87話 苦悩
リビングはお通夜のような雰囲気だった。原因はこの一枚の紙。そこにはこう書かれてある。ユウ=タカシマを国外追放にする、と。
「「「「・・・」」」」
さっきまでピクニックに行こう、と盛り上がっていたのに。一転して重苦しい空気が漂っている。
「国外追放・・・ですか・・・」
メイさんが重々しく言った。信じられない、という思いがにじみ出るような声だった。
「うむ・・・。ここまでしてくるとはな・・・。わしも予想外じゃった」
「ロッシュさん・・・。どうにかならないんですか?」
結依が弱々しく尋ねる。この国外追放という命令を覆すことができるのか、と。俺だって出来るのならそうしたい。しかし、多分無理だろう、と思う。
そして案の定、ロッシュさんは首を振った。
「・・・残念ながら、難しいじゃろう。見たところこれはカーン公爵の私的な命令書じゃが、カーン公爵は今や貴族の中で一番の権力を誇っておる。これを覆すことができるのは国王陛下のみじゃが・・・」
この国の国王はカーン公爵の言いなりだ。つまり、これはこの国でもっとも強制力を持った命令といえる。それを覆すのはほぼ不可能。
その事実を突きつけられて、再びリビングの空気が重たくなる。
「・・・ひとまず、隣国のヴァーナ王国までは、馬車と船で三日あればつくじゃろう。まだ時間はある。焦る必要は無い」
「はい・・・」
つまり、あと数日は猶予があるってわけか。もっとも、その数日で事態が好転するとも思えないが。
どうしたもんか・・・。でもやっぱり諦めるしかないのか・・・。そう悩む俺にロッシュさんが優しく声をかけた。
「・・・ユウ。心配するな」
「ロッシュさん?」
なんだろうと聞き返す俺に、ロッシュさんは驚きの提案をした。
「わしらも一緒について行く」
「え?」
驚いてぽかんとする俺に、今度はメイさんが力強く頷いた。
「ええ。あなたを一人で行かせるわけにはいきませんよ」
「メイさん・・・」
ロッシュさんもメイさんも俺について行くという。その言葉は涙が出るほどうれしかった。二人が一緒ならどれほど心強いだろう。
「・・・」
お願いします、と。そう言いたい気持ちもあった。
でも、こうも思うのだ。二人の負担にはなりたくない、と。今まで散々お世話になったのだ。城で居場所のなかった俺を拾ってくれて、温かく迎え入れてくれて、訓練まで付けてくれて・・・。ロッシュさんとメイさんには本当に感謝している。
だから尚更これ以上迷惑をかけたくない。これ以上俺の事情に巻き込みたくない。国を出るのは体力的にもつらいだろうし、安全だって保証されている訳ではない。そして・・・。この国にはもう戻ってこられないかもしれない。
そんなこと、させられない。そう苦悩する俺を見つつ、結依が口を開いた。
「・・・そうですね。少なくともユウ一人じゃ心配です」
「結依?」
まさかお前もついてくるのか?そう思って結依の顔を見る。その表情はいつになく真剣だった。
「あら、いいわね。四人で旅でもしましょう」
そんな結依の言葉にメイさんが明るく反応した。そして、なんとリルまでが。
「わん!」
明るく吠えたリルにメイさんは笑顔を向ける。
「そうね。リルも一緒にね」
「わん!」
まるで旅行でも行くみたいに。俺以外の三人と一匹はそう言ってくれた。俺を一人にしないと。
「・・・」
それがどれほど心強いか。ついて行く、と言ってくれただけで俺はもう涙が出そうなほどうれしいのだ。特にロッシュさんとメイさんには。二人には感謝しても仕切れない。出会って何ヶ月も経っていないのに、ここまで気に掛けてくれて・・・。
「・・・」
でもやっぱり皆の負担になるのは・・・。ロッシュさん、メイさん。優しい二人のことだから、来ないでくれ、と言っても、気にするな、と笑ってついてくるのだろう。俺はそんな二人の優しさが大好きで、でもだからこそ二人にはのんびり幸せに暮らしてほしいと思うのだ。
そして、うん、まあ、結依も。幼馴染の義理かもしれないが、そう言ってくれたのは、まあ、素直にうれしい。でも、幼馴染だからこそ、迷惑はかけられない。
・・・うん。そうだ。俺は誰にも迷惑をかけたくない。これは俺の問題だ。
「すみません。一人で散歩に行ってきていいですか?」
「え?しかし・・・」
俺の言葉にメイさんが難色を示す。ただでさえ前田のことがあるのだ。その上こんなことになったらほっとけない、という思いもあるのだろう。しかし俺は一人になりたかった。一人で歩いて考えをまとめたかった。
「いいじゃろう。言ってこい」
「あなた・・・」
「夕飯までには帰ってくるんじゃぞ」
「はい」
そう言って俺はロッシュさんたちを残し、一人で王都に繰り出した。
☆☆☆
悠が一人で家を出て行った。残されたのは私とロッシュさんとメイさん、そしてリル。
「大変なことになったのう」
「ええ」
ロッシュさんとメイさんが深刻そうな顔でつぶやく。話題はやはり悠の国外追放について。先ほど飛び込んできた驚きの一報だ。
この命令が届くまではベイル家は明るい雰囲気だった。前田との決闘は後味こそ悪かったが事実上悠の勝利。私の身の安全もひとまず確保された。それは素直にうれしかった。悠には言葉で感謝を伝えたが、たぶん、悠が思っているより私は悠に感謝している。私のことなんて放っておけばいいのに、ボロボロになりながら訓練し、恐怖心を押し殺しながら前田に挑んで、そして勝ってくれたんだから。
何より悠が怪我をしなかったことがうれしい。前回前田と戦ってたときは意識を失い、入院するくらいボコボコにやられたので、今回も心配していたのだが、まさか怪我するどころか、あんなに圧勝するとは・・・。戦っている最中の悠は、ちょっと不覚にも・・・。格好いいと、そう思ってしまった。いや、別に胸がときめいたとか顔が熱くなったとかそう言うわけじゃない。ただちょっと目が離せなかっただけだ。
「そもそも、何故悠を追放するんでしょう?」
しかしその喜びもつかの間。今度は悠が国外追放となってしまった。一体なぜ?私の頭の中は疑問と驚きと怒りでぐちゃぐちゃだった。
「あの決闘の際、魔族が出たんじゃろ?その責任を誰かがとらなきゃならんかったんじゃろう」
そんな私の言葉に答えてくれたのはロッシュさんだった。
「それを悠に?」
「うむ・・・。というか、ユウが魔族を騙った、とあるの。あれは本当に魔族が現れたのではなく、ユウが魔族が現れたように偽った、という結論になっておる」
「偽った?どういうことですか?」
命令書をよく見ると、「昨日の決闘において、さも魔族が現れたように偽り」と書いてある。悠が、魔族が現れたように見せかけた、というのだ。どういういことだ。あれは本当の魔族だったはずだ。
「おそらく・・・。本当に魔族が現れたなら大問題じゃ。王都の防衛はどうなっておるのか、対策はどうするか、国の面子は・・・。貴族たちにとって、魔族が現れたのは不都合でしかないんじゃ。その現実を見たくないため、ユウが魔族を騙った、という筋書きにしたんじゃろう」
「そんな・・・。身勝手な」
自分たちの保身のために悠に罪をなすりつけるなんて・・・!なんて自分勝手な連中なんだ・・・!心の底から怒りが湧いてくる。フツフツとマグマのように泡立ってくる。
「貴族とすれば、魔族が本気で宣戦布告に来たというより、ユウさんが仕組んだと思うほうが心地いいんでしょうね。魔族が今までは手を抜いていたと誰も信じたくないから。だったらユウさんの狂言というシナリオの方が受け入れやすいでしょう」
メイさんもそう言って怒りをあらわにする。悠一人に全てをなすりつけて逃げようとする貴族の姿勢に。
「・・・」
そしてふと思った。ああ、もしかしたら前田も関わっているかもしれない、と。悠に責任をかぶせれば全て上手くいく、と貴族に吹き込んだのかも。・・・そう思うとはらわたが煮えくりかえり、頭が沸騰しそうになった。
「ユウさんも、つらいでしょうね」
一転、メイさんが心配そうに空席を見つめた。そこは悠がいつも座る場所。いまはぽつんと空いている。
「うむ。いきなり犯罪者扱いじゃからの。わしらに出来ることは寄り添うことだけじゃが・・・」
「ええ。私たちもユウさんについて行きましょう。いかがですか、ユイさん?」
ロッシュさんもメイさんも悠について行くという。それだけ二人が悠を心配してくれているんだ。なんだかそれが他人ごとながらうれしかった。
「・・・ありがとうございます。私も悠を一人に出来ません」
私はそうお礼を言った。言ったが、しかし、お二人にこれ以上迷惑をかけたくないとも思う。なんのつながりもない私たちを引き取ってくれただけでも、返しきれないほどの恩があるというのに・・・。故郷を捨てさせ、危険な旅をさせるなんてこと・・・。私には出来ない。
・・・そして多分、それは悠も同じだろう。変なところで頑固なあいつは、絶対にロッシュさんたちの同行を断るはずだ。・・・で、当然、私の同行も。幼馴染だから迷惑は賭けられない、とかぬかして。
あいつは一人で出て行きたがるだろう。強引な手を使ってでも。
だが、そんなこと認められない。あいつは私のために戦ったんだ。私を前田のパートナーにしないために。その結果、国外追放になったんだ。私は。私だけは。悠を見捨てちゃいけないんだ。
ロッシュさんたちについてきてもらうこと、これは出来ない。私も、たぶん悠も、そう思っていいるはず。
でも、悠を一人には出来ない。そう、「一人には」、ね。




