種田山頭火への返信 その3
種田山頭火への返信 その3
〇今回の山頭火の句
ほろほろ酔うて木の葉ふる
〇返信
昭和2年から3年にかけ、山頭火が中国、四国、九州地方を「あてもなく」さまよっていた時代に詠んだ句だ。
この時も山頭火は酔っている。
山頭火の酔いっぷりには彼の告白によると5段階ある。
ほろほろ、とろとろ、どろどろ、ぼろぼろ、ごろごろだ。
冒頭の句の山頭火は、彼自身にも、周囲の者にも最も望ましい「ほろほろ」の状態だ。
同種のものには以下の様な彼の句がある。
・酔ひざめの花がこぼれるこぼれる
・酔ひのさめゆく蕎麦の花しろし
・みどり 酔へば いよいよみどり
・ふつと覚めて青い青い空(酔境)
・酔ひざめの木の葉ちるなりおちるなり
山頭火の日記にはこうある。
「酒は三合、ビールならば二本、ほろほろ酔ふたらそのまま睡るべし、その他火酒は口にすべからず」
とはいえこの自戒が守れるような山頭火ではない。
「ほろほろ」状態からさらに酔いが進行していくと、彼の俳句はこうなっていく。
・日ざかりの酔ひどれは踊る
・酔ひどれも踊りつかれてぬくい雨
・天の川ま夜中の酔ひどれは踊る
山頭火は酔うと踊る人であった。しかも句を見る限りたった一人で踊っている姿が浮かんでくる。
日ざかりの太陽のもとで踊り、真夜中、星空の下で踊るのだ。
現代ではまず見ることの出来ない酔態と言えるだろう。
正月早々から酔って踊る人であったことは昭和8年元旦の日記でも分かる。
「いはゆるお正月気分で、敬治君といつしよに飲み歩いた、そして踊りつづけた、それはシャレでもなければヂヨウダンでもない、シンケンきはまるシンケイおどりであつた!踊れ、踊れ、踊れる間は踊れ!」
さらに最後の5段階に至るとどうなるのかというと、例えば昭和10年7月3日の彼の日記にはこうある。
「悪日、悪日の悪日。愚劣な山頭火を通り越して醜悪な山頭火だつた。
恥を知れ、恥を知れ、恥を知れ、恥知らずめ、恥知らずめ、恥知らずめ」
さて、この句で降っているのは「木の葉」。
山頭火の自選句集「草木塔」には「木の葉」を詠った次の句がある。
・木の葉散る歩きつめる(大正15年)
・木の葉ふるふる鉢の子へも(昭和9年)
いずれも旅を続ける山頭火に散りかかる木の葉だ。
風の中を山頭火が歩いていく。
しかし「ほろほろ酔うて木の葉ふる」の句からは上記の2句とは異なる絵が私には浮んでくる。
ここでは「ほろほろ」という言葉に着目してみよう・
昭和の時代なって以降、亡くなる昭和15年までに彼が「ほろほろ」と詠んだ句は次のとおりである。
・ほろほろ酔うて木の葉ふる
・砂掘れば砂のほろほろ
・ほろほろちるはもくれんのしろ
・別れて遠い顔がほろほろ落葉して
・暮れるとすこし肌寒いさくらほろほろ
・なみのおとさくらほろほろ
・旅はほろほろ月が出た
・ほろほろほろびゆくわたくしの秋
・うらうらほろほろ花がちる
・御飯のうまさほろほろこぼれ
上掲の句から何が「ほろほろ」なのかを順に見てみると次のようになる。
くずれる砂、散るもくれんの花、落葉、散るさくら、散るさくら、月、秋、散る花、こぼれる御飯。
これらのことごとくが山頭火の目に「ほろほろ」と映った物だ。
しかし「ほろほろ酔うて木の葉ふる」だけは違っている。
ここで「ほろほろ」なのは何かというと、ほろ酔いの山頭火自身だ。
この句だけはほろ酔いの彼自らを詠っている。
ちなみに、「ほろほろ酔うて木の葉ふる」の英訳を見ると「ほろほろ」はmellowlyと訳されている。
mellowを辞書で見ると次のような役がある。
1:〈果物が〉熟している 、〈酒が〉芳醇な
2:〈光・色・声・音など〉豊かで美しい,豊潤な
3:〈人間が〉(年をとり経験を積んで)円熟した
4:〈地味が〉柔らかくて肥えた
そして最後に口語表現して(酒を飲んで)陽気な,一杯機嫌の
とある。
山頭火はメロウな酔いを最上としたのだ。
さて、この句「ほろほろ酔うて木の葉ふる」だが、季節は秋、時刻は昼下がりの2時と私は見た。
昼酒にほろほろと酔った山頭火がフラフラと紅葉した山に分け入って行く。
木漏れ日がさざめくように山頭火の周りで揺れ、とりどりの色の木の葉がほろほろと山頭火に降りかかる。山頭火が見出した酒飲みの桃源郷の境地、それを詠った句だと私は読んだ。
30代の頃、私は山頭火の酔いの分類でいうと第三段階以降の「どろどろ」「ぼろぼろ」状態で花の下を歩いたことがある。
当時私の住んでいた沼津の海岸に近いマンションの下を細い遊歩道が1キロほど続いていた。
その夜、私はワインを1本あけ、2本目も半分ほど飲んだところでいい気分で夜中のベランダに出た。
眼下には遊歩道の桜が満開だった。
夜桜に誘われた私はワインの瓶をつかんで表に出、満開の夜桜の下を歩いた。
私の異様な振る舞いを見て心配した妻がついてきた。
すれ違う人は皆、気味悪そうに私をよけて過ぎた。
時々ビンからワインをラッパ飲みにするが、桜はそんな私にほろほろと散りかかる。
「ほろほろ酔うてさくらちる」とうそぶきたいほどの、絵画の中にいるような陶然たる気持ちのまま、私はよろよろと歩き続けた。
我ながら恐ろしいことにその後の記憶は一切ない。
妻だけは知っているだろうが、彼女は何も言わず、私もあえて聞かない。
山頭火は泥酔の挙句、留置場で一夜を過ごしたことがあったが、その時の私が警察に通報されなかったのは運が良かったという他ない。




