50話 ゴブリン討伐(3/3)
休憩が終わった。次は俺がゴブリンを討伐する番である。今度は、俺を先頭にして歩く。俺、ロッシュさん、結依、メイさんの順番だ。
うっそうとした森を、慎重に歩く。極力物音をたてないように。そして物音を聞き逃さないように。神経を研ぎ澄ませる。
カサ
5メートルほど先の草が揺れた気がした。思わず立ち止まる。心臓がドクドクと高鳴る。
ひとまずしゃがめ、のハンドサインで3人をしゃがませ、俺は注意深く前の草むらを見つめる。
いよいよゴブリンと対決か?そう思うと喉が乾き、手から汗が噴き出てくる。
呼吸を整えながら、草むらを見つめる。
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しかし、いつまでたっても何も出てこない。ゴブリンどころか、兎一匹すら。おかしい。固唾をのんで見守るが、何も起きない。と、
「ユウ。風で揺れただけのようじゃぞ」
後ろから、ロッシュさんの声が聞こえた。驚いて、聞き返す。
「か、風ですか?」
「うむ。魔物がおるわけではない。少し過剰に反応しすぎたようじゃ」
どうやら、俺は風で草が揺れたのを、魔物がいると勘違いしたらしい。幽霊の正体見たり、というやつか。道理で何も出来ない訳だ。恥ずかしい。
「す、すみません・・・」
「謝ることはない。最初はそれくらい神経質でいい」
「はい」
ロッシュさんに慰められて、気を取り直す。今回ばかりはさすがに結依もいじってこなかった。茶化していい場面ではないと分かっているのだろう。
さて、再び歩き出す。どんな気配も逃さないように、周囲に気を配って。しかし神経質にないすぎないように。時には周囲を見渡し、時には立ち止まって聞き耳を立てて。
2~3分ほど歩いただろうか。
ガサガサ
草が揺れた。驚いて木陰に立ち止まる。しかし、今度は風ではないはず。今、風は吹いていないから。後ろにしゃがめ、と合図を出し、俺だけは剣を構えて警戒の態勢に入る。
ガサガサ
再び揺れた。
そして現れた。緑の皮膚。小さい身体。来たっ。今度こそゴブリンだ。キョロキョロと辺りを見渡し、俺たちに気付いた様子はない。
手汗で濡れた剣を思いっきり握り込む。覚悟を決めて、身体に力を入れる。
ゴブリンを倒す。いや、殺す。
よしっ!やってやる!
思いっきりゴブリンへ向かって駆け出す。
躊躇わない!
「ギョッ・・・」
ゴブリンが俺に気付いた。しかし、もう遅い。
「はっ」
俺の剣が横に放たれる。
メリ。という手応え。しかし、そのまま押し切る。
「せいっ!」
ゴブリンの首が飛んでいった。
勝負は一瞬だった。俺の剣がゴブリンの首を跳ね飛ばし、ゴブリンは絶命した。
「ふぅっっ」
気持ちのいい手応えではなかった。首を切断する手ごたえ、吹き出る血。慣れない。慣れないが、やるしかない。
「よーし。よくやった。ユウ」
「お見事です。ユウさん」
「やるじゃない、悠」
俺がゴブリンを倒すのを見届けて、三人が木陰から出てきた。俺を褒めるような笑顔だ。その笑顔を見て、ようやくほっとした。強張っていた身体の力が抜けた。そっと握り込んでいた手を、ゆっくりと緩める。
「ありがとうございます。なんとか討伐できました」
「うむ。お見事じゃ」
4人でゴブリンの死体を囲む。首と胴体が分かれた死体だ。これを俺がやったんだ。冷静に考えると、やっぱり信じられない。ついこの間まで普通に高校生をしていたのに。恐れと達成感がない交ぜになったような感情がぐるぐると渦巻く。
しばし感慨に浸っていると、メイさんが言った。
「さあ、ユイさん。魔石を回収してみましょう」
そうだ。まだ仕事は終わっていない。魔石の回収をしなければならないのだ。
「はい」
返事をする結依の顔は強張っている。無理もない。気持ち悪い生物の死体を解剖するなんて、俺だって嫌だ。さすがに心配になって、声を掛ける。
「無理するなよ、結依」
「大丈夫。悠だってゴブリンを倒したんだから、私だって負けてられないわ」
と強気に言う結依。ぎゅっとナイフを握りしめ、ゴブリンの胴体をにらみつけている。
「落ち着いて、ユイさん。まずは深呼吸よ」
「はい」
メイさんになだめられ、結依は大きく息を吸った。
「落ち着いたからしら?」
「ええ。大丈夫です」
「では、まずここにナイフを突き立てるの」
メイさんはゴブリンの胴体、喉の下あたりを指さした。恐る恐る、結依はナイフを握る手を伸ばす。
切っ先が緑の皮膚に触れた。
「っん」
「そう。大丈夫よ。そのまま下に切り裂いていくの」
「っはい」
ゆっくりと。震えながら。結依はナイフを手前に押し込みながら、ゴブリンの皮膚を切り裂いていく。
ミシミシ、耳障りな音を響かせながら、胴体が開いていく。血があふれ、内臓、骨があらわになってくる。
思わず目を背けようとして、やめた。結依が頑張っているのに、俺だけ逃げるわけにはいかないと思った。
「っん」
結依は顔をしかめた。しかし、ナイフは止めない。おなかの辺りまで、切り開いていく。
「ええ。もう大丈夫よ」
メイさんに言われて、結依はようやくナイフを止めた。
「はぁっっっ」
大きく息を吐いた。肩で息をしている。
「大丈夫か、結依?」
「ええ。生き物を殺すよりは、死んだものを解体する方がまだ精神的に楽な気がするわ。慣れないことには変わりないけど」
そう言う結依は疲れた顔をしていた。体力的にというより、精神的にだろう。まあ当然だ。逆に、普通の女子高生がゴブリンの解体を平気でやる方がおかしい。俺だって、やれと言われても平気な顔しては出来ない。
「ユイさん。これが魔石です。あとはこれを取るだけです」
メイさんに言われて、結依はゴブリンの身体に手を入れ、光る石、魔石を手に取った。視覚的な気持ち悪さと匂いに顔をしかめながら、しかし手に取った魔石をしげしげと見つめている。
「おつかれさん、結依」
そう声を変えると、結依はどこかほっとしたような顔をした。
「ふぅっ。ありがとう。悠も大丈夫だった?」
「ああ。相変わらず嫌な感触だよ。でも、まあ、なんとかな」
初めて兎を殺したときほどではないが、この感触は慣れない。命を絶つというのは、とても重いと感じる。それでも、ギルドで試験を受けていてよかったと感じる。森で初めてゴブリンを殺していたら、躊躇うわ、戸惑うわで俺自身の身も危なかったと思う。
「お二人とも、よく頑張りました」
「うむ。上出来じゃ。少し休んで、今日はもう帰るとしよう」
ロッシュさんもメイさんも笑顔で褒めてくれた。ゴブリンを殺したというのは慣れないが、一方で達成感もあった。魔王討伐、日本への帰還。その一歩を踏み出した感じがする。
そして、それは結依も同じらしい。
「これからね」
「そうだな」
こうして、初めての魔物討伐は無事に終わった。そしてもう今日は早くも帰宅することになった。体力的にはまだまだ動けるが、精神的な疲労も考慮しての判断だろう。
ところで、王都へ帰る前に一悶着あった。大門に着き、いざ王都へ入ろうとしたときだ。いや、俺たちがトラブルを起こしたんじゃない。トラブっていた集団がいたのだ。
「何故我々が王都に入れないのだ!」
「申し訳ありません。規則ですので」
「我々は栄えあるイグニス伯爵家の者だぞ!」
「しかし、公爵様からイグニス伯爵家の皆様はお通しするなと通達されておりまして」
「なんだとっ!・・・くそっ。これでは援軍を頼めないではないかっ!」
大きい、だが所々傷が入った馬車が3台。そして武装した騎馬兵が30ほど。歩兵が50ほど。そんな物々しい一団が門番ともめていたのだ。こいつらが道を塞いでいるせいで、俺たちも王都へ入れない。
「ロッシュさん。あの人達は何者ですか?」
本人達に聞こえないよう、そっとロッシュさんに尋ねる。聞こえてきた内容からすると貴族のようだが、俺はこの国の生まれではないのでその辺りの事情はよく話からないのだ。
「イグニス伯爵家の者たちじゃ、ユウ。大陸中央部、つまり魔王軍との最前線を治めておる。大方、対魔王軍への援軍を求めに来た使者だろうが・・・。王都にすら入れんみたいじゃな」
「何故王都に入れないんでしょう?」
「さあ、それはわしに分からん。どうもカーン公爵が拒否しているようじゃが・・・」
ロッシュさんとそんな話をしながら、通路が空くのを待つ。イグニス伯爵家が陣取っているせいで、俺たちのような冒険者や商人が待たされている。でも、何だが怒る気にはなれなかった。だって、援軍を求めに来たのに門前払いされているようだから。さすがにかわいそうだ。
「あの~。一度横に逸れていただいてもよろしいでしょうか。他の方が王都に入れないようなので」
「~っっ!っくそっ!我らは必死に戦っておるのに!」
門番が恐る恐る言うと、ひときわ豪華な装備を付けた馬上の武人がそう捨て台詞を吐き、門の前から立ち退いた。それに追随するように、馬車や兵隊も横にズレる。これでようやく俺たちは王都へ入れる訳だが・・・。
彼らの横を通るとき、顔がみな暗かったのが気になった。変に目を付けられないようこっそりと王都へ入る。初めてゴブリンを討伐したが、最後に気になる一幕に遭遇してしまった。




