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54話 新たな出会い(2/2)

 ガサガサ


 茂みの中から、何か出てきた。それはなんとーー


「わん!」


 小さな犬だった。子犬と表現してもいいぐらいの小ささ。白い体毛は光を浴びて輝いている。その犬はちょこんとおすわりの態勢でこちらを見ている。つぶらな瞳で俺たちを見上げ、舌を出しながら興奮気味に荒い息を出している。


「わん!」


 尻尾がぶんぶんと触れている。まるで俺たちと出会えて喜んでいるような反応だ。そして、鳴き声も威嚇という風ではなく、むしろ親しみが込められているような気がした。

 結依と顔を見合わせる。こんな子犬は見たことがないし、尻尾を振られるような心当たりもない。どうしようか。お互い首をかしげるばかり。剣を向けて追い払うのもかわいそうだし、かといって近づくのも不用心すぎる。


「わん!」


 子犬がもうひと鳴きしたあと、はじけるように俺の元へ駆け寄ってきた。


「え!?」


 慌てて、剣を構える。


「ちょ、ちょっと、悠!?」


 その声は、俺を心配してか、子犬を心配してか。


「わん!」


 子犬はしっぱをフリフリしながら駆け寄ってくる。それを見て俺はーー


シャン


 剣を鞘に収め、かがむ。


「わん!わん!」


 子犬は俺の胸に飛び込んできた。


「くーん。くーん」


「はは、おい」


 甘えた声を出しながら、顔をなめてきた。俺は子犬の頭をなで、受け入れる。ああ、毛がもふもふだ。気持ちいい。


「悠?大丈夫なの?」


 後ろから心配そうに結依がのぞき込む。それに対して俺は大丈夫だ、と答える。


「ごめん。不用心すぎたな。でも、こいつに剣を向ける気がしなくてな。なんか、初めて会った気がしないって言うか。いや、そんなはずはないんだけど・・・。でも、妙にこいつが気になったんだ」


 間違いなく初対面だ。こっちの世界に来てから犬と言えばE級の依頼の時に散歩させたあのペットしか見ていないし、地球でもペットは飼っていなかった。だからペットが日本から追いかけてきた、とか、実はあのとき助けていただいた子犬です、とか感動的なストーリーもない。ないはずだが、なぜだか懐かしいような気がした。一目惚れ、とも違う気がす。変な感覚だ。


「くーん。くぅーん」


「おっと。ちょっと落ち着けって」


 結依と話している最中にも、子犬のペロペロは勢いを増すばかり。俺が後ろに倒されそうになるほどだ。この甘えん坊め。もう。かわいいなぁ。

 と、結依がじっと俺たちを見ている。物欲しそうな目だ。こいつをなでたいのだろう。しかし、プライドが高いのか、自分からあ言い出さない。仕方なく、声を掛ける。


「結依もどうだ?」


「も、もう・・。しょうが無いわね」


 口ではしぶしぶそう言うが、目は輝いていた。そして俺が子犬を差し出すと、奪い取るようにして抱きかかえた。


「よしよし。ん~。かわいいわね」


「く~ん」


 子犬は結依の腕の中で甘えるように丸くなり、尻尾を振っている。その様子に結依もデレデレだ。まったく。触りたいなら初めからそう言えばいいのに。


「ねえ、悠。この子連れて帰らない?」


「え?」


 結依はすっかり骨抜きになったようだ。この犬を連れて帰りたいという、その気持ちはよく分かる。俺だって、これだけ懐いてくれる犬ならばそう思うのも理解できる。しかし、


「うーん。でもなぁ・・・?」


 俺たちは居候の身だ。ただでさえお世話になっているのに、勝手に犬を連れて帰るのはいかがなものか。

 そう説明すると、結依もシュンとした顔で頷いた。


「ごめんね、わんちゃん。せっかくだけど、お別れよ」


「く~ん」


「・・・ごめんね」


 結依は泣きそうな顔で子犬にそう話しかける。そして子犬の方も悲しそうな声だ。その様子に、ぎゅっと心が痛くなり、つい口を開く。


「・・・ロッシュさんに確認して飼えるなら、そしてまたこいつに出会ったら、飼おうか」


「・・・そうね」


「わん」


 犬は俺たちの言葉が分かっているみたいに、元気よく返事をした。そんなわけは無いと思うけど。しかし、結依も納得してくれた。

 そして、これ以上触れ合っていると、さらに情が湧いて離れがたくなる。そう思った俺は、思い切って立ち上がった。


「よし。帰るか」


「え?もう?」


「わん」


 犬に情が移らないうちに帰る。これ以上触れ合っていたら抱きしめて帰路についてしまう。そうならないうちに早めに帰ろう。

 それに、ゴブリン討伐という目的は果たした。体力的にはまだまだ余裕だが、早めに切り上げる方がいいだろう。ロッシュさんにも、一体の討伐でいいと言われている。おそらく、精神的な疲れも見越してのことだろう。そして、セナさんも言っていた。過信しないように、と。だから、二匹目も、と欲張らず、今日は帰ることにした。


 俺たちは後ろ髪を引かれる思いで森を出るために歩き出した。


「かわいかったわね」


「そうだな。よく懐いてくれたし」


「なんとか飼いたいんだけど・・・。ロッシュさんたちは許してくれるかしら」


 門までの間、俺たちの会話の話題はやはりあの子犬のことだった。そうして歩いて行き、大門のところについた。幸いにもすいていたのですぐに喪番にギルドカードを見せて、王都に入ろう、そうしたところで


「ちょっと待て」


 と門番に止められた。普段なら冒険者カードを見せるとすぐ通してくれるのだが。


「な、なんですか?」


 驚いて聞くと、門番は俺たちの足下を指さし、


「その犬はなんだ?」


「「え?」」


 どういうことだ?振り返った足下には、


「わん!」


 あの白い子犬がいた。


「お、おまえ!ついてきたのか」


「み、みたいね」


「わん!」


 お座りしながら尻尾をふりふり。上目遣い。かわいい。いや、そうじゃなくて。俺たちを追ってきたのか。


「お前らのペットか?だとしたら首輪は付けないとダメだぞ」


「あー。いえ、そういうわけではないんですが。森で見かけたら懐かれて、ついてきちゃったみたいです」


「ふーん。じゃあ飼えばいいじゃねえか。とりあえず通してやるから、冒険者ギルドなんかで首輪を飼うんだぞ。・・・じゃ、次のひとー」


「あ、ちょっと・・・」


 しかし、門番はもう次の人の対応に移ってしまった。なし崩し的に、子犬とともに王都に入場してしまった。


「仕方ないわね。一度連れ帰ってロッシュさんたちに相談しましょうか」


「そうだな」


 そう言う結依の声はとても明るかった。子犬を抱え、鼻歌を歌いながらギルドへ歩いて行った。




「という訳なんです」


 冒険者ギルドによって、依頼完了の手続きと首輪の購入を済ませてからベイル家に戻ってきた。そして、この子犬を連れてきた経緯を説明したところだ。

 で、ここからが本題。この子犬を飼う許可をもらうのだ。


「なので、この子を飼わせてもらえませんか?」


「ご迷惑はおかけしません。お世話は私たちがするし、餌代もギルドの依頼で稼ぎます。なので、どうかお願いします」


「お願いします」


「わん!」


 俺と結依はロッシュさんとメイさんに頭を下げる。俺の腕の中の子犬も、分かっているのか分かっていないのか、お行儀よく鳴いた。

 俺たちはあくまで居候。こいつを飼えるかは、ロッシュさんとメイさん次第である。ドキドキしつつ、二人の沙汰を待つ。果たしてーー


「私は構いませんよ」


「「ありがとうございます!」」


「わん!」


 メイさんは快く賛成してくれた。そのひと言に、俺たちは顔を上げて喜び合う。心なしか、子犬も喜んでいる気がする。あとはロッシュさんだけだ。

 そのロッシュさんは、難しい顔で子犬を見つめている。じーと真剣な顔で見つめている。子犬も負けじとロッシュさんを見つめ返す。なにか独特な緊張感が漂う。


「ロッシュさん?」


 恐る恐る問いかける。なにか気にくわないことでもあるのだろうか。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 永遠にも思えた見つめ合い。先に視線を切ったのはロッシュさんだった。


「ふぅ・・・。まあ、いいじゃろう。きちんと面倒を見るんじゃぞ」


 ロッシュさんの口から出たのは、お許しのひと言だった。


「「はい!」」


「わん!」


 よかった。この犬を飼える。思わず顔がほころぶ。子犬もうれしそうに鳴いた。


「さて、名前を付けてやらんとな」


「そうですね」


 いつもの柔らかな表情に戻ったロッシュさんはそう提案した。名前。どうしようか。ペットを飼うなんて初めてだから、いざ考えるとなると難しいな。変な名前にしたらかわいそうだし・・・。無難な名前でいくと・・・


「ポチ、かな。やっぱり」


 俺のひと言に、しかし結依はじろっと俺をにらみつけながら反論する。


「ちょっと。犬だからポチ、なんてもう普通すぎて逆に誰も付けないわ。もっとおしゃれな名前を考えなさい」


「わ、悪かったな、普通すぎて」


 結依にやり込められて、タジタジになる。ていうか、そこまで言うことないだろう。全国のポチとその飼い主に謝れ。


「私たちの世界では、ポチというのが犬の定番の名前だったんです。この世界では、どんな名前が多いですか?ちなみに、この子はオスみたいなんですけど」


 結依の問いに、ロッシュさんは少し考えた後、


「そうじゃな・・・。やはり、リルという名前が多いの」


「わん!」


 リル。その言葉に反応したように、子犬が鳴き声を上げた。それを見たメイさんが微笑んだ。


「あら、リルって名前が気に入ったんじゃないですか?」


「わん!」


 またも一鳴き。本当にリルという名前が気に入ったのか。偶然かもしれないが、それでも何かの縁を感じる。


「よし、じゃあリルにするか」


「そうね」


 リルというのは、確か勇者のお供のフェンリルの名前だった気がする。以前王都の劇場で見たお芝居で出てきたはずだ。フェンリルだからリル。ずいぶん安直な名前だなと思って印象に残っていたのだ。で、この世界でリルという名前が多いのはそのフェンリルにあやかっているのだろう。


「わん!」


 結依も子犬も異存は無いようだ。ということで、子犬の名前はリルに決まった。

 こうして、ベイル家に新たな家族が増えた。純白の子犬、リルだ。賑やかになりそうである。

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