70話 建国祭の式典
今日は建国祭というイベントがあるらしい。なんでもこのアルス王国が出来たことを祝うイベントで、各地の貴族たちが一堂に会する式典だとか。そしてその貴族たちは自分の領地から兵士を率いてくるので、その行列を見ようと王都の市民が多く集まるとか。まあ俺たちにとっては何の関係もないイベント。なのだが・・・。
「なんで俺たちも式典に出席しなきゃならねえんだ」
「まあまあ。文句を言っても仕方ないですよ」
思わず隣の美穂にそうこぼすと、美穂は苦笑しながら慰めてくれた。そう。俺たち召喚者は式典に出席しろと言われたのだ。建国祭っていうから休みだと思ったのに・・・。
というわけで今俺たちは謁見の間にいる。壁際にずらっと整列させられ、式典に参加させられるのだ。そして右手の一段高い場所に王様が座っていている。王様は痩せて顔色も悪そうだ。それでも背筋を伸ばして堂々とした姿を見せている。そして左手の広いスペースに貴族たちが集まっている。
それを横目に、ちらっと水野と大友先生の様子を見る。水野が大友先生に話しかけて、大友先生は戸惑いながらも笑顔で受け答えしている。以前水野から大友先生が好きだと相談を受けた。俺たちはあまり力になれないと思ったから、高島と一条さんに投げた。その結果大友先生に告白すると報告してくれた。いきなりそこまでするんだ!?と驚いたが、高島や一条さんにはなにか考えがあったんだろう。で、結果は教えてくれなかったが、普段の様子を見ていると、特別親密になってはいないが、疎遠になったり険悪になったりもしていないので、失敗ではなかったのだろう。
さて、もう一度貴族たちを見る。
「アルス王国公爵、ローレン=アダム=ミード=カーン」
ある役人らしき人が高らかにそう叫んだ。すると、密集しているところから、一人の貴族が前に進み出た。豪華な衣装を身にまとった、金髪中年小太りの男。カーン公爵だ。彼は二歩三歩と進み、王様に向かってぺこりと頭を下げた後、高らかに語り出した。
「陛下。ローレン=アダム=ミード=カーンでございます。この一年も特別のご温情を賜り、感謝に堪えません。臣もそれに報いようと、粉骨砕身努力して参りました。臣が国に収める税金は過去最高を記録。さらに王都から我が領土に伸びる北方道路も整備しました。そしてーー」
ペラペラとカーン公爵は語る。この一年の自分の功績を自慢している。これが式典なのか・・・。正直、退屈すぎる。これならまだ校長先生の長話の方が聞ける。校長先生の話は一応俺たちのためになる話をしてるはずだけど、カーン公爵のこれはただの自慢だからなあ・・・。やれ盗賊対策で成果をあげただの、商業を活発化させただの・・・。俺たちからしたら知らねえよって話だし、こういうのって絶対話を盛ってるし。
そう思って聞き流していたが、不意に話は俺たちのことになった。
「さらに魔王軍対策として異世界より来ていただいた救世主様のおもてなしも臣が担当しております。今は便宜上救世主様とお呼びしておりますが、近々この中から最も強いお二人に勇者様と聖女様の称号を受け継いでいきたいと思います」
「「「「おお~」」」」
そこで周りの貴族たちがどよめいた。勇者と聖女。以前ライオスが言っていたことだ。しかし今の貴族の反応からするに、俺たちが思っているよりこの称号は重いのかもしれない。その勇者になると息巻いていた前田は・・・。あれ、いない。取り巻きの三村と伊東もいない。あいつら・・・。さぼったな。
勇者と聖女の話を最後にカーン公爵の話は終わった。王様にペコリと一礼して下がっていった。長い。
「アルス王国伯爵、マーカス=ラッセル=ミード=ベガット」
さて、カーン公爵の話が終わり、次に出てきたのはベガット伯爵という腹が突き出たハゲ貴族。こいつもまたペラペラと自慢話をする。それが終わったらまた別の貴族、また別の貴族・・・。という風にどんどんどんどん新手の貴族が出てくる。
そして2~3時間はたっただろうか。脚も腰も痛くなってきたところで、一人の中年貴族が前に出てきた。引き締まった身体、簡素な服。今までの貴族たちとは少し雰囲気が違う。なによりその顔つきが真剣なのが気になった。
「陛下。ユーリ=ラッセル=ミード=イグニスでございます。この一年も特別のご温情を賜り、感謝に堪えません。臣もそれに報いようと、粉骨砕身努力して参りました」
ここまではお決まりの口上。自己紹介からのお礼、そして努力しました宣言。そして自慢話に入っていく・・・。のだが、イグニス伯爵はきっと王様を見上げ、力強い声で、
「しかし!魔王軍の侵攻すさまじく、とても我が軍だけでは戦線を維持できません!何卒イグニス領に援軍を!」
「「「なっっ」」」
他の貴族たちが絶句する声が聞こえた。かくいう俺も驚いた。いままで散々自分の功績を誇るだけだったのに、急にこんなことを言い出すなんて、というのが一つ。そして何より、
「魔王軍・・・?」
隣で山本がつぶやいたように、魔王軍に対する驚きが一つ。以前この国は比較的被害が少ない、って召喚したてのときの講師か誰かが言っていた気がする・・・。しかし、今のイグニス伯爵の言葉はどうだ?とてもそんな風には見えない。表情はとても真剣で、なんなら切羽詰まっているという風にすら見受けられる。
「イグニス殿!そもそもなんですかなあのボロボロの装備は!?あれでは王国の威厳が損なわれますぞ!」
どこかの貴族がそう叫んだ。
「あれでは庶民になめられる!」
「庶民を畏怖させるのは貴族の義務だ!」
「そうだ!義務を果たさぬ伯爵の言葉など信じられん!」
「補助金をせびるための演出だろう!」
口々にイグニス伯爵を責めたてる。それは動揺を隠すための威嚇というような感じがした。
そして動揺したのは貴族たちだけではなく、クラスメイトもだ。ざわめきが起きている。隣の者と顔を見合わせる者、友人とささやき会う者、不安げな表情をする者・・・。隣の美穂はぎゅっと唇を噛んでいる。俺は大丈夫、という思いを込めて美穂の手を握る。すると美穂はふっと表情を和らげてくれた。よかった。ただ、他の生徒、特に気の弱い女子を中心に不安げだ。大友先生は彼女らを落ち着かせようと右往左往している。しかし収まらない。生徒のざわめきと貴族が伯爵を糾弾する叫び。謁見の間は大混乱だ。
「陛下!」
それを遮ったのはイグニス伯爵の叫びだった。
「魔王軍の攻撃は日々激しさを増しております!このままでは我が軍は壊滅的な被害を!」
ざわめきがピタッと止んだ。この場にいる全員が王様を注視する。しーんとした静寂。やがて玉座に座る男は口を開き、
「う、うむ・・・。ごほっ。ごほっ。よし。分かったーー」
「陛下」
王様が咳混じりに言いかけた。しかしその言葉をカーン公爵の冷たい言葉が遮った。誰も身じろぎしない。静寂の中、公爵の足音だけが響き渡る。公爵は堂々と王様に詰め寄る。
「陛下はどうも体調が優れない様子。ここは私に任せ、ご静養ください」
「むっ。ごほっ。しかしっ」
「近衛兵よ。陛下はおやすみになられる。寝所にお連れしろ」
「ま、まてっ。ごほっ」
その声に二人の兵士が動き出した。座る王様の脇をそれぞれ抱え、立ち上がらせた。王様は抵抗しようとしたが、やがて無駄だと悟ったように脱力し、されるがまま引きずられていった。
王様が去ったあとの玉座を誰もがしばらく見つめる。え?これいいの?クーデターとかじゃないの?しかし他の貴族に異議を唱える様子は見られない。そういえば召喚されたときも公爵は王様を下がらせて自分が仕切っていたような・・・。もはや、王様より公爵が偉いのか?
と俺が考えている中、口を開いたのはやはりカーン公爵だ。
「イグニス伯爵」
冷たい声だ。
「・・・はっっ」
伯爵はそっと頭を下げた。その後頭部に向かってカーン公爵が言葉を投げかける。
「今は魔王軍をそなたの領内で押さえ込めている。そうだな?」
「・・・はっ。しかしーー」
言いつのろうとした伯爵の言葉をぴしゃりと遮った。
「ならば問題はあるまい」
「っっ!!しかしっ!?」
「伯爵。下がりたまえ。式典を乱し、陛下の御心を惑わせた罪、軽くはない。追って沙汰を伝える」
「・・・っ。はっ・・・」
イグニス伯爵は強く拳を握りながら、しかしゆっくりと頭を深く下げた。それを見て公爵は満足そうに頷いた。
「式典は以上とする!」
公爵のひと言で、式典は終わった。貴族たちは続々と謁見の間から退出していく。しかしイグニス伯爵は立ちすくんだまま一歩も動かない。よく見ると身体を震わせている。手をぐっと握りしめ、目をかっぴらいて地面をにらみつけている。
「救世主様。ご退出下さい」
武装した兵士にそう言われ、押し出されるように俺たちも謁見の間から出る。しかし俺はイグニス伯爵の悔しそうな顔が忘れられない。
「和久くん・・・」
隣にいる美穂も不安げだ。美穂を安心させようと、軽く頷く。しかし俺だって不安な気持ちは拭えない。貴族。魔王軍。どれもこれも甘いものじゃない。そう思わされた。




