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63話 クリスの訓練

「タカ。準備はいいか?」


「ああ。ばっちりだ」


 俺とクリスは草原に来ていた。来たというより、連れてこられたという方が正しいかもしれない。身につけるのは木刀と革の防具。さすがA級冒険者というか、クリスが頼めばギルドはすぐに防具を貸してくれた。で、早速訓練を行うというわけだ。


「じゃあ、どこからでもどうぞ」


 クリスは木刀を構えて言った。その余裕綽々な態度がむかつく。吠え面かかせてやる。


 息を吸い込む。


 さぁ、集中しろ。狙うはクリスの首。本気で殺るぞ。


「っ。行くぞっ」


 力強く地面を蹴り、身体を前に押し出す。


 周囲の景色がゆっくり流れる。時間が引き延ばされたような感覚。


「はあああああっ」


 柄を握る。無知のように腕をしならせて、剣を走らせる。


「よっ」


 ビュン


 しかし、木刀は虚しく空を切った。クリスが後ろに飛んで避けたのだ。


 ただ、その着地する瞬間。ゆっくりと流れる視界の中で、その瞬間が鮮明に見えた。


「はっっ」


 クリスが着地した瞬間を狙って、シュ、と剣を突きだす。避けられないはずだ。

 しかし


 ガン


 クリスは自分の木刀で俺の剣を防いだ。

 そしてにやっと笑う。


「よっと」


「あ」


 ブン、とクリスが木刀を振るった。その勢いで俺の手から木刀が弾き飛ばされた。

 カランカラン、と音を立てて地面に転がっていった。それに気を取られているうちに、


「はい。僕の勝ち」


 俺の喉もとに剣を突きつけ、勝利を宣言した。


「ぐぅぅ」


 ・・・あっという間の出来事だった。俺が攻めていたはずなのに、気付けば剣を弾き飛ばされ、剣を突きつけられていた。


「はっはっは。自分の攻撃中は一番無防備になる瞬間なんだから。気を抜いちゃだめだよ」


 悔しさにうめく俺にご高説をたれる。悔しい。悔しいが、言うとおりだ。攻撃の時は攻撃のことに集中しすぎていた。だから、反撃されたときに動きがどうしてもワンテンポ遅れてしまう。

 木刀を拾って、袖で汗を拭う。手首のミサンガがさらっと額に触れた。さて、もういっちょ頑張るか。

 静かに息を吐きながら剣を構える。そんな俺の様子を見て、クリスは満足そうに微笑んだ。 


「じゃ、もう一回行こうか。今度は僕からね」


 そう言うや、クリスの姿がかき消えた。


「え??」


 どこだ!?しかし、視界にクリスはいない。

 ざ、と右側で足音がした。

 慌てて向き直す。しかし


「はい、僕の勝ち」


 またも、笑顔で俺に剣を突きつけるクリスがいた。

 なんてことはない。ものすごいスピードで移動し、剣を突きつけただけ。種は簡単、ただ、俺がそれに反応しきれなかっただけ。・・・いや、そうじゃない。それを可能にする速度こそ、注目すべきなんだ。


「ふふん。どうだい?強いだろ、僕は」


 クリスは胸を張って威張っている。非常に腹の立つ態度だ。ただ、この二回のやりとりで、そうするだけの実力差は見せつけられた。だから悔しいが文句も言えない。

 かといって、このまま引き下がる訳にはいかない。


「・・・っ。もう一回だ!」


 絶対に一撃入れてぎゃふんと言わせてやる!


「いいよ。どこからでもかかってきなさい!」


 その後、何度もクリスと打ち合った。いや、打ち合ったというより、一方的にあしらわれたと言った方がいいかもしれない。とにかくクリスに歯が立たなかった。

 俺が攻めてはいなされ、隙を見て剣を弾き飛ばされる。クリスの攻撃を防いだと思ったら、実はフェイントで背後に回られる。そんな攻防が何回も続く。さすがに最初のように瞬殺されることはなくなったが、クリスに一撃を入れることはかなわない。


「せあっ」


 もらった!そう思った会心の袈裟切りも、


「はっ」


 ガキン


 クリスに剣で防がれ、届かなかった。


「まだまだだねっ」


「あっ」


 そして結局剣を弾き飛ばされる。

 

 そんな調子が続いて。


「はぁっ。はぁっ」


「もうバテたのかい?じゃあ今日はこれまでにしよう」


 俺の体力が尽きた。


「くそっ」


 赤く染まった夕焼けを見ながら地面に倒れ込んだ。

 結局一度もクリスに勝つことは出来なかった。悔しい。まだまだやってやるっ。そう思うも、身体が限界だ。もう立ち上がることすら出来ない。肺が焼けるように痛い。集中しすぎたせいか、頭もクラクラする。


「タカ。筋は悪くない。ただ、僕の方が強かったけどね」


 クリスの余裕ぶった態度が腹立たしい。くそっ。そのにやけ面に剣を思いっきりたたき込みたい。もっとも、それが出来ないからこうやって這いつくばってるんだけどな。

 はぁはぁと荒い息を吐く俺のそばで、クリスは涼しい顔。そして俺の悪いところをつらつらと挙げる。常に反撃の可能性を頭に入れろ、だの、負けないことを意識しろ、だの、剣をもっと鋭く触れ、だの、体力がない、だの。言いたい放題だ。

 そのたびに俺はへいへいと返事にならない返事をする。ただ正直体力がないと言われても困る。こればっかりは体力トレーニングで伸ばすしかない。一朝一夕でどうにかなるものではないのだ。


 そして一通り話して満足したのか、クリスは言った。


「じゃ、帰ろうか」


 俺も立ち上がろうと、上体を起こし、足に力をいれる。が、


 ぷるぷるぷる


 足が震える。


 バタン。再び倒れ込んだ。


 立てない。


 そんな俺の姿を見たクリスが吹き出した。


「ぷっ。タカ?何やってるんだ?」


 ニヤニヤとおもしろそうに言うクリスに対して、ぶっきらぼうに告げる。


「・・・先に帰ってくれ。まだ立てない」


 情けない。恥ずかしい。さっさと帰れと手を振ってクリスを追い出す。


「そうか?じゃ、お先に。装備はギルドに返しておいてね。あ、イチカにもよろしく」


 まだ笑いながら、よいしょとクリスは身体を動かし始めた。その背中に向かって、


「・・・ああ。それと、今日はありがとな」


 ぼそっとお礼を言う。クリスは驚いたように目を丸くした。


「お?ああ。どういたしまして。じゃあね」


 そう言ってクリスは去って行った。その姿を見送りながら、俺は自分の実力不足を痛感するのだった。

 もっと強くなりたい。あの領域まで行くにはどれくらいかかるだろうか。途方もない道のりだろうけど、絶対に追いつきそして追い抜いてやる。




☆☆☆




 タカの姿が見えなくなってから。僕は大きく息を吐いた。そして右の掌をじっと見つめる。


「ふふっ。やるじゃないか」


 ピリピリというしびれが手に残る。タカの袈裟切りを防いだときだ。あの一撃には驚いた。もう少しで1本取られるところだった。余裕の表情を装ってはいたが、実際は冷や汗をかいていた。まさにギリギリのタイミングだった。だから変な受け方になって、手がしびれているのだが・・・。あと少し、防ぐのが遅れていれば・・・。もう少し、タカの振りが鋭ければ・・・。


 そもそも、タカの実力を侮っていた。そんなに強いとは思わなかった。ただの駆け出しの冒険者だと思っていた。だからこそタカを鍛えればイチカの安全にもつながると思った。タカには言ったが、イチカに死んでほしくなかったという気持ちは本当だ。そして、それはタカも同じだ。タカにも死んでほしくはない。僕はタカのことも嫌いではないから。タカの目の前でイチカにアプローチする申し訳なさもあるし、イチカほどではないが、初めて会ったときから心に刺さる何かがあった。

 だからトレーニングをつけようと思い立ったのだが・・・。剣を教えてあげよう、という偉ぶった態度がなかったとは言えない。だから、格の違い、は大げさかもしれないが、腕前を自慢するぐらいの気持ちはあった。まったく・・・。自分の醜さに嫌気がさすな。


 しかし・・・。なんという才能の持ち主だ。だいたいなんで僕の速度についていけるんだ。タカの視線は僕を捉えていなかったのに。それでどうして僕が背後にいるって分かるんだ?勘か?

 さすが、イチカが選んだ男なだけはある。経験を積めば。ステータスが上がれば。僕なんてすぐに追い抜いていくだろう。


 それでも僕は、


「イチカを諦めたくない」


 あんなに心ときめく女性は初めてだ。この長い長い人生において。

 勝ち目が薄くても。それでも僕は彼女に惚れたんだ。だから、もう少しだけチャンスをくれ。

 剣を交えた友人に、そう心の中でお願いした。


 ただ・・・。

 

 僕は耳を触る。魔法で本来の形を隠した耳だ。


 そして思う。


 彼女は・・・。イチカは・・・。そして、タカは。


 嘘つきの僕を許してくれるだろうか?

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