75話 クリスとセナ
「ああ。セナさん」
「クリスさん」
建国祭の翌日、つまりイチカに振られた翌日、僕は冒険者ギルドに来ていた。気分はむしろすがすがしい。きちんと思いを伝えてその上で振られたんだから。それに元々勝ち目は薄いと思っていたし・・・。タカにならイチカを任せられる。
こう考えると言い訳がましく未練がましいが・・・。でも本当に悪い気分じゃないんだ。いい人を好きになったし、負けてもいいと思える人に負けたから。きっとこの恋は僕の一生の宝になるだろう。
そう反芻しながらギルドにやってきた。そこで獣人のセナさんのブースでこう告げた。
「僕に指名依頼来てたよね?あれ、受けるよ」
僕の言葉を聞いた受付嬢は驚いたように目を見開いた。さもありなん。今まで断ってきたのに、急に受けるとなったんだから。彼女はその驚いた表情のまま聞き返してきた。
「いいんですか?」
「ああ。イチカにも振られたしね。この国にもう未練はない」
この依頼を断っていたのは、イチカの存在があったからだ。彼女と離れるのが嫌だったから受けなかった。でもこうして振られたからには、受けるのもやぶさかではない。もう僕をこの国につなぎ止めるものはないのだから。
「ふ、振られたんですか・・・」
しかし僕が振られたことを告げると、セナさんは気遣わしげな表情を見せた。しかし、同時にその表情に驚きはなかった。ギルドの職員なら僕がイチカに惚れていることは知っているだろうし、普段のタカとイチカの様子を見ていたら振られたと聞いても驚かないだろう。だからこそ、僕を気遣うリアクション。
そのことに僕は苦笑する。改めて僕が無謀な挑戦をしていたと思わされたからだ。
「やっぱりタカには勝てなかったよ」
そう告げると、セナさんは苦笑いした。そして声を潜めて、実は、と語り出した。
「私も、ちょっとタカさんのことが気になってたんですが・・・」
その驚きの言葉に、僕は目を丸くして聞き返した。
「そうなのか?」
「はい。ごらんの通り、私は獣人ですから。冒険者の方にも避けられることが多くて・・・」
そう語る彼女の頭には獣の耳が生えていた。おそらく彼女は猫獣人だ。この国では獣人、そしてエルフは差別されやすい。国としては差別を禁じているものの、人の意識まで変えるのはなかなか難しい。一部の貴族、庶民は差別意識を隠そうともしない。それでセナさんも苦労しているのだろう。特に冒険者は血の気が多いから、露骨に差別する奴もいるはずだ。
「そんな中、タカさんは毎回ニコニコ笑顔で私のブースに来てくれるんですよ」
「・・・」
・・・タカらしい。孤児院でエルフや獣人に暴言を吐いていた女に対してタカとイチカは毅然と反論してくれた。それが僕にとってどれだけうれしかったか。だからセナさんの気持ちはよく分かる。みんなが避ける中、彼は笑顔で自分のところに来てくれたんだ。多分、タカはそんなに深く考えていない。打算も何もない。ただセナさんに人として好意を持っていたからこその行動だろう。だからこそ、どれだけうれしかったか。どれだけ救われたか。想像に難くない。それは惚れるのも仕方ない。
「でもやっぱりイチカさんには勝てませんでした」
その表情はむしろ晴れやかだった。多分僕と同じ感情。あの二人なら仕方ないか・・・。そんな気持ちだと思う。普段の仲睦まじげな、呼吸が通じ合ったような、長年連れ添ったような。むしろずっと二人を見ていたいと思いすらする、そんな素敵な関係。惚れるだけの理由があって、諦めるだけの理由がある。なんて淡い恋なんだろう。
「ふふっ」
そう語って微笑むセナさんを見て僕の口からも笑みがこぼれた。やっぱりあの二人の間に入ることは誰にも出来ない・・・。そのことを再確認させられた。
一通り明るい表情で語ったセナさんは立ち上がった。
「では、手続きしてきますね。少々お待ち下さい」
「お願いするよ」
そういってセナさんは奥へ引っ込んでいった。その猫の尻尾を見ながら考える。僕の他にもあの二人の被害者がいたとは・・・。なんだかおかしくなってくすっと笑みがこぼれた。まったく。あの二人はとんだ人たらしだ。でもそんな二人を好きになったことがなんだか誇らしかった。
そんなことを思っていると、手続きを終えたセナさんが戻ってきた。すっかり仕事モードに戻った真面目な顔だ。それに応えるように僕も姿勢を正した。
「改めて確認します。ヴァーナ王国からの依頼。内容は魔王軍からの国土防衛。報酬は魔物の討伐に応じて支払われるが、相場の1.3倍以上であることを保証する。基本的には自由行動だが、国が要請する場合は軍の指揮下に入る。期限は一年間でどちらかの契約破棄通達が無い限り自動更新とする。これでよろしいですか?」
「ああ。それで間違いない」
故郷であるヴァーナ王国内にはびこる魔物を討伐する依頼だ。しかもかなり長期の。本格的に国のために尽くす依頼となる。ヴァーナ王国への愛国心というわけではないが、少なくともこの国よりは居心地がいい。あそこではエルフも獣人も差別されることなく暮らすことが出来る。そして何より僕の故郷がある。だから今となっては受けない理由がない。
「分かりました。・・・では、クリスさん、お気を付けて」
「ああ。セナさんもお元気で」
セナさんに最後の挨拶をして僕はギルドを立ち去った。見慣れたギルドも、王都も今日でお別れだ。未練はない。
さあ行こう。ヴァーナ王国へ向けて。もう二度とこの国に戻ってくることはないだろう。
タカとイチカともお別れだ。
願わくば二人に幸あらんことを。
さようなら。




