46話 昇格試験へ
ここ数日は依頼を受けたり、訓練したりして過ごした。幸いなことに、孤児院での依頼以降、クリスには遭遇していない。
そして今日も冒険者ギルドにやってきた。とはいっても、今日は依頼を受けるためではない。
「タカさん!イチカさん!おはようございます」
「セナさん!おはようございます!」
「おはようございます」
一番左端。空いていた受付ブースに行くと、そこにいたのは獣人のセナさんだった。今日も今日とてかわいらしい笑顔だ。
「今日はどうされました?」
「はい。今日は昇格試験を受けに来ました」
「まぁ!おめでとうございます!」
そう。今日は冒険者ギルドにてD級昇格試験を受けるのだ。前回の依頼終わりに、昇格試験への条件を満たしたので、次回ギルドに来た時に受けて下さいと別の受付嬢に言われたのだ。
「もう昇格ですか。早いですね~」
「ありがとうございます」
「お二人ともコツコツと依頼をこなされてましたからね。では、こちらへどうぞ」
セナさんはご機嫌そうに言って、受付カウンターの横の扉を開け、俺たちを受付ブースの中へ招き入れた。
「こちらです!」
俺たちはセナさんに招き入れ垂れて、受付ブースに入る。普段入ることのないそこは、書類やよく分からない道具であふれかえっていた。そのままセナさんについて行く。受付ブースの奥には地下へ続く階段があった。
「この階段を降りていきます」
セナさんと一緒に、薄暗い階段を下っていく。そこそこの広さがある階段。下っていくと、地下に空間が広がっていた。
「少々お待ち下さい!」
セナさんはそう言って、俺と結依を残して再び階段を上っていった。
しばし時間があるので、その空間をぐるっと見渡してみる。天井は3メートルほど。広さは学校の教室3つ4つ分ぐらいといったところか。光源があるので暗くはない。地面は土。そして、奥にはいくつも檻が積み重なっており、中には白い兎のような生き物が閉じ込められている。
「試験ってなんだろうな」
「さあ。ロッシュさんは教えてくれなかったしね」
昇級試験の内容について、ロッシュさんやメイさんに聞いたのだが、教えてくれなかった。ただ、危険なことではないとは言っていたが。一番ありそうなのは、この空間で誰か、例えば先輩冒険者やギルド職員、と戦うこと。戦った結果、実力が認められれば、昇格できるとか。ただ、戦うにしては少し狭いような気もする。かといって座学を受ける雰囲気でもない。
「お待たせしました!」
結依とそんな話をしていると、セナさんが戻ってきた。しかし、1人ではなかった。セナさんの後ろには40代くらいの男性。
「こちら、冒険者ギルドアルス王国王都支部の支部長、アッシュさんです」
セナさんは背後の男性を紹介した。ギルドの支部長。つまりここのトップだ。慌ててぺこっとお辞儀する。
「おう。俺が支部長のアッシュだ。よろしくな!で、君らが昇格試験を受けるタカとイチカだな?」
「「はい」」
アッシュさんは、40代くらいの男性だ。黒い髪の毛を角刈りにし、すらっとしながらも引き締まった肉体。顔には爽やかな笑みが浮かんでいる。
「昇格試験を受ける前に、D級の注意事項だ。試験を受けた後は聞く余裕がないだろうからな。今のうちによく覚えておけ」
「「はい」」
聞く余裕がない。不穏な詞書きになりつつ、俺も結依もひとまず頷いた。
「D級冒険者になると指名依頼がある。依頼人が依頼を受ける冒険者を指名するものだ。主に護衛依頼などで多い。これは通常より報酬が高くなりやすく、ギルドの昇格査定にも加点が付く」
「アッシュさん。タカさんとイチカさんはもう指名依頼をもらってるんですよ!」
アッシュさんの説明に、受付嬢のセナさんが胸を張って答えた。その言葉にアッシュさんがわずかに目を見開いた。
「お?ああ!E級で指名依頼をもらったやつがいたって話題に鳴っていたが、お前らか!」
「はい!すごいでしょ!?」
「セナ。お前が自慢することじゃないぞ」
「えへへ。失礼しました」
まるで漫才みたいなやりとりをしたあと、アッシュさんは気を取り直すように咳払いをした。
「おほん。話を戻すぞ。D級以上になると、緊急クエストというものがある。この王都に喫緊の課題が発生したとき、その重大さに応じて冒険者が出動しなければならない。例えば、魔物が大量発生したから、冒険者がかり出される、とかな。とりあえず王都で鐘が鳴ったらギルドに集まってくれ」
「「はい」」
「そして、D級からは森へ行って、魔物の討伐をする必要がある。森へ行くときは装備はもちろん、非常食、水、回復薬などを忘れないようにしろ。そして、これが最も大事なんだが・・・」
そこでアッシュさんの顔がすっと引き締まり、真剣な表情になった。俺たちも思わず息を呑み、身構える。
「D級からは、命のやりとりをする」
命のやりとり。殺すか、殺されるか。これから俺たちが踏み込むのは、そんな殺伐とした世界。
俺たちの顔を見て、アッシュさんがにやっと笑う。
「怖じ気付いたか?引き返すなら今だぞ?」
その言葉は、からかいでも、嫌がらせでもない。アッシュさんは、本気でそう思っている。表情からそう察せられた。怖がっていたら、殺されるから。
しかし、俺たちは首を振った。日本へ帰るためには、どうせ魔王と倒さなければいけないんだ。そう簡単に引き返すことはできない。
「よろしい。で、D級への昇格試験は、その覚悟を問うものになる」
そしてアッシュさんは、指であるものを指した。
振り返る。指先にあるのは、檻。
「やることは簡単だ。あの檻にいる兎を殺すことだ」
「あの、兎を・・・?」
部屋の奥にある檻。そこにいるのは、やはり兎だったらしい。そして試験の内容は、その兎を殺すこと。
「ああ。剣でざくっとな」
アッシュさんは手で首をかききるような仕草をしてそう強調した。
あまりにも予想外の内容に、俺も結依もしばし固まる。せいぜいが実力を測るための模擬戦のようなものだと思っていた。兎を殺すなんて、全く思っていなかった。
「あいつらは普通の兎だ。襲ってくることもない。だから安心して殺るんだな」
ただ、殺すだけ。
「「・・・」」
しばし、無言。
兎を殺すだけ。
言うほど簡単なことではない。
心が痛む。そして、やはり・・・怖い。
「なぜ、そんな内容なんですか?」
やがて、結依が小さく尋ねた。
「D級冒険者になれば、当然魔物を殺すことになる。しかし、生き物の命を奪うということは、そんな簡単なことじゃねえ。たいていの奴は心のどっかで躊躇っちまう。だが、その躊躇いこそが命取りなんだ。その一瞬で、逆に自分が殺されるかもしれねえんだ。だから、言い方は悪いが、命を奪うことに慣れてもらうのさ」
殺すことに、慣れる。その意味をかみしめる。
現代日本では決してあり得ない発想。
しかし、ここはエリュシオンだ。人を襲う魔物がひしめき、国家を侵略する魔王軍という勢力もいる。それを踏まえると、アッシュさんの言葉は至極もっともに思われた。やるか、やられるか。躊躇っていたら、やられる。
もしかして、アッシュさんは元冒険者なのだろうか。すごく言葉が重い。
そして、アッシュさんは尋ねる。
「さ、どっちからやる?」




