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64話 村上の苦悩

 とある昼下がり。俺たち召喚者の剣士組はいつものように第一訓練所に集まっていた。午前中はいつも通りなんだかよく分からない剣の型の練習だった。あんな訓練が何の役に立つんだろう。昼食を挟んで午後の訓練。魔法組の美穂はもちろんそばにいないし、高島もいなくなったから、退屈な訓練が余計に退屈に感じる。特に今日は前田がいなかったから平和だ。


「村上くん。大丈夫?」


「ん、ああ」


 ぼーっとしていたのを見てか、隣にいた山本にそうささやかれた。山本は模擬戦を機にしゃべるようになった間柄だ。性格は優しくてどちらかというと気弱。喋り相手と言えば山本ぐらい。いいやつだし、新しく出来た友人だと思っている。ただやっぱり高島がいないとなぁ・・・。いじれる奴がいないし、あの夫婦漫才も聞けないから、物足りない気がする。

 そんな退屈な思いをしながらライオスの話を聞かされている。いつもだったら軽く訓練内容を話して終わりなのに、ライオスの奴はペラペラと話している。何なんだいったい。


「諸君。カーン公爵から喜ばしいお達しがあった。有難く聞くように」


 なーにが喜ばしいお達しだ。どうせろくでもないことだろ。そう思いながら聞き流す。そう言えば、また高島たちに会いに行こうかな。次の休みにでも・・・。いや、そう言えば、明日建国祭とやらがあるんだっけ?そこで高島たちと会えないかな?

 そんな風にぼんやりと考えていると、ライオスの一層張り上げた声が鼓膜を突き破ってきた。


「なんと、諸君らのいずれかが勇者に指名されることが決まった!本来であれば国中の猛者から選抜するところ、諸君らの中で最も強い者を勇者に指名すると仰せだ!」


 ふーん。勇者ねえ。

 そう思っている俺の後ろから、あくび混じりの声が聞こえた。


「勇者?なんじゃそりゃ?」


 ざわとクラスメイトがざわめいた。前田とその取り巻きである三村がのこのことやってきて、そう口を挟んだからだ。どうやら今起きてきたらしく、寝癖がついたままの髪の毛だ。

 この前田、模擬戦後からサボりの常連になった。訓練にはろくに参加せず、部屋で寝ているか、王都に遊びに行くかしている。そんな生活をしているから、日本にいた時より太っている。デブとまでは言わないが、筋肉が脂肪になって顔も丸くなった。

 俺たちクラスメイトは前田を嫌っている。それは今日みたいにたまに現れたと思ったら、威張り散らすか無理矢理誰かと戦っているからだ。しかし、その強さは本物。そしてなにより、高島に見せた残酷さを恐れている。俺たちも殴られたくはないから、逃げに徹してよきところで降参することにしている。本当は戦いたくはないが、断ることはできない。だってライオスは前田の味方だから。だから今も皆前田と目が合わないようにうつむいている。

 そんな生徒たちの様子を気にした風もなく、ライオスは前田の質問に答える。


「勇者とは、魔王を倒すことを期待される者の称号だ。そしてそれ以外の救世主は勇者の助けとなってもらう」


「ほーん。俺が勇者になったら俺以外の奴はみんな部下になるってことか。で、勇者ってのは偉いのか?」


 前田の部下になる?そんなのごめんだ。どんな無茶を言われるか分からない。だから、前田が勇者に興味を持たないでくれ。そう願った。しかし、


「ああ。なにしろ、かつて魔王を倒した人物の称号だ。今も大陸中で尊敬されている。故に、新たに勇者となった者は、あまねく尊敬の念を集めるであろう」


「へぇ。いいねぇ。じゃ、俺が勇者になるわ」


 ニヤニヤと俺たちを見渡しながらそう言った。俺たちの間で、絶望が広がった。最近前田びいきがひどいライオスのことだ。前田の願いを断ることはないだろう。

 ところがライオス意外なことに、前田の言葉に首を振った。


「まあ待て、マエダ殿。今すぐ勇者を決めることは出来ない」


「あ?なんでだよ」


 どうやらすぐに前田が勇者になることはないらしい。それを聞いて、何人かがほっと息を吐いたのが聞こえた。俺も同じ気持ちだ。希望が見えた。


「一ヶ月後、救世主の剣士内で勇者選抜トーナメントを行う。そこで優勝したものが勇者に指名される。そうカーン公爵は仰せだ」


 その希望は再び絶望に変わった。前田に勝てるわけがない。俺を含め、そんな思いが広がっていく。


「ちっ。めんどくせえ」


「落ち着け、マエダ殿。貴殿が一番強いことは明らかだ。勇者の称号を手に入れることはたやすいだろう。で、貴殿が勇者になった暁には、私も・・・」


「はっはっは。そうだな。ライオス、お前は勇者の師匠だ。それは俺が保証する。だからまたいい店紹介しろよ?」


「ふっふっふ。もちろん。綺麗どころを取りそろえた店を、ね」


 卑しい笑みを浮かべる二人。それに対する俺たちの絶望と嫌悪。しかし前田は俺たちのことなんて意に介さない。虫けらとしか思っていないのだろう。

 前田は自分が一番強いことを疑わない。・・・いや、事実そうだ。そもそも俺たちは前田と戦わされる際、初めからいつ降参するかしか考えていない。その時点でもう負けを認めてしまっているのだ。だから今も、俺も含めて、勝てるわけがない、と諦めてしまっている。どうか、横暴な命令はしませんように、と願うしかできない。

 ただ、悪い報せはそれだけではなかった。


「さて。選ばるのは勇者だけではない。魔法組は魔法組で選抜を行い、一番優秀なものが聖女もしくは聖者となる。かつては勇者と聖女がお互いを支え合って魔王討伐を成し遂げた。いわば勇者のパートナーになる存在だ」


 勇者のパートナー。聖女。二人は戦いのパートナーという枠を越え、恋人同士でもあったらしい。それを聞きつけた前田は一層深く笑った。

 なんだ?その笑みは・・・?

 

 はっ!!まさか!?あいつ、一条さんを!?


 やめろ。前田!


 それだけは言うな1


 一条さんだけは!


 しかし、


「ほぉ。じゃあさ、俺が勇者になったら一条を聖女とやらにしてくれ」


 くっっ。言いやがった。一条さんを無理矢理自分のものにしようと!!


「イチジョウ・・・?ああ、城を出て行った女か?」


「そうだ。勇者の俺にふさわしいのはあいつだ!高島とかいうボンクラじゃねえ!お前ら貴族だろ?命令ぐらい出せるだろ?」


 ふざけるな!!一条さんはお前みたいなクソ野郎にふさわしいわけがない!!彼女にふさわしいのは高高島しかいねぇ!!


「待て!前田!一条さんに手を出すな!」


 怒りのあまり、声を荒げる。

 友の想い人が取られそうになってるんだ!黙ってみてるなんてできねぇ!


「あ?うっせえ村上。お前こそ関係ねぇだろ」


「黙れ!俺はーー」



「ぶち殺すぞ?」



「っっっ!」


 静かに放たれた言葉。 


 それにのせられた、心臓を捕まれるような殺気。


 なんだこれ。


 怖い。


 身体が動かない。


 言葉が出ない。


 その隙に。


「分かった。マエダ殿が勇者になった暁には、イチジョウという者が聖女となれるよう、取り計らっておこう」


 ライオス・・・!


 くそっ・・・!


 高島・・・っ。


 ぎゅっと手を握る。手が痛い。ただ、心の痛みに比べれば、まだましだ。


 ごめんっ・・・。


 俺はなんてよわっちいんだ。


 親友に顔向けできない。


「へっ。そうこなくっちゃ。ああ、そうなると、また高島をボコしとかないきゃいけねぇなぁ。ライオス。高島をトーナメントに・・・。いや、その前でいいや。近いうちに高島をここに連れてきてくれ。格の違いってやつを見せてやる」


 !!


 前田っ!


 そんなにも高島のことが嫌いか!


「ああ。了解した」


 そしてライオスはそれも承諾してしまった。


「頼むぜ。じゃ、俺はフィレア子爵の晩餐会に呼ばれてるんでな。お先に失礼するぜ」


 前田はあっという間に去っていった。


 俺はその後ろ姿をただ見送るしか出来なかった。


 くそっ。高島・・・。


 すまん・・・。


 俺はただひたすら自分の無力さを痛感するのだった。

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