67話(2/2) クリス
「タカ。イチカ。ちょっといいかな」
孤児院からの帰り道。私と悠とクリスで歩いていると、突然クリスがそうつぶやいた。
「言いたいことがあるんだ」
そう言って彼は立ち止まった。何だろう、と思って見た顔は、とても真剣だった。
「「・・・」」
私は何も言葉を挟めなくて、ただクリスの言葉を待つしか出来なかった。ただ、胸の奥がざわざわするのが感じる。
「まず、さっきは怒ってくれてありがとう。うれしかったよ」
ゆっくりとクリスは語り出した。
「さっきって・・・。あの女のことか?なんでお前がお礼を言うんだ?」
「・・・それは言えない。だが、君達が怒ってくれたこと、僕は君たちが思ってるより感謝してるんだ」
「「・・・」」
なぜあの件でクリスが私たちに感謝しているんだろう。まさか・・・?いや、そんなわけないか。
すると、クリスはじっと私を見つめた。
ドキッとした。
「イチカ」
その目は引き込まれそうなほどまっすぐに私を見つめていた。はっと息を呑む。
ああ。何を言いたいか分かってしまった。
「一目見たときからあなたに惹かれた。あなたは誰よりも輝いていて、美しかった。僕の魂を震わせた。そして今、あなたの姿を見て、なんて心が優しい人なんだと感動した」
その声まっすぐ私に向けられていた。いろんな思いにあふれているのが分かった。
クリスは一度言葉を切った。覚悟を決めるかのように、胸に拳を当ててぎゅっと握った。そして、
「あなたの高潔な心、他人を思いやる優しさに改めて惚れた。どうか僕の恋人になってほしい」
恋人になってほしい。今まで何度もクリスから言われてきた。ただ、今回は今までで一番真剣で誠実だった。
「私は・・・」
そう口を開いた。ただ、何を言えばいいか分からなかった。イエスとかノーとかじゃなく、本当に頭が真っ白になった。ただ、恋人になってほしいという言葉だけがぐるぐると頭をかき乱す。
そんな私を見かねたのか、
「待った。明日、建国祭がある。そこで改めてあなたに告白したい。返事はその時に聞かせて欲しい」
「・・・分かった」
私は頷いた。ほっとしたような、それでいてずっしりと責任感に押しつぶされそうな。
私の返事を聞いてクリスはにっこりと笑った。そして悠に向き直る。
「タカ。改めて宣戦布告だ。僕はイチカのことをまだ諦められない。いや、今日のことでより好きになった。もう一度だけ、チャンスをくれ。君のことは嫌いじゃないが、だからって、こればっかりは引くことはできない。僕は明日改めてイチカに告白する。そこで振られたらきっぱり諦める。恋人の君からしたら僕は不愉快極まりないだろうけど・・・」
クリスからすれば、悠は私の恋人な訳で。恋人の前で私にアプローチするという罪悪感もあったのだろう。
そう告げられた悠は苦しそうな顔をしていた。
「・・・ああ。いや、すまん。クリス。俺はお前に嘘をついていた」
「嘘?」
「・・・ああ。俺とイチカは本当は恋人じゃないんだ」
「・・・」
「お前がイチカに言い寄る悪い男だと思って、とっさに嘘をついたんだ。でも、お前はイチカに真剣に惚れてる。だから、嘘をつくのが申し訳なくなってきた」
「・・・そうか、嘘か・・・。気付かなかったな」
「すまん・・・。俺とイチカは恋人同士じゃない。だからお前がイチカに告白するのを止める権利は、俺にはない」
悠が私の恋人というのも、悠がとっさについてくれた嘘だ。だから悠もクリスに罪悪感というのも感じていたのだろう。
ああ。全部私のせいだ。クリスにも悠にも迷惑をかけて・・・。悠が苦しむ必要なんてないのに。
本来なら私が謝るべきなのに。私のためについてくれた嘘なのに。私がクリスを騙していたのに。
「そうか・・・。分かった。話してくれてありがとう」
だというのに、クリスは怒らなかった。それどころか軽く微笑み、
「すまないが、今日のところはこれで失礼させてくれ。イチカ。明日の夜、ギルドの前に来て欲しい。ではまた」
こう言い残し、去って行った。
「「・・・」」
残された私たちはしばらくだまりこくった。
クリスの恋人、か・・・。たぶん、客観的に見れば断る理由はないのよね。優しいし、イケメンだし、強いし・・・。
それに、危険な目にあってもきっと守ってくれるだろう。あのハイゴブリンの時のように。
「・・・なあ、どうするんだ?」
「・・・」
普段の生活でも不自由はしないだろう。だってA級冒険者だ。お金持ちだろうし、素敵なお店も知って言うだろう。クリスと二人で高級レストランへ行く。スマートにエスコートしてくれて、とてもおいしい料理を食べさせてくれる。
・・・クリスと二人で、か。
「あいつ、真剣にお前に惚れてるぞ」
「・・・」
悠はどう思うんだろう?
「ま、あいつ、良い奴だもんな。お前が受け入れるんだとしても、俺は応援するぞ」
「・・・」
応援?本当に?
「なあ、結依ーー」
「うるさいっ!」
何故だろう。それを悠にだけは言われたくなかった。ものすごく不快に感じた。
「・・・すまん」
それっきり私たちは何もしゃべらなかった。私は胸のモヤモヤを抱え、ただ静かに帰路についた。




