67話(1/2) クリス
一時はどうなるかと思ったが。とにかく、今日はこれで無事終了。
このときの俺はそう思っていた。
「タカ。イチカ。ちょっといいかな」
このクリスのひと言があるまでは。
「言いたいことがあるんだ」
クリスは立ち止まってそう言った。俺たちもつられて立ち止まり、クリスの方を見た。その顔はやけに真剣だった。
「「・・・」」
それを見たら俺も結依も何も言えなかった。ただじっとクリスの言葉を待つしかなかった。
やや間があって、
「まず、さっきは怒ってくれてありがとう。うれしかったよ」
ゆっくりとクリスは語り出した。
それに答えようと俺は口を開く。口の中がやけにカラカラだった。
「さっきって・・・。あの女のことか?なんでお前がお礼を言うんだ?」
「・・・それは言えない。だが、君たちが怒ってくれたこと、僕は君たちが思ってるより感謝してるんだ」
「「・・・」」
なぜあの件でクリスが俺たちに感謝しているかは聞けなかった。
ただ、何かをしゃべらなければ。そんな焦燥感に襲われた。このままいけば・・・。唇を噛みながらクリスを見る。
クリスはゆっくり深呼吸し、胸に手を当て結依を見つめた。
その瞳はどこまでも真剣で、力がこもっていた。
それを見たら余計な口を挟めなくなった。
ああ、と思った。
覚悟を決めた目だ、と思った。
「イチカ」
クリスはゆっくりとその名を紡いだ。
「一目見たときからあなたに惹かれた。あなたは誰よりも輝いていて、美しかった。僕の魂を震わせた。そして今、あなたの姿を見て、なんて心が優しい人なんだと感動した」
その声はどこまでも優しく、誠実で、思いにあふれていた。
クリスは一度言葉を切った。覚悟を決めるかのように、胸の手をぎゅっと握った。そして、
「あなたの高潔な心、他人を思いやる優しさに改めて惚れた。どうか僕の恋人になってほしい」
言った。
そうだろうな、と思った。
今までで一番真剣な愛の告白。
「私は・・・」
結依が口を開いた。俺は心の中にぞわぞわしたモヤが広がるのを感じながら結依を見つめる。
しかし、その後の言葉が続かなかった。なにを言うべきか迷っているようだった。
そんな結依に、クリスは、
「待った。明日、建国祭がある。そこで改めてあなたに告白したい。返事はその時に聞かせて欲しい」
「・・・分かった」
結依はこくんと頷いた。
そうか。明日か・・・。気が抜けたような、しかし一層緊張したような。不思議な感覚に陥りつつ、俺はため息をついた。そんな俺を見てクリスは言った。
「タカ。改めて宣戦布告だ。僕はイチカのことをまだ諦められない。いや、今日のことでより好きになった。もう一度だけ、チャンスをくれ。君のことは嫌いじゃないが、だからといって、こればっかりは引くことはできない。僕は明日改めてイチカに告白する。そこで振られたらきっぱり諦める。恋人の君からしたら僕は不愉快極まりないだろうけど・・・」
真剣に俺へと語るが、最後、申し訳なさそうに苦笑いした。
恋人の俺からしたら不愉快極まりない、か・・・。初めクリスが結依をナンパした時、俺が結依の恋人の振りをしたんだっけ。それを嘘だと言う機会を逃したままずるずる来てしまった。
クリスはこんなにも真剣に結依と向き合っている。それなのに、こんな嘘をついているのはあまりのも不誠実ではないか。
「・・・ああ。いや、すまん。クリス。俺はお前に嘘をついていた」
そう思ったら、口が自然と開いていた。
「嘘?」
「・・・ああ。俺とイチカは本当は恋人じゃないんだ」
「・・・」
「お前がイチカに言い寄る悪い男だと思って、とっさに嘘をついたんだ。でも、お前はイチカに真剣に惚れてる。だから、嘘をつくのが申し訳なくなってきたんだ」
「・・・そうか、嘘か・・・。気付かなかったな」
「すまん・・・。俺とイチカは恋人同士じゃない。だからお前がイチカに告白するのを止める権利は、俺にはない」
「そうか・・・。分かった。話してくれてありがとう」
クリスは薄く微笑んだ。意外だ。もっと喜ぶかと思ったのに。
「すまないが、今日のところはこれで失礼させてくれ。イチカ。明日の夜、ギルドの前に来て欲しい。ではまた」
そしてクリスは最後にこう言い残し、去って行った。
「「・・・」」
その後ろ姿が見えなくなるまで無言で見送る。クリスは一度も振り返らず、町中へ消えていった。
俺たちはしばらく無言だった。クリスが去ったことで、さっきの出来事がより現実として襲いかかってくるようだった。ひと言も発さず、ことの大きさをずっとかみしめていた。
結依はどう感じているんだろう。なんて答えるんだろう。ああ。前にもロッシュさんと話したな。結依に相応しいのはどんな人か、って。あのときは結依が惚れた人、と答えたけど・・・。結依はクリスのことをどう思っているんだろう。
もし結依がOKしたら・・・。
その時俺は・・・。
そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡る。
やや無言の間があって、俺は結依に尋ねた。
「・・・なあ、どうするんだ?」
「・・・」
「あいつ、真剣にお前に惚れてるぞ」
「・・・」
結依はうつむいて何も言わない。その分、俺の口から言葉が漏れ出てくる。ただ何かに突き動かされるように。
「ま、あいつ、良い奴だもんな。お前が受け入れるんだとしても、俺は応援するぞ」
「・・・」
「なあ、結依ーー」
「うるさいっ!」
俺の言葉を遮るように結依が叫んだ。
「・・・すまん」
それっきり、俺は何も言えなくなった。
応援すると言った。うん。たぶん嘘じゃない。きっと祝福できる。
ただ・・・。
俺のこの黒く渦巻く感情はなんと呼んだら良いんだろう。足下のリルを抱え、ぎゅっと抱きしめる。
そのまま俺たちはひと言も発することなく家路についた。




