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88話 出発(1/2)

 夜明け前。まだ皆が寝静まっている頃。俺は静かに部屋を出た。誰にも気付かれないよう、そっと。腰には剣、リュックには防具やお金、着替え。思ったより重い。色々詰め込んだせいか。そして手には惜別の手紙。


 そう。俺はベイル家の皆に内緒でこの家を抜け出すのだ。あのままじゃ皆でこの国を出ることになる。そう悟った俺は夜のうちにこっそり出て行くことにしたのだ。皆に迷惑はかけられない。だから先手を打たせてもらう。


 廊下を歩き、階段を静かに下りる。暗くしんと静まった家は不気味である。しかし同時に思い出もよみがえってくる。暖かな団らん、厳しい訓練、そして二人の笑顔。

 ベイル家は、俺にとって家だった。この上なく居心地がよかった。そこを離れること。悲しい。寂しい。泣きそうだ。でも、迷惑はかけたくない。だからこっそり出て行くことにした。


 お別れの挨拶も出来ぬまま、去っていくことになってしまう。礼儀知らずに違いない。せめて、と手紙を書いてきた。俺を拾ってくれてありがとう、温かく面倒をみてくれてありがとう、訓練をつけてくれてありがとう、そして、さようなら。このご恩は一生忘ません、と。ロッシュさん、メイさん宛てにそう書いてきた。そして結依宛てにも。元気でな、ロッシュさんたちに迷惑かけるなよ、リルの世話もよろしく、そして最後まで守ってやれなくてごめんな、と。

 思えば結依と離れるのは初めてだ。なんだかんだ生まれてからずっと一緒だったからな。家も隣、学校もクラスも一緒、休日もどっちかの家に行くか、一緒にどこかに行くか。果ては異世界にも一緒に来た。これだけの腐れ縁もまあ珍しいだろう。だが幼馴染はどこかで離れるものなんだ。正直、胸にぽっかり穴が空くような、信じられないような、そんな感じすらする。でも、結依ともこれでお別れだ。


「・・・」


 ・・・ああ、そう。村上たちにも手紙を書いた。今まで仲良くしてくれてありがとう、バイバイ、と。そして結依を頼む、と。


 ああ。悲しい。寂しい。いや、でも。


「ふぅ・・・」


 そうだ。なにも今生の別れじゃない。俺が魔王を倒して、魔石を持って凱旋したらさすがにアルス王国も無碍にはしないだろう。それでもって、結依は村上たちと再開して、ロッシュさんに改めてお礼と謝罪を言って、そしてきちんとお別れの挨拶をして、日本に帰るんだ。

 うん。今から弱気になってどうするんだ。頑張るのはここからだろう。


「よし」


 手紙を置くためにリビングに入る。これを置いたらいよいよ旅立ちの時だーーー



「遅かったわね、悠」



 ーーーーーは!?!?!?



「な、な」


 そこにはいるはずのない人物。結依がいた。驚きのあまり、わなわなと口が震える。え?ほんとになんで?


「しっ」


 結依が人差し指を口に当て、静かにしろ、と促す。そう言えばロッシュさんたちを起こしたらまずい、と思い出し、慌てて口を閉じる。そして声を潜め、問いただす。


「お前・・・っ。なんでここに」


 俺は誰にも見つからないように抜け出してきたのに。結依にバレてしまった。しかも偶然ではなく、俺を待っていたかのような口ぶり。どういうことだ??頭が疑問で埋め尽くされる。


「なんでって。悠を待ってたのよ」


「はぁ!?」


 やはり俺を待っていたらしい。ということは俺がこの家を抜け出すことを予想してたってこと・・・?いや、まさか。予想なんて出来るはずがない。


「出て行くんでしょ?」


「え、あ、いや・・・」


 あっさり見抜かれた。そんなそぶりは見せていなかったはずなのに・・・。


「・・・どうせあなたのことだから、皆に迷惑をかけないよう、さっさと一人で出て行くつもりだったんでしょ?」


「う・・・」


 動機までバッチリ正解だ。


「図星のようね。何年幼馴染やってると思ってるのよ」


 どうやら俺の考えは完璧に読まれていたようだ。悔しい。

 ・・・いや、そんなことはもはやどうでもいい。バレたのは仕方ないとして、邪魔さえされなければいい。


「だ、だって!ロッシュさんたちにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないだろ!」


 ロッシュさんたちにバレないように静かに出て行く。だからお前も二人を起こさないようにこっそり見送ってくれ。そう思って小声で訴えると、結依は頷いた。


「・・・それは私も賛成よ」


「え?お、おう。そうだろ!?」


 どうやら結依もロッシュさんたちに迷惑はかけたくないと思っているようだ。そこは同じ気持ちでよかった。なら、俺のことも静かに見送ってくれるはず。よかった。

 まあ、最後に結依に会えてよかった。次に会えるのはいつか分からないからな。挨拶できてよかった。

 ところが。


「でも、あなた一人で行かせるわけないじゃない」


「ん?」


 なにか雲行きが怪しくなってきた。一人で行かせるわけない?でもロッシュさんたちに迷惑を掛けたくもないんだろう?矛盾してるぞ?・・・いや、まさかーー


「私も一緒に行くわ。私と悠の二人でこの国を出るの」


 ーーまさかだった。


「はぁ!?ダメに決まってるだろ!これは俺の問題だ!俺一人で行く!」


 結依もついてくるだと!?そんなのだめに決まってる!旅行に行くんじゃないんだ!下手したら命がけなんだぞ!そんな旅に結依を連れていける訳がない!

 ところが結依はきっと俺を睨み、強い口調になって言い返してきた。


「元はといえば私が前田に目をつけられたからでしょ!悠は関係ないじゃない!」


「いや!追放されたのは俺だけだ!結依がついてくる必要はない!」


 しかしその後も押し問答が続いた。俺の問題、いや私が原因、いやお前は悪くない・・・。結依はなかなか諦めない。頑固な奴だ。さっさと俺を見送ればいいのに。そう思っていると、結依がにやっと笑った。この得意げな笑み。嫌な予感がる。


「これ以上ごねるようなら、大声を出してロッシュさんたちを呼ぶからね」


 !?


「ぐ・・・」


 こいつ、俺が一番困ることをっ!

 俺の目的は誰にも見つからずベイル家を出ること。しかしロッシュさんを呼ばれてしまうとその目的は果たせなくなる。こうなると、今後ロッシュさんたちは警戒して俺がこっそり抜け出す隙はなくなるだろう。

 どうする?どうする?諦めるか?いや、それはない。となると、結依と一緒に行くのか?いや、でも・・・。うーん。

 いろんな考えがぐるぐると頭を巡る。どうする?どうする?

 今を逃すともうチャンスは・・・。

 結依と一緒に・・・。一緒に・・・。一緒に、か。


「・・・わかったよ」


 ロッシュさんたちに見つからずに出て行くには、結依に従うしかない。そう諦めてそうつぶやいた。


「もう。最初からそう言えばいいのに」


 結依は俺の答えを聞いて、呆れたように鼻を鳴らして言う。


「・・・うるさい。じゃ、さっさと準備してこい」


 もちろん危険はある。でも、俺が結依を守ればいいか。しゃーない。それぐらいは責任とってやろう。そう思いながら手を振って出発の準備を促すと結依は得意げにふっ、と笑みを漏らした。


「あら。もう準備バッチリよ。今すぐ出発できるわ」

 

 そしてそう言いながら、ポンポン、と足下の荷物を叩いた。どうやら荷造りも済ませてあるらしい。


「おまえ・・・」


 最初から俺と一緒に出て行くつもりだったんだな。そう思うとなんだが驚くような、呆れるような、手玉に取られたような、それでいてむずがゆいような・・・。なんとも言えない気持ちになった。決闘の前日には冗談半分でその話をしていたのに。まさか現実になるとは。


「・・・じゃあ、行くか」


「ええ」


 最後にベイル家の姿をじっくり見る。お世話になった大好きな家。どれだけ感謝してもし切れない。ありがとうございます。

 深々とお辞儀をしてから夜の王都へ踏み出した。







 なあ結依。


 お前がついてくることはやっぱり反対だ。つらいことも危険なこともいっぱいあるだろう。お前はロッシュさんたちと静かに暮らしてほしい。


 責任があるからとかさ。そんなこといいから平和に暮らしてくれよ。


 でもさ。


 心の奥底では。


 ずっと奥底では。


 お前がついてきてくれて。


 涙が出そうなほどうれしいんだ。


 生まれてからずっと一緒な訳だしさ。


 今更離れるのは気持ち悪いっていうかな。


 俺がこんな気持ちなのは。


 多分気付いてないだろうし。


 絶対言わないけどさ。


 すっげぇ心強いよ。


 ・・・ありがとう。

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