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挨拶

俺みたいに付け焼き刃ではない綺麗な人達。ルーシュと同じくらいの年齢の女性と、ルーシュを見た瞬間目を輝かせた男性。貫禄がある男性もルーシュを見た瞬間、目元を和らげた。そんな人達の視線が一気に突き刺さる。

当たり前だ。自分の国の王子様の横に立っているのは、初めて見る王子様の婚約者。そんな状況でその人物を見ないわけがない。ごく自然な動作で、悪意も敵意もない。

頭では理解はしているのに、血が凍っていく。

だって、あまりに『ここ』に自分は不相応だ。見目もよくなければ年だって離れている。しかもこの世界の人間でもなければ、秀でた何かも持っていない。

僅かにだけバレないように横へ視線を向ける。キラキラと輝く金糸と、綺麗で凛とした横顔。


今、横に立っているこのひとにだって俺は愛されていない。


ただこの国を救うために必要なだけで、それで持ち上げられて今俺はここに立っている。ここに立つに相応しい人はもっと他に存在しているし、俺だってここに立つ必要なんてないのに。それなのに、俺が求めてしまったから今こんなところに立っている。

近くに人の熱があるのに、ひどく寒かった。ポツンと世界で一人きりになった感覚がして今すぐにでもこの場から逃げたい。誰かに助けて欲しくてつい握っている手にぎゅうと力が入った。


「大丈夫だよ」


近くにいる俺にしか聞こえないくらいの声。そんな大きさで話す人なんてこの場では一人しかいなくて。


「到着が遅くなり申し訳ありません。あとで皆様にも直接紹介しますが、まずは挨拶を。私の婚約者であるアキです」


今日の真っ青な空のように透き通った声でルーシュが話す。大きくはないし威圧感もないが、よく通るその声は会場中に響き渡る。いつも聞いているその声は俺の心にもストンと入り込んできた。心のざわめきが落ち着き、現実に一気に引き戻される。脳が覚醒して、先ほどまでの自分が戻ってきた。

ルーシュから一歩離れて、マナーの先生に習った礼を披露しゆっくりと面を上げる。


「アキと申します。本日は皆様にお会いできることを楽しみにしておりました」


辺りを見まわしにっこりと微笑むと、会場中の人も表情を和やかにしてゆったりと頭を下げる。そこまでするとぽつぽつと元々の団欒に皆戻っていく。

視線が散らばったこと、そしてなんとか持ち直したことにほっと息をつく。よかった。あれだけ見栄を切っていたのに、危ないところだった。


「ありがとう、ルーシュ」

「全然。アキさん、僕も上手くやれるよ」

「はは、本当だな。あんなこと言って俺だめだなあ」

「ああ、いや。そんなことを言いたいわけじゃなくて」


真っ直ぐに前を向いていたルーシュが、眉尻を下げて俺の頬を撫でる。


「僕のことも頼ってください。アキさんの方が年上なのも、しっかりしてるのもよく分かっているよ。頼りないかもしれないけど、……信じられないかもしれないけど、僕がいつもあなたの味方でいることを忘れないで」

「は……」


そしてするりと手を顎まで滑らせてから、額にそっとキスをされる。久々の接触に思わず固まっていると、体を離したルーシュが驚くほど優しげな目でこちらを見る。

あれ、こういう時俺なんて返してたっけ。

さっきとはまた別の意味合いで言葉が出てこなくなって、開きかけた口がキュと閉じる。


「あれ? もしかして挨拶まだ早かったか?」

「もう! 殿下の邪魔しちゃだめですよ! ほら、私達のことは気にせず続けて続けて!」

「こいつの方がタチ悪いから。殿下の珍しい姿観察する気満々ですよ、なんか言ってやったらどうです」

「お前達……」


何を言おうか迷っていると、不意に声がかけられて二人揃って振り向く。そこにはルーシュと同い年くらいの男女が立っており、ルーシュのリアクションからしても古くからの知り合いのようだ。王子に対する声がけとしてはあまりに気安いものだったから、もしかすると学生時代からの友人かもしれない。

呆れたようなため息を吐くルーシュが珍しくて、まじまじと見ていると咳払いを一つされる。


「えっと、こちら学生時代の友人です」

「初めてお目にかかります、妃殿下。私リチャードと申します」

「アイリスと申します。お会いできる今日この日を楽しみにしておりましたわ」


先ほどのルーシュへのリアクションとは打って変わって丁寧に挨拶をされる。ニコニコと愛想よく微笑む二人はやはり学生時代からの友人だったようだ。俺の話はルーシュから多少聞いていたようで、挨拶を返すとすぐにマナーなどは気にしないで欲しいと告げられる。それを断る理由もないため、ありがたく好意を受け取って身体から力を抜いた。


「ありがとうございます。正直こういった場は初めてでどうしたら良いか分からず。初めて声をかけてくれたのがお二人のような優しいひとで良かった。不慣れなもので色々教えてもらえると嬉しいです」

「あらあら! どうしましょう! ……殿下の学生時代の話とかご興味あります?」

「それだったら私とっておきのエピソードがありますよ! 二年生の夏の時の話なんですけど」

「お前達!!!」


ルーシュに大きな声を出されて、いたずらっ子のように笑う二人。『殿下いないところで話しましょうか』とか『あとでこっそり声かけますよ』なんて言うから、ルーシュが俺のことを隠すようにして立ちながら怒っている。いつも凛としていてしっかり者のルーシュ。正しく恋人同士だった時には甘えてくることも多かったが、こんな姿は見たことがなかった。あまりにも年相応な姿に温かい気持ちになってしまって、目の前でぷりぷりと怒っている頭をそっと撫でる。


「アキさん?」

「ん? ああ、可愛かったから」

「カッ」

「仲良い友達がいるのはいいことだよ。良かったね。俺にも会わせてくれてありがとうな。……二人も俺を輪に入れようとしてくれてありがとう」


可愛い年下の子の頭を撫でていると、思わず目の前の同世代の子達にも同じ言葉使いで話しかけてしまう。しまったと思ったが、なんとも言えない顔で頬を赤らめているルーシュからお咎めは飛んでこない。フォローする様子もないため問題なかったのだろうと理解して二人を見ると、ぽかんとしたあと気の抜けた笑いを浮かべた。


「あー……なるほど、同世代がお眼鏡にかなわないわけだよ」

「殿下のこと可愛いっておっしゃるお方、初めて見ましたわ。殿下のことを未だに慕っている諦めの悪い方達に教えてあげないと」

「ああ、やっぱりルーシュのこと慕ってる子達って多いんですね」

「アキさん!! 余計なこと聞かなくていいから」


なんだ、やっぱり婚約者がいてもルーシュのことを好きな子はいるのか。アイリスちゃんは諦めが悪いと言ったがこちらとしては願ったり叶ったりだ。俺が去ったあと臆せずにルーシュのことを愛してくれるひとが必要だ。幼馴染のあの子以外にもたくさんいるのであれば、それだけルーシュが幸せに暮らせる選択肢が増える。

目の前で必死に俺の服を掴んでくるルーシュを押し除けて、アイリスちゃんににっこりと微笑んだ。


「よろしく言っておいてください」


言葉通りの意味だったが、それを聞いたアイリスちゃんの目がニターっと三日月になって、リチャードくんがピュウと口笛を吹いた。完全に意図が間違って伝わっていると理解したがもう遅い。

訂正するより先に二人はそそくさといなくなり、代わりに別の人が挨拶にやってくる。どこかふわふわとご機嫌なルーシュが応えるため、二人を追いかけることもできずルーシュに倣う。

それからは笑顔を貼り付けて、来る人来る人に挨拶を行った。

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