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優しくしてくれたのは理由があった

人の話を盗み聞きするのは良くない。良心も痛むので、さっさとノックして挨拶だけしてしまおう。

そう思っていよいよ扉の前まで来ると、施錠が不十分なこともありぼやけていた言葉がはっきりと聞こえてきた。


「……、アキ……と」

「アキさん……、……ですよ」


ノックするために持ち上げた手がピタリと止まる。俺の話をしている。しかも聞こえてくるトーンは落ち着いていて、僅かではあるがいつもより低い。まるで話しにくい内容を話しているかのようだ。

一歩扉から離れて、すぐ横の壁に背中をつける。最近は知識もつけたし無くなってきたかと思ったが、もしかしたら気づかないうちにマナー違反や目に余るような行動をしていたのかもしれない。優しい人達だからどう指摘しようか考えあぐねて、こんな夜中に家族会議を開催している可能性もある。


(それであれば聞いておいた方がいいかも)


指摘しづらいのであれば、こっそり聞いておき勝手に直したほうが良い気がする。ひどい言い方はしないだろうが、異世界からきた人間に対しては文句や言いたいことの一つや二つあるだろう。俺がいないと思っている場の方が、本音に近い話が聞けるはずだ。

呼吸すらもなるべく小さくして、耳を澄ませる。


「もういい、もう十分よくやってくれている。ルーシュ、これ以上は戻れなくなる」

「そうですよ。十分友好な関係を築けています。随分苦労をかけたと思いますが、十分に務めを果たしてくれました」

「だからと言って、『はいこれで終わりです』とはならないでしょう」


優しい王様と王妃様の声。そして凛としたルーシュの声。さっきまでは確かに俺の名前が聞こえてきていたはずだが、別の話に移ったのだろうか。話の内容がいまいち分からなくて、すり足でもっと扉に近づく。


「なんでも適当に理由をつければいい。仕事に専念したいでも、やはり次期王妃としての責務を背負わせるわけにはいかないでも。難しいなら、私達で婚約者を用意したことにしてもいいんだよ」

「それは」

「アキはいい大人だ。そして、良い人で賢い人であることもよく分かった。きっとどんな形で別れを切り出しても分かってくれる」


きっとどんな形で別れを切り出しても分かってくれる。

扉に近づいたことによってはっきり聞こえた台詞に心臓がドッと一際大きく鳴った。なに、一体なんの話だ。全く分からない。でも、身体は正確に嫌な予感を感じ取って背中にツウと汗が流れる。


「ええ。もう愛しているフリをしなくても、彼の恋人のように振る舞わなくても大丈夫ですよ」


愛しているフリをしなくても良い。

続いた王妃様の言葉に、真っ直ぐ立っているはずなのにぐにゃりと視界が歪む感覚がする。なんの話をしているの、さっきから。

だって、ああ、そうだ。ルーシュは一目惚れだって、愛しているって毎日言ってくれていた。それが、どうして『フリ』なんて言うのだろう。否定して欲しくて、『そんなことないよ』のルーシュの声が聞きたくて、浅く荒くなっている呼吸を胸へ押し込めようと必死になる。

早く、早く言ってほしい。それとも今、俺の頭に浮かんでいる悪い想定は全部勘違いで、全然違う話に切り替えてくれないか。今度仕掛けようと思っていたドッキリの練習でした、とかそういったものでいいんだ。

ハ、ハ、と荒い息が止まらなくて、部屋の中の三人に聞こえてしまわないように口元を手で覆う。


「いいえ」


はっきりとした否定が聞こえてきて歓喜から声が漏れそうになった。


「アキさんはこの国の犠牲者であり、王族である我々がこの国の代表として丁重にもてなすべき存在です」


だが、その歓喜が喉から溢れる前にきらきらと輝いていた希望は潰される。他の誰でもないルーシュの言葉によって。王様と王妃様、ルーシュの言葉が繋がっていく。一体なんの話をしているのか、はっきりと説明されなくても鈍くもない頭だと察することができた。できてしまった。


「この国のために元の世界を捨てさせているんです。そして一人でここにやってきて、これからもこの国に居てもらう必要がある。ただ呼んだだけではダメで、異世界の人をこの国に縛り付けておくことが大きな厄災を回避するための条件だ」


そうか、呼んだ人間によっては他の国へと移ろうとすることもあるかもしれない。

この国にいたいと思ってもらうには、この国にいる『理由』を作ってしまうのが一番手っ取り早いだろう。


「父様も言っていたでしょう、『呼んだからには貴方が求める願いをできる限り叶える所存』だと。文献によれば牢に閉じ込めて置くなど無体を働いていた時もあったらしいが、この国の恩人にそんなことはしないようにしようと約束したじゃないですか。この国に来て良かったと、せめて思ってもらうと決めていたでしょう」


こっちは異世界から来たとは言え、無力な一人ぽっちの人間だ。この国に留めておけばいいだけであれば、力づくで縛り付けてしまうことだってできる。それを優しい王様と王妃様、そしてルーシュはそんなことをしたくないと考えてくれたのだろう。国の頂点に立つような人達なのに、甘いというかどこまでいっても優しい人達だ。


「確かにこの国に居てもらうため、僕は王族としてその務めを果たすために、あのような『嘘』をつきました」


ああ、痛いなあ。本が好きで、小さい頃から物語に触れることが多かった。恋愛小説なんかで『怪我をしていないのに胸が痛い』とよく書かれていたが、正直どういった比喩なのかいまいちピンときていなかった。なるほど、彼女らはこういう気持ちだったのか。

口を押さえている手の逆の手で胸を押さえてみるものの、ジクジクと響く鈍痛は全くなくならなくて視界も歪んでくる。


「アキさんが望まないのであればそれまででした。でも今、彼は望んでくれている。彼が望んでくれるのであれば、その間ずっと僕は王族としての務めを果たします」


務め。務めか、そうだよな。だって俺、ルーシュの話をよく聞いてたんだ。

だからルーシュがこの国のこともこの国の人のことも、心から愛して大事にしてることを知っている。そして責任感が強くて、真面目で優しいことも、それも知ってるんだ。

歪んだ視界が涙によるものだと気づいていたけど、両手はもう塞がってしまっていて止める術がない。


「でもそれではルーシュは愛する人と一緒になれないのですよ……!」

「ルーシュだけに任せようとは思っていない、私達もアイルもシュウもいることを忘れないでくれ」


悲痛な王妃様の声と、言い聞かせるように優しい王様の声。

二人が言っていることは王族としてではなく、きっとルーシュという息子の親としての言葉だった。愛を重んじている国だ、二人が仲睦まじいこともよく知っている。だから大事な子どもには愛し合っている人と生涯を歩んでいって欲しいのだろう。

アイルとシュウはまだ十を過ぎたばかりのルーシュの弟と妹達だ。家族仲も良く、年の離れた弟達をルーシュは可愛がっていた。だから、彼らを持ち出されたとしてもきっとルーシュは。


「兄として弟達に背負わせるわけにはいきません。この国のためにも僕が務めます」


やっぱりそうだ。ルーシュの思考を読めてしまった。こんな短い間で俺はどれだけルーシュを見てきたのだろう。どれだけ大好きでどれだけ彼のことを知ろうとしたのだろう。そんな自分がちょっぴり気持ち悪くて良く分からない自嘲が溢れる。


ああ、そうか。理解してしまった。

ルーシュがくれていた愛は全て大事な恩人に対する接待であり、気持ちなんてなかったのだ。最初から俺らの間にはなにも始まってなんてなかった。

そんなどうしようもない幸せの裏側に気づいてしまって、頭が真っ白になる。


この時、俺はひっそりと誰にも気づかれずに、誰よりも大好きな男に失恋をした。

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