86話 通達
「おはよーございます」
「おお、おはよう、ユウ」
「おはようございます」
「おはよ」
「わん!」
あくび混じりに朝の挨拶をする。するとすでに食卓に着いていたロッシュさん、メイさん、結依が挨拶を返してくれた。そしてリルは肉をかじるのをやめて俺の元へ。
「わん!わん!」
「リル。朝から元気だな」
頭をわしゃわしゃとなでるとうれしそうに尻尾を振る。やっぱりかわいいなあ。もふもふだし。朝から癒やされる。
「わふぅ。わふぅ」
そのまましばらくリルと朝のスキンシップを楽しんでいると、メイさんから声を掛けられた。
「ユウさん。朝ご飯の用意が出来ましたよ」
「あ、ありがとうございます、メイさん。リル、また後でな」
「わん!」
ということで俺も食卓へ。今日の朝食はパンと魚のスープだった。固めのパンだからスープに浸しながら食べるのがいいらしい。
そんな感じで朝食を摂っていると、ロッシュさんがこう言い出した。
「今日はどうするかの?昨日決闘があったから、訓練は休みでもよいが・・・」
昨日は前田と戦った。結依の未来を賭けて。勝てるかは半信半疑だったが、戦ってみると俺優位で、というかほとんど俺の勝ちだった。しかしライオスの依怙贔屓判定とジャックという魔王軍幹部の襲来で中止扱いになってしまった。安堵感と達成感と自信と悔しさと怒りと・・・。そんな感じで色々あったので肉体的も精神的にも疲れは残っている。なので今日は休めるとうれしい。そう思っているとメイさんも賛成してくれた。
「ええ。お二人も疲れているでしょうし、今日は休みでもいいんじゃないでしょうか。ただ、街中に出るのは避けた方がいいと思いますが」
ただ、メイさんの言うとおり、街に出るのは避けた方がいいかもしれない。なぜなら前田と鉢合わせするかもしれないからだ。あの前田の様子では、俺をかなり恨んでいそうだ。そして結依のことも諦めていないだろう。そんな状態で前田と会うと何をしてくるか分からない。なので少なくとも単独行動は避けるか、出来れば街に出ることも避けたいところだ。
「いえ、私は・・・」
しかし結依は何かひっかかることでもあるのか、休むことに否定的だ。
「まあまあ、ユイさん。あなたも精神的に疲れたでしょう?今日ぐらいはゆっくりしましょう」
「・・・はい。わかりました・・・」
最終的に結依が折れた。ということで今日は休日とすることになった。
「じゃあ、今日はお休みということで・・・。でも街に出れないとなると、どうしよう・・・」
そう俺が言うと、すかさずロッシュさんが、
「では、リルも連れて草原にピクニックでも行くかの?」
「わん!」
その一言に真っ先に反応したのはリルだ。尻尾をブンブン振りながらわんわん吠えている。
「なんだ?ピクニックに行きたいのか?」
「わん!」
俺たちの言葉が分かっているのか、それともたまたまなのか、リルはかなり上機嫌だ。まあ俺もあの草原は気に入っているから楽しみだ。さすがに前田も草原には来ないだろうし。さらにロッシュさんたちと一緒なら心強い。
「ふふっ。リルも喜んでいるようですし、そうしましょうか」
「わん!」
メイさんの言葉にもリルは元気よく返事をした。その様子が微笑ましくて、皆の顔に笑みが浮かぶ。朝の食事のひととき。食卓には穏やかな空気が流れていた。
と、そのとき。その空気を打ち破るようにけたたましい音が響いた。
ドンドンドンドン
激しく玄関の扉を叩く音だ。なんだろう?村上たちが来たのかな?でもそれにしてはノックが激しいというか、荒々しい感じがする。なんとなく不穏な空気を感じ取ったのか、メイさんも結依も顔から笑みが消えた。
「わしが行こう」
そう言ってロッシュさんが立ち上がった。残った俺と結依とメイさんは顔を見合わせる。がどうやら誰も心当たりもないらしい。
すると、
「ここに異世界から来たタカシマという者はおるか!?」
玄関からリビングまで響く怒鳴り声。聞き覚えのない声。しかもなぜか俺に用があるようだ。なんだろう。すごく嫌な予感がする。
仕方なく俺は立ち上がり玄関まで歩く。こうなったら、何があったのか気になるようで、結依とメイさんもついてきた。
「おお、ユウ」
俺に気付いたロッシュさんが振り返った。その前に立っていたのは、豪華な鎧を着た騎士だった。見覚えはない。そして何故か俺を見てギロリとにらみつけてきた。
「お前がタカシマか」
「そうですけど・・・」
俺が答えると、その騎士は見下すようにこう名乗った。
「私は近衛隊剣士組のウィル=ジャン=ミード=ベガットである。今日はお前のためにわざわざこんなところまでやってきたのだ」
男は懐から丸められた紙を取り出した。封をしてある紐をほどき、目の前で広げる。そして尊大な態度でこう言い放った。
「カーン公爵閣下よりユウ=タカシマへの通達である。有難く拝聴せよ」
カーン公爵から?心当たりは全くない。だが嫌な予感しかしない。
ウィルは一度俺を睨んだあと、大きく息を吸い、読み上げ始めた。そしてその予感は当たってしまった。
「ユウ=タカシマ!汝は昨日の決闘において、さも魔族が現れたように偽り、王宮を混乱に陥れたーー」
「なっ・・・!ちょ、ちょっと、俺はそんなことーー」
これって昨日のジャックの一件のことだろ?それを俺が仕組んだことになってるのか!?どういうことだ!?そのあまりの内容に俺は驚きの声をあげる。が、
「黙れ!」
すぐさまウィルに一喝されてしまった。もどかしさを感じながらも、仕方なく口を閉じる。見ると、ロッシュさんたちも驚きで目を見開いていた。
「汝は常日頃より救世主であるマエダ殿を恐れ、決闘を中止せんという動機も十分にあった。よって先の騒動の責は汝一人に帰せられるべきであるという結論に至った」
!?昨日ジャックが現れたことを本当に俺のせいにしようっていうのか!?身体からさっと血の気が引いていく感じがした。ロッシュさんもメイさんも結依もどんどん顔色が悪くなったきた。
「そも魔族を騙ることは人心を著しく乱し、王国の威信を低下させるものである。これは極めて重い罪である。故に汝は厳重に処罰する必要がある」
げ、厳重に処罰・・・。お、俺はいったいどうなるんだ・・・?ドキンドキンと心臓が大きく跳ねる。
そこでウィルは俺を見つめ、薄く微笑んだ。
「よって汝を国外追放とする!本日より10日以内に国外に退去せよ。それ以後、この国にいる場合は問答無用で拘束する!アルス王国公爵、ローレン=アダム=ミード=カーン。以上!」
国外追放。初め自分の耳を疑った。そして脳が理解を拒んだ。
やがてその意味が頭に染みこんでくる。え・・・?俺、この国をでなきゃいけないの・・・。頭が真っ白になった。
「ちょ、ちょっと、何かの間違いです!!悠がそんなことするはずありません!」
「黙れ!もう処分は下ったのだ!」
「もう一度考え直してください!国外追放って、そんなっ!」
「なんだ?この決定に意義を唱えることは、公爵閣下に逆らうことになるぞ!」
結依がそう抗議をしてくれた。しかしウィルはとりつく島もない。その様子を見て徐々に冷静さを取り戻せてきた。
最後にカーン公爵の名前があった。ということはこれはカーン公爵が主導して行われた決定なのだろう。仮にも大貴族だ。ということはこれはもう、逆らえないのだろう・・・。
「そ、それでもかまーー」
「結依!」
言いかけた結依を制止する。ここで抗議しても無駄だ。いやむしろ、公爵に従順ではないという情報を持ち帰られる方がよくない。結依にとって生活しづらくなるだけだ。
「・・・国外追放ですね。分かりました」
淡々と、そう言う。
「悠!」
たぶん、俺より動揺している人がいるからだろう。結依の姿を見ていると落ち着くことができた。
「ふん!罪を認めよったか」
「・・・僕は潔白です。でも、処罰が下ったならおとなしく従います」
そしてはっ、と思った。これは前田の復讐だろうか、と。貴族に気に入られているあいつなら、この一件の犯人を俺にするよう進言できるのではないか、と。真相は分からない。でももしそうなら、これは絶対に覆らないんだろうなと思う。だって復讐なら、真実などどうでもいいのだから。
「生意気な奴めっ!」
そう悪態をつきながらウィルは手に持っていた命令書を押しつけてきた。見ると、本当に先ほどウィルが読み上げ通りの内容が書かれてあった。国外追放・・・。そしてカーン公爵の署名とサイン。そして前田の顔が透けて見えるような気がした。高笑いしている前田の顔が。
「とにかく!仕事は果たしたからな!さっさと出て行くんだぞ!・・・まったく、何故私がこんな使いっ走りのようなことを・・・」
悪態をつきながらウィルはベイル邸を出て行った。
「「「「・・・」」」」
玄関に残された四人は誰も口をきけなかった。ただその現実を受け入れるのに必死だった。
俺はその紙から目が離せなかった。突きつけられた事実が改めて重くのしかかってくる。異世界に召喚されて、まさか犯罪者扱いされるとはな・・・。
「悠・・・」
未だ不慣れなこの世界で、国外追放・・・。
ああ、どうしよう・・・。




