61話 それぞれの反省
「よし。帰ろうか」
「そうね」
「わん!」
俺たちは足早に戦場を立ち去り、森の出口へ歩き出す。ゴブリンの血のにおいにおびき寄せられた魔物と遭遇しないように、できるだけ急いでこの場を去る必要があるのだ。
歩きながら、先ほどのゴブリン討伐について考える。一番感じるのは、達成感だ。今まで一度に相手にしたゴブリンはせいぜい2~3体。それが今日は10体だった。もちろんリルや結依の協力もあってのことだが、それでも自分がレベルアップしたような気がした。
しかし、危ない場面も何度かあった。10体もゴブリンがいるので、あるゴブリンを相手にしているとき、別のゴブリンに背後から狙われるということがあった。だから手放しで喜ぶことは出来ない。反省するところはしっかり反省しないと。
とはいえ、うれしいものはうれしい。俺は今日の立役者、リルを思いっきり褒める。
「リル。今日はありがとう。助かったよ」
「わん!」
リルと協力し合ったから無傷で乗り切ることが出来た。リルの背後に迫ったゴブリンを俺が、俺の背後に迫ったゴブリンをリルが。それぞれ背中を預け合う形で戦うことが出来た。こうやってリルと戦うのは初めてだが、スムーズに連携できた。
じゃれついてくるリルをなで回す。歩きにくいことこの上ないが、リルがうれしそうなのでよしとする。というか、リルとふれ合えて俺もうれしい。
そして、協力しあったのはリルだけではない。
「結依もな。あの水の魔法のおかげで助かったぜ」
3体のゴブリンに囲まれているとき。俺に攻撃せんとするゴブリンに対して、ウォーターボールを浴びせ、ひるませてくれた。あの一瞬の隙のおかげで俺は攻撃を受けなかったし、倒すことも出来た。
お礼を言うのは恥ずかしいけど、助けられたことは事実だ。そう思ってありがとう、と言おうとしたのだが
「ええ・・・。どうね・・・」
結依はうつむいて暗い顔だ。達成感に浸っている俺とは違い、元気がないように見える。
「?どうした?」
「いえ。なんでも」
そう言って結依は首を振るが、どう考えてもなにかある。何か悩んでいる様子である。
「もしかして・・・」
怖かったのか?ゴブリンが。そう聞こうと思って、やめた。さすがにデリカシーがなさ過ぎると思った。だから、代わりにすっとぼけて言った。
「俺がリルを独り占めしてるのを怒ってるのか?」
「は?」
結依があっけにとられたような声を漏らした。目も口もぽかんと開いている。その隙に、つらつらと言葉を続ける。
「いや、だって、リルが懐いてくるんだから仕方ないだろ。今もリルがまとわりついてくるし、晩だって勝手にベッドに潜り込んでくるしさ。別に俺だって意地悪してる訳じゃないんだ。ただ、そう。リルが俺に寄ってくるんだ。なー?リル?」
「わん!」
元気よく返事した子犬を、しゃがんでなでる。しかし、上からにゅ、と手が伸びてきて
「あっ」
無言で結依がかっさらっていった。結依はリルを抱きかかえ、まっすぐそのつぶらな瞳を見つめて、
「リル?私のことも好きよね?」
「わん!」
リルの元気な返事を聞いて、結依の顔が少しほころんだ。
「じゃあ、今日はずっと一緒にいてくれる?」
「わん!」
そう吠えてリルはペロペロと結依の顔をなめだした。
「・・・ふふっ。ありがと」
されるがままの結依の顔にやっと笑顔が浮かんだ。よし。いい仕事だ、リル。
「リル・・・。悠・・・」
「ん?なんだ?」
「わふぅ?」
「・・・なんでもない」
・・・別に、結依に笑顔になってほしかったとか、そんなんじゃない。ただ、一般論として、横にいる人間が暗い顔をしていると俺まで暗い気持ちになるから。それだけだ。
だから、結依が笑顔になってほっとしたのも、別におかしくはあるまい。
☆☆☆
私たちはゴブリン討伐を終え、森の出口へ歩いている。他の魔物が血に引き寄せられる前にこの場を立ち去りたい。私たちはやや足早に森の出口を目指す。
歩きながら、私は先ほどの戦闘を思い浮かべる。主に戦っていたのはリルと悠。一方私はほとんど役に立たなかった。むしろ足手まといだった。悠とリルは私にゴブリンを近づけまいとして結果的に動きに制限がかかっていたし、集中力もそがれたはずだ。実際、私に迫ってきたゴブリンを倒すために悠が戦線を離脱し、その背後から別のゴブリンが悠を襲おうとしていた。結果的にリルが悠を助けてくれたけど、もし私のせいで悠に万が一が合ったらと思うとぞっとする。
自分が情けなくて、惨めで、悔しい。
「リル。今日はありがとう。助かったよ」
「わん!」
悠とリルは元気そうにじゃれ合っている。悠は笑顔だし、リルも楽しそうだ。先ほどの戦闘で充実感を感じているのだろうか。それもそうだろう。悠は今までゴブリン2~3体の相手がせいぜいだったから。リルと一緒とはいえ、10体を相手にしたのは大きな自信になるだろう。
そして悠は笑顔のまま私に言う。
「結依もな。あの水の魔法のおかげで助かったぜ」
やや照れたような笑顔だ。悠が私にここまで素直にお礼を言うなんて珍しい。それくらい機嫌がいいのだろう。ただ、
「ええ・・・。どうね・・・」
「?どうした?」
「いえ。なんでも」
私は素直に喜べなかった。だって、私はほとんど役に立っていないから。確かにウォーターボールで悠を助けたかもしれないが、それだけだ。私は二人を危険にさらしただけだ。自分の力のなさに辟易する。守られてばかりだ。
「もしかして・・・」
悠がつぶやいた。気遣うような口調だ。慰めてくれるのだろうか。大丈夫、元気出せよ、とか言ってくれるのだろうか。だとしたら、まあ、その気持ちだけでも受け取っておこう。
ところが、一瞬間があって、悠はこう続けた。
「俺がリルを独り占めしてるのを怒ってるのか?」
「は?」
自分の口から変な声が出た。たぶん、私は今間抜けな顔をしているだろう。
だって、思いも寄らない馬鹿なことを言われたから。私が今落ち込んでいる理由が、リルを悠に独り占めされているから?そんなわけないだろう。確かにそれをずるいと思ったことはあるが、絶対今考えることじゃない。私は自分のふがいなさに落ち込んでるんだ!
私の心の声は、しかし悠には届かない。ペラペラと半分自慢するようにのたまう。
「いや、だって、リルが懐いてくるんだから仕方ないだろ。今もリルがまとわりついてくるし、晩だって勝手にベッドに潜り込んでくるしさ。別に俺だって意地悪してる訳じゃないんだ。ただ、そう。リルが俺に寄ってくるんだ。なー?リル?」
「わん!」
悠がリルをなでる。悠は笑顔で、リルも尻尾を振って喜んでいる。リルはかわいい。だが悠の笑顔がむかつく。むかついたから、さっとリルを抱きかかえ、悠の手元から奪い取った。
「あっ」
悠の残念そうな声が聞こえた。ざまあみろ。
私はリルを抱きかかえ、まっすぐそのつぶらな瞳を見つめる。吸い込まれそうな黒い瞳だ。それは、まっすぐ、どこまでも私を信頼するような、そんな光を宿しているように感じた。
「リル?私のことも好きよね?」
「わん!」
リルの元気な返事を聞いて、顔が少しほころんだ。
「じゃあ、今日はずっと一緒にいてくれる?」
「わん!」
そう吠えてリルは私の顔をペロペロとなめだした。くすぐったくて、思わず笑みがこぼれる。
「・・・ふふっ。ありがと」
笑ったら、気分が晴れてきた。心に広がる黒いもやがゆっくりと消えていった。
「リル・・・。悠・・・」
「ん?なんだ?」
「わふぅ?」
「・・・なんでもない」
何も考えないようにも見えるし、すっとぼけているようにも見える。
まったく・・・。悠もリルも・・・。まったく・・・。ほんとにもう・・・。
情けなさがやる気に変わってきた。心が前を向き始めた。
メイさんにお願いしよう。自分の身を守れるような魔法を教えてもらおう。そして私も魔物を討伐できるような魔法を教えてもらおう。悠とリルの負担になるんて絶対嫌だ。そして、この二人を今度は守れるように。そう決意した。




