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6話 召喚二日目の朝

「タカシマ様。朝でございます」


「うぅ~ん」


 男性の声が聞こえた。徐々に頭が覚醒してくる。あくびをしながら、身体を起こす。ゆっくりと目を開けながら前を見ると、そこにいたのは一人の男性。


「え?」


 何故俺の部屋に見知らぬ男が?いや待て、ここはどこだ?俺の部屋じゃない。こんなに広くないし、きれいなカーペットもないし、花瓶なんてあるはずが無い。どこだ?そしてこいつは誰だ?


「お目覚めですか?タカシマ様」


 そう言われて、はっと思い出した。ここは俺の部屋ではない。そもそも日本、いや、地球ですらない。異世界なのだ。


「おはようございます。オットーさん」


「おはようございます。タカシマ様」


 昨日、俺たち2年1組はエリュシオンという世界に召喚されてしまった。そして、帰りたければ魔王を倒せ、と言われたんだ。もうここは日本ではない。笑顔でおはようといてくれる母さんも、静かに微笑んで行ってきますと言う父さんもいない。そう思うと少し胸の奥が苦しくなった。

 唯一の救いは、結依と一緒であること。本人には言えないけど。あれでも幼なじみだ。見慣れた顔という安心感だけはある。例えるなら、そう、旅行先にいつもの枕を持っていったような安心感。一応その程度の安心感はある。


「いかがされましたか?タカシマ様」


「いえ、何でもありません」


 俺が家族を恋しく思っているのを感じ取ったのか、オットーさんが聞いてきた。その声には少し心配がにじんでいたような気がした。しかし俺が大丈夫だというと、オットーさんは左様ですか、と返した。


「支度が終わりましたら、一階の食堂までお越し下さい。8時から朝食がございます」


「分かりました」


 了承すると、オットーさんは部屋を出て行った。



「よう、高島」


 支度を済ませて部屋を出ると、ちょうど村上と鉢合わせした。黄色い長袖の服に、だぼっとした白いズボン。用意された服だ。まあ俺も色が違うだけで同じような服を着ている。


「眠れたか?」


「まあな」


「おお。すげえな。俺はあんまり寝れなかったぜ」


 昨日俺は疲れていたこともあって、割とぐっすり眠れた。だが村上はそうはいかなかったようで、今も少し眠そうに目をこすっている。


「ま、環境がガラッと変わったからな。仕方ない」


「じゃあなんでお前は眠れたんだよ」


「・・・たしかに」


 俺は別に環境が違うからといって寝づらさはなかった。日本にいるときは結構感じてたんだけど。何故だろう。環境の違いを意識しないほど疲れていたのかもしれない。

 そんな話をしながら階段を降り、食堂へ向かう。扉を開けて、入る。奥に長い長方形の部屋だ。真ん中に長机が配置されており、様々な料理が並んでいる。そして両側にはいくつもの丸いテーブル。どうやらビュッフェ形式で、好きなものを好きなところで食べられるらしい。既に半数の十数人ほどの生徒が食事を始めていた。


「あ、和久くん。高島くんも」


 食堂に入って左手の手前側のテーブルに、結依と柴田さんが座っていた。俺たちを見つけて、軽く手を振っている。


「おはよう、美穂。一条さんも」


「おはようございます」


「おはよう、村上くん。ついでに悠も」


「おはよう二人とも。ついでってなんだ」


 それぞれ挨拶を交わす。俺たちは後から来たかが、結依と柴田さんはまだ料理を取ってきていないようだ。


「まだ取ってきてないのか?」


 同じ事を思ったらしい村上が問いかけると、柴田さんはすこしはにかみながら答えた。


「せっかくなので一緒に選びたいな、と」


 恥ずかしそうに言うその姿に、朝からほっこりしてしまう。


「じゃあ、行こうか」


 柴田さんの言葉がうれしかったのか、村上も照れたように笑いながら言うと、はい、と答えて柴田さん、そして結依も立ち上がった。


「俺たちを待っていたなんて、結依も殊勝なところがあるじゃないか」


「は?勘違いしないで。私は柴田さんに付き合っていただけよ」


「ふーん。ま、そういうことにしておこう」


「しておこう、じゃなくてそういうことなのよ」


 というむだなやりとりをしながら、ビュッフェの前まで到着した。


「さて、どれにしようかな」


 言いつつ、様々な料理が並んだテーブルを見渡す。魚の切り身、サラダ、パンといったものから、黄色いスープ、肉に緑のソースがかかったものなど、初めて見るものもある。そして当然ながら、和食はない。食事一つとっても、ここが異世界であることを理解させられる。だからかは分からないが、食堂に活気がない気がする。


 とりあえず俺はパンと焼いた魚の切り身を取った。朝はあまり食欲がないから、これくらいでいいや。


「はい、悠」


 そう思っていたのに、結依が横から俺の皿に何かをのせた。小さくて、赤くて、つぶつぶした何かがちりばめられたもの。くっ。まさか。この世界にもいたとは・・・


「イチゴ・・・だと・・・!?」


 結依が俺の皿にのせたのは、イチゴ(らしきもの)。フルーツ嫌いの俺に対する嫌がらせとした思えない。


「何すんだよ、結依」


「フルーツも食べなきゃ、健康になれないわよ?」


 俺の文句に、うっすら小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら結依が答えた。しかしなまじっか正論なだけに反論もしづらい。


「くそっ。こうなったらっ!」


「あっ!ちょっとっ!」


 腹立ち紛れに、結依の皿に野菜をしこたまのせる。これでもかとのせる。ピーマン(らしきもの)も忘れずにのせていく。


「野菜も食べなきゃ、健康になれないぜ?」


「くぅっ」


 歯を食いしばって悔しがる結依を見て、溜飲が下がった。とりあえず今朝のところは痛み分けということにしてあげよう。


「なあ、朝からイチャイチャしてないで食べようぜ」


「そうだな。いいかげん腹減ったしな。あと、イチャイチャはしてない」


 村上に反論しつつ、元いたテーブルに戻る。盛り付けた皿と、この世界でも同じ形らしいナイフとフォークを取って、席に座る。右隣に結依、左隣に村上、対面に柴田さんだ。


「「「「いただきます」」」」


 異世界に召喚されても、心は日本人。きちんといただきますを言ってから食事を始める。フォークとナイフを手に取って、まず魚を一切れ切り分ける。見た目は白身魚だが、果たして味は。


「あむ」


 もぐもぐ。もぐもぐもぐ。・・・ふむ。鮭だ。白飯がほしくなる感じの。


「高島、どうだ?その魚は?」


「鮭だな」


「お、そうか。俺のこの黄色いスープはオニオンスープっぽいぞ」


「私のこのサラダは、味も見た目も日本のものとほとんど同じです」


「このお肉も牛肉とほぼ同じね」


 村上、柴田さん、結依が各々の料理の感想を述べる。どうやら、外見に多少の違いはあれど、味は日本のものに近いらしい。ただ・・・


「日本の方がおいしい」


「・・・だな」


「そうですね・・・」


「そうね」


 俺がぽつりと言った言葉に、他の三人も同意した。決してまずくはない。まずくはないが、めちゃくちゃおいしいって程でもない。なぜだろう。保存技術か、輸送技術か、調理技術か。そういった点は日本より劣っていると思われる。

 という会話をしつつ、料理を食べ進める。そして


「ごちそうさま」


「ごちそうさまです」


 村上と柴田さんが食べ終わった。

 俺はまだ食べ終わっていない。というのも、難敵が立ちはだかっているからだ。そしてそれは結依も同じだ。


「こいつ・・・」


 俺の皿の上には、結依にのせられたイチゴ(らしきもの)が一つ。


「はあ・・・」


 結依の皿の上には、俺がのせたピーマン(らしきもの)が一切れ。


「早く食べろよ、結依」


「あなたこそ、それ、食べないの?」


 いつもなら嫌なものは咲に食べることが多いが、今日は見るもの全ては初めてだったので、そんな余裕はなかった。というか、結依はなんでイチゴ(らしきもの)をのせたんだ。報復で苦手なものをのせられるって分からなかったのか。


「「はあ・・・」」


 ため息がかぶる。結依の方を向く。目が合った。覚悟が決まった目。どうやら考えていることは同じらしい。最終手段を使う時が来たようだ。


 俺と結依は動じに身を乗り出す。俺のフォークが結依のピーマン(らしきもの)を捉える。結依のスプーンが俺のイチゴ(らしきもの)をすくう。


 一瞬の静寂


「そらっ」「えいっ」


 俺が結依の結依の口にフォークを突っ込み、結依が俺の口にスプーンを突っ込む。俺の口の中にイチゴ。結依の口の中にピーマンが入った。秘技、同時食べだ。これは相手に嫌いなものを食べさせるという優越感で、自分が嫌いなものを食べるという嫌悪感を打ち消すものである。


「まず・・・」


「んんんっ」


 口の中が大惨事。ぐじゅっー果汁があふれ出す。むわっとした甘さが口いっぱい広がる。紛れもなくイチゴだ。

 慌ててコップを手に取り、水をあおるようにして口に流し込む。


「「ぷはー」」


 水を飲み終わるタイミングまで一緒だった。


「何よ?」


「いーや?何も?」


 結依から聞かれたが、何も言う元気がなかった。疲弊しきっていたからか、たいした喧嘩には発展しなかった。


「なあ、お前らほんとに狙ってやってるだろ?」


「「何が?」」


「私は、公衆の面前で、そんなことできないです・・・」


 柴田さんが恥ずかしがる意味が分からずに、目を合わせて首をかしげる俺と結依。


「ま、朝から仲がよろしいこって」


「「仲良くない」」


「はいはい・・・」


 あきれられてしまった。今のでどこが仲良く見えるのだろう。嫌いなものを食べさせ合うといういたずら?嫌がらせ?喧嘩?をしただけなのに・・・。


「ところで、食べ終わったらどうするんでしょう」


「昨晩の謁見の間にお越し下さい」


「「「「っ!」」」」


 柴田さんのつぶやきに、思わぬところから返事が来た。


「バートンさんっすか。びっくりした・・・」


 声の主はいつの間にかテーブル脇に立っていたバートンさんだ。4人が円になっているのに、誰も気づかなかった。忍者か?この人は。


「失礼いたしました。食べ終わった方から、順次謁見の間へお越しいただいております。食器はそのままで結構ですので、皆様もご移動いただければ」


「分かりました」


 そう結依が返答すると、バートンさんは一礼して去って行った。


「・・・行こうぜ」


「はい」


「そうだな」


「そうね」


 村上がそう言って立ち上がると、柴田さん、俺、結依も続いて立ち上がった。




 ☆☆☆




 異世界とやらに召喚された翌日。メイドさんに起こされ、身支度をする。何か現実ではない感じがする。見慣れない部屋に、見慣れない服。見慣れない設備・・・。

 ここは日本ではない。いや、地球でもない。何でもエリュシオンとかいう異世界だそうだ。異世界。概念はよく分からないが、とりあえず地球とは別の惑星に来たと思うことにした。まあ、魔石とやらの蛇口を見たら、地球ではないと思わざるを得ない。

 地球ではない。ということは、お父さんにも、お母さんにも会えない。明るく喋りかけてくれるお父さんも、ほんわかとからかってくるお母さんも・・・。

 苦しい。会いたい。帰りたい。かといって、魔王とかいう存在を討伐するのも怖い。なにやらとてつもなく危険な感じがするから。もはやにっちもさっちもいかない心境。

 唯一の救いは、悠と一緒のこと。本人には絶対言えないけど。あんなんでも幼なじみは幼なじみだ。見慣れた顔が一緒にいるというだけの効果しかないが、ないよりはましだ。例えるなら、旅行先で日本語OKの店を見つけたような安心感。その程度でしかないが。


 と、部屋がノックされた。開けてみると、柴田さんだった。


「おはようございます。一条さん」


「おはよう。柴田さん」


「一緒に食堂まで行きませんか?」


「いいわ。行きましょう」


 わざわざ誘いに来てくれたようだ。断る理由もないので、了承する。身支度、とってもあとは寝癖がないか最終チェックするだけだ。洗面所の鏡を見る。うん。大丈夫。


「さて、行きましょうか」


「はい」


 柴田さんとともに、階段を降りる。食堂は一階だ。


「一条さん、昨晩は眠れましたか?」


「ええ。あのあとすぐベッドに入ったんだけど、ぐっすり眠れたわ」


「そうなんですか。私は全然眠れませんでした」


 そういう柴田さんは時折あくびをかみ殺すような仕草をしている。本当にあまり眠れなかったようだ。


「そうなの。まあ、環境がガラッと変わったから、仕方ないんじゃない?」


「ですね。でもなぜ一条さんは眠れたんですか?」


「・・・そうね。確かに」


 別に環境が違うからといって寝づらさはなかった。日本にいるときは感じることも多かったけど。何故だろうか。その違いを意識しないほど疲れていたのかもしれない。

 という話をしつうつ、階段を降り、食堂へ向かう。扉を開けて、入る。奥に長い長方形の部屋だ。真ん中に長机が配置されており、様々な料理が並んでいる。そして両側にはいくつもの丸いテーブル。どうやらビュッフェ形式で、好きなものを好きなところで食べられるらしい。既に4分の1ほどの生徒が食事を始めていた。

 私と柴田さんは手前のテーブルに適当に腰掛ける。


「あの、和久くんたちを待っても良いですか?」


「・・・ええ」


 和久くんたち。ということは、悠も入っているのだろう。まあ、仕方ない。悠だけ仲間はずれにして3人で食べると、悠は泣き叫ぶかもしれない。それはそれで見てみたいが。

 ということを考えていると、早速やってきたようだ。


「あ、和久くん。高島くんも」


 柴田さんが軽く手を振ると、村上くんも手を振り返した。


「おはよう、美穂。一条さんも」


「おはようございます」


 爽やかな恋人同士のあいさつ。


「おはよう、村上くん。ついでに悠も」


「おはよう二人とも。ついでってなんだ」


 飽きるほどした、腐れ縁とのあいさつ。それはもう雑になるでしょう。


「まだ取ってきてないのか?」


 私たちはまだ料理を取ってきていない。それを見つけた村上くんが問いかけると、柴田さんはすこしはにかみながら答えた。


「せっかくなので一緒に選びたいな、と」


 恥ずかしそうに言う柴田さんに、朝からほっこりとしてしまった。


「じゃあ、行こうか」


 柴田さんの言葉がうれしかったのか、村上くんも照れたように笑いながら言うと、はい、と答えて柴田さんが立ち上がった。続いて私も立ち上がる。


「俺たちを待っていたなんて、結依も殊勝なところがあるじゃないか」


「は?勘違いしないで。私は柴田さんに付き合っていただけよ」


「ふーん。ま、そういうことにしておこう」


「しておこう、じゃなくてそういうことなのよ」


 なんでこいつはいつも煽るような言い方しかできないの。そのニヤニヤわらを引っ込めなさい。腹の立つ。まったくもう。朝食で泣かせてあげるわ。


「さて、どれにしようかな」


 悠の独り言を聞きつつ、テーブルを見渡す。パン、サラダ、魚の切り身といったものから、肉に緑のソースがかかったもの、黄色いスープなど、初めて見るものもある。そして残念ながら、和食はない。食事一つとっても、ここが地球ではないと思わせられる。だからかは分からないが、食堂に活気がない気がする。


 とりあえず私は緑のソースがかかったお肉とパンを取った。あ、あれは、イチゴかしら?小さくて、赤くて、粒もあるし。ちょうどいいわ。さっきからかった罰よ。


「はい、悠」


 そう言って、悠の皿に推定イチゴをのせた。この世界にもあるなんて。おかげで悠にやり返せたわ。


「イチゴ・・・だと・・・!?」


 皿にのった推定イチゴを見て震える悠。良い仕返しができて私は満足である。


「何すんだよ、結依」


「フルーツも食べなきゃ、健康になれないわよ?」


 ふふっ。我ながら完璧な理論武装。悔しそうな悠の顔を見れて大満足だ。


「くそっ。こうなったらっ!」


「あっ!ちょっとっ!」


 やけになったのか、悠が私の皿に野菜を大量に、これでもかとのせる。さらになんとピーマンらしきものものせるではないか。


「野菜も食べなきゃ、健康になれないぜ?」


「くぅっ」


 悔しい。しかもよりにもよって推定ピーマンがあるなんて。最悪だわ。


「なあ、朝からイチャイチャしてないで食べようぜ」


「そうだな。いいかげん腹減っしな。あと、イチャイチャはしてない」


 村上くんに悠が反論しつつ、元いたテーブルに戻る。まったく。村上くんはどこをどう見たら私と悠がイチャイチャしてるように見えるのかしら。


「「「「いただきます」」」」


 異世界に召喚されても、習慣は抜けない。きちんといただきますを言ってから食事を始める。フォークとナイフを手に取って、まずステーキ状のお肉を一切れ切り分ける。果たして味は。


 もぐもぐ。・・・へえ。牛肉ね。緑色のソースはデミグラスソースのような感じだ。


「高島、どうだ?その魚は?」


「鮭だな」


「お、そうか。俺のこの黄色いスープはオニオンスープっぽいぞ」


「私のこのサラダは、味も見た目も日本のものとほとんど同じです」


「このお肉も牛肉とほぼ同じね」


 村上くん、悠、柴田さんが各々の料理の感想を述べる。どうやら、外見に多少の違いはあれど、味は日本のものに近いらしい。ただ・・・


「日本の方がおいしい」


「・・・だな」


「そうですね・・・」


「そうね」


 悠がぽつりと言った言葉に、私たち3人も同意した。まずくはないが、とてもおいしいって程でもない。思うに、保存や、輸送の手段が乏しく、新鮮な食材を提供できないのだろう。あるいは、調理の技術が発達していないか。そういった技術水準は日本より劣っていると思われる。まあ、私たちが食べ慣れていないかおいしく感じないってだけかもしれないが。


 という会話をしつつ、料理を食べ進める。そして


「ごちそうさま」


「ごちそうさまです」


 村上と柴田さんが食べ終わった。私と悠はまだだ。というのも・・・


「こいつ・・・」


 悠の皿の上には、結依にのせられた推定イチゴが一つ。


「はあ・・・」


 私の皿の上には、俺がのせた推定ピーマンが一切れ。


「早く食べろよ、結依」


「あなたこそ、それ、食べないの?」


 そもそも悠が余計なことを言わなければ私だってこんなことしなかったのに。まったく・・・。気が進まない。


「「はあ・・・」」


 ため息がかぶる。悠の方を向く。目が合った。やるぞ、と目が訴えている。考えていることは同じよらしい。アレを使う時が来たようだ。


 私と悠は動じに身を乗り出す。私のスプーンが悠の推定イチゴをすくう。悠のフォークが私の推定ピーマンを捉える。


 一瞬の静寂


「そらっ」「えいっ」


 私が悠の口にスプーンを突っ込む。悠が私口にフォークを突っ込み、私の口の中にピーマン、悠の口の中にイチゴが入った。秘技、同時食べだ。これは相手に嫌いなものを食べさせるという優越感で、自分が嫌いなものを食べるという嫌悪感をごまかすものである。


「まず・・・」


「んんんっ」


 口の中が苦みでいっぱいになる。噛めば噛むほどえぐみが出てくる。紛れもなくピーマンだ。しかも日本のものより苦い気がする。

 慌ててコップを手に取り、水をあおるようにして口に流し込む。


「「ぷはー」」


 水を飲み終わるタイミングまで一緒だった。


「何よ?」


「いーや?何も?」


 悠がじっと見つめるから聞き返したが、軽く流された。お互い疲弊していたからか、たいした喧嘩にはならなかった。


「なあ、お前らほんとに狙ってやってるだろ?」


「「何が?」」


「私は、公衆の面前で、そんなことできないです・・・」


 柴田さんが恥ずかしがる意味が分からずに、目を合わせて首をかしげる私と悠。


「ま、朝から仲がよろしいこって」


「「仲良くない」」


「はいはい・・・」


 村上くんにあきれられてしまった。今のでどこが仲良く見えるのだろう。嫌いなものを食べさせ合うという嫌がらせをしただけなのに・・・。


「ところで、食べ終わったらどうするんでしょう」


「昨晩の謁見の間にお越し下さい」


「「「「っ!」」」」


 柴田さんのつぶやきに、思わぬところから返事が来た。


「バートンさんっすか。びっくりした・・・」


 私たちに声をかけたのは、いつの間にかテーブル脇に立っていたバートンさんだ。4人が円になっているのに、誰も気づかなかった。すごい。忍者みたいに気配を消してたわね。


「失礼いたしました。食べ終わった方から、順次謁見の間へお越しいただいております。食器はそのままで結構ですので、皆様もご移動いただければ」


「分かりました」


 私が返答すると、バートンさんは一礼して去って行った。


「・・・行こうぜ」


「はい」


「そうだな」


「そうね」


 村上くんがそう言って立ち上がると、柴田さん、悠、私も続いて立ち上がった。

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