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79話 夜のお話(2/2)

 結依と向き合って夜のリビングに座る。俺と結依。二人だけの空間。月明かりしかないリビングではお互いの顔がよく見えない。それがかえってよかった。黙っていてもいいと、そう思わせてくれる。

 だからしばらくどちらも話さなかった。でも考えていることは分かる。明日のことだろう。きっと結依は不安に違いない。俺が勝つかどうか。なんせ自分の身がかかっているからな。


「ねえ・・・」


 しばらくして結依がそうつぶやいた。


「明日本当に戦うの・・・?」


 本当に戦うの?どういう質問だろう?俺が勝つかどうか気になるんじゃないのか?そう疑問に思ったが、とりあえず頷いた。


「もちろん」


 俺はそう力強く答えた。続けて、


「大丈夫。絶対勝つから」


 結依を安心させるようにそう言った。少なくともそう簡単に前田に負けてやるつもりはない。最後の最後まで粘り強く食らいついてやる。そう決意を込めて拳をぎゅっと握る。

 しかし俺の返事を聞いた結依は驚くようなことを言い出した。


「やめてもいいんじゃない?」


「はぁ!?何言ってるんだ。第一・・・」


 お前が聖女にされるかもしれないんだぞ!そう言おうとした俺を遮って結依が叫ぶ。


「分かってる!私のために戦ってくれることは!でも・・・」


 結依が言葉を切った。その顔は泣き出しそうなくらいゆがんでいた。


「私のせいで悠が傷つくのは・・・」


「・・・」


 悲痛な声で言われた。それに対して俺は即答できなかった。思い出すのは前回の前田との戦い。俺は文字通りボコボコにされ、入院までする羽目になった。その時も結依心配してくれ、看病までしてくれた。

 そうか、結依は俺のことを心配してくれてるんだ・・・。でも、だからこそーー


「俺のために戦うんだ。前田が気に入らないから。だから気にすんな」


 嘘ではない。前田は気に入らないし、だから逃げたくないっていう気持ちもある。

 ーーでもだからこそ。やっぱり勝ちたい。絶対に勝ちたい。


「・・・」


 再び結依は黙った。うつむいているので表情は分からない。

 やがて結依はそっと顔をあげた。その瞳にはなにか強い気持ちが宿っているような気がした。


「・・・悠が負けても私は聖女にはならない。この国を出て行くから」


 俺は思わず目を見開いた。この国を出て行く!?


「お、お前・・・。日本で旅行するのとは違うんだぞ!」


 この世界での長距離移動は簡単ではない。魔物、盗賊・・・。さまざまな危険があるらしい。そうでなくても治安もいいとはいえない。日本みたいに飛行機でひとっ飛び、とは訳が違う。


「分かってるわよ。でも前田のパートナーになるのは嫌。アルス王国を出て行く」


 ・・・だから負けても気にするな。そう言外に言っているような気がした。気のせいだろうか。

 でも結依を一人で家出させるわけにはいかない。


「・・・分かった。お前がこの国を出るなら、俺も一緒に行く」


「はぁ!?なんでよ!」


 結依は驚いたように叫んだ。俺からすればなぜお前が驚くのか不思議だが。


「お前一人で行かせるわけないだろ!危険すぎる!」


「分かってるわよ!」


「「・・・」」


 そのままお互い譲らずにらみ合いの時間が続いた。その青白く照らされたきれいな顔を見つめ・・・


「「ふっ・・・」」


 お互い同時に吹き出した。なんだかおかしかった。


「じゃ、俺が負けたら二人で旅にでも出ようか」


「ふふっ。そうね」


 二人でひとしきり笑った。そしたら心が軽くなった。


「きっと初めて見る景色ばっかりなんだろうな」


「そうね。おいしいものもあるといいわね」


「冒険者の仕事をしながら金を稼いで強くなって」


「最後には魔王討伐ね」


 そんな益体もないことを語り合った。真っ昼間にはとても出来ないような馬鹿げた話だ。冗談半分のこっぱずかしい話。でも不思議とそうなるのも悪くないな、と思う自分もいた。

 そう思うと心がすっきりしてきた。プレッシャーがすっと消えていくような気がした。


「じゃ、明日は気楽にやるよ」


「ええ。無理しないでね」


 最後におやすみと挨拶してお互いの寝室に戻った。気付けばすぐに眠りに落ちていた。




☆☆☆




 悠と向き合って夜のリビングに座る。私と悠。二人だけの空間。月明かりしかないリビングではお互いの顔がよく見えない。それがかえってよかった。黙っていてもいいと、そう思わせてくれる。

 しばらくどちらも話さなかった。でも考えていることは分かる。明日のことだ。悠はひどい顔をしている。表情が強張っている。明日の戦いが怖いのだろうか。そんなにつらいなら・・・。


「ねえ・・・」


 沈黙を破ったのは私の小さな声。


「明日本当に戦うの・・・?」


「もちろん」


 私の問いに悠は力強く答えた。続けて拳をぎゅっと握り、力強い声で言ってくれた。


「大丈夫。絶対勝つから」


 悠は、私の心配は明日勝てるかどうかと思っているようだ。それもあるけど・・・。そうじゃない。一番はそうじゃないんだ。


「やめてもいいんじゃない?」


「はぁ?何言ってるんだ。第一・・・」


 悠の言葉を遮るように叫んだ。


「分かってる!私のために戦ってくれることは!でも・・・」


 それを悠に言わせたくなかった。私のために戦ってほしくなかった。いや、私のために傷つくのが嫌だった。


「私のせいで悠が傷つくのは・・・」


「・・・」


 悠はすぐに答えなかった。ややあって、悠は口を開いた。


「俺のために戦うんだ。前田が気に入らないから。だから気にすんな」


 ・・・嘘、ではないと思う。でもそれだけじゃないと思う。


「・・・」


 きっと私に気を遣っててくれてるんだ。・・・だとしたら、私はどうすればいい?私はとにかく前回のようになってほしくない。気絶した後も殴られるようなことにはなってほしくない。


「・・・悠が負けても私は聖女にはならない。この国は出て行くから」


 ずっと考えていたこと。私がこの国を出れば聖女にされることはない。前田もその背後の貴族の権力も他国までは及ばないだろう。もちろんこのままロッシュさんたちと暮らしていたいという思いはあるが・・・。いざとなればやむを得ない。


「お、お前・・・。日本で旅行するのとは違うんだぞ!」


 声を潜めて、しかし鋭く悠が言った。分かってる。危険なことは。魔物、盗賊、さらには魔王軍もいる。都市を出て移動すること自体が危険なことは散々聞いた。でもそれよりも勇者前田と一緒に聖女になるのはごめんだ。


「分かってるわよ。でも前田のパートナーになるのは嫌。アルス王国を出て行く」


 だから、負けそうになったら降参してほしい。それを直接言うのは戦いに挑む戦士に失礼な気がしたから言わなかった。でも、負けても全てが終わるわけじゃない。それだけは伝えたかった。

 ところが。


「・・・分かった。お前がこの国を出るなら、俺も一緒に行く」


「はぁ!?なんでよ!」


 私は驚いて思わず叫んでしまった。その後今が夜だと分かって慌てて口を塞ぐ。そんな私を悠はきっ、と睨んで言う。

 

「お前一人で行かせるわけないだろ!危険すぎる!」


「分かってるわよ!」


「「・・・」」


 そのままお互い譲らずにらみ合いの時間が続いた。前髪からわずかに除く瞳は月光を反射して幻想的に光っていた・・・。


「「ふっ・・・」」


 お互い同時に吹き出した。なんだかおかしかった。


「じゃ、俺が負けたら二人で旅にでも出ようか」


「ふふっ。そうね」


 二人でひとしきり笑った。そしたら心が軽くなった。


「きっと初めて見る景色ばっかりなんだろうな」


「そうね。おいしいものもあるといいわね」


「冒険者の仕事をしながら金を稼いで強くなって」


「最後には魔王討伐ね」


 そんな益体もないことを語り合った。夜のテンションに当てられたのだろう。馬鹿馬鹿しい話だ。でも不思議とそうなってもいいなと思えた。そして何より悠の顔から強張りが抜けていった。それがうれしかった。


「じゃ、明日は気楽にやるよ」


 なによりそう言ってくれたのがうれしかった。


「ええ。無理しないでね」


 くれぐれも怪我だけはありませんように。そう願って寝室に入り、ベッドに横になった。今度はすぐに眠りに入ることが出来た。

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