どういうこと?
ベンチの後ろに振り向くとやっぱりそこに立っていたのはルーシュだった。
パチ、と瞬きすると溜まっていた雫がぽたりと落ちる。クリアな視界に目を見開くルーシュが映った。
「な、に……、なにをしてるんですか」
素早く前まで回り込んで、オリヴァーさんの視界から俺を消すように手を引かれ抱き込まれる。ルーシュの口から発せられた声は今までに聞いたことがないくらい低く重い。ピリついた空気感が伝わってきて、肩に触れている手にも力が入っている。
「待ってくれ、これは誤解で」
「誤解? 泣いているのに誤解とは?」
「違うんだって……」
両手を挙げて悪意がないことをアピールしているにも関わらず、食い気味に跳ねつけるルーシュ。まずい、完全に誤解されている。突き刺さるような敵意をグサグサと向けられている彼が何も悪くないことを伝えなければいけないのに、ちょっと前に口に入れられた肉がでかすぎて口を開けない。
「戻るのが遅いと思えば、アキさんに何を言ったんです」
「なにも言って……、いや言ったけどお前が思ってるようなことじゃ」
「あなたにその気はなくてもこの有様だ。今日はこのまま帰らせていただく」
「ア、アキ君〜?」
懇願するような声が聞こえて、バシバシとルーシュの腕をタップしなんとかこちらに視線を向けさせる。気遣うような視線を向けられる頃にはなんとか喉の奥に肉を流し込み終わり、ようやく声が出せるようになった。
「本当に誤解! 普通に挨拶してただけで、悲しんでるわけでも傷ついてるわけでもないから」
「……じゃあどうして?」
目尻に僅かにある涙をそっと拭われて、眉を八の字にし心配そうな目を向けられる。言いたくはないが、素直に言わないとオリヴァーさんの冤罪は晴れない。
「ここでご飯食べてたらたまたま会って、それで挨拶しててさ。困ったこととかあったら言ってねって言われて、なんか俺嬉しくて。やっぱりそれなりに気を張ってたみたいで、安心したというか、ちょっと俺にもうまく説明できないけどそれでポロっとね」
「あ、んしん……」
「本当にオリヴァーさんには優しくしてもらっていただけなんだ。だから大丈夫だよ、心配してくれてありがとうな」
「……」
「ルーシュ?」
納得したのかしていないのか先ほどまでピリついていた空気は霧散する。ただ眉間にギュッと皺を寄せたルーシュの顔は明るくなかった。名前を呼ぶとすり、と肩に頭を預けられる。
「僕、」
「うん?」
「ぼくも、あなたの味方です。……誰よりも。おねがい、どうかわすれないで」
「……ハハ、ありがとうな」
消えそうな声が聞こえる。少しだけ強くおでこが押し付けられ、縋られている感覚になる。ポンポンと背中を叩けば顔があげられるが、どこか泣きそうな表情だった。
「どう? まだここにいてくれる?」
「……、……はい」
「ありゃ、別の意味で不服顔だ」
まあ仲良いことはいいことだからなあとオリヴァーさんは言って、俺とルーシュの頭を撫でる。
二人まとめて子ども扱いされてしまって少し気恥ずかしい。頬を搔いていると、ルーシュが横で俺をじいっと見てはずっと手放さずいた皿に目を向ける。
「ご飯……」
「ん? 美味しかったよ。ルーシュが言った通り俺が好きなものばっかり。伝えてくれてありがとうな」
「……はい」
山盛り持ってきた皿の上には既にほぼ何も載ってない。こくりと頷いたルーシュの顔は俯いていて見えなかった。
「……」
「……」
「……」
シンと晴れきった天気にふさわしくない重い空気。
泣いてしまった俺が全て悪いんだけども。
ルーシュは俯いてぺっとりと俺にくっついているし、オリヴァーさんも何も言わない。なんともいえない空気感に耐えられず、助けを求めるようにオリヴァーさんを見ると気づいてくれたのか手をパンと一拍。
「さ、会場戻るよ。お詫びと言ってはなんだけど、最近新しく発明した魔法も見せてあげよう。ルーシュは昔から俺の魔法を見ると泣き止むからね」
「泣いてないですし、何年前の話ですかそれ」
「はは、ご機嫌斜めの子をあやすにはぴったりのとっておきなやつだ」
「子ども扱いしないでください」
ルーシュは眉間にシワを寄せながらオリヴァーさんを威嚇しているが、当の本人はどこ吹く風で笑っている。じゃれあいに近いそれのおかげで、さっきまでの重い空気はどっかに行ってしまった。
「相性オーラ診断〜ってね!」
「……胡散くさ」
「コラちょっと! 見てもないのに言わないの! ちゃんと騎士団の野郎共にも実験済で結果は得られてます〜」
もっと為になる魔法を開発しろと言うルーシュと、これは趣味だから好きにさせてくれと言うオリヴァーさん。
「これはね、お互いにお互いのことをどう考えてるか色で分かるようになる魔法でね。色だから詳細までは分かんないんだけど、大体の色は実証実験で把握済だよ! まあプライバシーもあるから俺にしか見れないようにはしてるんだけどさ」
「兄様が分かるんだったらプライバシーも何もない魔法だろ……」
「やだなあ! 騎士団以外の人間には無作為でかけたりしないよ。あくまでキューピッドとしてしか使わないです〜」
ということは騎士団内の人間は無作為でかけられたのか。団員の人達は、あれもこれも騎士団長という名の上司に全て筒抜けなのかと思うと、胸の中で合掌してしまった。
「ほら、若者は占いとか好きだろ。じゃあどんだけラブラブなのか見せてもらおうかな〜! もちろん二人に何色だったのかお知らせするからさ」
明るい声色で言われた内容にハッと気づく。
この魔法は多分『本当の』俺達の関係がバレてしまう。ルーシュが俺のことを何も思ってないこともなにもかも王弟に、バレる。ルーシュはオリヴァーさんの説明に呆れていてそれに気づいていない。
「まっ……!」
手を伸ばしたがもう遅く周囲にパチンと軽快な指を鳴らす音が響く。
見える限りだと辺りに何も異変はなく、身体の調子も変わらない。だけど不自然に手を伸ばした俺ではなく、オリヴァーさんの視線は俺達の頭の上あたりをうろつく。
「こ、れ……」
「!」
オリヴァーさんの笑顔が固まったのが見えて、血の気が引いていく。
まずい、きっとバレてしまった。何が見えているのか分からない。色だと言った。問われた時に別の解釈をぶつけられるか。いや、騎士団員達で実証実験をしたと言っていた。バックにどれだけのデータがあるのか分からない。不用意なことは言えない。
みるみるうちに真顔になっていくオリヴァーさんと、どんどん顔色をなくしていく俺。
ワンテンポ遅れて、事態に察しがついたのかルーシュが口元を押さえる。
再度静寂が訪れた。見られている側の人間達は、見ている人間の言葉を待つしかない。
ものの数秒なのに永遠に感じる。汗をかきながら固まっていると、言葉より先にオリヴァーさんの手が動く。
「った!」
べシンと右手でルーシュの頭をはたくオリヴァーさん。予想外の行動に固まったまま見ていると、叩いたその手でルーシュの首根っこを引っ掴む。
「アキ君」
「っ、はい」
「会場に戻ってて。楽しくみんなと喋っててね。ご飯もまだあるしよければ食べれるだけ食べてって」
「は、はい」
首根っこを掴まれたルーシュは借りてきた猫のように大人しい。恐らくまだ状況が飲み込めていないのだろう。
にっこりと笑顔を浮かべた今のオリヴァーさんは、有無を言わせない圧がある。
「俺はさ、この馬鹿に話があるからちょっと連れてくね」
ギリと首根っこを掴んでいる腕に青筋が出る。もう片方の手で指を再度鳴らしたかと思えば、二人は粒子のようになってあっという間に視界から消えていった。




