8話 ステータス測定(1/2)
俺たち4人が謁見の間に入ると、既に大勢の生徒が集まっていた。その中にいた大友先生は俺たちに気づくと、歩いてきて出迎えてくれた。
「おはようございます。高島くん。村上くん。柴田さん。一条さん」
「「「「おはようございます」」」」
「体調はどうですか?」
「元気です」
「俺もです」
「私も元気です」
「問題ありません」
大友先生はよかった、と微笑んだ。
「何かあったらいつでも相談して下さいね」
「はい」
そう言うと、先生はある騎士のところへ歩いて行った。何かひと言ふた言告げると、今度はその騎士が部屋を出て行った。
数分後、扉からカーン公爵はじめ十数人の貴族が入室してきた。貴族の後ろには、なにやら占いで使いそうな掌サイズの水晶と、その台座らしき木の箱を抱えた騎士たち。公爵は俺たちの前に立ち、貴族は壁際に俺たちを挟むようにずらっと並ぶ。騎士達が公爵の横に木の台座と水晶を設置し、それが終わるとパンパンと手を叩いて注目を集めた。
「さて、皆様揃われたようですね」
ぐるっと俺たちを見回して言った。
「皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。皆様の能力を調べる為でございます。こちらをご覧下さい」
そう言って公爵は水晶を手で示した。
「この水晶は、皆様の能力、いわゆるステータスを可視化することができる道具でございます。ステータスは全部で4項目。筋力、体力、敏捷、魔力量でございます」
いよいよ、本格的に異世界という感じがしてきた。ステータス鑑定だ。筋力、敏捷、体力、魔力量の4項目ってことは、主に身体能力のようなものがわかるらしい。果たして自分にはどんな能力なのだろう。不謹慎ながらも、どこかワクワクしている自分がいた。
しかし一方で、結依や大友先生など理解していない者もいるようだ。
「簡単に言えば、皆様の今の能力を数値化する道具でございます」
それを察してか、公爵が言葉短く説明した。それでも首をかしげている者がいたので、公爵は諦めたように首を振った。
「・・・実際やっていただくのが分かりやすいでしょう。どなたか、測定されませんか?」
「・・・私からいきます」
手を挙げたのはやはり大友先生だ。つかつかと水晶の方へ歩み寄る。
よく分かっていないだろうに、手を挙げる勇気。とても真似はできない。
「水晶に軽く手を触れて下さい」
公爵に言われて、大友先生は手を伸ばす。そして手が触れた瞬間、ピカッと水晶が光った。
「きゃっ」
かわいらしい悲鳴をあげた。しかし、注目すべきはそこではなかった。水晶の上に、ホログラムのように文字が現れたのだ。
ユリコ=オオトモ 女 異世界からの来訪者
筋力 32
体力 41
敏捷 52
魔力 80
「こ、これはっ・・・」
公爵が声を上げた。周りの貴族、騎士も同様ざわついている。皆が驚きの声を上げ、ステータスに見入っている。
「えっ?えっ?」
周囲の反応に、不安そうな声を上げる大友先生。何かまずいことでも、と戸惑っているようだ。
「ご、ごほん。失礼。結構です。手を離して下さい」
先生が手を離すと、画面も消えた。
「えっと・・・。何かよくなかったのですか・・・?」
恐る恐る、大友先生が聞いた。それを受けて、公爵はぶんぶんと大げさに頭を振って否定した。
「いやいや、とんでもない!心配なさる必要はありません。とてもすばらしい値です!」
一転してニコニコと笑う公爵。
「皆様が元いた世界は、エリュシオンよりも上位の世界になります。上位世界の者が下位世界へ渡ったとき、能力が跳ね上がるのです。ですが、これほど素晴らしい能力をお持ちだとは・・・。やはり、私の判断に狂いはなかった・・・」
「はぁ・・・」
公爵のテンションについて行けない先生は困惑した声を出した。同時に、悪くない結果だと分かって、少し安堵の表情も混じっているように見える。
「オオトモ様!」
「はっ、はい!」
「これは素晴らしい値です!総合値が200超え!もしや、あなたは元の世界で凄腕の戦士でしたか!?」
「い、いえ。戦いなんてまったく・・・。ただの教員です・・・」
「なんと!それでこの値!さすが救世主様です!」
「えっと・・・。そんなにすごいんですか?」
大友先生は公爵の興奮ぶりに戸惑いながらも、質問した。問われた公爵はもちろんです、と勢いよく答えたあと、言葉を続けた。
「まず、この世界の一般的な男性は各項目の平均が20、4項目全ての値を足し合わせた総合値が80ほどです。兵士の訓練を受けると総合値は140ほどになります。熟練兵になると170ほどにまで成長し、190を越えてくるとエリート、一騎当千の強者と呼ばれるようになります。そんな中、戦いの経験が全くないにもかかわらず、総合値が200を超えるなど・・・!どうです?ご自身の強さがおわかりになりましたか!?」
「は、はい・・・」
公爵の熱に、大友先生がちょっと引いている。
しかし、俺は公爵が興奮するのも分かる気がした。ずぶの素人がエリートを超える能力をたたき出したんだから。それにこの値は訓練などで成長するようだから、さらに上昇する可能性もある。だからこその公爵の喜びようなのだろう。
「ほえー。先生って強いんだな」
「そうだな」
横の村上のつぶやきに、相づちを打つ。もちろん実際の戦いではこういった数値だけでなく、技術や経験も必要だろうが、単純に身体能力が高いというのはそれだけで大きなアドバンテージだ。
「ありがとうございます。オオトモ様。では、次の方、参りましょう」
興奮冷めやらぬ公爵が、そう言った。大友先生に変わって、前の方に陣取る生徒から次々に測定をしていく。
そして驚くべきことに、そのどれもが高い値をたたき出していた。多いのは180台。たまに下振れして170台や、上振れして190台がいる印象。
「素晴らしい!皆様とても高い数値をお持ちでいらっしゃる!では、次の方!」
いずれにしても、異常に高い値ばかり。公爵も機嫌が良さそうだ。
「じゃ、次はあたしね」
元気よく宣言したのは水野だ。踊るように水晶へ歩み寄り、手を触れる。
アイリ=ミズノ 女 異世界からの来訪者
筋力 26
体力 39
敏捷 75
魔力 55
「おおっ!」
水野の数値もなかなか高かった。大友先生には及ばないが、今まで測定した生徒の中では一番高い総合値195。
「へぇ。これがうちの能力か。よかった。先生と一緒に戦っても足手まといにならないね」
「み、水野さん?」
「えへへ。先生ってば、うちらを守るために無理しそうだからさ。先生のことはうちが守ってあげる」
「水野さん・・・」
照れたように笑う水野と、困ったような、それでもどこかうれしさをにじませたような大友先生。その光景はとても美しかった。
「へっ。しょうもない茶番だぜ。どけ。今度は俺がやってやる」
その光景をぶち壊したのは、前田だ。水野を押しのけ、水晶の元へ歩く。伊東と三村も一緒だ。
「前田さん、まず俺がやっていいっすか?」
「あ?なぜだ?」
「前田さんの後じゃ霞んじゃいますって」
「ふっ。確かに。さっさとやれ」
「よっしゃ」
まずは三村が測定するようだ。
マコト=ミムラ 男 異世界からの来訪者
筋力 47
体力 70
敏捷 54
魔力 20
総合値191。大友先生や水野には及ばないが、クラスでも上位に入る優秀さだ。
「おおっ。これも素晴らしい値ですな!」
「どうっすか前田さん!」
190を越えていた三村は、得意げに前田にじゃれついた。
「やるじゃねえか」
「今度は俺が」
三村のあとを受けて、伊東が挑戦した。
ケイタ=イトウ 男 異世界からの来訪者
筋力 46
体力 54
敏捷 21
魔力 70
「よっしゃ!」
「上出来だ」
同じく191だった伊東も、ガッツポーヅ。子分のできの良さに、満足げな前田。
「じゃ、今度は俺がやってやるか」
真打ち登場、とばかりにゆっくりと水晶へ手を伸ばす。自分が優秀な値をたたき出すことをみじんも疑っていない様子だ。
ヨウジ=マエダ 男 異世界からの来訪者
筋力 85
体力 66
敏捷 45
魔力 22
「おおおおっ」
「なんとっ」
「素晴らしい!総合値218とは!」
公爵、そして周りの貴族達が一斉に騒ぎ出した。前田のステータスは総合値218。大友先生をもしのぐ高ステータスだ。そういえば、召喚された直後、力がみなぎるとか言ってたな。このステータスの高さをなんとなく感じていたのか。
「さすがっす!前田さん!」
「最強っすね!」
「はっ!当然だ。こんなことでいちいち騒ぐんじゃねえ」
伊東と三村のヨイショをいさめつつも、まんざらではない様子。だってニヤニヤが隠せていないし。
「これなら魔王とやらもイチコロっすね!」
「ったりめーだろ」
がははと完全に調子に乗った笑い声を上げる前田。
「素晴らしいですよマエダ様!これほど素晴らしいステータスは見たことがありません!」
公爵の賞賛も相まって、前田は有頂天だ。と、不意に俺と目が合った。にやっと一層笑みを深くすると、俺の方へと歩いてきた。嫌な予感。
「なあ高島。お前もやってみろよ。もっとも、俺より高いってことはないだろうがな」
「そうだぜ高島。どうせお前らしか残ってないんだ」
「前田さんのあとで恥かかなきゃいいけどな」
ぎゃははと下品に笑う三人組。その顔が憎たらしい。ちょっと数値が高いからって調子に乗りやがって。
「悠、あんな挑発に乗る必要はないわ」
「そうですよ高島くん」
「いや、大丈夫。行ってくるよ」
どうせ残っているのは俺たち4人だ。行くしかない。
「待て、高島。俺が先に行く」
「村上・・・」
俺が歩き出そうとしたのを、なんと村上が制した。
「おい待て村上。俺は高島に言ってんだ」
「良いだろ別に」
前田が凄むのを無視し、村上が水晶に歩いて行った。どうやら俺をかばってくれたらしい。ありがとう、と心の中で言って村上の背中を見守る。
カズヒサ=ムラカミ 男 異世界からの来訪者
筋力 42
体力 68
敏捷 40
魔力 68
「へっ。出しゃばったくせに総合値たったの182かよ」
これでも十分素晴らしい数値に違いない。クラスの大部分が180台だったし、取り立てて低いということは決してない。しかし、前田たちからすれば自分たちより低い値。マウントを取ってニヤニヤにしている。
「つ、次は私が」
彼氏が馬鹿にされたことにむっとした柴田さんが、名乗り出た。普段は気弱だが、こういう強い一面もあるらしい。
ミホ=シバタ 女 異世界からの来訪者
筋力 37
体力 27
敏捷 45
魔力 68
「総合値177!へぼカップルだな!」
「てめえ!」
柴田さんともども馬鹿にされた村上が、怒った。前田につかみかからんばかりの勢い。
「和久くん!落ち着いて」
「美穂・・・」
自分も馬鹿にされたのに、柴田さんが村上をなだめる。それを見て、村上が少し冷静になった。一瞬前田をにらむだけにとどめ、俺たちの元へ返ってきた。
「大丈夫か、村上?柴田さん?」
「ああ。でも腹立つぜ。自分がちょっとステータス高いからって」
「そうね。品がないわ」
俺と結依が村上と柴田さんを励ます。前田にはああ言われたが、二人のステータスは悪くないんだ。
「前田くん!いいかげんにしなさい!」
「へんっ。まあいい。メインディッシュは高島だ。おい高島。もう逃げられねえぞ?さっさとやれ」
大友先生がとがめるが、どこ吹く風。ヘラヘラ笑いながら俺に向かって顎をしゃくる。
いよいよやるしかない。でも、ここで高い値を出せば前田を見返せる。そう気合いを入れて水晶へ歩を進める。
「では、こちらに手を」
間近で見る公爵は第一印象通りだった。口元には笑みを浮かべていても、目の奥が笑っていない。今も俺に微笑みを剥けているように一見見えるが、形だけの笑みに思われた。俺たちを道具としか思っていなさそうな、傲慢な目。
「はい」
とはいえ、嫌悪感を出すわけにもいかない。おとなしく水晶に手をのせる。
ユウ=タカシマ 男
筋力 17
体力 17
敏捷 26
魔力 12
一瞬静まりかえる謁見の間。そして
「「「ぎゃはははははっ」」」
前田とその取り巻きの笑い下が響いた。紛れもなく嘲笑。俺の数値を馬鹿にした笑い。
「これは・・・」
「なんと・・・」
貴族達も驚くほどの低さだった。俺の総合値は72。一般男性でも80だから、それよりも低い。言うなれば年齢通りの平々凡々なステータス、ということになろうか。それでもクラスメイトと比べたら、ダントツの低さ。
恥ずかしさで顔がカッと赤くなるのを自覚しつつ、水晶から下がる。どうしてこんなに低いんだ、と思いながら。前田に挑発されて測ってみたが、足下にも及ばなかった。それどころか、他の生徒達の半分にも満たない低さだ。
クスクスと笑い声が聞こえる。俺を快く思わない生徒か、見物している貴族か。分からないが、その対象が俺だってことは分かる。一人だけ際だって低いステータス。嘲るには格好の的だろう。
「あいつ、低すぎだろ・・・」
「やっば」
「出来損ないじゃん」
嘲りの視線と笑い声が俺に注がれる。それはトゲのように胸に突き刺さる。心臓が脈打つ度、トゲが深く刺さっていくような気がして、どんどん苦しくなる。
「高島くん」
心配そうな顔で大友先生が名前を呼んでくれた。だが、それを押しのけるように前田が寄ってきた。
「高島ぁ。やっぱお前は雑魚なんだよ。雑魚。なあ。恥ずかしいか?情けないか?なあ。教えてくれよ。今どんな気持ちだ?なあ?なあ?」
「くくくっ。俺だったら恥ずかしくて死んでるぜ」
「ふっ。やめろよ三村。雑魚には雑魚なりの役割があるだろ。俺たちの盾とかさ」
雑魚。盾。散々な言われようだ。数値が低いだけでこうも言われるのか。
「あなたたちっ!何ですかその言い方はっ!」
「うるせえよ大友。黙ってろ」
「なっ」
「高島。これではっきりしただろ?お前は一条の隣にいる資格がねえって。雑魚と一流は住む世界が違うんだ。雑魚は雑魚らしくその辺で這いつくばってろ。ゴミが」
ドスのきいた声で脅される。ささやくような声だが、この場にいる全員に聞こえただろう。お前には結依の隣はふさわしくないと。
結依は紛れもなく美少女。成績もいい。運動もできる。そんな人が、何故お前なんかと一緒にいる。そう思う男は、前田だけではない。声には出さないが、そう思ってる男もクラスにはいるはずだ。
・・・ああ。分かってるよ。俺が平凡な男だってことは。結依の隣にふさわしくないって。何度も言われた。前田だけじゃない。小学校のガキ大将小田や、中学校の不良大内・・・。どいつもこいつも結依に一目惚れしたとかぬかして、邪魔な俺を脅したり時には直接的に暴力を振るってきた。こいつらだけじゃない。陰で悪口を言われたことだって何度もある。
雑魚。ゴミ。キモい。陰キャ。平凡。結依の隣にいる資格がない。たまたま幼なじみだっただけ。寄生虫。そういった、今まで言われた悪口がぐるぐると頭を駆け巡る。馬鹿。ゴミ。根暗・・・。もよもやと暗い雲が胸の中に広がっていき、じくじくと焼いていく。
くそっ。なんで俺はこんなにステータスが低いんだ。なんでもっとイケメンじゃないんだ。なんでもっと勉強ができないんだ。なんでもっと・・・
「なあ、一条もそう思うだろ?・・・一条?」
声をかけた前田が少し戸惑った。顔を上げてみると、俺も驚いた。いつの間にか結依が水晶のところへ来ていたからだ。何をしているんだろう。そのまま結依は手を伸ばして水晶に触れた。
ピカッと光り、結依のステータスが表示される。前田と俺に注目していた視線が、結依のステータスに集まる。
「な、なんと・・・」
その数値を見た全員が、驚きで固まった。