89話 出発(2/2)
悠に国外追放の命令書が届いた翌日。まだ日が昇っていない未明の時間帯。私は一人リビングのソファに座っていた。眠れなかったわけではない。むしろ眠る気は無い。私はあいつが来るのを待っているのだ。
真夜中から待っているが、まだ来ない。ひょっとして、今日じゃないのか?いや、そんな訳ない。あいつの性格からして、絶対に今日のはずだ。
いいかげん待ちくたびれた頃。トントン、と静かに階段を下りる音がした。続いてぎぃ、と扉が開く音。そこから顔を現したのは、見慣れた幼馴染の顔。・・・やっと来たか。
「遅かったわね、悠」
私はリビングに入ってきた悠にそう声を掛けた。すると悠はびくっと肩を揺らし、勢いよく私の方を見た。暗くて表情は分からないが、驚きに染まっているはずだ。
「な、な」
「しっ」
驚きで声を振るわせる悠に、声を潜めるよう注意する。あまり大きな声を出すとロッシュさんたちが起きてしまう。すると悠はしまった、という風に慌てて口を閉じ、しかし鋭い声で問いただしてきた。
「お前・・・っ。なんでここに」
「なんでって。悠を待ってたのよ」
そう。私は悠を待っていたんだ。しかし悠は私が待っていたことは予想すらしていなかったらしい。驚きを声ににじませて間抜けな声を出した。
「はぁ!?」
「出て行くんでしょ?」
「え、あ、いや・・・」
そう問うと、悠が目を泳がせた。本当に分かりやすすぎる。悠がこっそりこの家を抜け出そうとしていたこと。なぜ私にバレないと思ったのか。
「・・・どうせあなたのことだから、皆に迷惑をかけないよう、さっさと一人で出て行くつもりだったんでしょ?」
「う・・・」
あの命令書が来てからずっと考え込んでいたようだし、きっと皆に迷惑を掛けるぐらいなら、と思っていたに違いない。こいつは変なところで真面目だから。
「図星のようね。何年幼馴染やってると思ってるのよ」
私が呆れたように言うと、悠は悔しそうに唇を噛んだ。と思ったら、今度は観念したように静かに叫びだした。
「だ、だって!ロッシュさんたちにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないだろ!」
確かにロッシュさんたちは優しいから、悠と一緒に国を出ようとするだろう。そして、それを申し訳なく思う気持ちも分かる。
「・・・それは私も賛成よ」
「え?お、おう。そうだろ!?」
我が意を得たり、と悠が頷きながら言った。確かに高齢のロッシュさんたちに長旅はつらいだろう。そして住み慣れたこの国を出るのもつらいだろう。私もロッシュさんたちに無理はしてほしくない。
でも、でも、
「でも、あなた一人で行かせるわけないじゃない」
だからといって、悠を一人で行かせるのは違う。そう強い思いを込めて言った。
「ん?」
しかし悠は首をかしげる。
はぁ。ここまで言って何故分からないのだろう。本当に鈍感な奴だ。簡単な話じゃない。私は軽くため息をつきながら口を開いた。
「私も一緒に行くわ。私と悠の二人でこの国を出るの」
それを聞いた悠は目玉が飛び出そうになるぐらいに目を見開いた。
「はぁ!?ダメに決まってるだろ!これは俺の問題だ!俺一人で行く!」
そして、勢いよく反対してきた。絶対に譲らない、と強い意志を感じるような声だ。だが、私だって単なる思いつきで言ったのではない。
「元はといえば私が前田に目をつけられたからでしょ!悠は関係ないじゃない!」
前田が悠を目の敵にするのは私が原因だ。前田が私に好意を抱き、その私と幼馴染である悠が気に入らなかったという構図。つまり、元はといえば私が原因なのだ。それなのに悠にだけ責任を追わせ、私はのうのうとこの国に残るなんてこと、出来るはずがない。
「いや!追放されたのは俺だけだ!結依がついてくる必要はない!」
しかしその後も応酬は続く。俺の問題、いや私が原因、いやお前は悪くない・・・。無駄に頑固な悠はなかなか折れない。往生際が悪い奴だ。多分悠としては危険だから私を連れて行きたくないとでも思ってるんでしょうね。でも、だからこそ、よ。危険なのに一人で行かせる訳ないじゃない。
決闘前の夜は負けたら私と一緒に旅に行くって言ってくれたのに。危険すぎるから一人では行かせないって言ったのに。あれ結構うれしかったんだから。それなのにいざ悠だけが追放されて私は残るって、そんなのありえないでしょ。
仕方ない。切り札を切るしかないようね。悠を黙らせる必殺のひと言を。
「これ以上ごねるようなら、大声を出してロッシュさんたちを呼ぶからね」
私がそう言った瞬間であった。
「ぐ・・・」
悠は声を詰まらせ、沈黙した。眉間にしわを寄せて考え込んでいる。しかし考えても無駄だ。悠の目的は一人でこっそり抜け出すことだった。私に見つかってはいるが、ロッシュさんたちに見つかってしまうことはもっと避けたいはず。今日の脱出が失敗に終われば、明日から監視がついて抜け出せなくなることは容易に想像がつく。よって私がこの台詞を発した時点で、私の勝ちは揺るがないのだ。
悠もそれが分かったのか、やがてがっくりと肩を落とした。
「・・・わかったよ」
そして諦めたように小さくつぶやいた。私はそれを聞いてにっこり笑った。
「もう。最初からそう言えばいいのに」
「・・・うるさい。じゃ、さっさと準備してこい」
悠はしっし、と手を振る。しかし甘い。
「あら。もう準備バッチリよ。今すぐ出発できるわ」
旅の準備も出来ているし、ロッシュさん、メイさん、そして村上くんや柴田さんたち宛ての置き手紙も書いてきた。あとは本当にもう出るだけだ。ね?私が本気で一緒に行くって言ったこと、分かった?
「おまえ・・・」
悠が呆れたような声を出した。そして唇をもごもごさせたあと、ぽつりとつぶやいた。
「・・・じゃあ、行くか」
「ええ」
悠の言葉に頷いた。
そうして私たちはビングを出た。最後にこの思い出深い家を目に焼き付けて、深々と礼をする。
お世話になりました。勝手に抜け出してごめんなさい。お元気で。
私たちは二人そろって薄暗い王都へ歩き出した。
ねえ悠。
あなたはなんで私がついてきたと思ってる?
優しいから?責任感が強いから?
もちろんそれはないとは言わない。
でも。
心の中の。
ずっとずっと奥の本音は。
悠と離れたくなかったから。
一人で生きていくのが怖かった。
悠がいない平和な暮らしより。
悠がいる危険な旅のほうがよかった。
仮にも幼馴染だしね。
今更離れる方が違和感があるというか。
恥ずかしいし、認めたくないけど。
そう思ってる自分がいるんだ。
だからね、悠。
これからもよろしく。




