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王弟オリヴァーという男


「聞こえていましたか……」

「嬉しい〜って気持ちとちょっと納得がいってないんだけどって気持ちが混ぜこぜになっててさ。いつもアイツは大人びてるだろ? 年相応でなんか嬉しかったなあ」


二人の友達と話している姿を見て俺が感じたのと同じ気持ちを、頬を赤くするルーシュから感じ取ったらしい。それを聞いて、この人はルーシュを保護者のように見守ってきたのだろうなと思った。


「私もルーシュがご学友の二人と話しているのを見て同じ気持ちでした。同い年相手にはこんな感じなんだって思ったら可愛くて」

「ん? あれ、アキ君いくつだっけ」


ふと思い出したかのように落とされた質問に、ドキッと心臓が鳴る。叔父である自分と同じ目線で話しているのだから出てもおかしくない疑問だ。別に年齢を隠しているわけではない。遅かれ早かれこのひとが知りたいと思えば知ることができる情報だ。だけど先ほどまで和やかに歓談していたことが嘘かのように、胸がザワザワする。


「あっ、と、三十四歳です」

「ルーシュと十歳差か。結構離れてるね」


歳を告げれば当たり前のような答えが返ってくる。当たり前だ。今はもうルーシュと歳が離れていることもきちんと理解しているし、その俺がどういう目で見られるかも、周りのリアクションも分かっている。だからこそ居た堪れなくて恥ずかしい。十も離れて平凡なおじさん。そんな相手が可愛い甥っ子の婚約者だと紹介されたのだ。

なにも知らない浮かれたままの俺でここにいなくて良かった。今はもう分かっている。ふさわしくないことも見合わないことも。


「……、ですよね。本当、恥ずかしい」


明るく笑い飛ばそうと思ってたのに、出てきた言葉は変に弱々しかった。もう理解して、ルーシュとは別れている。だけど、過去の無知な自分に突き刺さって恥ずかしくてたまらない。笑顔だってきっとうまく作れていなくて、変な空気になりそうだと思った瞬間肩を勢いよく掴まれた。


「間違えた!」

「えっ」


目の前のオリヴァーさんは冷や汗をダラダラ流していて、俺は面食らう。

何も間違えたことは言ってないし、そんなに焦る必要もない。もしかして俺のリアクションがおかしすぎてフォローに回ってくれたのだろうか。


「なにも間違えたことなんて」

「いや! 言い方すごい間違えた! ごめん、そうだよな、言い方よくなかった。ただ純粋に離れてるなあって思っただけでそれ以外の他意はないんだよ!」

「はは、すみません気を遣わせてしまって」

「気を遣ったとかでもなく、本当になにも思ってなくて……! ごめん、なかったことにして。ルーシュに後で死ぬほど怒られるから俺……!」

「ルーシュ?」


あまりに必死な様子に宥めようと声をかけるが、聞こえてきた名前におうむ返ししてしまった。そうすると、オリヴァーさんは肩からそっと手を離してボリボリと頭をかき始める。


「アイツさあ、アキ君のこと大好きだろ? 今までパーティーのことに口出したことなんて一回もないくせに、やれアキ君が好きなご飯を用意しろだの知り合い以外の独身の妙齢の男性も女性も連れてくるだの、うるさいったらありゃしない。おまけに俺が何回も見たいって言っちゃったから俺のことすら警戒してんの。何回もお前の相手に手は出さないって言ってんのに」


困ったように頭を触りながらも言われた言葉は、初めて聞いたものばかりで戸惑ってしまう。身内とはいえ常に一緒にいない人にもそんな風に言っていたのか。


「俺のせいで拗れでもしたら大激怒されるに決まってんだよね……。だから、本当にどうか勘弁してください、忘れてお願い」

「あ、いえ! あの全然大丈夫です」

「だ、大丈夫じゃないよね……、どうしよう……、あの俺からすると二人ともまとめて年下の子だから別にその二人の差が十だろうと五だろうとなにも思ってないんだよ。だからええと」

「年下?」

「ん?」


ちゃんと恋人で婚約者という体を周囲にもとってくれていた真面目なルーシュに感心しつつ、オリヴァーさんのお願いを了承した。だが、俺の顔をじいっと見ては納得がいかないのか言葉を続ける。そこで気になる単語が出てきて思わずストップをかけた。

王様の弟なのだから王様より年下であることは頭では理解しているが、どう見てもそんな年上には見えない。王様の時も分からなかったが、この弟も年齢不詳だ。


「俺、四十歳だよ」

「はっ⁉︎」


しかももうすぐ誕生日とにへらと笑う。間違っても四十には見えなくて、足の爪先から頭のてっぺんまで眺めてしまった。そこで『ああ』と思い出したかのようにオリヴァーは声を出して、パチンと指を鳴らす。


「どう? これで納得がいった?」

「え⁉︎ 全く⁉︎」


音と同時に目の前の茶髪の平凡な青年の髪は、キラキラとした金髪へ変わっていく。目の色も灰色から濃いブルーへ。パッチリとした目は髪と同じく光が透ける金色の長い睫毛に縁どられている。王様よりもルーシュよりも甘い顔立ちの男がそこには座っていた。

先ほどまでは魔法で顔を変えていたらしい。それを思い出し魔法を解いたと。

『どう?』と言われても、どう考えても四十だとは思えない顔立ちすぎて、気づいたら大きな声で突っ込んでいた。この国の王家の血が怖い。


「本当に綺麗な一族ですね……すごいな……」

「はは、ありがとう! ルーシュと同じように兄様って呼んでくれてもいいよ」

「いえ、あの、この歳では恥ずかしいので」


いくら年上とはいえ、この歳で他人を『兄様』なんて流石に呼べない。汗をかきながら丁重に断ると、優しい顔をして頭を撫でられる。


「呼び方はまあなんでもいいだけど。いつでも頼っていいからね。アイツの愚痴でもなんでも聞くからさ。きっとアイツにも兄さんにも言えないこととかあるだろ。そんな時いつでも兄ちゃんだと思って声かけて」


今日はそれを伝えようと思って呼んだんだと言って、さっきまでの少し軽薄な印象を受ける話し方とは一変して正しく大人の顔で微笑まれた。

俺が異世界からこの国のために呼ばれた人間だということも知っているだろうし、王族として当然の対応なのかもしれない。だけど年上の人から立場も関係なく、そんなことを言われるのは久しぶりでひどく安心してしまった。


「は……」

「あれっ⁉︎」

「え?」


なんか頬を伝う感触がしたなあとは思ったが、目の前でまた大慌てになるオリヴァーさんを見て、手で顔を触る。やっぱり指には水滴がついていて、泣いているんだということに気づいた。別に悲しいわけでもなんでもない。でもポタポタと溢れるそれに、ずっと今の今まで自分が気を張っていたのだろうことにようやく気がついた。


ルーシュの気持ちも理解したし、自分の立場も境遇も理解した。王族としての立場も分かっているし、だからしょうがないのだと。子どもじゃないのだから、全て一人で飲み込んで生きていかなくてはいけないのだと考えていた。納得しもう気にせずに歩き出していると思っていたが、そんな単純な問題ではないらしい。


「ああ! なんで⁉︎ ごめんね、変なこと言った⁉︎ 兄ちゃんは嫌だった⁉︎」

「いいえ、その、嬉しいです」

「ああ、もう! こんな時に限ってカッチカチにアイロンかけてるハンカチしか持ってないんだよね! とりあえずほらご飯食べて! そしたら楽しくなるから!」

「んむ」


慌てまくったオリヴァーさんに皿に奪われ、フォークも奪われる。そして、せっせと俺の開いた口にその皿の上の料理をどんどん詰め込んでいった。『鹿が大好きなんだよね⁉︎』なんて言いながらとんでもない量を口の中に突っ込まれるから、もう口の中はパンパンで思わず笑ってしまう。


「んふふ」

「はー……、焦った」


久々に子どもみたいな扱いをされてしまった。それがどうにもくすぐったくて、ちょっぴり嬉しくて口をもごもご言わせながら笑う。涙は残滓がポロ、と落ちるくらいですっかり止まってしまった。

オリヴァーさんは汗を拭いながら、心底ホッとした顔をした。そりゃそうだ、目の前で大の大人が急に泣き始めたら焦るに決まっている。

食べ物を飲み込んだら、安心してちょっと涙腺が馬鹿になってしまったことを話そう。




「ア、キさん… …?」


そう思いながらもぐもぐと口を動かしていると、後ろから声が聞こえた。

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