51話 緊急事態(1/2)
ゴーン ゴーン ゴーン
ゴブリン討伐の翌日。俺たち4人がベイル家の食卓で朝食を食べていると、鐘の音が聞こえてきた。この世界に来てから初めて聞いた音色。そして家の中にいても聞こえるぐらいの大きな音だ。
「ロ、ロッシュさん!何ですか、この音は?」
驚いて問うと、ロッシュさんは顔をしかめながら言った。
「緊急事態の鐘じゃな。この鐘が鳴ると、D級以上の冒険者はギルドへ行かなければならん」
緊急事態の鐘・・・。そう言えば昇格試験の時、アッシュさんが鐘が鳴ったらギルドへ来るように言っていた気がする。この鐘のことか。だからロッシュさんは顔をしかめたんだ。緊急事態が起こったってことだから。
「じゃ、じゃあ、今すぐギルドへ行かないと・・・?」
「うむ。しかし、わしとメイは近衛兵の予備役じゃ。この鐘が鳴ったら、王城の方へ行かねばならん。じゃから、ユウ。ユイ。ギルドへはおぬしら二人で行くんじゃ」
「そ、そうなんですか!?」
「ええ。だから、二人とも気をつけてね。何らかの緊急事態が起こったってことだから、危険もあると思うの」
「「はい」」
なんと、俺と結依だけでギルドに行くことになった。二人でギルドへ行くのは何度もあるが、鐘が鳴っている状態で行くのは初めてだ。
「気をつけるんじゃぞ」
一体何が起こっているのか。どんな危険なことが待っているのか。ロッシュさんもメイさんも心配そうな顔だ。それで余計に不安を抱えながら支度をし、ベイル家を出た。
王都の大通りを歩いて進む。鐘が鳴ったせいか、通行人も少ない。家にこもっているのだろう。逆にこんな時でも営業している商魂たくましい店は、冒険者と思われる武装した人達で賑わっている。それでも、全体的に見ると閑散としている。
「静かね。人がいないわ」
「そうだな。それだけ大事ってことだよな」
結依とそんな話をしているうちにギルドへ着いた。扉をあけると、中は冒険者でぎゅうぎゅう。こんなに混雑しているギルドは見たことがない。冒険者はみんな扉に背を向けるようにして集まっている。どうやら奥にいるギルド支部長のアッシュさんに注目しているようだ。
「諸君!よく集まってくれた!」
アッシュさんが声を張り上げた。ギルド中に響き渡る大声。
「今回集まってもらったのはアルスの森の異変に対応するためである!どうも、オークの群れが北上し、それに押される形でゴブリンの群れも北上しているらしい!このままではゴブリンが森を出て王都に迫ってしまう!」
アッシュさんが冒険者に向かって今回の緊急事態の説明をしている。それによると、どうも魔物の玉突き移動が起こっているらしい。何らかの原因でオークの群れが北上し、元々いたゴブリンの群れと衝突。そしてそのゴブリンたちが押し出されるような形で北上し、森を王都の方向へ移動してしまっているらしい。
「まず、D級冒険者の諸君は森の外で待機。万が一ゴブリンが森から出たら、討伐してくれ」
俺たちのことだ。森へは入らなくていいらしい。森から出てきたゴブリンを討伐する役割。いわば最終防衛ラインだ。昨日初めてゴブリンを討伐したばかりだから不安はあるが、やるしかない。王都の安全を守る大事な役割だ。
「頑張りましょうね」
「ああ」
「フィーリアちゃんたちのためにも」
結依と小声でささやき合う。そうだ。王都には孤児院の子供たちもいる。その子たちのためにも頑張らないと。
「C級、B級の諸君は森へ入り、ゴブリン、及びオークの討伐だ。森から出ないよう、討ち漏らしがないようにしてくれ!そしてA級冒険者は、近衛隊とともに森の奥へは入り、オークが北上している原因を探ってくれ!」
A級冒険者と近衛隊は森へ入るらしい。A級冒険者といえばクリス。あいつはどうなってもいいが、ロッシュさんとメイさんが心配だ。森の奥へ入るという役割は俺たちよりもずっと危険だ。俺たちより強い二人の心配をするのはおこがましいかもしれないが、やはり心配だ。
「以上、なにか質問は!?」
「アッシュのおっさん!報酬はどうなるんだ!?」
冒険者の一人が声を飛ばした。アッシュさんは顔をしかめながらも答える。
「おっさんと呼ぶな!・・・報酬は事態が収束次第、等級に応じて支払う。D級は5万ゴル、C級は20万ゴル、B級は50万ゴル、A級は100万ゴルだ。なお、今回は緊急のため、魔石の回収はしないでくれ」
ゴブリン一体で1万ゴルだったから、10体分か。森からあふれ出てくるゴブリンがどれくらいか分からないから割がいいかどうかは分からない。ただ、王都の安全に関わる事態なので、それどころじゃない。
「他に質問は!?」
今度は誰も声を上げなかった。
「よし!では各自、王都を出て森へ向かってくれ!」
アッシュさんのその一言で、集会はお開きになった。各自扉からギルドを出て、王都へ向かっている。
「行こう」
「ええ」
俺も結依と一緒にギルドを出て、閑散とした王都を抜け、森へ向かった。
森へ着いた。D級冒険者である俺たちは森の外で待機することになっている。すでに10人ほどの冒険者が集まっていた。今のところ、森には変わった異変は見られない。といっても、本格的に森へ入ったのは昨日が初めてだから、偉そうなことは言えない。
と、冒険者のうちの一人、大柄な男が話しかけてきた。
「よお。タカとイチカだな?」
背が高く、筋骨隆々。日に焼けた、30代ぐらいの男だ。左の頬には切り傷。風貌だけを見るなら上位の冒険者でもおかしくないぐらいのオーラがある。思わず警戒して身を強張らせた。
しかしその大男は苦笑し、手を差し出した。
「俺はD級のベッカーっていうもんだ。こんななりだから初対面の奴には大抵身構えられるが、まあ仲良くしてくれ。よろしくな」
その苦笑には、どこかさみしさも含まれているような気がした。悪い人じゃなさそうだ、と思って俺はその手を握り、名乗る。
「タカです。よろしくお願いします」
「ああ。よろしくな」
うれしそうに笑ったベッカーは次いで結依に手を差し出した。結依もその手を握り、ベッカーに問うた。
「イチカです。どうして私たちのことを知ってるんですか?」
確かに、もっともな質問だ。俺たちはベッカーと会ったことはない。それなのに向こうが俺たちを知っているのは疑問である。しかし、その答えは意外で、しかも納得できるものだった。
「イチカ、お前A級のクリスに目ぇ付けられてただろ。だもんで、お前らは冒険者の間でちょっとした有名人さ」
なんと、クリスのせいらしい。あいつがギルド内で結依をナンパするからだ。たしかにあのとき、他の冒険者に注目されていた。まったく。クリスの奴。ほんとろくなことしないな。
「お前ら、つい最近D級に昇格したのか?」
「はい。昨日初めてゴブリンを討伐しました」
「こういう緊急事態も初めてです」
「おお。そりゃ不安だろうな。まあしかし、俺たちみたいなD級は万が一の備えみたいだ。気楽に行こうぜ」
「そうなんですか?」
「ああ。それにいざとなりゃ、あのクリスが助けに来てくれるかもしれねぇしな」
「うわぁ」
ベッカーの、俺たちは万が一の備えという言葉を聞いて安心したが、クリスが来るかもしれないという話で汚い声が出てしまった。あのかっこつけイケメンが俺たちのピンチに颯爽と現れて魔物を討伐する・・・。ものすごくどや顔されそうで、想像しただけで寒気がする。
しかし、実際はクリスは森の奥へ行っているので、そんなことにはならないだろう。そもそも俺たちが苦戦するくらい森の外に魔物が来ることが少ないらしいから。
そんな風に俺たちとベッカーが話しているのを見て、ちょくちょく他の冒険者も集まってきた。俺たちにとって全員知らない人だが、向こうは俺たちのことを知っていた。どうやらベッカーの言っていたことは本当で、クリス関連で俺たちの名前は広まっているらしい。一体クリスが目を付けた冒険者とはどんな美人なのか、そしてそんなクリスに声を掛けられながらも断って優先した恋人(つまり俺)はどんな奴なのか。冒険者の間で密かな話題になっているようなのだ。
「確かにイチカはかわいいが・・・」
「タカは平凡だな」
「そうだね。あたしだったらクリスを選ぶよ」
・・・言いたい放題だ。こいつらも悪気があって言ってるわけではないのだろう。それはそれで傷つくが。
「おいお前ら。タカに失礼だぞ」
ベッカーさんはそんな冒険者たちに注意していくれた。見た目と違って、いい人だ。しかし、俺だって全てのスペックでクリスに劣っているのは自覚している。だから、ベッカーさんを、ありがとうの思いを込めつつ、
「いえ、いいんですよ。ベッカーさん。そりゃ当然クリスの方がいい男でーーー」
なだめかけた、そのとき
シューーーー
「危ないっ!」
森の奥から、一つ石が飛んできた。大きさは拳ぐらい。速さはそれほどもない。
それは、俺ではなく結依の方へ向かってきた。
「きゃっ」
とっさに結依の腕を引いて、結依の身体を引き寄せる。
ドサッ
さっきまで結依が立っていた地面に石が突き刺さる。当たっていたら怪我は免れなかっただろう。
「大丈夫か?」
「え、ええ。ありがとう」
結依の腕を離し、聞くと戸惑いながらも頷いた。いきなりのことで驚いただろう。
「お前ら、来るぞっ!」
ベッカーさんが声を張り上げた。さっきまでの陽気な声じゃない。緊張感をはらんだ、真剣な声だ。他の冒険者も、武器に手を掛けて森へ対峙する。同時に、森がガサガサと揺れる複数の緑の影。現れたのは
「ゴブリンだっ!」
森から、ゴブリン。それも、軽く10体はいる。
「多いぞっ!」
「やべぇっ!」
冒険者たちの焦るような声が耳に届く。つぅ、と汗がしたたり落ちた。おいベッカーさんよ。俺たちは万が一の備えじゃないのかよ。




