85話 前田
「くそっ。高島の奴っ!絶対許さねえっっっ!」
蹴り飛ばした椅子がガシャンとけたたましい音を立てて転がった。それでも俺のいらだちは治まらない。脳裏にあの顔がこびりついて離れない。あの無能の顔がっ。
「おらぁぁぁぁっっっ!っっっつ!」
机を思い切り殴る。バキッと音を立ててヒビが入った。そして同時に処置した背中がまだ痛みやがる。くそがっっっっ。
「前田さんっ!」
「医務室の備品を壊したらまずいですって!」
「ちっ」
医者のババアは追い出したから構わねえだろうが。そう思いながらドスンとベッドに腰掛ける。それにしても腹の虫は治まらない。なんで俺が高島に殴られるんだっ!あんな地味な奴にっ!あんな無能にっっ!
あいつのせいで一条を手に入れ損なった。しかも大勢の前で醜態をさらしちまった。絶対汚い手を使ったに違いない。そうじゃなければ俺があいつに殴られるわけねぇっ!
俺の前には伊東と三村が直立不動で立っている。元はといえばお前らが高島を仕留め損なうからだろうがっ!なにのうのうとしてやがる。役立たずどもめがっ。怒鳴りつけてやる。
「おいっーー」
そう言いかけたところで、部屋の扉が開いた。
「失礼するぞ」
ノックもせずに入ってきたのはライオスだ。その姿は若干やつれているように見えた。いつもウザいぐらい自信満々なこいつには珍しいことだ。
「何だ?」
だが、今の俺は機嫌が悪い。しょうもない用件なら帰れ。そう思い、ギロッと睨む。
「・・・マエダ殿の様子を見に来ただけだ」
「はんっ」
嘘だな。こいつはそんな殊勝なやつじゃない。どうせ異世界人トップの俺の威光にすがりにでも来たんだろう。ふん。所詮こいつも貴族の中では下っ端だからな。俺のおかげででかい顔出来てるだけだ。
「・・・」
あ?こいつなに睨んできてんだ。文句があるならやるぞ?
「ら、ライオスさん。王宮はどうなんすか?」
「・・・王宮は紛糾している。あの魔族への対策をどうするか、あの発言の真偽は本当か、そして誰が責任を取るか・・。ずいぶん詰められたものだ」
「で、抜け出して来たってか?」
「・・・一旦閉会しただけだ。抜け出してきたわけではない」
そう言うライオスの顔色はよくないように見えた。大方、こいつが責任を取らされようとしているんだろう。こいつは所詮伯爵家の三男。親の爵位を継げるような偉い立場じゃないからな。このままだと一代限りの名誉貴族扱いだっけ?だからスケープゴートにはちょうどいいと思われているんだろう・・・。
ん?待てよ・・・?そこでふと、電撃が走るようにひらめいた。
スケープゴート・・・。それはこいつじゃなくてもいいはずだ。それより、いるじゃねえか。ぴったりの奴が。この国からも不要品と思われている無能が。
頭に浮かんだ考えに思わず頬が緩む。ああ。俺はなんて頭がいいんだ。こんな、こんな完璧な考えを思いつくなんて・・・。自分が怖いぜ。
「なあライオス。俺にいい考えがある」
「なんだ?」
ライオスはうさんくさそうな目で俺を見てきた。ふん。俺はお前を助けようとしてるんだぞ?そんな顔してもいいのか?
もったいつけるように笑いながらライオスを見つめる。奴は早くしろ、といらついたような目で見てくる。だが、俺の考えを聞いたときに、その顔がどう変わるか見物だぜ。
「あの魔族の侵入・・・。誰かが責任を取らなきゃいけねえんだろ?」
「・・・ああ。お偉いさんは犯人捜しに夢中だ」
「で、今のところ、お前が責任を取らされそうになっている、と」
「っ!!」
図星だな。隠してるつもりだろうが、バレバレだぜ。それとも、そうされるほど自分の立場が低いことを認めたくないのか?こいつのプライドの高さにはイライラするぜ。
まあいい。お前には多少世話になったからな。今回は助けてやる。
「その責任をよう・・・。高島にとらせるんだ」
ま、それは俺にも利益がある提案だがな。
「なに・・・?」
「高島が決闘を邪魔するためにアレを呼び寄せたんだ。俺に負けそうになったら決闘を中止できるようにな。そうだ。そうに違いないっ・・・。実際、高島の思惑通り、中止になったしな。きたねえ奴だぜ」
あのままだったら俺が勝ってたんだ。そうだ。俺があんな奴に負ける訳ねえ。あいつが汚い手で中止にさえしなければっ。だから俺は負けたんじゃないっ。
「それは・・・。あまりにも・・・」
ライオスは一旦言葉を切った。なんだ?不満でもあるのか?
と思ったら、にやっと唇をゆがめた。
「いい案過ぎる」
顔に浮かぶのは醜悪な笑み。いいねえ。それでこそライオスだ。
「罰金刑、禁固刑・・・。いや、上手くいけば国外追放まで持って行けるか・・・」
ブツブツつぶやくライオス。聞こえてくる言葉は俺にとってとても魅力的だ。そうだな・・・。この国から高島を追い出せれば・・・。くっく。素晴らしいなぁ。
「・・・ライオス。高島のクソを国外追放にしてくれ」
「ああ。任せろ。タカシマなら反対する者もおるまい」
あんなやつ、せいぜいどっかで野垂れ死ねばいい。そしてーー
「高島がいなくなれば、一条だって・・・」
「ふふっ。頼る者がいなくなった彼女は、さぞ心細く感じるだろう。そこをマエダ殿が慰めれば・・・」
そうだ。一条が俺になびかないのは高島がいるからだ。あいつが邪魔してるのか、一条があいつに遠慮しているのかはしらねえ。だがあいつがいなくなれば全て上手くいく。そう。そうに違いない。
「頼むぜライオス。あいつに地獄を見せてやってくれ」
そして一条は俺がもらう。あいつに相応しいのは俺だ。間違っても高島じゃねえ。一条だって俺を選ぶはずだ。なんてったって俺と高島じゃ格が違うからな。あんないい女は俺レベルじゃないと釣り合わねえ。
「ああ。もちろんだ」
俺とライオスはにやりと笑い合った。なあ高島ぁ。さっきはよくも恥をかかせてくれたな。でもよ、俺に勝とうなんざ百年早い。分かったか?
ああ。笑いが止まらねえ。最高だぜ。




