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パーティーの終わりとそれから

「さて、お待たせ」

「い、いいえ」


あれから一人でパーティー会場に戻ると、既に連絡を受けていたらしいオリヴァーさんのパートナーである騎士団員の人に迎え入れられた。ルーシュがいないことについて人に問われる度に、その人がさりげなくフォローしてくれたため会場では特に困ることなく過ごすことができた。

それから、終盤に一人でオリヴァーさんは現れる。ほとんど不在であったことを謝罪しながらも、簡単に参加者と歓談しパーティーは終わった。


そして今、庭園内に建てられている立派なお屋敷まで連れてこられて、オリヴァーさんと向かい合っている。なぜ連れてこられたかは理解していた。あの魔法の件についてだろう。

部屋を見回したがルーシュはいない。一人で座るには勿体無いくらい大きいソファに座りながら、膝の上に置いた拳に力が入った。


「ルーシュから君に行ったこと全て聞いた」

「……全てですか」

「ああ、君が今想像していること全てをルーシュが話したと思ってくれて構わない。君をこの国へ縛りつけるために婚約者となっていたことも、それが君にバレていたことも。あと、諸々の準備ができるまでの間、つまり今は外部に対しては引き続き婚約者という体をとっているということもね」


本当にルーシュはなにもかもを話したようだ。この人がそれだけ聞くことが巧かったのか、それともあの魔法が精巧で誤魔化しが効かなかったのか。そのどちらもある気がした。

オリヴァーさんから何か質問されているわけではない。だからなんて返そうか言葉に迷っていると、俺の言葉を待たずにオリヴァーさんがスッと頭を下げた。


「本当に申し訳ないことをした」

「えっ、ちょ、ちょっと……!」

「これは王族としての謝罪だ。貴方には本当に酷いことをした」


綺麗なつむじが見えて焦る。声をかけるが頭はあげられなくて更に慌ててしまう。


「そんな、あの……、オリヴァーさんから謝罪していただくようなことじゃないです。むしろ婚約者でもなんでもないのに、偽って今日のパーティーに参加してしまったことを私が謝らなければならないくらいで……! 皆さんを責めるつもりもないので頭をあげてください」

「……君は大人だね」

 

ようやく頭を上げたと思えば、苦笑いを浮かべたオリヴァーさんと目が合う。

言われるまでもなく俺は大人だ。そもそもこの一連の話について過度に騒ぐつもりもなければ、同じ王族といえども、直接関係のなさそうなこの人に謝ってもらう気だってもちろんなかった。だからこうして謝罪を不要としたことについて褒められる理由なんてない。


「今回の件についてだが、私はまず君の味方だと考えて欲しい」


少し体勢を崩したオリヴァーさんが右手を胸にあてる。


「兄さんでもルーシュでもなく、『君』の味方だ。まあとはいえ身内の人間に変わりはない。信じられなければ、私はこの国のため何としても君にこの国に居てほしい、騎士団長としてそれが最優先だと考えているから『王家』よりも君の味方をしていると捉えてくれてもいい」


君が納得できるように考えてくれて大丈夫だよ、と続けたこの人は、きっと多方面に考えを張り巡らせることができる優しくて賢い人だ。こくりと一つ頷くと、オリヴァーさんは話を続ける。


「外で話した言葉にも変わりはない。何か困ったことがあればいつでも頼ってくれていい。すぐに連絡を取れる手段を用意しておこう」

「ありがとうございます」

「全然! 普通に話し相手として呼んでくれてもいいよ。人と話すの好きだからさ。そっちの世界の話とか興味あるし今度聞かせて欲しいな」

「……はい、ぜひ」


ベンチで話していた時のような空気感へ戻ったことに安堵して、少し力が抜けた。

大事にならずにほっとする。むしろこの人であれば、バレて良かったとすら思ってしまった。この短い時間でしか人となりを知らないが、この先行き詰まった時にきっとこの人は手を貸してくれるだろう。

話は終わりの雰囲気を醸し出していて、部屋の出口まで案内される。扉に手をかけて開くと、すぐにゴツと鈍い音がして何かにぶつかったことに気づいた。


「っ! ごめんなさ……って、ルーシュ?」


ぶつかったその人は首根っこ掴まれて連れ去られていたルーシュだった。普通に鈍い音がしたものだから、間違ってもルーシュの綺麗な顔に傷つけたりしていないかと心配になる。俯く顔を掬って上げさせると、真一文字に結ばれた口端が切れていてシミひとつない頬にも赤い打撲痕が見てとれた。ヒュ、と声にならない悲鳴をあげかけた時に、後ろからのんびりした声が聞こえてくる。


「ああ、その傷は俺がやったやつから気にしないで〜」

「えっ⁉︎ ど、どうして⁉︎ いや、それより、て、手当……! このままじゃ真っ青になる!」

「鉄拳制裁しただけだから、いいのいいの。ルーシュもいいよな?」

「はい」

「よ、よくないから! と、とりあえず早く帰って手当しよう」


痛々しい傷はとてもじゃないがそのままにしておくことはできない。なぜか双方納得の上、なにもするつもりがないことに俺だけ困惑する。こっちはそれなりに安全な国で育ってきた人間だ。久しく暴力にさらされた姿なんて見ていなくて、手当とは言ったけど何をするのかパッと思いつかない。とりあえず冷やしたりすればいいのだろうか。

暗い顔で立ち尽くすルーシュの手を引っ張って、玄関先で待っているあろう馬車まで急いだ。


「アキ君!」

「は、はい!」


数歩進んだところで後ろから声をかけられる。


「もし、そいつが市街の家の準備がとろくて、どうしても我慢できなくなったら言っておいで。俺はすぐ用意できるよ」


俺にされるがままに握られていたルーシュの手に力が入る。


「もちろん俺以外の誰にも悟られないように市街に逃がせる。言葉通り『誰にも』居場所を掴ませないように手配できるから。……分かったか?」


骨が軋むのではないかと思うくらい強く手が握り返される。

言葉の最後の方でオリヴァーさんの視線はルーシュに向けられており、それに反応するかのように更に手に力が入った。


「あの……! 今日はご招待いただきありがとうございました! あなたに会えて良かったと、俺は本当に思っています」


そう言って頭を下げると、ひらひらと手を振って笑顔で見送られる。

小走りで出口へと向かう間も、馬車で揺られている間もルーシュは一言も話さない。でも手だけはずっと強く握られたままだから、離れないようにぴったりと寄り添いながら王城まで向かった。





◇◇◇


ルーシュの自室で待ち構えている大勢の人達にこんな痛々しい姿を見せるわけにもいかなかったから、王城についてすぐに自分の部屋へと連れていく。


「おかえりなさいま……、って、ひっ⁉︎」

「ごめん、説明は後で。手当する道具持ってきてくれないかな。ああ、いや、どうしよう医者の方が」

「医者を呼ぶほどじゃない。切り傷と打撲だからなにもしなくてもいいくらいで」

「そうはいかないだろ。ああ、じゃあやっぱり手当する道具持ってきて。お願いできる?」

「ええ。冷やせる氷も併せて持ってきますね」


俺の部屋にもメリーだけは待ち構えていて、ニコニコの顔がすぐに真っ青なものへと変わった。そりゃそうだ。パーティーに出かけたはずの王子様がこんな状態で帰ってきたのだから。

優秀なメイドはすぐに手当セットと氷を用意し、おまけに『ひどそうだったらここに連絡を』と告げ医者の連絡先も渡した上でサッと部屋から退出する。

運動をしていた学生の頃ぶりに触る道具にあたふたしながらも、目の前の男の怪我になんとか処置をしていく。ソファに座らせたまま微動だにしないルーシュは、先ほど言った通り手当をする気はないらしい。

切り傷には絆創膏のようなシールを貼って、後は打撲痕が青くなってしまう前に氷を当ててあげれば良いかと氷嚢を差し出す。


「はい、終わり。痕になったら大変だからね、ちゃんとこれで冷やしっ」


今まで微動だにしていなかったルーシュが動いたかと思えば、隙間もないくらい抱きすくめられる。ポトリと手に持っていた氷嚢が落ちて、中途半端に持ち上げた手が空中をさまよう。


「ルーシュ」

「愛してます」

「……ル」

「愛してるんです、本当です。どうしたら、どうしたらっ、信じてもらえますか」


既に隙間なんてないのにもっと距離を縮めようとするかのように引き寄せられて、別れを告げた夜のことを思い出した。


「兄様にも全部、なにもかも話しました。もう、僕が嘘であなたに愛を伝えるメリットはどこにもないんです。……だって、あなたが兄様の庇護の元でこの国に居てもらう方法が、今日出来た」


肩を掴む指が痛いほど食い込む。さっき手当した顔よりもずっと痛々しい声が耳元から聞こえる。


「あなたは大人で、僕は一度信頼を失った子どもで。だから、理解しています。今のあなたにとってどちらが信用に足るものなのかということを」


この国に縛るためにこの婚約者という方法を用いようとしていて、それと並行でオリヴァーさんが全面支援の元この国でひっそりと暮らす術を提案したとしたら、俺は間違いなくオリヴァーさんを選ぶ。

王家としてもオリヴァーさんが俺の状況を監視するとしたら、これ以上信用できることはない。なんせ、騎士団長でこの国でも有数の魔法の使い手だ。対して俺は魔法の一つも使えない小市民で。他国に逃げることなんて万が一にもできないだろう。

そんな状況で、目の前の年下の男がわざわざ不必要であるはずの愛しているを俺に告げる理由はなんだろうか。


「あなたの傍にいたいんです。隣に居ることを許して欲しくて、縋りたくて、でも今は見てすらも貰えない」


聞こえてくる声も、渡される言葉も、今日のルーシュのどの表情もその理由を裏付けている。それでも、


「悪いな」


あの夜、廊下で聞いてしまった時の衝撃を忘れられない。

大好きだった。ルーシュも俺のことを愛していると信じて疑わなかった。だけど、そんな一度も疑っていなかった愛に裏があると知った。あんなに疑いようもなく幸せな愛の日々が偽りだった。考えもしなかった理由により作られた紛いものだった。

それであれば、今回の愛しているだって『そうではない』とどうして言い切れるのだろうか。


そっと背中を撫でると、ゆるゆると身体が離された。アイスブルーの瞳が迷子のようにゆらゆらと揺れている。


「……あなたが、謝ることじゃない」


どの傷よりも痛々しい表情のルーシュが見えて、ポツリと言われる。

これ以上俺から伝えられるものが何もなくて、落ちた氷嚢を拾い上げた。腫れかけている頬に当てると、手ごと抱え込まれる。


「あのさ……」

「うん」

「僕がいなかった間の話聞かせて」

「……パーティーの? そんな大したことなかったよ」

「いいよ。アキさんの話はなんでも聞きたい。美味しかったものも楽しかったことも、全部全部教えてほしい」

「……学生時代に廊下でド派手に転んだ話は、今日一面白かったかも」

「あいつら……」


これ以上迫ることをやめてくれたルーシュに甘えて、ポツポツといつも通りおしゃべりをする。俺もオリヴァーさんの鉄拳制裁の話を聞きたかったけど、きっと教えてくれないだろうから聞かない。


氷嚢の中身が全部水になってしまうまでの間、俺とルーシュはそんな他愛もないパーティーでの話をして過ごした。

パーティー編はこれで終了です。

元鞘までまだもう少しかかるので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

いいね、ブクマ、評価全てありがとうございます。いつも励みになっています。

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