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貴方は誰?

来る人来る人に挨拶を返し談笑し、また挨拶を返し。そうして会場を見渡した限り、恐らく全ての人へと挨拶が終わった俺は。


「うっっま……なにこれ……」


庭園のベンチに腰掛けて、山盛り持ってきたご飯を一人で食べていた。

挨拶が終わったあと、ルーシュに少しだけ人目につかないところにいてもいいか聞いてみた。俺が疲れたのだと思ったルーシュは快く了承し、いそいそと着いて来ようとする。ご飯が食べたいから一人にしてほしいと伝えて、話しかけようと寄ってきた人に彼を差し出し、なんとかこうやって離脱できた。

ルーシュが言っていた通り用意されたご飯はどれもこれも俺が好きなものばかりで、知らない料理ですら口にいれると好みの味だった。

こんなに美味しい料理を少ししか食べられないなんて、この国の人は可哀想だ。あとで食べるのかもしれないが、こんなにも美味しいのに長い間放置されて料理も泣いている。


「はあ……おいし……」


美味しいご飯と明るい空。広がる自然と澄んだ空気。ようやく久しぶりに深呼吸ができた気がして、ふうと息を吐き出した。

ご飯が食べたかったのは嘘じゃない。でもそれ以上に時間の経過とともに、あの場所にいることが少ししんどくなってしまった。

ルーシュの学友はあの人達だけじゃなくて他にもいた。それ以外にも王家と繋がりが深い一族の人たちや遠縁の親戚。その誰もが優しく声をかけてくれた。この場にいる人たちは俺がどのような存在か知っているようで、皆温かく接してくれたのだ。会話も楽しくて、無学な自分でもついていける話をしてくれる。決して邪険にされたわけでも、心無い言葉をかけられたわけでもない。

だけど息がどんどんと詰まっていった。

ルーシュの婚約者として扱われるたびに、その立ち位置となっていることを喜ばれるたびに苦しさは増していく。前までだったらきっと素直に受け取れていた俺に対する褒め言葉も、言われるたびに居た堪れない気持ちになった。


俺はもう婚約者でもなんでもない。ルーシュに愛されてもいない。ただその場しのぎのためここにいるだけ。本当はこんなところにいる資格もなにもないただのおじさんだ。

そう思うと息苦しくて、居た堪れなくて、こうして少しだけ逃げてしまったのだ。

気持ちの整理をするためにも、どうにかあの温かく優しい空間を抜け出した。とは言っても、ご飯を食べて深呼吸したらすぐ戻るつもりだ。


(早く食べないと……)


時間が分かるものはこの場にはなく、思いの外時間が経ってしまっている可能性もある。

皿に盛られた美味しいご飯たちをどんどんと口の中に入れていく。ああ、勿体ない。もっと味わって食べたかった。


「すっごい食べるね」

「⁉︎」


不意にかけられた言葉にポテトサラダが詰まりそうになる。声の主は探す間もいらないくらい近く、俺の横でベンチに腰をかけていた。


「ンむっ!」

「ああ、もう気にしないで。喉に詰まっちゃうしゆっくり飲み込みなよ」


おかしい。だってさっきまで横には誰もいなかった。こんなに開けた場所だと人が近づいてきただけで気づくはずだし、もちろんこの場所を選んで座った時にも人なんていなかった。

胸をどんどんと叩きながら一生懸命飲み込もうとすると、諸悪の根源から気を使われる。誰のせいだと思ってるんだ。


「っはぁッ……、え、えっと」

「種も仕掛けもない魔法だよ。ちょっと休憩しようと気配消してたら君が座ってきたってわけ」


指をパチンと鳴らした瞬間、目の前にいる人の存在が薄れていく。かろうじて、居ることを知っているから認識できているものの、何も知らされていないのであれば全く分からないだろう。それくらいの薄さ。またパチンと聞こえたと思えば、はっきりとその人が現れる。

肩までに切りそろえられた茶髪の髪を揺らして、目の前のひとは狐のように目を細めて笑う。


「お休みのところ大変失礼しました。魔法もマナーについてもまだ不勉強のため、どうかご容赦いただけますと」

「ああ、それも気にしないで。むしろまだ来てから半年も経っていないだろう? よくやってる方かと思うけど」

「あれ……。申し訳ありません、私ご挨拶を既にしておりましたでしょうか」


目の前の青年に心当たりはない。

三十人もの着飾った綺麗な人々に挨拶をしており、全員の顔を覚えているかと言われると少し自信がない。ただ、こう言うと失礼かもしれないが、目の前の青年は俺でも親しみやすい見た目をしていた。きっとあの輪の中にいれば覚えているはずなのに、記憶の中にこの人はいない。


「いや、タイミングを失っちゃってまだだよ。でも君のことは知ってる。あれだけ派手な登場をしたら流石に見てるよ」

「そうでしたか。では改めまして……私はアキと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ! というか、食べ物置かないの?」


礼をしながらも、しっかり左手に持っている皿を指さされるとちょっと恥ずかしくなる。


「すみません、あまりにも美味しかったもので食い意地を張ってて……」


だってここはベンチしかなくて皿の置き場はどこにもなかったんだ。ベンチもなだらかなカーブを描いていて、もしかしたら皿が滑り落ちてしまうかもしれない。そう思うとどこにも置けずにこのスタイルになってしまった。


「ははは! 美味しかったのであれば良かったよ。たくさんお食べ」

「はい。ご用意いただきありがとうございました」

「ん?」

「え?」


気まずさを感じながらも素直に言うと、目の前の青年は豪快に笑ったのち、はたと動きを止める。


「あれ? いつから気づいてた」

「貴方様を本日は見ていなかったので、殿下への挨拶を行わなくても問題ない方と考えればかなり限られます。あと、本日の出席者について全員を知っているわけではないですが、お一方知っていてまだご挨拶できていない方がいまして、その方のご身分は存じ上げておりますので」

「ふふ、そっか。ごめんね、別に隠してたわけじゃないんだけど」


目の前の青年はすっと立ち上がり、会場で見た誰よりも綺麗な礼を披露された。


「初めまして。私はオリヴァー、この国の王国魔法騎士団の騎士団長を務めています」


そしてにっこりと今度は上品な笑みを浮かべる。


「そして、貴方の可愛い婚約者の叔父さんだよ」


可愛いって言われて照れるルーシュなんて珍しいモン見れたなあと言って、オリヴァーさんは笑った。

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