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4話 公爵の話術

「魔王を討伐なさってください」


 カーン公爵の言葉にピンときた者は多くはないだろう。魔王とはゲームやアニメで強力なラスボスとして描かれることが多いが、この場合もおそらくその意味だと思う。アニメに親しんでいる俺からすればテンプレ展開だと思えるが、そうでない者には理解不能と思われる。


「魔王とは・・・?」


 案の定、大友先生もよく分からなかったらしい。公爵に聞き返した。


「はい。魔王とは簡単に言えば、人類を殺戮し、領土を侵食する悪しき存在でございます。我がアルス王国をはじめ、ユードラン大陸の4国家はいずれも魔王軍の侵略を受けております。そこでわが国は異世界の皆様方を召喚し、魔王を討伐していただこうと思ったのです」


「魔王・・・討伐・・・?」


 大友先生が繰り返した。必死に意味を理解しようとしているようだ。クラスメイトも混乱中だ。理解できた者と、そうでない者。

 隣の結依を見ると、ちょうど結依も俺を見ていたのか。目が合った。ぱっとそらされた。同時につないでいた手も振りほどかれた。まあ落ち込んでいるよりはいいが。なんだその冷たいリアクションは。


「はい。魔王を含め、魔物や魔族の体内には魔石と呼ばれる物質が存在します。皆様をお帰しする魔法は膨大な魔力が必要なのですが、魔王の魔石ならば間違いなくその魔力を補えるでしょう。つまり、皆様が元の世界に帰るには、魔王を討伐してその体内にある魔石を入手していただく必要があるのです」


 つまり、俺たちが帰るには魔王を倒す必要があると。そして魔王が倒されるとアルス王国にも利益があると。一見Win-Winのように見えるが、とんでもない。俺たちはこいつらにむりやり召喚されたんだ。その上で帰りたくば言うことを聞けと。なんて強引なんだ。


「その魔王というものは・・・。危険な存在なのですね・・・?」


「はい。残念ながら。大陸中の猛者が挑むも、未だ討伐は成されていません」


「つまり・・・」


 大友先生がうつむきながら小さくつぶやいた。拳をぎゅっと握って、身体が小さく震えている。


「あなたたちは・・・!自分たちが倒せないものを、私たちに倒せと!帰りたくば倒せと!私たちに危険を冒せと!そう言っている訳ですね!?」


 身体も声も震わせながらうめくように叫んだ。怒っている。俺が見たことないほど、大友先生が怒っている。

 誰かがはっ、と息をのむ声が聞こえた。自分たちが何をさせられそうか。その言葉で、クラスメイト達も理解したらしい。


「むりやり呼んでおいて、そんなことさせるのか・・・?」


「そんなん、俺たちにできるのか!?」


「危なくないのかっ!?」


「無理だよっ」


「死にたくないっ」


「いやぁっ」


 悲鳴のような叫びが聞こえた。帰還できると聞いて持ち直した雰囲気が、またどん底に落ちた。


 確かに俺も理不尽な要求だと思う。アニメではよくある展開だが、実際に自分がその立場に立つとよく分かる。帰還したければ、魔王を討伐しなければならない。勝手に呼んでおいて、命がけで討伐してこいというのは理不尽すぎる。


 横にいる結依もきゅっと唇をかみしめている。事態が飲み込めてきたのだろう。そしてその理不尽さが分かってきたのだろう。悔しそうだ。


「申し訳ありません!」


 と、ざわざわと騒ぐクラスメイトの声を破るような大声で、カーン公爵が叫んだ。その声の大きさに驚き、一瞬静かになった。

 その隙を突くように、カーン公爵が続けて口を開く。


「しかし、我々も命がかかっているのです!このままでは座して死を待つしかない!そんな我らに残された手は、皆様に助けていただくことだけなのです!救世主様!どうか我らをお助けください!」


 両手を広げ、天を仰ぐその姿は、神に慈悲を請う哀れな信者のよう。が、どうも俺は演技くさく感じてしまう。


「そう言われたら・・・。でも・・・。私たちにはそんなこと・・・」


 しかし情に訴える公爵に、大友先生は少し迷いが出たようだ。クラスメイトの間でもやや同情的な雰囲気が出てきた。まあ助けてくれ、と言われてほだされない人の方が少ないだろう。


「ご安心ください」


 一転、優しい声で語り出す。


「異世界から来た皆様には、強力な力が備わっているはずです。岩をも砕くパワー、信じられないほどの体力、目にもとまらぬ素早さ、桁外れの魔力。それらをもってすれば、魔王など恐るるに足りません!」


 チートだ。異世界転移の定番だ。スキルなどではなく、ステータス上の恩恵のようだが、チートであることには変わりないだろう。しかし、それだけで魔王をものともしないと言えるのだろうか。


「さらに、魔王討伐に参加していただけるなら、この城で何不自由ない贅沢な暮らしをお約束いたします」


 そして報酬で釣る。ますます怪しい。しかし、それでも乗り気なやつはいたようだ。人混みをかき分け、前に出る生徒が一人。


「ふん。だったら俺がやってやる」


 前田だ。取り巻きの三村と伊東も慌ててついてくる。


「前田くん!待ちなさい!」


 大友先生が静止するが、前田は鬱陶しそうに手で払いのけた。


「うるせえ、大友。どうせ帰るには魔王とかいうやつ倒さなきゃなんねえんだ。それに報酬までもらえるってんならやらない理由がないだろうが」


「危険です!」


「ああ?俺らなら大丈夫だっつってただろ?なあ?」


「はい。救世主様なら問題ないかと」


 前田に問いかけられて、公爵はにこやかに返事をした。俺はその自信がどこから来るのか不思議だったが、前田はその返答がお気に召したらしい。ふっ、と笑いながら言った。


「だったらやってやる。その代わり、報酬ははずめよ?」


「はい。もちろんです」


「前田くん!」


 大友先生が焦ったように叫ぶ。彼女としては生徒が危険な目に遭うのが容認できないのだろう。


「うるせえ。ここはもう学校じゃねえんだ。いちいち指図すんな」


「前田くんっ・・・」


 しかし、前田は先生が先生であることから否定した。その言葉を突きつけられた大友先生はショックを受けたように固まった。


「うふふ。ご協力いただけて何よりです。救世主様。あなたには何不自由なく支援させていただきます。しかし、ご協力いただけない方には・・・もしかしたら・・・十分にはご支援ができないやも・・・」


「そんなっ!私たちを脅すんですか!?」


「いえいえ滅相もない。ただ、我が国は苦境に立たされておりまして・・・。物資にも限りがありますので・・・。まあ、魔王討伐を断って、自分から出て行かれるというのなら、引き留める手立てはありませんが・・・」


 表情だけは申し訳なさそうだ。しかし俺には瞳の奥で笑っているように見えた。


「くっ」


 大友先生もそう思ったのか分からないが、悔しそうにうめいた。しかしこの世界での生きるすべを知らないため、公爵の支援が得られないのも痛い。それが分かるからこその先生の苦悩なのだろう。

 しかし困った。俺も危険なことはしたくない。しかし日本には帰りたい。それにこの世界で公爵の支援を断って生きていけるかどうかも分からない。


「卑怯な手口よね」


 そっと結依がささやいた。同感だ、と俺も頷く。生殺与奪権を握った上での理不尽な要求。帰還手段を人質にした要求。これほど腹の立つこともない。いくら向こうが困っているからといって、俺たちからしたら別世界の事情に巻き込むなという話だ。


 それに、公爵は信用できない気がする。何でかって、うさんくさい印象もそうだが、王様を蔑ろにしているからだ。王様を途中退席させるって、王をお飾りとしか扱っていない傲慢な振る舞いだ。周りの貴族達をそれ当然として受け止めているのは、もうこの国の最高権力者は公爵というのが貴族達の認識なのだろう。あの王様は真摯に謝っていたから、まだ印象は良い。しかし公爵のような野心家に良い印象はどうしても抱けない。


「お、俺はやるぞ」


「俺もっ」


「ぼ、ぼくも」


 俺と結依は警戒していたが、クラスの雰囲気は魔王討伐に傾いていた。ちらほらと、男子を中心に手を挙げる者が出てきた。報酬に釣られたか、帰還したい思いが強いか、脅しに屈したかは分からないが。

 そういった反応を見て、公爵はにんまりと笑った。


「素晴らしいっ!さすが救世主様たちですっ!まさか()()が賛同していただけるとはっ!」


「ま、待ってくださいっ!」


 全員。決してそんな反応ではなかった。討伐に賛成したのは半数にも満たない。しかしそう言い切った公爵に、大友先生は驚いて声を上げた。


「ん?私はこれから皆様を受け入れる準備をしなければならないのですが・・・?まさか、それを断って出て行かれるつもりで?」


「い、いえ・・・。そういうわけでは・・・」


「んふ。結構です。では、今日のところは皆さんおやすみいただくとして、皆様にどんな力があるのか、それは明日お調べすることにしましょう。ああ、ご安心ください。なにもすぐに魔王を討伐しろとは申しません、力を使いこなす訓練はご用意いたしますので」


 ちらほらと魔王討伐の声が上がり始めたのを拡大解釈し、全員が乗り気だと既成事実を作られてしまった。実際に声を上げたのは一部の男子だけだが、気の弱い女子や、俺たちみたいに警戒して黙っていた生徒も魔王討伐に参加するという形にされてしまった。それに抗議した大友先生だが、魔王討伐に参加しないなら放り出すぞ、と脅されれば黙らざるを得ない。


「では皆様。これから滞在していただく部屋を準備いたします。しばしお待ちください」


 そう言いながら、カーン公爵は出てきた扉の方へ歩き出した。一緒についてきた貴族らしき人たちも続く。どうやら部屋を出るようだ。


「してやられたわね」


「ああ」


 結依とささやき合う。こうして俺たちは魔王討伐をさせられることになってしまった。

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