45話 草原での訓練(2/2)
午前中、俺とロッシュさんはフローラ草の採取、結依とメイさんは魔法の訓練をしていた。そしてお昼になった。草原でレジャーシートを敷いてお昼ご飯を食べた。いつぞやのピクニックのようだ。食べながら、結依がウォーターボールという魔法を使えるようになったと自慢していた。そのドヤ顔は腹が立つが、見逃したことはもっと悔しかった。
そして午後。薬草採取も終わったので、俺も訓練するのかと思いきや、ロッシュさんが驚くべきことを言い出した。
「ユウ。ユイ。おぬしら2人で戦ってみるか」
「「え?」」
「訓練の一環じゃ」
俺と結依が戦う?そんなことは初めてだし、考えたこともなかった。模擬戦でも剣士同士の対決だったし、訓練相手のロッシュさん、カイさんも剣士だった。剣士と魔法使いの戦い、そして相手が結依。二つの意味で戸惑った。
「あら。それはいいですね」
しかしなんと、メイさんも乗り気だ。ロッシュさんもメイさんもこういうときに冗談を言う人ではない。だからこれはちゃんと意味がある訓練なのだろう。だとしたら、答えは一つ。
「分かりました。やります」
「悠?本気?」
「ああ」
結依には驚かれたが、俺はやることに決めた。何事も経験だ。なにより、魔法を間近で見られるというのも楽しみである。
「・・・分かったわ。手加減しないわよ」
そして結依も観念した。諦めたようにため息をつき、最後に憎まれ口を叩いた。
「それは俺の台詞だ」
俺と結依は笑みを浮かべながらにらみ合う。こいつだけには負けるわけにはいかない。俺はそう思うし、結依もそう思っているはずだ。
「ルールは簡単。ユイがユウにウォーターボールを当てるか、ユウがユイの身体に触れるか、じゃ」
「はい」
「ちょっと。変なところ触らないでよ」
「触るか」
俺の装備は今、革の防具と真剣だ。結依も一応防具は着けているが、真剣でやるのは危険すぎる。竹刀があればまだよかったかもしれないが、今日は持ってきていない。そうである以上、俺の勝利条件が結依の身体に触れる、になるのは仕方ないだろう。しかし俺も変態じゃないから、どさくさに紛れて変なところに触ろう、とかは思っていない。肩あたりにちょこんと触るだけだ。
「では、さっそくやってみるか」
ロッシュさんの声に応じて、立ち上がる。立ち上がりながら、結依が話しかけてきた。
「悠。一つ賭けをしましょう」
挑発的な笑みを浮かべている。
「おう。望むところだ。何を賭ける?」
普段ゲームをするときに、ちょっとしたものを賭けることがよくある。罰ゲームだったり、アイスを驕るだったり。今回もなにか賭けるようだ。
「そうね・・・。負けた方が、今日一日、相手に敬語を使うっていうのはどうかしら?」
「よし。やってやる」
「じゃあ決まりね」
そう言って笑う結依は、自分が負けるとは思っていないようだ。まあ、俺も負けるつもりはないけどな。
身体を軽く動かしながら歩き、結依から5~6メートル離れたところに立ち止まる。
その場で少し屈伸、ジャンプ、身体をひねってほぐす。よし。調子は悪くない。
俺と結依の間、審判の位置に立つロッシュさんに頷く。準備OKだ。
ロッシュさんは手を上げる。そして振り下ろし、叫ぶ。
「始め!」
その声が聞こえるや否や、結依が手を前にかざし、口を開いた。
「”#&$%=)(!”%&」
結依の手から水の球体が出てきた。それはまっすぐ俺の元へ迫ってくる。ドッヂボールのボールぐらいの速さだ。これがウォーターボールか。いや、感心している場合ではない。
「よっ」
大きく右に飛んで、躱す。標的を失った水のボールはそのまままっすぐ進み、やがてぽちゃ、と地面にぶつかって消えた。
「はっ」
とにかく俺は距離を詰めなきゃいけない。力強く地面を蹴り、結依に近づく。
「”#&$%=)(!”%&」
2~3メートルまで近づいたところで、またも結依が水を発射する。掌から発射されたそれを、身体をひねって潜るようにして避ける。
「!」
結依が驚いたように目を見開いたのが分かった。至近距離で避けられたのが想定外だったのだろう。しかし、近づいた。もう少しで、手が触れるっ!
「っ!」
そのまま結依は後ろに下がり、なおかつ
「”#&$%=)(!”%&」
俺が追撃しないように牽制でまた水球を放ってきた。身体をひねって不安定な姿勢だった俺は大きく回避せざるを得ず、まんまと結依に距離を取られてしまった。
両者離れて立ち、ひと呼吸。
「ふぅ。やるわね、悠」
「お前もな」
お互い、にやっと笑う。とはいえ、俺はそこまで余裕があるわけでは無い。ルールの特性上、俺は結依に接近しなければならない。しかし、接近すればするほど水球を避けづらくなるというジレンマがある。
「はぁっ」
しかし、近づかないことには勝てない。息を強く吐き、結依に向かって走り出す。
「”#&$%=)(!”%&」
俺に向かってまっすぐ飛んできた水の球体を、左に飛んで避ける。
結依が掌を俺に向ける。その動きがやけにゆっくり見える。
掌が向いているのは、俺の足下。
「”#&$%=)(!”%&」
案の定、結依は俺の足下に向かって水を放つ。ゆっくり水球が迫ってくる。
俺は、
「ふっ!」
ぐっと足を止め、立ち止まる。
パシャ、と水球が地面にぶつかる。俺の真ん前の足下だ。水しぶきが上がった。一瞬、俺と結依の間に目隠しが出来た。
今だっ!
ぐっと、身体をかがめ、左から結依の背後に回り込む。結依の視界から消えるように。
一拍遅れて、結依が俺に気付いた。
しかし、その時には俺は結依のすぐ近くに。
ここからあの長い呪文を唱えても間に合わないだろう。
もらった!
「$!(%~@」
「うっ!」
突然、結依の指先が光った。それはぱっと白く広がった。
目が!目が!
白い光が視界いっぱいに広がり、強烈な痛みとなって眼球を襲ったのだ。
一瞬、身体が硬直する。
まずい!
「”#&$%=)(!”%&」
バシャッ、と音がして、俺の身体に冷たい衝撃が加わった。
「そこまで!勝者、ユイ!」
ロッシュさんが大きな声で宣言した。
・・・俺の負けだ。結依が光で目くらましをした隙に、水球を浴びせたんだ。あと一歩。あと少しで結依に触れられたのに。
「くそっ」
悔しくて、どさっと地面に座り込む。びしょ濡れの身体から水がしたたり、地面を濡らす。
たまらなく悔しい。
そして、そんな俺に結依はニヤニヤしながら手を差し出した。
「ふふん。私の勝ちね」
「光る魔法なんてずるいだろ」
そう言って結依の手を取った。しかし、結依はにっこり笑って、
「ん?」
首をかしげた。それはとても得意げな笑みだ。・・・ああ。賭けか。くそっ。
「・・・光る魔法なんてずるいと思います」
結依の手を借りて立ち上がりながら、そう文句を垂れる。しかし結依はますます得意げになった。
「あら。ウォーターボール以外使えないなんてルールはなかったわ。それに、私がライトの魔法を使えることは知ってたはずよ」
「うむむむ」
確かにそんなルールは無かった。そしてその魔法も以前見せてもらった。つまり、予想しようと思えば出来たはずだ、と言いたいのだろう。
「文句ある?」
「・・・ないです」
確かにそうだ。ぐぅの音もでない。だからこそ、余計に悔しさを感じる。
「はっはっは。今回はユウの完敗じゃな」
ロッシュさんが笑いながらそう言った。後ろにはメイさんの姿もある。
「悠。まだまだね」
「次は負けないっ・・・です」
どや顔の結依に、俺は悔しさを押し殺してそう言うしかない。だが、次は負けない。
「さて、フローラ草も集まったことじゃし、今日はもう帰るか」
「そうですね。悠がまた風邪ひいてもいけませんし」
「結依!」
濡れるわ、敬語は使わされるわ、いじられるわ。このリベンジはいつか必ず。今は臥薪嘗胆の時だ。そう思いながら帰途についた。




