71話 告白
「じゃあ行ってくるわ」
「お。おお」
私は悠にそう告げて薄暗くなった王都を歩き出した。飲食店の灯がさんさんと輝き、市民がガヤガヤとあふれかえっている。そんな中、向かうのは冒険者ギルド。ふぅと息を吐きながら歩く。自分が緊張しているのが分かる。まあ無理もない。これから告白の返事をするのだから。
昨日の告白を受けて色々考えた。真剣に考えた。
そして、答えは、出た。
「お待たせ、クリス」
「イチカ」
ギルドの扉の前にクリスは立っていた。装備姿ではなく、私服のクリスだ。きれいな黒のズボンに、のりのきいたシャツ。シンプルながら、その顔も相まって道行く女性たちが二度見するほどの整った格好だ。
「少し歩かないか?」
「ええ」
クリスについて行く。路地に入って、住宅街へ。人通りが少ない道をお互い無言で歩く。前を歩くクリスの背中は強張っているように見えた。
数分ほど歩いただろうか。公園のような、開けたところにやってきた。小さな広場のような、芝生が敷き詰めれ、ベンチも置いてある公園だ。
「座ろうか」
「ええ。・・・ありがとう」
クリスがベンチにハンカチを敷いてくれた。とてもスマートだ。誰かさんはこんなこと絶対出来ないだろうな、と思いつつ腰を下ろす。
ふゅうっと涼しい風が二人の間を通り抜けた。まるでこの世界に二人しかいないような、そんな静けさだ。
私たちはしばらく何も言わなかった。いや、私はクリスが話し始めるのを待っていた。
やがて、クリスがすぅっと大きく深呼吸する音が聞こえた。
「イチカ。来てくれてありがとう」
そしてぎゅっと拳を握ってクリスが話し出した。
私はうん、と頷いた。それを見て、クリスはかすかに微笑んだ。
「イチカ。もう知っていると思うが、改めて言わせてほしい」
そして身体の向きを変えて私をまっすぐ見つめた。どこまでもまっすぐな瞳。
私も覚悟を決めて、まっすぐに見つめ返す。
「あなたのことが好きだ。どんな困難があってもあなたのことを守ってみせる。だから僕の恋人になってほしい」
僕の恋人になってほしい。
何度目かの告白。
それは息が詰まりそうなほど真摯だった。
そこまで想ってくれることは、とてもうれしく思う。
それに対する私の答えは・・・。
「・・・ごめんなさい」
否、だ。
わずかにクリスが目を見開いたのが分かった。そして小さく唇を噛んだ。
ああ。怒鳴りたければ怒鳴れ。私は覚悟を決めてぎゅっと身体を強ばらせた。
「・・・そうか。理由を聞いてもいいかい?」
しかしクリスは、優しくそう訊ねて来た。私は一瞬戸惑ったが、ポツポツと話し出した。
「初めはただのチャラ男だと思った。冷やかしてるだけだと思った」
初めて会ったのは冒険者ギルド。一目惚れした、ディナーへ行こう、とナンパされた。その時はただのナンパ男だと思って、特に気にとめることもなかった。私のことなんてどうせすぐ忘れるだろう、明日には他の女性に声を掛けるだろうと。そう思っていた。
「でも、あなたは本気で私を好いてくれた、こうして私のことをちゃんと見て、向き合ってくれたのも分かった。それはとてもうれしかった」
クリスはただのナンパ男じゃなかった。孤児院の依頼についてきて、そこで意外な一面を目にした。クリスは真面目だし、子供にも優しい。そしてクリスから見たら恋敵であるはずの悠にも丁寧な態度だった。そんな男は初めてだった。そこで印象が変わった。
そして、アルスの森で緊急事態が起こったとき。ハイゴブリンに苦戦していたところで、クリスが颯爽と現れ、助けてくれた。とても頼もしく思った。
「なら・・・」
「でも、ごめんなさい。あなたの恋人になるのは、想像できなかった。A級冒険者で、イケメンで、優しい。きっと世間的には断る人の方が少ないと思う。でも、あなたの恋人になるのは、私にはしっくりこなかった。だから、ごめんなさい」
恋人になる想像はしっくりこなかったし、恋人になりたいとも思わなかった。クリスと一緒に時間を過ごして、ゆくゆくは家庭を築いて・・・。そんなことを考えたが、心の奥底で、この人じゃない、って思いが消えなかった。
「そう・・・」
クリスは目を伏せた。
「クリスはきっと私のことを大切にしてくれるでしょう?」
「もちろん!君に危険なことはさせない!何不自由なく暮らせるようにする!冒険者だって続けなくていい!」
私の問いかけに、クリスはばっと勢いよく顔を上げ、そう叫んだ。それはとてもまっすぐで、クリスなりの誠意あふれる言葉なのだろう。しかし、
「それはとても魅力的だけど。それだけじゃ嫌なの。私は一緒に戦いたいの」
もちろん守ってもらいたいという思いはある。憧れはある。でもその上で、私も一緒に戦いたい。肩を並べたい。私を守ってくれるけど、やっぱりこいつには私がいないとダメね、目を離したらすぐ無茶する、そんな人がいい。
「そうか・・・」
それを聞いてクリスは再びがっくりうなだれた。ごめんなさい。あなたはとてもいい人だけど・・・。私の恋人ではないみたい。きっといい人が見つかるから。応援している。口には出せないが、そう祈った。
しばらくクリスはうつむいていた。ショックを受けているようだ。その姿を見たら、どれだけ私と向き合ってくれたか分かる。クリスは真剣だったんだ。
・・・悠もそれが分かったから、自分が私の恋人ではないと明かしたんだろう。だから私も自分の正体を明かすことにした。
「それにね。私とタカは異世界から来た召喚者なの」
「え?」
クリスは驚いたように目を丸くした。珍しい表情だ。しかし無理もない。クリスからしても荒唐無稽な話だろう。
私は軽くあらましを説明した。元の世界で普通に暮らしていたら、何らかの魔法でこの世界に連れてこられたこと。魔王を倒すように公爵に言われたこと。そうしないと元の世界に帰れないと言われたこと。しかし私とタカは無能として疎まれ半ば追い出されるように城から出たこと。今はロッシュさんの家でお世話になっていること。そして、
「私たちは魔王を倒していずれ元の世界に帰る。だからどうしてもあなたと一緒にはなれない」
私たちはいずれ帰ること。それを伝えたクリスは、
「そんな・・・」
絶句したように目を見開き、唇を震わせた。
「もし僕が一緒にその世界に行く、と言ったら?」
そして絞り出すように言った。
だが、私はそれに応えることは出来ない。
「あなたは優しい人だから、そう言ってくれるかもしれないと思った。でも、やっぱり、ごめんなさい。あなたと一緒になるのはとても魅力的だけど・・・。どうしても想像できなかった。どこか物足りなかった」
クリスと一緒に日本で暮らす。きっとクリスはご近所でも有名なイケメンになるだろう。争いのない平和な日本で穏やかに暮らす・・・。想像したけど、何か違うと思った。
「・・・」
クリスはしばらく黙っていた。自分の中で整理し消化しているような、そんな沈黙だった。私は黙ってそれを見つめていた。そうするしか出来なかった。その沈黙は数分間続いた。
「・・・そうか。話してくれてありがとう」
やがてクリスはそう言って立ち上がった。その口調はととも穏やかだった。それに私は安心し、ほっと唇を緩めた。
「これからも君とタカのよき友人でありたい。そして二人が元の世界に帰れるのを心より願っている」
「ありがとう」
「じゃあ、ね」
クリスは最後にそう言い残し、元来た道を戻りだした。追いかけよう、と思ったが、やっぱりやめた。そっとしておく方がいいと思った。クリスだって、振られた女に慰められたくはないだろう。
ふぅと息を吐いた。これでよかったんだ。
空は真っ暗で星が瞬いている。きれいだ。しかし、私の心は星空のと違って透き通ってはいない。疲れた。真摯に向き合ってくれたからこそ、断ることにも申し訳なさを感じる。以前メイさんに言われた。申し訳なく感じる必要は無い、と。ただ、どうしても、ね。まあ、乱暴に迫られるよりはずっといいが。
もう一度、ふぅと息を吐く。モヤモヤを吹き飛ばそうと。
「・・・帰ろう」
私は心の疲労を抱えながらゆっくりと大通りに向かって歩き出した。




