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90話 馬車

 外はまだ薄暗い。時刻にして朝の3時か4時ぐらいだろう。人もほとんどいない。そんな王都を結依と二人で歩く。


「で、これからどうするの?」


「まずは馬車でケーニンという港町へ行く。そこから船に乗って隣のヴァーナ王国を目指すつもりだ」


「へぇ。ちゃんと考えてたのね」


「当たり前だ。俺をなんだと思ってるんだ」


 結依の中で、俺はどんなバカだが思われているんだろうか。さすがに何の考えも無しにベイル家を飛び出すような無謀な真似はしない。移動手段やルートはきちんと目星をつけてある。


「でも馬車ってそんなに朝早く出発するの?」


「おいおい。俺をなめるなよ。なんでこの時間に出発したと思う?」


「は?」


「ケーニン行きの馬車ば朝一で出てるんだ。昨日一人で王都を散歩してるときに時間を確認したんだ」


 命令書が届いた直後。俺はロッシュさんたちに断って一人で王都を歩いていた。多分ロッシュさんたちは一人になりたいからと思っていたんだろうが・・・。いや、それも間違いではない。一人で考えを整理しつつ、アルス王国から別の国への移動手段も探っていたのだ。

 で、導き出した答えがこう。日の出と共に出発するケーニン行きの馬車に乗り、夜ケーニンに到着する。そのままケーニンで一泊し、翌日ヴァーナ王国行の船に乗る。

 このルートを結依に説明すると、結依は感心したようにへぇ、とつぶやいた。いや、むしろこの程度で感心するって、俺は普段どんなになめられているんだ。むかっとしたが、出発早々ケンカする必要も無いだろう、と我慢した。


 しかしまだ馬車の出発までは時間があるようだ。大通りの馬車乗り合い所に来たが、まだ御者も乗客もいない。ロッシュさんたちに見つからないよう、あえて早い時間に出たからな。仕方ない。しばらく待機だ。結依と二人、馬車乗り場の柵に腰掛け、時間が経つのを待つ。特に会話は無かった。ただ今更それで気まずくなる間柄でもない。二人でぼーとだまりこくったまま、たまにひと言二言しゃべりつつ、夜明けを待っていた。

 一時間ほどだろうか。馬車の御者が馬を連れてやってきた。50代ぐらいの中年の男性だ。彼は俺を見つけると話しかけてきてくれた。


「よお。昨日の坊主じゃねえか」


「あ、どうも。ケーニンまで二人、お願いします」


「二人?あいよ」


 昨日ルートの確認をしているときに少し話した程度だが、俺のことを覚えてくれていたらしい。その時に俺は一人で乗るという話をしてたから、今結依と二人なのに疑問を持ったのだろう。それでも二人分の料金を渡すと、荷台に載せてくれた。


「ふぅ。よいしょ」


 席に座ってようやく一息つく。リュックを床に降ろし、身体をのばす。それにしてもやけに重いな。


「出発までもうちょい待ってくれ」


「はーい」


 御者にそう声をかけられた。まだ出発まで時間があるらしい。そう思うとなんだがうとうとしてきた。


「悠。お金・・・」


「ああ、あとで・・・」


 昨晩は寝過ごすといけない、と思って寝てないからな。今になって眠気が襲ってきた。頭も回らなくなってきた。あとは座っているだけ、そう思うと・・・。




「よし、出発するぞ!」


 は、とその声で目が覚めた。どうやら寝ていたようだ。うん?隣に温かい感触・・・。


「悠・・・」


 すぐ隣から呆れたような声が聞こえた。まるで耳元で呼ばれたようだ近さだ。


「ん?」


 だんだん頭が覚醒してくる。目の前には眠っている小さい女の子連れの家族、その横には一人で乗ってきたとおぼしき若い男性。いや、他の乗客のことはいい。問題は俺の右横に座る結依だ。いや、右横というか、すぐ隣というか、もう密着しているというか・・・!


「いつまでもたれてるのよ」


「ご、ごめん!」


 どうやら眠っている間に、結依にもたれかかってしまったようだ。慌てて身体を起こし、結依から離れる。


「まったく・・・。そんな気の緩みようでよく一人で行こうとしたわね」


 結依がため息をついた。でも怒ってはいないようだ。ただ、正面に座る若い夫婦の生暖かい視線が恥ずかしかった。


 そんなこなんなで馬車は朝日を浴びながらゆっくり走り出した。見慣れた王都の大通りを静かに進んでいく。あそこは買い食いをした屋台、ここを曲がれば孤児院。ロッシュさんへの手紙で孤児院へのお別れの言付けはしたが、きちんと挨拶できなかったことが心残りだ。そして冒険者ギルド。セナさんともお別れだ。大門を通り、王都の外の草原へ。


「いよいよ出発ね」


「そうだな」


 そして馬車は王都を出て、草原を進んでいく。


 さあ、ここからは未知の世界だ。


 ちらっと横を見る、


 なにもかもが初めての旅で、隣に見慣れた顔がある。それだけでなんだか心強かった。


「なに?」


「いや、なにも」


 結依の顔を見ていると視線が合い、そう問われてしまった。顔を見つめていたとバレるのは恥ずかしいので、首を振り、視線を下に落とす。そのままなんとはなしに荷物を見つめる。

 すると、なんと。


 ごそごそ


 俺のリュックが動いた。


「は?」


 見間違いか、と思って目をこする。しかしやはりごそごそ、とやはり動いている。


 ごそごそ


 ごそごそ


 なにかおかしい。恐る恐るリュックの口を開ける。

 すると、中に入っていたのはなんと、


「わん!」


 白いもふもふだった。


「「リル!」」


 俺たちが飼っていた白い子犬、リルが顔を出したではないか。


「わふぅ!」


 リルは俺たちの顔を見てうれしそうに尻尾を振る。

 どうもリュックに忍びこんでいたようだ。道理で重いはずだ。いや、そんなことはどうでもいい。なんでリルがここにいるんだ。


「なんでリルを連れてきたのよ!」


 結依が俺を責めるようにそう言う。確かにロッシュさんたちに迷惑を掛けるからこっそり抜け出したのに、リルを連れてくるのはおかしい。しかし俺だって想定外だ。


「連れてきたんじゃない!俺も知らなかったんだ!」


「はぁ!?」


「ほんとだって!勝手に荷物に紛れ込んでたんだよ!」


 そう言うと、結依は馬鹿を見るような目で俺を見た。


「まったく、信じられない・・・。リルが入ってるのに気付かないなんて」


 結局旅が始まって早々にケンカ。やっぱり結依を連れてきたのは失敗だったかもしれない。


「仕方ないだろ。結依の部屋で寝てると思ってたんだ」


 昨日の夜、寝室に引っ込んだときにリルはいなかった。だからてっきり結依の部屋にいると思っていた。しかしその時から俺のリュックに忍び込んでいたのか?

 いや、それよりもリルだ。


「どうする?」


「どうするって言っても・・・。馬車はもう動き出してるし・・・」


 動いている馬車から追い出すことは出来ないし、そもそも王都の外で一人放り出すことも出来ない。それはあまりにも無責任すぎる。と頭を悩ませていると、リルがじっと俺を見つめて鳴いた。


「わん!」


 それは何か訴えているような鳴き声だった。


「どうした?リル?」


「わん!わん!」


 俺と結依と見つめて、力強く鳴く。これは、まさか・・・。結依と顔を見合わせる。どうやら結依も同じ考えらしい。どうもリルはーー


「もしかして、リルも一緒に来たいのかしら?」


「わん!」


 今度は頷くような仕草を見せながら鳴いた。間違いない。リルは俺たちと一緒に来たいらしい。

 再び結依と顔を見合わせる。結依は呆れたような、困ったような、でもどこかうれしさもにじみ出ているような表情だった。

 その気持ちはよく分かる。遊びに行く訳じゃない。出来ることならリルも家で平和にのんびり暮らしてほしかった。でもリルを拾ってきたのは俺だし、ロッシュさんに預けるのもそれはそれで無責任な感じはしていた。そしてリルがここまでしてついてきたいと言うなら。その気持ちはとてもうれしい。そして頼もしい。リルは俺たちよりずっと強いから。

 結依と目を合わせ、頷きあう。よし。決まった。


「仕方ない。リル、これからよろしく頼む」


「わん!」


 こうして俺の国外追放の旅は、結依とリルの三人で行うことになった。

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