5話 召喚一日目終了
しばしお待ち下さい、と言ったカーン公爵は部屋から出て行った。
してやられたわね、ああ、と俺たちはささやきあう。なし崩し的に魔王討伐に参加することになってしまった。
「美穂、大丈夫か?」
「和久くん・・・。私たち、どうなるんだろう・・・」
動揺する柴田さんを村上が慰めている。いつのまにか、結依もそばによって背中をさすっている。
そのような光景が所々見られる。落ち込む誰かをその友人が励ます光景が、
かくいう俺も、不安を覚えている。いくらチートがあるからといって、魔王討伐なんてできるのだろうか。俺たちは平和な日本で暮らしていた。何かと物理的に戦うことなどなかった。そんな俺たちが、ちょっと力が強くなっただけで、この世界の人達が恐れている魔王を倒すことなんて、俺には無理だと思ってしまう。
「前田くん!どうして魔王討伐するって言ったの!?」
その時、大友先生が前田を叱りつけるように声を荒げた。だがそれに対して、前田は鬱陶しそうに応えるだけだ。
「んだようっせえな。言っただろ。しない理由がねえって。それともなんだ?私が討伐するから、生徒たちは安全なところに、とか言うつもりだったか?」
「っ!そうよ!魔王討伐に行くのは私だけでもよかった!それでみんなはここでかくまってもらうこともできたかもしれないのに!」
大友先生の提案は生徒思いの素晴らしいものだ。俺はそう思ったが、前田には届かないようだ。
「へえ。たいした責任感だな。でもあいにく、俺はどんな力を手に入れたか試してみてえんだ」
そう言って前田は拳を握った。何かを確認するかのようにぐっと力を込めた手を凝視し、にやっと笑った。
「さっきから身体がうずくんだ。力がみなぎるっつーか。これなんだな。無敵になったようだぜ」
前田は半ば浮かれたように見える。どんな力があるかはまだ分からないが、身体に生じた変化を感じているのだろう。パワー、つまり筋力が強くなったのか?しかし、俺自身は自分の身体が変わったようには感じないけど・・・。
「そんな・・・。遊び感覚で・・・」
「うるせえ。いつまでも先生面すんじゃねえ」
「前田くんっ・・・」
大友先生はがっくりと肩を落とした。俺は大友先生に同情してしまう。先生はたぶん、自分の責任を果たそうとしたのだ。生徒を無事に帰すという責任を。でも、前田から拒絶された。今先生が感じているのはどんな感情だろう。無力感?情けなさ?でも、俺はやっぱり大友先生を尊敬する。そして、そう思うのは俺だけじゃないはずだ。
「先生・・・?元気だしな?ちょーかっこよかったよ」
声をかけたのは、水野愛理。クラスの女子の中心のギャルだ。茶色に染めた髪と、やや派手めのメイク。短めのスカート。校則に違反しない程度でのおしゃれだ。一方で生徒指導されるような問題行動は起こしておらず、成績もそこそこ、授業態度も真面目、先生からも好印象の明るく元気な人気者だ。
「水野さん・・・。ありがとう」
「いんや。お礼を言うのはこっちの方だよ。うちらを守ってくれようとしたんでしょ?」
「でも、結局あなたたちを危険にさらしてしまうことに・・・」
「まーそれは成り行きだからね。しゃーないしゃーない」
ポンポンと先生の肩を叩き、慰める水野。それに元気づけられたのか、大友先生は顔を上げて少し微笑んだ。
「ありがとう。私、絶対にあなたたちを無事に帰してみせるわ」
「にへへ。ま、そんな気負わずいきましょうや。先生が悪いわけじゃないんだし」
真面目な女教師を明るいギャルが慰める、美しい絵面。なんかこう・・・言葉にできない麗しさがある。
が、それに食ってかかる人が約一名。
「なんだ水野。俺が悪いって言いたいのか?」
ニヤニヤ笑いに、わずかに怒気を含ませた前田だ、
「別にそうは言ってないじゃん。ただ、やるなら一人でやればいいのになーって思っただけ」
「へっ。別に俺は一人でやってもいいんだぜ?その代わり、報酬は独り占めするし、日本にも一人で帰るけどな」
「へぇ。途中で死ななきゃいいけどね」
バチバチ。両者とも口にはうっすら笑みを浮かべながら、しかし目は笑っていない。水野はああ見えて正義感が強い。それが女子から人気がある要因だが、だからこそ前田のような自分勝手な人間とは合わないのだろう。
「ちょ、ちょっと二人とも!落ち着きなさい!」
「うるせえ。黙れ大友」
「ちょっと!先生になんて口きくのよ」
コンコン
「失礼します」
喧嘩がヒートアップしてくる、と思ったその瞬間、部屋の扉をノックするとともに、渋い男性の声が入ってきた。扉から現れたのは、50代くらいの男性。背筋がピンと伸び、きっちりと燕尾服を着こなすその姿は、仕事ができるイケオジだ。
全員が、その男性に注目する。水野も前田もさすがに口論をやめて、その男性を見た。
「執事長を仰せつかっております、トム=ロラン=ミード=バートンと申します。皆様のお部屋の準備が整いましたので、ご案内いたします」
わずかに腰を曲げながら丁寧に話した。その穏やかな語り口のおかげで、とげとげした雰囲気が少し和らいだ気がした。
「わ、分かりました。皆さん、行きましょう」
突然のことに戸惑いながらも、大友先生が皆に指示する。さすがに逆らう者はおらず、大友先生の後について歩き出した。
「皆様が先ほどまでいた建物は、王宮と呼ばれる建物です。皆様がいた謁見の間や、王族の居住地がある、王城の中でも心臓部に当たる建物です。王城には他に応接棟、近衛兵控所、訓練所などがございます。皆様に寝泊まりいただくのはその応接棟でございます」
建物を出て、庭のような場所を歩きながらバートンさんが教えてくれる。ここはアルス王国の王都、その中心である王城であり、王城の中の王宮から応接棟へ歩いているところだ。ぐるっと見渡してみると、王城を囲うように4~5メートルほどの高さの壁がそびえ立っていて、外の様子は見えない。
建物の間をつなぐ庭はきれいに手入れされている。土を固めて整備された道と、その脇に青い芝生と所々に咲くきれいな花。歩くだけで心が落ち着くような、そんな上品な庭だ。
同時に気づいた。辺りが薄暗い。もう夜の時間帯なのだ。そう思うと、どっと疲れが押し寄せてきた。召喚されたのは日本の昼だったが、ここでは夜だ。召喚というのは身体に負担がかかるのか、精神的に疲労がたまっているのか、思わずあくびが出てしまった。
「ちょっと、悠。あくびするなんて余裕じゃない」
あくびを結依に見とがめられてしまった。俺たちは集団の最後尾にいるので他の人には見られない、と思っていたが、隣の結依は例外だった。
「ああ、いや、ごめん。疲れてて」
「・・・そう」
また怒られそう、と思ったが、返ってきたのはため息だけだった。どうしたんだ、と結依の顔を見ると、あまり元気がなかった。目が開ききっていないし、目線もやや下がっている。疲れている証拠だ。
「さて皆さん。こちらが応接棟です」
バートンさんの声に顔を上げれば、目の前にあるのは大きな建物だった。学校の校舎ぐらいの大きさだ。ちなみに王宮はこれより数倍でかかったが。
バートンさんに続いて、ぞろぞろと応接棟に入る。中は王宮ほどではないとはいえ、豪華なつくりだった。エントランスらしきこの場所には、シャンデリアに、カーペット。設備がきちんとしているだけでなく、掃除も行き届いているようだ。
正面には廊下が延びていて、その突き当たりには扉。しまっていて中の様子は確認できない。左手には階段。外から見た感じ、4階建てのようだった。
「奥に見える扉の向こうは、食堂になっております。朝昼晩と3食しっかりご用意いたします。階段を上がって2階が男性のお部屋、3階に女性のお部屋をそれぞれ個室で準備しております。4階は使用人控え室となっております。何か困ったことがあればおたずねください」
軽く説明した後、バートンさんは俺たちを2階へ案内した。
2階は細長い廊下の両側に部屋がある、ホテルのような作りだった。部屋の数は全部で20くらい。
「誰がどの部屋をお使いになるかは、決まっておりません。ご自由になさってください。2階の部屋の中には執事、3階の部屋の中にはメイドが待機しておりますので、部屋の説明を受けた後、今日はゆっくりとおやすみください」
「ありがとうございます。有難く使わせてもらいます」
大友先生はバートンさんにお礼を言ったあと、俺たち生徒の方へ向き直った。
「皆さん。今日はいろいろあって疲れたでしょう。ゆっくり休んでください。また、何かあればいつでも相談してください。私は皆さんの先生ですから」
そう言って優しく微笑んだ先生は、女子を促して一緒に階段を上っていった。前田に拒絶されたとはいえ、それでも先生であろうとする姿は、心強かった。
「じゃ、悠。夜更かしなんかしないでさっさと寝るのよ」
「するか。子供じゃないんだから。お前もさっさと寝ろよ」
お前は俺を何歳だと思ってるんだ、と突っ込みたくなるような台詞を残して、結依も3階へ上がっていった。
「美穂、大丈夫か?」
「うん」
村上と柴田さんも挨拶を交わし、柴田さんも結依のあとを追って階段を上がっていった。
さて、あとは誰がどの部屋を使うかだな、と思っていると、前田がずんずんと奥へ歩いて行った。
「俺は一番奥の部屋をもらう」
「じゃあ俺は前田さんの横の部屋を」
「俺は正面の部屋を」
前田とその取り巻き、伊東と三村が誰にも相談せずにさっさと部屋を決めてしまった。その流れで早い者勝ちでどんどん部屋が決まっていき、乗り遅れた俺は一番手前の、201と書いてある部屋になってしまった。
「ま、向かいだから良いじゃねえか」
202号室になった村上がそう言った。
「では皆様、ごゆっくりおやすみください」
バートンさんの声を聞きながら、部屋へ入って扉を開ける。中は割と広い部屋だった。すぐ左には洗面所。右手にはおそらくトイレなどがあるだろう扉。部屋に入って右奥にベッド。正面に机。その上にはカーテンが閉まった窓。そしてさらに上の壁には時計が掛かっている。なんと地球と同じ12個の印と長針短針。読み方が同じかは分からないが、8時頃を指している。
総じて日本の一般的なホテルと同じような部屋だった。殺風景にならないように花瓶や風景画が飾られている。そして燕尾服を着た男性が一人立っていた。
「初めまして、救世主様。執事のジョン=ロラン=ミード=オットーと申します」
そう言って頭を下げる男性は、バートンさんより少し若く見えた。おそらく40代くらい。
「初めまして。高島です。よろしくお願いします」
俺がそう名乗ると、タカシマ様とお呼びすればよろしいでしょうか、と問われた。
「様、は別になくてもいいですよ」
「いえ。タカシマ様は救世主様でいらっしゃるのですから。タカシマ様、と呼ばせていただきます」
「はあ。分かりました」
別に救世主という自覚はないが、ここでむりやり様付けをやめさせるのも変な話しなので、諦めた。
「タカシマ様。お部屋の説明だけさせていただきます。見ての通り、ベッドと机があります。机にはペンとインクと紙が置いてあります。清掃、備品補充は毎日行いますが、万が一不備があればお申し付けください」
「分かりました」
「クローゼットの中には服やタオルも用意しております。タカシマ様。今のお召し物も素敵ですが、私どもは初めて見る服ですので、洗うときに生地を傷めてしまうかもしれません。できればこちらが用意した服を着ていただくと非常に助かるのですが」
「はい。分かりました」
別に制服に強いこだわりがあるわけでも無い。服も用意してくれるなら、有難く着よう。
「ありがとございます。クローゼットにはカゴも用意しておりますので、汚れた服はそちらに入れて部屋の入り口に置いておいてください。そして、タカシマ様。右手の扉をお開けください」
言われて扉を開けると、案の定、トイレとバスタブ、シャワーがあった。形はユニットバスとほとんど同じ。風呂とトイレは別タイプがよかったが、まあ文句を言っても仕方がない。
「左手は洗面所、右手はお手洗いとシャワーになります。それぞれ魔石に手を触れると水が流れる仕様になっております」
そう言われて洗面所をよく見ると、蛇口ではなく黒い石のようなものがくっついている。
「魔石?」
聞き返すと、オットさんは少し驚いたような顔をした。
「御存知ありませんか?魔物から取れる魔石でございます。そこに水を流す魔法を刻んでいるのです。魔石に触れるだけで、水が流れるようになっているのです」
「へえ。そうなんですね」
やってみますか、とオットーさんに促され、石に触れてみる。すると石が光り、蛇口からジャーと水が流れた。
「わあ。すごいですね」
これが魔法というやつだろうか。異世界らしさを感じて、少し興奮してしまった。
「トイレもシャワーも同じようにしていただければ水が流れるようになります」
「分かりました」
俺が頷くと、オットーさんはにっこりと笑った。
「明日は8時頃から朝食の用意をしております。よろしければ30分ほど前に起こしに伺いますが、いかが致しましょう」
「ありがとございます。お願いします」
時間の単位は同じようだ。周期も部屋の時計も地球と同じ形をしているし、こちらも同じ24時間と考えて良いのだろう。少なくとも時間感覚が違うせいで体内時計が狂うなどの心配もなさそうだ。
「では、他にご不明な点はございますか?」
「いえ、大丈夫です」
「畏まりました。では私はここで失礼致します。ごゆっくりおやすみください」
そう言って一礼した後、オットーさんは部屋を出て行った。残されたのは俺一人。そう思うとどっと疲れが出てきた。
「・・・寝よ」
少し早いが、もう寝よう。クローゼットから服を取り出し、着替えてから俺はもうベッドに入った。