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83話 VS前田(3/3)

「やっ、ほーーーーーーーー!!!!」


 それはゆっくりと高度を下げ、俺たちの前に降り立った。


 それは人型の何かだった。ただし明らかに人間ではない。人間ではあり得ない漆黒の身体。その上に鎧や赤いマントを身につけている。さらにもう一つおかしい点を挙げるなら、その背中だ。なんと背中から真っ黒な翼が生えている。


 それはゆっくりと俺たちを見渡す。そこにいるだけで感じる圧倒的な存在感。誰もがそれを呆然と見つめている。結依も、村上も、柴田さんも、水野も、大友先生も、山本も、他の生徒も。そして俺の足下でうずくまっている前田も。


 それはゆっくりと微笑み、そっと口を開いた。


「始めまして。ボクは魔王軍北方攻略隊総司令官のジャックだよ。よろしく~」


 !!!


 魔王軍!その言葉を聞いて場に緊張が走った。魔王軍といえば、現在このユードラン大陸を侵略中の、人類の敵。俺たちがこの世界に召喚されることになった元凶だ。そして肩書きを聞く限り、そのなかでもかなりの大物らしき存在がやってきたようだ。にわかには信じられないが・・・。

 それに対してこの中で最も大きな反応を示したのは、ライオスだ。


「き、貴様はっ。魔族!?ここが王城と知っての狼藉か!?」


「お?やっぱりここが王城だったんだ。よかった」


「な、なんだとっ!?」


「まあまあ。そうカッカしないで。今日はお話に来ただけだから」


「話だと!?」


「そう」


 ライオスが怒鳴るようにそう問うと、ジャックはにやりと笑った。そしてもったいつけるように焦らす。焦らして、あざ笑うように言う。


「はっきり言うと宣戦布告、かな」


「っっ!!??」


 宣戦布告。その言葉を聞いてライオスがひゅっ、と息を呑んだ。俺も驚き、ドクッと心臓が跳ねた。とてつもなく重要な宣言。そう思えた。しかし今も魔王軍とアルス王国の戦いは始まっているはず。なのに宣戦布告とはどういうことだろ。

 俺の疑問はジャックの次の言葉で解決した。


「いやー、ボク、今まではあんまり真面目に戦争してなかったんだよね。遊びながらだったから。それで魔王様に真面目にやれって怒られちゃってさ。他の幹部を見習えって」


「な・・・・」


 驚愕に染まるライオスの顔。それを見てジャックは嘲るように言った。


「だからね、ボクも本腰を入れて君達を攻めることにしたんだ!今日はその挨拶に来たってわけ」


 ・・・今までは手を抜いていた?で、これからは本気で戦争を仕掛ける、と。宣戦布告とはそういう意味か。


「ふ、ふざけやがって・・・」


 癪だが俺もライオスと同じ意見だ。ふざけてる。遊び半分で戦争をするのもそうだし、本気で戦争することを笑いながら告げるのもどうかしてる。


「これからは激しい戦いになると思うけど、お互い恨みっこなしね!」


 どこまでも明るく言うジャック。まるでおにごっこしよう、と無邪気に誘う子供のようだ。しかし実際は戦争、殺し合いの誘いだ。だからこそ、俺はその明るさが余計に怖く感じた。


「黙れ!貴様ら如き、いつでもこの国からたたき出してやるっ!」


「えー?出来るの?そんなこと。あ、もしかしてボクたちのこと勘違いしてない?」


「勘違いだと?」


 ライオスの聞き返しに、ジャックはうれしそうな、あざ笑うような、見下すような笑みを浮かべた。


「今まで自分たちが優勢なのって、自分たちが強いからだって思ってない?」


「は?なにを当然のことを!わが国の軍隊は大陸でも抜きん出ている!」


 それは俺たちが何でも聞かされた話。ユードラン大陸4カ国のうちで、このアルス王国の被害だけが格段に小さい。それは軍隊が強いおかげだと自慢していて、だったら俺たちを召喚するなよとうんざりした覚えがある。

 しかし、ライオスの言葉を聞いたジャックは醜悪に口をゆがめた。


「残念!君たちが強いんじゃなくて、ボクたちがサボってたからでした~」


「なにっっ!?」


 その言葉にライオスは衝撃を受けたようで、口をパクパクさせた。よほどの衝撃だったらしい。俺はその反応を見て一瞬溜飲の下がる思いがした。ざまぁ、と思った。しかしすぐにその思いは消えた。もしジャックの言っていることが本当なら、俺たちの安全は大きく損なわれることになる。これからこの国は甚大な被害を被るかもしれない。さらに言えば王都にいたって、安全とは限らなくなるかもしれない。現にこうして王城にまで現れているわけだし・・・。そのことに思い至り、ぞっと背筋が凍った。


「き、貴様らがサボっていようが本気を出そうが関係ないっ!!わが国は貴様らなんぞに負けんっ!」


「んふ。いいねえ。その強がり、いつまで持つかな?」


「それはこちらの台詞だっ!」


 と、ライオスが叫び、腰に携えた剣に手を掛けた。


「ん?」


「今ここで貴様を殺せば、全て解決するっ!ぬおおおおおおおっっ!」


「おっ?」


 雄叫びを上げ、剣を振りかざしてライオスがジャックに向かっていった。対するジャックは軽く目を見開いただけ。迫るライオスに対して、特に回避も防御もしようとしない。


「おおおおおっっっっっ」


 ライオスが迫る。それでもジャックは動かない。ライオスが剣を振りかぶり、勢いのまま振り下ろした。

 その剣先はジャックの身体を捉えーー


 スッ


 なんと、ライオスの剣はジャックの身体をすり抜けた。避けたのではない。すり抜けたのだ。


「な、何!?」


 攻撃を仕掛けたライオスも驚く。対してジャックはおかしそうに笑った。


「残念。これは幻影でした~」


「ぐぬぬぬぬっっ!」


 幻影。それがどういうものか俺には分からないが、ともかく攻撃しても無駄なのだろう。だからジャックは避けるそぶりすら見せなかったんだ。そして攻撃は無意味だと悟ったのか、ライオスも悔しそうに歯がみしている。そしてジャックはそれを見て満足そうに笑い、こう言った。


「じゃ、そろそろボクは帰るね」


「なっ!待てっ!」


「待たないよ~。お偉いさんにも伝えておいてね。戦場で会おうって」


 最後にそう言って、ジャックは手を振る。するとその姿はゆらゆらと揺らめき、やがてふっと消えた。後には何も残らなかった。


「「「「「・・・」」」」」


 しばらく静寂が訓練所を支配した。誰もが衝撃から立ち直れないでいた。いきなり現れたジャックという存在。俺たちが倒さなければいけない魔王の子分。魔王という存在が急に現実的なモノとして突きつけられたような気がした。

 しばらく経った後、ライオスがつぶやいた。


「・・・私は王宮へこのことを報告せねばならん。よって今日は解散とする」


 その言葉は妥当に思えた。魔族が現れたこと。国の一大事だ。早急に情報共有する必要があるだろう。と思ったところで、俺は思い出した。今は前田との決闘中だと。しかも俺が事実上勝利していることを。少なくともこれだけは認めてもらいたい。俺が勝ったら前田は結依から手を引くって言ったんだ。曖昧なままではまた前田に絡まれてしまう。


「ライオス教官!」


 そう思って、俺はライオスに声を掛けた。


「なんだ?それと私はもはや貴様の教官ではない」


 俺に話しかけられたライオスは不機嫌そうにそう答えた。そして、もはや俺の教官ではない、と。なんだか本格的に俺の居場所は城にはないんだな、そう思わされるひと言だった。とはいえ今更ショックを受けるようなことではない。教官ではないなら無難に様、でもつけようかと気を取り直した。


「・・・ライオス様。今回の決闘、俺の勝ちでよろしいでしょうか?」


「ああ?」


 ライオスは不機嫌そうに舌打ちした。そして一瞬考え込んだ後、にやっと笑った。嫌な予感がする笑みだ。


「今回の決闘は中止とする」


 そして俺の予感は当たった。


「中止!?俺の勝ちじゃないんですか!?」


「中止は中止だ。勝ち負けはない」


「ど、どういう事ですか!?」


 明らかに俺の勝ちだったはずだ。何度も前田に攻撃を当てた。最後は俺のサンドバック状態だった。それをこれ幸いと中止だとっ・・・!?


「このようなことが起こったのだ。決闘どころではない。故に中止である」


「そんな・・・」


 どこまでも前田びいきの、ふざけた審判だ。どう見ても俺の勝ちだろう。


「ふんっ。無能ごときが粋がるなっ!私としてはお前が何かしらの不正を働いていないか取り調べたいところだ!それを見逃してやると言ってるんだ!おとなしく去れ!」


「なっ・・・」


 俺が不正?そんなことするわけがない!それは伊東や前田に言う台詞だろ!

 そんな言葉が喉元まででかかった。しかし口に出すのは堪えた。これ以上何を言っても無駄だと感じた。そして思う。もし俺の勝ちを認めざるを得ない状況になったら、俺が不正を働いたと強引に濡れ衣を着せるつもりだったのか・・・?


「解散だ!」


 ライオスは乱暴にそう吐き捨てると、さっさと訓練場を出て行ってしまった。俺はその後ろ姿を睨めつける。すると、


「ぐ・・・」


 俺の足下からうめき声が聞こえた。見ると、前田がのろのろと起き上がろうとしていた。


「前田」


 冷たく言い放ち、首元に竹刀をあてがう。


「結依に手を出すな。さもないとーー」


 ーー殺す。殺気を込めてそう睨む。


「高島ぁっ・・・」


 前田はひどく醜悪な顔で俺を睨む。怒り、憎しみ、恨み、嫉妬・・・。ありとあらゆる負の感情が込められていた。

 だが俺だって同じだ。さんざん調子に乗ってくれたな?こんど結依に手を出そうとしたら許さん。

 俺と前田。ヒリつくようなにらみ合いが続く。


「前田さん!」


 そこに前田の取り巻きである伊東と三村がやってきた。しゃがみ込む前田に駆け寄って、肩を貸す。俺はその片割れである伊東を睨んだ。


「おい伊東。やってくれたな」


 伊東は前田との決闘のさなか、俺の背中に石を投げつけて妨害しようとした。あからさますぎる不正だ。それに一瞬気を取られ、危うく前田に一撃をもらうところだった。ところが、


「あん?だまれ高島!無能が調子にのるな」


「っ!!」


 こいつ!あの不正をなんとも思っていない!?どういう神経してるんだ!


「高島ぁ。俺をコケにしたこと、後悔させてやる」


「首を洗って待ってろ」


 前田がドスのきいた声で言うと、三村もそう続いた。その瞳には尋常じゃない敵意。それを捨て台詞に、


「帰るぞ」


「「はいっ」」


「は?」


 前田は二人の手を借りながら訓練所を去って行った。俺は、待て、と叫んだが、当然のごとく無視された。


「あいつらっ・・・」


 結局、不正の追及も負けを認めさせることも出来なかった。追いかけるか?一瞬そう思ったそのとき、


「悠っ!」


 背後から俺を呼ぶ声が。そしてドンッ。こんどは柔らかい衝撃が。


「結依っ?」


 背中に温かい感触。どうやら結依が俺の背中にへばりついたようだ。離せ、そう言おうとしたところで、結依の身体が小刻みに震えているのを感じた。

 ・・・仕方ない。怖かっただろう。しばらくそっとしといてやるか。


「悠・・・。大丈夫だった?」


「ああ・・・」


 消えそうな声でそう尋ねる結依に、小さく頷く。なんとか結依を守れた。今更ながらその安堵感が胸に広がる。


「高島!」


「高島くん!」


 そして村上、柴田さん、山本や水野や大友先生が駆けつけてくれた。他の生徒たちは遠巻きに俺たちを見つめるだけ。彼らは決して俺に好意的ではなかったが、しかし今はその視線にネガティブな感情はないように思えた。

 村上は俺たちのそばまで来ると、笑いながら言った。


「お前、めっちゃ強いじゃねえか!」


「すごいです!」


「びっくりしたよ、高島くん!」


「ええ。でもまずは高島くんが無事でよかったです」


「やるじゃん。高島」


 そう笑顔で褒められて、胸がいっぱいになった。強い、か。無能と呼ばれた俺が、強い、か。頑張ったんだな、俺。


「みんな・・・。ありがとう」


 少しぐらい自分を褒めてあげよう。そう思った。


「悠」


「ん?」


 俺の背中で結依が小さく呼んだ。


「ありがとう」


「・・・おう」


 ほっとしたような、泣きそうな笑顔でそう言う結依。表情は見えない。でも多分笑っている気がした。それに対して俺はにかっと笑って答えた。

 ひとまず前田の脅威は退けることが出来た。もっとも、やつらがこのまま終わるとは思えない。そして魔族の襲来。いろんなことがありすぎる一日だった。でもまずは今日の勝利を喜ぼう。

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