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92話 ベイル家

「あなた!起きてください!」


 わしは妻の大声で叩き起こされた。何事だ、と思いながら目をこすると、血相を変えたメイの顔が目に飛び込んできた。


「な、なんーー」


「これを見て下さい!ユウさんが!ユイさんが!」


 わしの言葉を遮って、メイが手に持っていた紙をわしによこす。そのただ事ではない様子に嫌な予感がしつつそれを受け取る。


「なんじゃ?・・・っ!」


 それはユウとユイの置き手紙だった。今まで面倒をみてくれてありがとう。訓練を付けてくれてありがとう。

 そして、勝手にいなくなってごめんなさい、と。

 はっ、と息を呑み、慌てて飛び起きた。そしてユウの部屋、ユイの部屋をのぞく。しかしどちらももぬけの殻だった。しかもきれいに整えられ、荷物も消えている。

 そこでわしは悟った。あいつらは勝手に出発したのだと。


「なんでじゃ・・・っ!」


 昨日4人で旅しようと言ってたじゃないかっ!それなのになぜ・・・っ!

 

 ぐしゃ


 手に持った手紙が潰れる音がした。


「あなた・・・」


「なあ、メイ」


 心配そうに声を掛けてきた妻に問う。


「何ですか?」


「わしらはあの二人を子供のように思っておった。じゃから今回もユイについて行こうと思った・・・」


「ええ。私も同じ気持ちです」


「じゃが、おやつらはそうは思っておらんかったんかのぅ・・・」


 家族同然だからこそ、ついて行こうと思った。家族は一緒に困難を乗り越えるものだから。だが、二人はわしらに相談もなくこっそり出て行ってしまった。

 わしらのことはどうでもよかっのか。家族と思っていたのはわしだけだったのか。心が締め付けられるような、そんなさみしさを覚える。


「いえ。逆だと思いますよ」


 しかしメイは困ったように目で笑いながら首を振った。


「逆?」


「ええ。私たちを大事に思っているからこそ、こっそり出ていったんじゃないですか?ほら、書いてありますよ。私たちに構わずのんびり暮らして下さいって。迷惑を掛けたくないって。優しい子たちですよ、本当に」


「・・・」


 そうか。わしらに苦労をかけまいと。自分たちで責任を取ろうと。

 ・・・しかしな。それは大きなお世話じゃ。のんびり暮らす?そんなの性に合っていない!迷惑を掛けたくない?そんなの知ったことじゃない!今更・・・!今更何を言っとるんじゃ・・・!


 ・・・よし。決めたぞ。

 きっと顔を上げる。メイと目が合う。メイもまた目に強い決意を宿しているようだった。わしはその目を見て、告げる。


「追いかけよう」


 ユウとユイを追いかける。そのことを告げると、メイはにっこり笑った。


「ええ。もちろん」


 メイとうなずき合う。考えは同じだった。

 夫婦の意見は決まった。ユウとユイを追う。文句の一つも言ってやらないといかん。そのあとは・・・。また四人で暮らそう。


 と、メイが冷静な口調で言う。


「でも、どこに行ったんでしょう」


「おそらくヴァーナ王国じゃろう。フェート王国へは陸路で行く必要があるから、時間がかかる」


 アルス王国はヴァーナ王国とフェート王国の二カ国と国境を接している。そのうちヴァーナ王国へは港町ケーニンから船で行くことができる。しかしフェート王国へは海流の影響で船で行くことができない。だから馬車を乗り継いで行くことになるが、そうなると10日間でフェート王国に到着できるかは微妙になってしまう。だから普通に考えればヴァーナ王国に行くはずだし、わしも四人でヴァーナ王国へ行くつもりだった。

 しかし、フェート王国という選択肢がなくなった訳ではない。どちらに行ったか、決定打に欠ける。そしてこの選択を間違えると二人と会うのはほぼ不可能になってしまう。慎重に考えなければ。


 そこで、ふと思う。もしかしたら。わしら以外にはどこへ行くか伝えているかもしれん。ユウは昨日一人で出かけておったしの。あのときは一人になりたいだけかと思っていたが、ひょっとしたら友人に挨拶して回っていたのかも。

 そう思っていると、メイは別の紙を手渡してきた。


「あと、同時にこの手紙が」


 ムラカミへ。シバタさんへ。そう書かれていた。どうやら同郷の友人に宛てた手紙らしい。


「これを手渡してくれ、と書かれてあります」

 

 それを聞いて、わしはがっくりと肩を落とした。

 もしユウが友人に相談していればその時に挨拶は済ませてているはず。しかしこの手紙があると言うことは、昨日ユウは友人に会っていないということになる。

 これで一つ手がかりが潰えた。はぁ、とため息をつく。


「あと、リルの姿も見当たりません。手紙にはリルの世話もお願いしますと書かれてありましたが、もしたらリルも一緒に行ったのかもしれません」


「そうか・・・」


 ユウとユイの性格からして、リルを連れていくとは考えづらい。となるとリルがこっそりついて行ったのか。あの懐きようを見ればそれも納得である。ただ、リルの強さは本物だ。一緒にいるならむしろ安心である。

 

 とその時。ドンドン、と玄関の扉をノックする音が聞こえた。


 メイと顔を見合わせる。誰だろう。とりあえず玄関に行って扉を開ける。するとそこにいたのは、


「あの!高島が国外追放って聞いたんですが!?」


「あ、朝早くにすみません。でもいても立っもいられなくて。高島くんと一条さんはいますか!?」


「ご無沙汰しております。すみません。突然押しかけてしまって」


 カズヒサとミホ、そして先生じゃったな。噂をすれば早速訊ねて来た。ユウたちが国外追放されたと聞いて慌ててきたと見える。チラチラと目線が家の中を探るように動いている。ユウとユイを探しているんだろう。しかし、


「じつは・・・」


「ユウさんとユイさんはもう出て行ってしまいました」


 わしの言葉を引き取ってメイがそう告げると、三人は驚きに目を見張った。


「なっ!高島たちが!?」


「うむ。勝手に出ていてしもうた」


「そんな・・・」


「高島くん・・・。一条さん・・・」


 カズヒサは目を丸くし、ミホと先生は悔しそうにうつむき、唇を噛んでいる。


「とりあえず、中にお入り下さい」


 そうやって三人を招き入れる。そして手紙を渡しつつ、経緯を説明する。国外追放されて、四人で旅しようと話していたこと。しかし昨日の夜のうちにこっそり出て行ってしまったこと。

 三人は事態を把握し、うつむいてしまった。大きな衝撃を受けているようだ。無理もない。友人が、教え子が、勝手に消えてしまったのだから。

 そんな三人にわしは強い口調で告げる。


「わしらはユウたちの後を追う」


「ロッシュさん・・・」


 先生が驚いたように顔を上げた。そしてメイも安心させるように軽く微笑んで言う。


「ユウさんとユイさんのことは任せて下さい。きっと無事に元の世界へ戻して見せますから」


「メイさん・・・」


 先生はしばらく考え込む。と思ったらわしらに頭を下げた。


「ロッシュさん。メイさん。高島くんと一条さんをお願いしてもよろしいでしょうか」


「うむ。任せておけ。先生はカズヒサたちのことを頼むぞ」


「ロッシュさん。高島に会ったらぶん殴って下さい!俺たちにひと言相談しろって」


「ふっ。そうじゃの。任せてくれ」


「私からも。また会いましょうね、って伝えて下さい」


「ええ。もちろん」


 ユウ。ユイ。本当にいい友人に恵まれたな。おぬしが追放されると聞いて、真っ先に心配してくれる友人に。

 しかし、わしらにもカズヒサたちにもこんなに心配かけて。これは一回叱り飛ばさないといかんのぅ。

 待ってなさい、ユウ、ユイ。すぐ追いつくからの。

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