72話 告白の裏
「じゃあ行ってくるわ」
「お。おお」
結依が歩いて行った。目指すのは冒険者ギルドだろう。そこでクリスが待っているはずだ。
結依の姿は人混みに消え、すぐに見えなくなった。そのまましばらく俺は立ちすくんでいた。さて、このあとどうするか・・・。まだ家に帰る気分でもないし・・・。かといってどこか店に入る気分でもないし・・・。
ちらっと、結依が去って行った方向を見る。ギルドに集合って言ってたな。
・・・ちょっとだけ。
別に結果が気になるとかじゃない。ただやることがないから。誰に言い訳しているか分からないが、とりあえず坊冒険者ギルドに向かうことにした。
人混みをかき分け、ギルドについた。結依の姿は・・・。あ、いた。金髪の男と並んで路地に入っていく。ふむ。どうするか・・・。あの先は住宅街で人通りが少なくなる。なので、俺が見つかる危険も多くなるが・・・。いや、やはりーー
「タカさん?」
「っっ!?」
不意に背後から声をかけられた。驚いて振り返ると、頭からケモミミをはやしたお姉さんが立っていた。
「セ、セナさん?」
セナさんだった。いつものようにかわいらしい笑顔を浮かべている。考えてみればここはギルドの前。受付嬢のセナさんがいてもおかしくはない。
「さっきからこそこそと何をしてるんですか?」
「いや、えっと・・・」
俺が戸惑っていると、セナさんは俺の視線の先を見て、あっ、と小さく声を漏らした。
「・・・イチカさんと、クリスさん?」
「・・・はい。まあ、その・・・。二人で話があるみたいで・・・」
告白イベントがある、とはさすがに言えないよな。プライバシー的に。そう思ってしどろもどろになると、セナさんはくすっと笑った。
「・・・そう。タカさんって、ほんとイチカさんのことが好きですよね」
「え?いやいやそういうのじゃないですって。ただできの悪い妹が変な男にひっかかってないかなって、気になってるだけです」
セナさんは何を勘違いしているんだろう。そういう好き嫌いで尾けているわけではない。そして別にどんな話をするのかなーとか、結依はどう返事するのかなーとか、気になってるわけじゃない。ただ、そう。俺はお兄ちゃんで、結依はできの悪い妹なのだ。兄としては妹がこんな夜に男と二人で出歩いているのが心配なんですよ。それだけだ。
「・・・そういうことにしておきましょう。ただ・・・」
そういうこともなにも、それしかない。兄が妹の心配をするのは当然だから。それ以上でもそれ以下でもない。
「タカさん・・・。もしイチカさんと出会う前に、私と出会っていたら・・・」
「・・・え?」
一瞬、セナさんの目が俺を射貫いた気がした。と思った次の瞬間には、いつものニコニコした笑顔だった。
「ふふっ、タカさん。出歯亀もほどほどにしてくださいね?私は仕事がありますから、ここで失礼します」
ど、どういう意味だろう?それを聞き返す間もなく、セナさんはぺこっとお辞儀をしてギルドに入ってしまった。
「・・・」
しばらく考えていたが、答えは出ない。なにか深い意味が?それとも単なる独り言?冗談?一体どういうーー
「あ」
結依とクリス!
しかし、気付けば結依もクリスも見失ってしまった。今から追いかけても無理だろう。そう思い、ここで待つことにした。
どうなっているんだろう。何を話しているんだろう。
・
・
・
しばらくギルドの前で立っていると、前から金髪のイケメンが歩いてくるのが見えた。
「タカ」
一人だった。爽やかな笑みを浮かべている。どういうことだろう。振られたならもっと悲壮感ある顔をしそうだし、しかし付き合ったなら二人で並んで歩いてくるはずだし・・・。柄にもなく心臓が早鐘を打つ。
「クリス」
俺がそう悶々と考えていると、
「振られたよ。見事に」
そうあっけらかんに言ってのけた。俺の心臓がドキッと大きく一回跳ねた。
「・・・そうか」
クリスは俺をみてにっこり笑った。
そんな彼に俺は掛ける言葉が見つからなかった。
「タカ。イチカをよろしく頼む」
「え?」
と、クリスは思いも寄らぬ言葉を発した。
「僕はこう見えて君のことも認めてるんだ。君にならイチカを任せられる」
「俺とイチカは恋人じゃないぞ?」
「知ってるよ。その上で言ってるんだ」
どういう意味だろう。友人として結依の面倒をみろってことかな?そう解釈した俺はクリスに頷いた。それならまあやぶさかでもない。なんだかんだ結依は俺がいないとダメだからな。できの悪い妹を持つと兄は大変だぜ。
俺が頷いたのを見て、クリスはほっと息を吐いた後、真面目な顔になった。
「僕は故郷へ帰る。魔王軍に攻められてピンチなんだ。ちょうど国からの救援依頼も来ててね。だからしばらくのお別れだ。イチカを頼むよ」
「お、おお・・・!?お前どっか行くのか・・・!?そんなにさらっと・・・!」
いきなりのお別れ!?それを今ここで言う!?しかし魔王軍に攻められてピンチだと言われると反論も出来ない。
分かった、とひと言言うので精一杯だった。
「そして、無事元の世界へ帰るんだぞ」
「・・・え!?」
元の世界!?俺たちが召喚者だってこと知ってるのか!?
俺が驚いているのを見て、クリスは満足そうに笑った。
「君達は別の世界から来たんだろう?イチカが話してくれた。どうやら僕はイチカをこの世界につなぎ止めるほどの魅力は無かったみたいだ」
「・・・」
「じゃあ、僕はこの辺で。さよなら。イチカにもよろしく」
そう言ってクリスはあっさりと別れを告げ、夜の街に消えていった。その姿は雑踏に溶け、すぐに見えなくなった。
故郷へ帰ること。召喚者だと知っていること。
色々衝撃的なことがあったが・・・。
そうか、振られたのか・・・。ふーん。そっか・・・。
「悠」
しばらくクリスが去った方を見ていると、後ろからそう声をかけられた。振り返ると、見慣れた少女の姿があった・
「結依」
そう返事をすると、結依は俺の隣に並んだ。そして自然と二人で歩き出した。
雑踏の中、何を話すでもなく、二人で歩く。ガヤガヤとした喧噪が二人の間を埋めてくれた。
「断ったわ」
やがてぽつりと結依がつぶやいた。
「そうか。ほんとによかったのか?」
「ええ」
「お前、守ってくれる人がよかったんじゃないのか?クリスは実際お前のこと、守ってくれただろ」
以前水野との恋バナでそんなことを話していた気がする。守ってほしいって。そしてクリスはハイゴブリンから守ってくれた。それなのに、なぜ?
「そうね。でも、私、守られるだけじゃ嫌なの。私だけを守ってくれる人を、だからこそ私も守りたいの。クリスはたぶん、私の助けなんて必要としていないでしょう?それが大きかったかもしれないわ」
口調に迷いは無かった。しかしなんだが疲れたような顔をしていた。それだけ真剣だったんだろう。悩んだんだろう。自分のことも、クリスのことも。悩んで悩んで、それで違うと思ったんだ。そして申し訳なく感じながらもお断りしたんだ。
それはきっとすごく大変だったに違いない。
「・・・そうか。お疲れさん。今日は俺がなんでも驕ってやる」
「え?ほんと?」
「今日だけな」
「珍しい」
そう言って結依はやっと笑顔を見せてくれた。
さて、せっかくなので美味しいものでも食べるかね。どこがいいかなぁ。
せっかくだから富裕層側に行こうか。ギルドの依頼でもらった報酬はほとんど使っていないから、お金はそこそこある。
お互いほんのり笑顔を浮かべながら王都を歩く。たまには贅沢もいいだろう。そう思いながら。
ところが。
「へっ。久しぶりだなぁ。高島」
あのにやついた、嫌らしい声が聞こえてきた。




