュは一目惚れするような性格ではなく同性のことが好きなひとでもなかったことを告げてきた。最大限に気を遣い極力失礼のないように、でも『俺達の関係はきっとおかしい』と伝えてくれていたのだ。

話を聞き、彼女の顔を見て、そしてこの子もきっとルーシュが好きだったのだろうとこの時感じた。彼女とルーシュは友好国の王族同士である。お互いにこのままなにもなければ、数年以内に自然と誰かが二人の婚約を推奨してもおかしくはない。

今から考えれば、彼女のいう通りだった。だけど、この時の俺は『おかしいかもしれないけど、ルーシュは好きだと言ってくれているから。その言葉を信じます』とはっきり返してしまった。その言葉を聞いた彼女はハッとした顔をして、再度失礼を丁重に詫び今日話した話は忘れて欲しいと何度も伝えて去っていった。

本当にいい子だった。何もかも納得がいかないだろうに、正々堂々と一人で来て決して言葉を荒げることもなく。去り際まで美しく優しい子だった。ルーシュとお似合いだ。

俺は言ってくれたひとが居たのに気づかなかった。いや、気づきたくなかったのかもしれない。


「はあ……」


さて、どうしようか。気づきたくなかったとは言っても、知ってしまった。気づいてしまった。もちろんこれまで通りというわけにはいかないし、これまで通り接することができる自信もない。

幸いなことに明日の夜からルーシュは長期の遠征に出る。今日の帰りが遅かったのも、そのための最終打ち合わせを行うためであった。明日からしばらく顔を合わせる必要がない。

先ほどルーシュも『俺が望む限り』務めを果たすと言っていた。それはつまり俺が離れて行く分には追わないということだ。徐々に距離を置いて自然破局、気まずいので出来れば城下町に家を一つ借りてもらって、職も紹介してもらうというのがゴールだろうか。

それまでに少しでもこの世界で生きていく知識を身につけなくてはいけない。あと城下町の人たちともパイプを作っていかなくてはいけないし、ここを巣立つ準備としてたくさんのことを考える必要があるだろう。


とりあえず明日を乗り切ったら、徐々に距離を置くことにしよう。突然距離を置いてしまうと誠実なルーシュは何があったのか正面突破で聞いてきそうではあるし、そんなことがないように自然に少しずつ離れていこう。

俺もいい歳の大人だ。どれだけ恥ずかしくてもその場で取り繕うことだってできるし、関係を拗れさせることなく距離を置く術もある程度身につけている。

ごく自然に、違和感がないように、気づかれないように。そうやって徐々に上手く立ち回っていたはずだったんだけど。




「ア……アキさん、アキさん説明させてください」


だけど、二ヶ月経った今こうして腕を掴まれて、真っ青な顔のルーシュを前に何もかもを吐き出してしまった。


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