誰にも言えない悩み
R15程度の話です
パーティーから一週間が経った。
ルーシュの日常はちょっとだけ変わったが、俺の日常は変わりなく今日もつつがなく執務が終わる。
「はぁ〜……」
夕ご飯まで時間が少しある。自室に戻り行儀は悪いが勢いよくベッドに倒れ込んだ。
一日の終わり、労働後はいつもクタクタになる。年齢のせいもあるのかもしれない。だって、俺より忙しいルーシュは執務終わりであっても全くよれることなく、背筋をピンと伸ばして椅子に座っている。
「んん……」
労働で疲れている。だが疲れ以上にどうしようもなく、それでいて深刻で、かつしょうもない悩みにより今俺は唸っていた。疲れによりその悩みはより深刻になっていく。ただ、誰にも相談できるものではない。
「あら、お疲れですか?」
「あ! ごめん気づかなかった。あと、全然平気ですよ」
「いえいえ、こちらこそお声がけ出来ずに申し訳ございません。少々お掃除が長引いてしまいまして。せっかくなので、今日は薬湯を用意しておきますね」
「ありがとう」
部屋の奥の方からひょっこりと顔を出したのは、ほぼ唯一この部屋に出入りするメリーだった。デカすぎるため息も、帰ってきてすぐに倒れ込んだのも見られていたようで気を遣わせてしまった。
俺が帰ってきてしまったからか、退出準備を始めたメリーをぼーっと見つめながらハッと思いつく。悩みの本質は言えやしない。でもそのための手段についてだったらメリーに聞いても問題ないだろう。
「メリー、ちょっと聞いていい?」
「? ええ、もちろん」
上半身だけ起き上がらせて声をかけると、すぐに両手に持っていた掃除用具を下ろして綺麗な姿勢で見つめられる。
「市街地に一人で泊まりたい時って、どうしたらいいのかな」
まるで子どものような質問に少し気まずい気持ちになった。メリーは綺麗な姿勢で笑顔のまま固まっている。
「その、俺一人で街に泊まりに出たことないからどうしたらいいか分からなくて。もちろん元の世界だと経験があるんだけど、この世界の宿屋のルールというか、泊まる時に必要な手続きを教えてほしいんだ。あと、この城から出ることにもなるから届出とかいるのかな?」
そもそもこの城以外の場所で宿泊する必要がこれまでほとんどなかった。たまにルーシュが遠出に誘ってくれた時ですら、街の宿屋ではなく王家所有の別荘のような場所で宿泊していた。それもそうだ、王族が街の宿になんて泊まったら、宿屋の人間は四六時中気を張ることになってしまい仕事にならない。
「メリー?」
「…………、ルーシュ様はこの件ご存じで?」
「あー……、言ってない」
手始めにメリーに聞いてしまったから、ルーシュにはもちろん話してない。ヘラと笑いながら素直に言うと、目をカッと見開いてものすごい勢いでこちらに歩いてきた。
そして、今までにないくらい勢いよく肩を掴まれて、これ以上なく真剣な顔をされるから俺にも緊張がはしる。
「アキ様」
「は、はい」
「きっと、何か誤解があるはずです」
「……、……はい?」
至極真面目に告げられた内容がなんの話か分からず、頭上にはてなを浮かべる。ピンときていない俺を置いたままで、メリーの手に力が入る。
「お二人でしたら話し合いで解決できるはずです。お気持ちは分かりますが、こう言った時に黙って距離を置いてしまうことが一番良くない選択肢だと、私はそう思っております」
「え?」
「仲睦まじいお二人ですから考えつきもしませんでしたが、そうですよね。そんなこともあるかと存じております。ですが、殿下はアキ様のことをこれ以上なく愛していらっしゃいますし、アキ様が真正面からぶつかれば解決するはずですよ」
「あの」
「そもそも、例えアキ様が九割悪い話だったとしても殿下は絶対に折れます。私、嘘は吐きません。アキ様にこの世で一番甘い人間に違いないです」
同じ部屋で執務を行なったのち、帰宅早々倒れ込む姿。疲れたわけではないと言い張る俺。そして突然問われる一人で街に泊まる方法。しかもルーシュには言っていないときた。
ここまでくるとメリーの大きな誤解に思い当たりがある。
「殿下と喧嘩」
「してないです!!!」
深刻そうに言われた言葉にやはりそうかと大声で否定する。それから疑いの目を向けるメリーを宥めて、やっぱりルーシュに直接話すと告げるとようやく解放してもらえた。
くそう、簡単に教えてもらえると思ったのにまさかこんなことになるとは。宿の泊まり方や城でのルールは図書館の本には書いていない。誰かに教えてもらわないといけないのに、頼みの綱がダメだった。この城で働いている他のひとに聞いても、メリーの根回しがされている可能性がある。
(もうここまで来たらしょうがないか……)
夕ご飯をちまちまと食べながら覚悟を決める。恥を忍んで直接ルーシュに交渉するしかない。
「どうしたの?」
「……、ご飯食べたらちょっと聞きたいことあって……」
「今でもいいけど」
「いや、ご飯の後で頼む」
こちらの気も知らないで目があったルーシュはニコニコと嬉しそうに微笑んだ。じゃあ早く食べちゃうねと言ってその言葉通りいつもより早く食事を終える。俺の部屋でいいかと聞くとまた嬉しそうに了承されるため、ご機嫌なままのルーシュを連れて部屋へと戻った。
「久々に部屋に呼んでもらえて嬉しいよ! 一応ティーセットも貰ってきたんだ」
部屋の扉を閉めて今度こそメリーがいないことを確認していると、よほど嬉しいのか眩しい笑顔でそう伝えられる。部屋の隅にあるこじんまりとしたテーブルセットには二人分のお茶が入ったポットが置かれていて、ルーシュの手にはお気に入りのカップが握られている。そして目潰しに等しいご尊顔を思う存分見せつけられ、俺は目を細めた。
パーティー以来俺は変わらない日々を送っているが、ルーシュは少し変わった。
別れを告げたあの日からダイレクトな愛の言葉を告げるのは控えていたようだが、パーティー以降は方針を変えたらしい。どうやらオリヴァーさんという手段が出来てしまった以上、気持ちがないフリをしても今更しょうがないと考えたとのことだった。
俺の要望通り周囲への根回しと仕事及び住居の準備は進めるからと言われてしまえば、ルーシュのあからさますぎる愛情表現を止める理由も特になくて放っておいている。
ようは準備が完了するのが早いか、俺が折れるのが早いか、根比べする気のようだった。
「それで聞きたいことってなにかあった? 僕が力になれることであればなんでもするけど」
今だって部屋に呼んだだけなのに、ルーシュの背後ではぶんぶんと振られている尻尾の幻覚が見える。そんなににこにこの笑顔で見ないで欲しい。夕ご飯の時に恥を忍んで相談すると決めていたのに、やっぱりやめようかという気持ちになってくる。非常に言いにくい。言いにくいにも程がある。
「……、って、て」
「ごめん、良く聞き取れなくて」
「あの……」
「うん!」
「……」
「……」
もご、と口を開いてみるもののやはり物怖じしてしまう。この子に相談することじゃない。頭では分かっている。だけど、現状ルーシュにしか言えない。
息を吸って吐いて、覚悟を決める。
「た、溜まってて……」
「……、…………、うん?」
「な、情けない話なんだけど、別れてから一ヶ月近く経っただろ。その、俺、ほら結構、性欲ある方だから、えっと」
変な汗がダラダラと絶え間なく流れる。あまりの羞恥で顔も死ぬほど熱い。
そう、俺の悩みとはこの行き場のない情けない性欲だった。今までの人生では相手がいない時は自己処理でなんとかなっていたが、この世界に来てから抱かれる気持ち良さを知ってしまった。すると、どうなるか。
自己処理の時に後ろもなんとかしないと満足感を得られなくなってしまったのだ。なんて情けないのか。
別れてからしばらくはそんな気も起きなかったが、一ヶ月も経つと多少慣れるのか眠っていた欲がむくむくと出てきてしまった。気になりだしてからは早々に限界が訪れてしまい、そして今。
「溜まってる、ってのはその、言葉のままで」
「っ!」
ルーシュの息を呑む音が聞こえてくる。
後ろで自慰を行うためには、用途の違う器官を使うのだからそれはそれは準備が必要となる。ルーシュと致す時はルーシュ専用のお風呂もなにもかもあったからそこでなんとかできた。でも、今は城に住み込みの人たちが共用で使っている大きな浴場を利用させて貰っているし、もちろんそこでそんな準備をするわけにもいかない。それに所謂大人の玩具だって、この城にはない。
だからこそ、頼みたい。
「だから、ルーシュにお願いって言うのは」
「う、うん……!」
もう一度息を吸い込んで、吐き出す。情けない頼みだが、頼む以上ちゃんとルーシュの目を見ないといけない。
「街で一人、宿を取る方法を教えて欲しい……!」
そう叫ぶと、ルーシュの手からカップが滑り落ちた。




