66話 孤児院(2/2)
バタバタとセリアさんが部屋を出て行った。ただならぬ様子に子供たちも不安がっている。俺たちは大丈夫、と子供たちをなだめる。
「ちょっと!あなたが責任者!?」
「は、はい。私がこの孤児院の院長ですけど・・・」
女の声とセリアさんの声が漏れ聞こえてくる。女の方はかなり怒っている様子だ。何か気に障ることでもあったのだろうか。だが、次の女のひと言は、耳を疑うものだった。
「あんたねえ!何度も言ってるけど!汚らわしい獣人やエルフを追い出してちょうだい!?目障りだわ!」
・・・汚らわしい獣人!?エルフ!?それを追い出せ!?なんだこいつ!?
明らかな差別だ。許せない。身体が強張るのを感じた。
獣人のケインやサラがぶるっと身体を震わせる。エルフのフィーリアがぎゅっと俺の足にしがみつく。他の子供たちは励ますように彼らの手を握り、背中をさする。リルは毛を逆立て、結依は唇を噛み、クリスはぐっと拳を握りしめた。
「し、しかし!この孤児院は獣人やエルフも保護していいと国王陛下からのお墨付きが・・・!」
セリアさんも必死に抵抗する。しかし、
「はっ!知らないよ!そんなの!どきな!あたしが直接ガツンと言ってやる!」
「あっ、困ります!勝手に入らないでください!」
ドンドン
廊下を強く踏みならす音が聞こえた。時折ばたんと他の部屋の扉を開ける音を交えながら、足音はどんどんとこちらへ近づいてくる。
ドンドン
足音がこの部屋の前で止まった。
結依がみんなをかばうように腕を広げる。
バタン
強く扉が開かれた。
「はんっ!やっぱりいるじゃないか!穢れたヒトもどきが!」
そこに立っているのは中年小太りの女だった。こぎれいな服装でネックレス、ブレスレットといった装飾品もじゃらじゃらと付けている。言葉を選ばずに言うなら成金悪趣味ババアといった風貌だ。そしてその表情は醜悪で、怒り、侮蔑といった色がありありと浮かんでいる。
「こんな町中に薄汚い孤児、ましてや汚らわしい獣人やエルフの孤児なんていられちゃ困るんだよ!さっさと追い出しな!」
「そ、それはできません!」
後ろから追いかけてきたセリアさんが必死に言いつのる。だが女は止まらない。
「あぁ!?こっちは土地の値段が下がっていい迷惑なんだよ!」
「し、しかし・・・!」
「ふんっ!だったら私が追い出してやる!」
「あっ」
そう叫ぶや、女はどんとセリアさんを突き飛ばし、子供たちの方へ歩き出した。そして結依の後ろに隠れるサラに目を付けた。
「ほらっ!そこの汚い獣人!こっちへ来い!」
「ひっ!」
怒気をはらんだ目に射すくめられたサラはおびえたように結依にしがみつく。しかし女はその様子に一層いらだち、サラに向かって手を伸ばす。
「こんのーー」
「待ちなさい」
がしっ。シーラに向かって伸ばされた手を、結依が掴んだ。
「あぁんっ!?なんだいあんた!?」
女はギロリと結依を睨む。しかし結依はそれに臆した様子もなく、むしろ強気ににらみ返した。
「こちらの台詞です。この子たちに何をするつもりですか?帰って下さい」
「小娘はだまってなさい!」
「お言葉ですが。彼らに何も罪はないはずです」
「なにを!?」
「獣人だから。エルフだから。そういう理由で差別する方がおかしいでしょう。みんなかわいい子供たちじゃないですか」
叫び散らすおばさんに対して、結依はあくまで冷静に答える。しかしその瞳には怒りが宿っているように見えた。俺は知ってる。怒鳴るより冷静に相手を詰めているときの方が結依は怒っているのだ。
そんな二人からかばうように、俺は子供たちを後ろに隠す。リルも子供たちをかばうように立ち塞がり、ぐるぐるとうなり声を上げている。と、となりのクリスがぼそっと。
「イチカ・・・。まいったなぁ。それを聞かされたら・・・。本気で惚れ直すよ」
そのつぶやき聞こえたのは俺だけだろう。こんなときに何言ってるんだ。そう思った。しかしその時、
「こんのーー」
女が手を振り上げた。そして、勢いよく振り下ろす。その先にいるのは、結依。
まずいっ!
パシ。
振り上げた手を、なんとか掴んだ。
「やめろ!おばさん!」
「な、なんだいあんたは!?関係ない奴は引っ込んでな!私はこいつに言い聞かせなきゃなんないんだ!」
「言い聞かせる?暴力でか!?さすがにやりすぎだぞ!」
怒りを込めてぎゅっと力を入れる。女は痛みを堪えるようにぐっ、とうめき、顔をしかめる。ただ、その眼光は鋭く俺を睨む。
だから俺もにらみ返した。
「そもそも獣人で何が悪い。エルフでなにが悪い。俺からすれば、ギャアギャア騒ぐあんたのほうがよっぽど醜いよ」
「なっ!あんた、言うにこと欠いて私のことを醜いと!?」
ギリギリと歯ぎしりが聞こえてきそうだ。憤怒の表情で俺を睨む。だが俺だって怒ってるんだ。
お前、今何しようとした?暴言を吐いて、サラを追い出そうとして、結依に手を挙げようとした?
ああ。許せない。
ぎゅううう
女の手を握る拳に力が入る。
ぐぅぅ。うめくが、手は離さない。
「はんっ・・・!あんたもヒトもどきの肩を持つのかいっ・・・!嘆かわしいことっ!」
女はなおも俺をにらみつける。とそこへ、クリスがやってきた。
「ご婦人。もうそれくらいにしないか。これ以上騒ぐなら衛兵を呼ぶが」
「あぁ!?なんだいあんたは!私はあのガリアス商会の会長の妻だよ!?そんなことしてただですむと思ってんの!?」
ガリアス商会?聞いたことない。まあ異邦人である俺が知らなくても当然かもしれないが・・・。身分を盾に脅そうとする奴なんてろくな奴じゃない。
「この国では獣人やエルフに対する差別は禁止されている。それに加えて住居侵入罪。さらに言えば、僕はA級冒険者だ。いかにあなたが大商人の妻でも、衛兵がどちらの味方をするかは明らかだと思うが」
「くっぅっ!」
女は歯ぎしりしてクリスを睨む。
「ふんっ!不愉快なことっ!」
だが、自らの不利を悟ったのか、俺の手を振り払って、部屋を出て行った。廊下をずんずんと足音を響かせて歩き、ばたんと強く扉を閉めて気配が消えていった。
しばらく皆が息を潜め、扉を見つめる。各々であの女のショックを消化しているような時間が続いた。
「ふぅ」
誰のため息か。俺かもしれない。女が消えて安堵した。ああ、子供たちは大丈夫だろうか。怖がっていないか。トラウマになっていないか。しっかりケアしないと。と思ったのもつかの間。
「にいちゃんすげー!」
「イチカおねえちゃんかっこよかった!」
「わっ」
子供たちが一斉に大騒ぎしだした。俺や結依、クリスに群がり、かっこよかった!と目を輝かせてまとわりついてきた。獣人のケインもサラもはしゃいでいる。
・・・たくましい子たちだ。
まとわりついてくる子供たちの頭をなでる。なでられた子供たちはうれしそうににへら、と笑う。すると、ちょんちょん、とズボンを引かれた。見ると、足下にひっついているフィーリアがむーと頬を膨らませ、じっと俺を見ている。
「?」
なんだろう。ひょっとしてフィーリアもなでられたいのだろうか。そう思い、さらさらの銀の髪をゆっくりなでる。
「・・・」
すると、目を細めてされるがままになった。正解だったようだ。
「タカさん。イチカさん。クリスさん。大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
そんな子供たちを横目に見ながらセリアさんが言った。疲れたような表情だが、安堵感も見える。子供たちが無事で安心しているのだろう。
「はい。大丈夫です」
「セリアさんこそ大丈夫ですか?」
「私はなんとも。それより、子供たちを助けていただき本当にありがとうございました」
「ありがとー!」
「騎士さんみたい!」
「明日の騎士よりかっこよかったぞ!」
セリアさんのお礼にのっかって子供たちもありがとうと言ってくれた。まったく。無事でよかった。しかし、騎士みたいとはどういうことだろう。
「ん?明日の騎士?」
同じことを疑問に思ったのか、結依が聞いた。騎士、それも明日。明日何かあるのだろうか。
その疑問にセリアさんが答えてくれた。
「明日、建国祭のパレードがあるでしょう?毎年見に行ってるんですよ」
「何ですか、それ?」
答えてくれたはいいけど、その建国祭を知らない。首をかしげると、子供たちが馬鹿にしたように、
「えーー?タカのにーちゃんしらねーのか?」
「明日、パレードがあるんだよ!」
「騎士さんたちが出てくるの!」
「かっこいいの!」
やいのやいのと言いつのる。元気だな。やれピカピカの装備ですごいだの、馬がかっこいいだの、それぞれが憧れを語る。
「明日の建国祭にあわせて、領地持ちの貴族たちが軍隊を率いて王都にやってくるんだよ。午前中は各軍隊が王都の大通りを行進して王城に入る儀式があるんだ」
クリスもそう補足した。なるほど。参勤交代みたいなことだろうか。その行進が毎年の名物になっているようだ。
「その行進を毎年見に行ってるんです」
そうセリアさんがしめた。と、ここでやんちゃ坊主のゼンがこう言い出した。
「そうだ!にーちゃんたちもいっしょにいこうぜ!」
すると、他の子たちも目を輝かせ、
「え!?にいちゃんたちもくるの!?」
「わぁ!ゼンもたまにはいいこと言うじゃない!」
「たまにはよけいだ!」
おてんば娘のマフィにそう反論しつつ、
「そうだな。一緒に行くか」
そうつぶやいた。すると、セリアさんが眉を下げて、
「え!?でも、さすがに申し訳が・・・」
「大丈夫ですよ。僕たちもあの女のことが心配ですから。護衛代わりということで」
「い、いえ・・・。しかし・・・」
なおお渋るセリアさん。何故だろう。子供たちの安全のことを考えたら断る理由はないはずだが・・・。ああ。セリアさん、お金のことを気にしてるのか?一応今日もギルドの依頼で来ているからな。明日も、となれば追加の費用がかかると思っているんだろう。別に俺は大丈夫なのに。
結依と目が合う。お互い頷いた。どうやら思いは同じらしい。
「じゃあ、こうしましょう。私たちはプライベートでパレードを見に行く。するとたまたま子供たちと会った。せっかくなので一緒に見学することした。これでどうです?」
依頼で面倒をみるんじゃない。たまたま会ったからついでに一緒に行動するだけ。これなら依頼料も発生しない。ギルドとしては困るだろうが、まあ特別な事情があるから、見逃してほしい。
「・・・なにからなにまで。ほんとにすみません。ありがとうございます」
「いえ。・・・私たちは朝から孤児院の辺りでパレードを見学すると思います」
「はい・・・」
セリアさんは深く頭を下げた。そんなに恐縮する必要はないのに。
そして、子供たちは首をかしげている。大人の話だったから難しくて分からなかったようだ。
「んー?どういうことだ?」
「いっしょにこないの!?」
「えーー!?」
「なんでー!?」
「私たちもパレードを見に行くわ。だから一緒に見ましょうね」
不満げにそう迫る子供たちに、結依はにっこり笑って言った。すると一転、子供たちは大喜び。
「「わー!」」
「やったー!」
「たのしみ!」
「リルちゃんもいっしょ!?」
「ええ。もちろん」
「わん!」
「やったー!」
先ほどの女のことなんてもう忘れたように明日のことをキラキラした目で語り合っている。
その後は家の中で子供たちと過ごした。順番にリルをなでたり、お昼寝したり。あんなことがあったが、子供たちは元気いっぱいだ。俺も結依もクリスもセリアさんも一安心。
子供たちのお昼寝中に改めて聞くと、どうやらあの女は最近王国北部から王都に進出してきたガリアス商会の会長の妻のようだ。ガリアス商会は貴族にも多額の献金(賄賂?)をすることで勢力を伸ばしているらしい。そのガリアス商会は、王都ではこの辺りの土地の売買を行っていることから、孤児院が邪魔なようだ。王国では獣人やエルフへの差別が根強いからな。土地の値段もそうだし、個人的な嫌悪感もあるのだろう。あの女は何度も孤児院へ来ては暴言を吐いているらしい。
「院長先生。今度あの女が来たら僕の名前を出してもいい。こう見えて僕はギルドで顔が利くからね。抑止力にはなるだろう」
「クリスさん・・・。ありがとうございます・・・」
そう提案したクリスにセリアさんは深く頭を下げて感謝していた。
さて、一悶着あったが、一日が終わった。子供たちと別れを惜しみつつ、セリアさんに挨拶する。
「今日は本当にありがとうございました。本当に助かりました」
「いえ。なにかあったら遠慮無く相談して下さい。子供たちに何かあってからでは遅いので」
「はい・・・。ありがとうございます」
「それじゃあ、また明日。会えたら一緒にパレードを見学しましょう」
「はい・・・」
セリアさんは申し訳なさそうだが、何も気に病む必要は無い。明日はたまたま会うだけなのだから。
「じゃあね、みんな。また明日」
「うん!またあした!」
「リルちゃんもまたあした!」
「わん!」
バイバイ、と子供たちに手を振りながら孤児院を後にする。
「今日はいろいろあったな」
「そうね。まさかあんな乱入者が来るとは」
「まったく・・・。ま、子供たちになにも無くてよかった」
やれやれとため息をつく。
一時はどうなるかと思ったが。とにかく、今日はこれで無事終了。
このときの俺はそう思っていた。
「タカ。イチカ。ちょっといいかな」
このクリスのひと言があるまでは。
「言いたいことがあるんだ」




