56話 リルの能力(2/2)
午前中はリルとボール遊びをした。リルの能力を測るためのものだが、ロッシュさんメイさん含め楽しんでいたのでボール遊びと表現してもいいだろう。そして昼食。俺たちはメイさんが作ってくれたサンドイッチを頬張り、リルは干し肉をかじっている。
「すごいですね、リルって。走るのも速いし、ジャンプ力も高いし・・・」
俺は改めてリルについて話した。午前中、リルはボールへ向かうときに足の速さ。キャッチする時にジャンプ力の高さを見せてくれた。その能力は俺の予想を上回るものだった。しかしロッシュさんはあまり驚いていないようで、平然と頷いた。
「まぁ、魔物じゃからの。普通の動物より能力は高い。しかし、その中でもリルは特別優れているようじゃ。この分じゃ、おぬしらのよき助けになるじゃう」
俺たちの助け。その言葉を聞いて、ドキッとした。俺たちの助けということは、一緒に戦うということだろう。
「やっぱり、リルも一緒に戦うんですか?」
いくら能力が高くても、やはり気は進まない。こんなにかわいい子を危険な目に遭わせたくない。万が一があると思うと気が気でない。だからロッシュさんの言葉が冗談であってほしいと薄い期待を声m手聞き返した。
「そのほうがよいじゃろう。わしはおぬし、ユイ、リルの三人で戦うのがよいと思うぞ」
しかしロッシュさんは至極真面目にそう答えた。それを聞いて、結依の顔も曇った。
「でも、リルを危ない目に遭わせたくないです」
結依も俺と同じく、気乗りしないようだ。しかし、結依の言葉を聞いてロッシュさんはいたずらっ子のように笑った。
「ふっふっふ。それは杞憂じゃと思うぞ」
「「え?」」
そして、驚きの提案をした。
「ユウ。午後はリルと戦ってみなさい」
「戦う?」
「うむ。といっても武器は使わんでいい。ユウがリルに手で触れたらリルの勝ち。リルがユウの身体に身体を当てたらリルの勝ち。こういうルールで戦ってみろ」
「わ、分かりました」
「ふふふ。これでおぬしよりリルの方が強かったら、おぬしの心配は杞憂になるな」
「そうですけど・・・」
というわけで、俺とリルは戦うことになった。確かに俺より強かったら、俺が心配するのはおこがましいってことになるけど・・・。さすがに負けるとは思えないが、とりあえずやってみよう。
「いいか、リル。お前は俺の手から逃げるんだ」
「わん!」
「で、俺が触るより先に、俺の身体に触れるんだ」
「わん!」
分かったか分かっていないのか。返事だけは元気がいい。とにかくやってみよう。どちらが能動的に相手に触れるか。そういう勝負である。
「リル。頑張ってね」
「おい。リルの応援かよ」
「当たり前じゃない。悠、リルに怪我させたら許さないわよ」
「・・・へいへい」
過保護な結依にため息を吐きつつ、リルから離れて立つ。ロッシュさんが審判役だ。そのロッシュさんが手を上げ、始め、という声と共に手を下ろした。
「よしっ。いくぞっ」
俺はリルに向かって駆け出した。狙うはリルの小さな身体。先ほどのボール遊びを見ていると油断は出来ない。でもやっぱり犬だ。簡単に終わるだろう。
そう思い、リルの身体に手を伸ばす。
「わんっ!」
ひょいと。リルは軽く左にジャンプして、いとも簡単に俺の手を逃れた。
うん。まあこれは想定内だ。リルがすばしっこいのは分かっていたら。
「よっ」
一気に距離を詰める。あっという間にリルの目の前に。そう。俺の方が身体が大きい。だから一気に距離を縮められるのだ。身体が大きいというのはそれだけで大きなアドバンテージである。
「今だっ」
手を伸ばす。リルのふわふわの体毛がすぐそこに。さぁ、勝負は決まったーー
「わふっ」
ところが、またもリルは右に飛んで俺の手を躱した。そのまま距離を取られる。むっ。あと少しだったのに。
「わんっ!」
こんどはリルの方から走ってきた。まっすぐ俺の方へ向かってくる。分かっていたが、とても速い。速いが、対応できない速さじゃない。
さて、どこに来る?
「わん」
「っ!?」
かと思ったら、リルの姿がかき消えた。いや、右だっ!
「くっ」
身をよじる。
「わふっ」
目の前を、リルが飛んできた。危ねっ。あのままぼーっと突っ立っていたら、リルに体当たりされて負けていた。
「ふぅ」
強い。速さもそうだが、頭がいい。リルが消えたと錯覚したのは、途中でリルがスピードアップして、俺の目がついて行かなかったからだ。そんなことをするぐらいリルはしたたかなのか。油断できない。そしてそうなると、今見せている速さが全力とも限らない。
「わん!」
リルが走って俺の方へ突っ込んでくる。さあ、今度はどっちだ?じっと集中する。深く集中する。やがて、リルの動きがゆっくりに見えてきた。そして雑音も消えた。
足の動きがよく見える。着地した右足。力がこもっている。
右かっ!?
「ふっ」
半ば、勘で身をよじった。そのすぐ横を、白い風が通り過ぎた。速すぎる。目で追えない。よく避けられたもんだ。
「今度はこっちからっ」
受け身だと勝てない。翻弄されるだけだ。ならば、攻めるしかない。そう思い、俺はリルに向かって走り出した。
「わん!」
リルも俺の方へ向かってくる。あっという間に距離が縮まる。
と、リルが前足に力を入れたのが見えた。
どこに来る?
上だ!
バッ、とリルが飛び上がった。
白い身体が宙を舞う。
俺の腹に飛び込んで来るつもりか。
いや。もっと高い。
俺の胸の高さまで飛んでいる。
いや。もっと高い。
頭。
いや、もっと高い。
「え?」
完全に俺を飛び越えた。
「あっ」
後ろだ!俺を飛び越えて、俺の背後を取った!
慌てて振り返る。
しかしもう遅い。
「わふっ!」
「わっ」
襲い来る柔らかな衝撃。
中途半端に振り返った俺の胸に、リルが飛び込んできた。その勢いに押され、尻餅をつく。
「くぅ~ん」
リルは俺の胸に乗り、顔をペロペロとなめてきた。そして、悟る。
「ま、負けました」
「わん!」
「そこまで!勝負あり!勝者リル!」
「すごいじゃない!リル!」
ロッシュさんの判定と、結依の歓声が聞こえる。そしてリルは特に勝利を誇るでもなく、相変わらず俺の顔をなめている。
「・・・。はぁ・・・」
ため息をつきながらリルをあやす。悔しい。手も足も出なかった。思ってた以上に強かった。
すると、そばで見守っていたロッシュさんが俺たちのそばにやってきて、言った。
「だから言ったじゃろう?杞憂じゃと。リルはおぬしよりずっと強い」
「わん!」
本当に。完敗だった。身体能力も、頭の良さも、体力も、全てが想像以上だった。ああ。セナさんが言っていた言葉を思い出す。過信しないでくださいね、と。リルは所詮犬だと過信していたのは俺だ。リルはただの犬ではない。魔物だ。・・・だとしても、強すぎないか?
「魔物ってどれもこれもこんなに強いんですか?」
「いや、リルは特別強いと思うぞ。わしも驚いた」
「そうですか・・・」
それはよかった。このリルで普通のレベルだったら、心が折れていたかもしれない。
「リルはおぬしらのよきパートナーになるじゃろう。以前のハイゴブリンのような想定外の強敵が現れても、リルがおれば守ってくれるやもしれんな」
俺たちが手も足も出なかったハイゴブリン。リルなら倒すことが出来るんだろうか。いや、出来るんだろうな。ハイゴブリンの攻撃は見えたが、リルの動きは時折目でも追えなかったから。しかもリルはまだまだ余力がありそうだし。
「はぁ・・・。リルを危険な目に遭わせたくないって言ってたけど、リルがいた方が安全になるんだな・・・」
「わん!」
「ま、そういうことじゃな。魔王討伐に向けてリルはいい戦力になると思うぞ」
いい戦力。というか、このままじゃ完全に俺たちが足を引っ張る形になりそうだけど。でも、リルが一緒に戦ってくるなら、これ以上心強いことはない。
ため息をついて、リルを抱える。目をじっと見つめると、リルはかわいらしく首をかしげた。
「リル。俺たちは魔王を倒したいんだ。お前は戦うのは嫌か?」
ただ、いくらリルが強いと言っても、無理矢理戦わせることはしたくない。そう思って聞くと、
「わふぅ~?わふわふ」
コテンと首をかしげ、ブンブンと首を振った。意味が分かっていないのか、否定しているのか。
続けて、俺はこう言った。
「もし俺たちと一緒に戦ってほしいって言ったら、協力してくれるか?」
「わん!」
力強く返事をしてくれたように思う。これは・・。リルは俺たちと戦ってくれると思っていいんだろうか。
そして、結依もしゃがんでリルに視線を合わせる。
「リル。私たちと一緒に戦ってくれる?」
「わん!」
結依の言葉にも、元気よく鳴いて答えた。肯定の返事のように思う。
「よし。リル。俺たち一緒に戦ってくれ」
「わん!」
最後にもう一度聞くと、やはり力強く鳴いてくれた。俺の勘違いじゃなければ、リルは俺たちと一緒に戦ってくれるはずだ。
しかし、リルに頼りっぱなしといういうのも違う。悔しいし、情けない。リルにだけ危険な目にも遭わせたくない。だから、こう決意を述べた。
「でも、いつかお前を守れるぐらい強くなってみせるからな」
「くーん」
ペロペロ。リルは再び俺の顔をなめだした。結依がうらやましそうに見ているが、こればっかりは譲ることは出来ない。
こうして、リルは俺たちの相棒になった。




