幸せな日々
彼のことしか考えられない時点で気持ちは決まってしまっているようなものだったが、『前向きに検討を』と言われてしまったため翌日からは一人の人間としてルーシュのことを見るようにした。
「ふふ」
「ん? なんかあったか」
「穴あきそうだなと思って。最近アキさんにずっと見られているから」
入口側にあるテーブルセットを借りて書類整理を手伝いながらも、合間にご尊顔を眺めていたら本人にバレていたようだ。執務用の椅子に座ったルーシュは、窓から入り込む太陽を後光として活用しながら今日も美しく笑っている。
よく見るようになって知ったこと、それはルーシュがこの国の人たちから本当に愛されているということだ。城に常駐しており王族に仕えているひと達からは、いつも敬愛の目で見つめられている。街に出ればあっという間に街の人達に囲まれてしまう。小さい子からお年寄りまでルーシュのことを心から慕っていることが分かった。
ルーシュの過去の行いは知らないが、この若さでここまで慕われているのだ。どれほど彼が国民に心を砕き、愛し、誠実に生きてきたのかよく分かる。規模が違いすぎるが、社会人として生きてきた以上『人に心から慕われる』ことの凄さは重々承知していた。
「んー、本当にルーシュはすごいなと思って」
「好きになった?」
そんなすごい人間なのに、こんな冴えない俺にも真正面からぶつかってくるから敵わない。
綺麗な瞳で真っ直ぐ俺を射抜いて、一日と経たずに挨拶のように愛を伝えてくる。あの日のリアクションから、俺なんて時間の問題で自分を好きになることなんて分かるだろうに、こうして欠かさず構いにきてくれた。
テーブルの上にある書類は分類が終わり、手に持っている封筒が本日最後の書類だ。社会人だった頃の経験を活かして作成した分類ボックスに、最後の書類を移動させてからルーシュに視線を向ける。
「そうだな」
「は……、え?」
コトンと音がしたと思ったら右手に持っていた万年筆を落としたらしい。コロコロと机の上を滑る万年筆が落ちないように駆け寄って、ちょうど端から落ちる一歩手前で捕まえた。ルーシュの右手へ掴んだペンを戻すが、まだまんまるな目は元の形に戻っていない。その顔が珍しく年相応に見えて笑ってしまった。
「気づいてたくせに。とっくに俺がルーシュのこと好きになってたの」
こんな優しくて可愛くて誠実で、愛してくれるひとを好きにならない人間なんているのだろうか。世界が違ったって文化が違ったって、きっとみんな好きになってしまうに違いない。
だから、どうしてこんなに俺が彼の気持ちに応えたことに対して驚いているのか分からない。
「アキさんっ……!」
珍しく大きな音を立てて立ち上がって、苦しくなるほど力いっぱい抱きしめて泣きそうな声で名前を呼んでくれるルーシュ。それに応えるように俺も背中に手を回して、ルーシュの名前をたくさん呼んだ。
その日以降、近くにいる人には恋人同士になったことを聞かれれば言ったし、ルーシュの態度で察されることも多かった。すぐにルーシュの瞳の色と同系色の指輪も送られて、恋人だったはずが気づくとあっという間に婚約者の扱いになっていた。
王様も王妃様も優しく、彼らに仕えている城に常駐している皆んなも親切にしてくれる。異世界から来ている何も知らない人間に対して、誰もが優しく声をかけてくれたし少しでも過ごしやすい環境になるよう気を遣ってくれて、ルーシュとの関係を祝福してくれていた。その気持ちが嬉しくて少しでも応えられるように、益々勉強に励むようになる。この世界に馴染めるように、この人達に、ルーシュに少しでも貢献したくて何かをかえしたくてしょうがなかった。
間違いなくこの時俺は幸せだった。彼らによって幸せにしてもらっていたんだ。
それが作られた幸せだったことに気づいたのは、奇しくも俺がみんなの幸せに少しでも貢献したいと考えたからだった。
いつもは渡された本にしか目を通さないのに、たまたまその日は余力があった。部屋にあった自習用の教科書も読み終わり、まだ夜は更けていない。ルーシュは今夜王様達と外へ用事があると言っていたので不在。体力を使う仕事もなかったため、眠くもない。
(図書室に行って自習勉強でもするか?)
来たばかりの頃に比べると知識も増えたし、ルーシュの仕事で手伝えることもポツポツと出てきた。基礎知識は叩き込まれたため、元々出入りを許可されていた城内にある図書室に行っても、ある程度自分で読めそうな本を選別することができるのではないだろうか。
思いついたが吉日。ベッドから起き上がり、一人図書室へ向かう。辿り着いた図書室は、城の中に併設されたものだというのにとんでもない蔵書量で、それでいて綺麗に整理されていた。
やはり基礎知識が身についたため、適当に自分のレベルあった本を探すことができるようになっていた。数冊手にして図書室内の読書用に用意された椅子に座る。今日はいつもより多く勉強して、それで明日ルーシュを驚かせよう。驚いた後すぐ微笑み褒めてくれるルーシュを想像して一人でにやけた。
「よし! やるぞ!」
古典的ではあるが頬を叩き気合いを入れる。そして勉強を始めると思っていたより集中できたようで、気づくと一冊二冊と読み終わった本が脇に積み上がっていた。肌寒さを感じてふと時計を見ると、真夜中を針が指している。流石にこれ以上この誰もいない空間に一人でいることに少し怖さを感じて、慌てて片付けを始めた。
「あー……。長居しすぎた……」
数冊持ち帰り用の本を手にして、廊下に顔を出すとすっかり夜中用の灯りに切り替わってしまっていた。最低限足元が分かる程度にしか灯っていないため、転ばないようゆっくりと自室へと戻る。
ルーシュ達はもう戻ってきたのだろうか。夜中になってしまったし、とっくに戻ってきていて既に寝ているかもしれない。そんなことを考えながら一歩一歩そっと廊下を歩いていると、どこからともなく人の声が聞こえてきた。
なんとなく聞いたことのある声な気がする。ルーシュ達だろうか。声に釣られるようにして、方向を変えて歩き始めると、段々声が明瞭に聞こえてくる。
「……、……」
「…………。……」
何を言っているのかまでは分からないが、やっぱりルーシュ達の声だ。まだ起きているのであればせめておやすみの挨拶だけでもしたいと思って、明かりが扉の隙間から漏れている部屋に近づいた。