42話 クリスと孤児院(1/2)
水野が突撃してきた翌日。俺と結依はギルドへ行くことにした。もちろん、依頼を受けるためである。
「しばらくはギルドの依頼に力を入れるとしよう」
ロッシュさんがそう言ったのだ。というのも、早くD級に昇格して森の魔物と戦わせたいらしい。
「わしと訓練するのもよいが、やはり実戦経験を積まんとな」
ロッシュさん曰く、魔物と戦うことが良い訓練になるらしい。そのためにはD級に上がらないといけないので、依頼をこなして早く昇級試験を受けろということだ。
さて、俺と結依は朝から冒険者ギルドに来た。この時間は冒険者が多い。もっとも、俺たちのようなE級じゃなくて、もっと上位の冒険者達だ。誰もいないE級の掲示板の前に立ち、適当な依頼がないか探す。
「あ」
俺は一枚の紙を指さして、そう漏らした。掲示板に、こんな紙があった。
ーE級冒険者タカ・イチカ 指名依頼ありー
詳しくはギルド受付まで
「指名依頼。セリアさんか」
「でしょうね。行きましょう」
「ああ」
以前王都にあるカーネリア孤児院で子供たちと遊ぶという依頼を受けた。そこで依頼主のセリアさんに気に入られ、次は指名依頼、つまり受注する冒険者を指名する依頼をすると言ってくれた。その依頼が早くもやってきたのだ。
孤児院の子供たちはみんな良い子で、よく懐いてくれた。帰るときも別れを惜しんでくれた。だからまた行くのが楽しみにしていたのだ。俺も結依もワクワクしながら紙を剥がし、受付に持っていく。
受付にいたのは、見慣れた獣人の女性だった。
「セナさん!こんにちは」
「タカさん!それにイチカさんも。お久しぶりです!」
声を掛けると、セナさんはにぱっと笑って明るく対応してくれた。今日も素敵な笑顔。頭部のケモミミもピンと立って美しい。
「こんにちは」
結依もぺこっと頭を下げて挨拶した。セナさんは結依にも笑顔を向ける。
「はい。今日はどういったご用ですか?」
「あの。僕らに指名依頼があるようなんですが」
そう言って、俺は指名依頼の紙をセナさんに渡した。
「わっ。指名依頼ですね!少々お待ちください!」
そう言ってセナさんは少し席を立った。そしてすぐに、一枚の紙を持って戻ってきた。
「こちらです!」
ー孤児院訪問ー
内容:孤児院にて、子供の遊び相手を務める
適正:E級
場所:王都のカーネリア孤児院
指名:タカ・イチカ
報酬:10000ゴル/1日
やはり、孤児院の依頼だった。
「お受けになりますか?」
「「はい」」
そうセナさんに問われると、俺も結依も躊躇わず、そう返事をした。指名依頼は昇級の査定に加点が付くらしい。そうでなくても子供たちにあうのは楽しみなのだ。断る理由がない。
「ありがとうございます。ではギルドカードのご提示をお願いいたします」
そう言われて、俺と結依がカードをセナさんに渡す。セナさんが手続きをしている間、少し待ち時間だ。ぼーっと待っている。すると、
「久しぶりだね。お嬢さん。彼氏くん」
そう、後ろから声が聞こえた。キザったらしい声。
振り向くと、金髪イケメンの若い冒険者がいた。あまり合いたくない顔。
「クリス・・・」
俺たちに声を掛けたのは、A級冒険者のクリス。自信に満ちあふれた顔に優しげな笑みを浮かべ、俺たちの後ろへ立っている。
以前、結依をナンパした冒険者。また会うかもとは思っていたが、まさかこんな早いとは。子供たちに会うのを楽しみしていていたが、その昂揚が一気に冷めるのを感じる。
ちらっと隣の結依を見る。顔をしかめていた。
「ク、クリスさん!どうされたんですか!?」
受付のセナさんが、驚きで目を丸くしながらクリスにそう問うた。こちらはE級、クリスはA級。ギルドからしてもクリスから俺たちに声を掛けるのは驚くだろう。
「いやなに。僕の友人を見かけたものでね。声を掛けたのさ。ところで、どんな依頼を受けるんだい?」
「あ、ちょ・・・」
クリスはひょいと俺の手から依頼書を奪い取り、しげしげと見つめた。嫌な予感がする。
「孤児院の依頼か・・・。ほう!指名依頼とは!さすが僕が見惚れた人だ!お嬢さん、改めイチカ!」
クリスが結依に向かってキリッと向き直る。結依は警戒したようにそっと後ずさりした。
「な、なんですか・・・?」
弱々しく結依が聞いた。あまり聞きたくない。そんな思いが感じられる。そう。俺も同じだ。絶対ろくなこと言い出さない。
「僕もついて行っていいかい?」
ほら。案の定だ。
「え、ええ!?」
「だめです」
驚く結依に変わって、俺がバッサリ拒否する。お前を連れて行くわけないだろ、と。
「む。タカ。君には関係ないだろう。僕はイチカに聞いてるんだ」
むっとした顔でクリスが俺に言った。しかし俺も負けじと反論する。
「この依頼は俺とイチカで受けることになってるんだ。孤児院にも迷惑だし、俺たちの報酬の取り分だって減る。だから帰ってくれ」
「報酬ならばいらない。僕はこう見えてA級冒険者だからね。金には困っていない。それに子供は好きなんだ」
「で、でもこれはE級の依頼だ。A級のお前は受けられないんじゃないか?」
「自分より下位ランクの依頼を受けてはいけないという規則はなかったはずだ。そうだろ?」
そこでクリスはセナさんに問うた。セナさんは俺とクリスをチラチラと見つめ、少し考えた後やがて小さく頷いた。
「は、はい・・・。上はともかく、下は・・・。で、でも、これは指名依頼なので、タカさんとイチカさん以外の方が受けることは・・・」
「ほら。だめだって」
セナさんの言葉を受けて、俺は得意げにクリスに言った。お前は俺たちと一緒に依頼を受けることは出来ないんだ。だから帰れ、と。
「ふむ。ならば勝手について行くとしよう」
「は?勝手に?」
しかし、クリスは俺の言葉を無視してそう宣言した。驚く俺をよそに、こう続ける。
「行き先は孤児院だろう?僕は子供たちとふれあうために行くんだ。そこに君たちがたまたま依頼で来るんだ。僕たちは偶然鉢合わせただけ。それなら問題は無いだろう?」
「え、ええ、まあ・・・」
歯切れ悪く、セナさんが肯定した。それを聞いてクリスがにんまり笑う。
「よし。決まりだ。ではイチカ!ついでにタカも!孤児院へ行こう!」
こうして半ば強引にクリスが孤児院に付いてくることになった。
そういえばこいつ、俺のことは彼氏くんからカタ。結依のことはお嬢さんからイチカに呼び方が変わったな。依頼書で名前を確認したのか。というか、一目惚れしたんならせめて名前だけでも聞いとけよ。そういうとこだぞ、結依に嫌がられるの。どこか軽い気持ちで声を掛けているように見えるんだ。
「イチカ!君は今日も美しいな!」
「え、ええ・・・。どうも・・・。でも、本当に来るんですか?」
「ああ、もちろん!君にも孤児院にも迷惑はかけない!」
お前が来ること自体が迷惑なんだよ。
そんな俺の思いが伝わったのかは分からないが、クリスはため息をついた。
「ふぅ。もちろん、僕だって恋人の二人の邪魔をしている自覚はある。・・・だが、初めてなんだ。こんな胸の高まりを感じたのは。だから、少しだけ君達のそばにいさせてくれ」
そして、申し訳なさそうな顔でそうつぶやく。さっきの明るい顔と違い、真剣に悩んでいるような表情だ。
その顔を見て、少し良心が痛んだ。俺と結依は本当の恋人ではない。ナンパを撃退するために嘘をついた。こいつがもっと軽薄な男なら遠慮無く突き放せたんだが・・・。そうしおらしく来られると・・・。嘘をついた手前、心苦しさを覚える。
「勝手にしろ・・・」
罪悪感に負け、そうつぶやいた。名前も聞かない軽い男じゃなくて、こいつは本気で結依が好きなのかもしれない。
「ああ!ありがとう!イチカ!今日はよろしく頼む!」
クリスはにぱっと笑って結依を見つめた。
・・・やっぱりなんかむかつく。変に同情するんじゃなかった。
孤児院への道中。クリスはずっとニコニコしていた。よっぽど上機嫌なのか、道中結依だけじゃなくて俺まで褒めてきた。僕の同行を許すなんて、タカは優しいな、とか。それが逆に気持ち悪い。あいつから見れば俺は恋敵なのに、それを褒めるってどういう神経なんだろう。やっぱり、同行を断ればよかった。
「タカさん。イチカさん。いらっしゃい。来ていただいてありがとうございます。・・・あら?そちらの方は?」
そうこうしているうちに、孤児院に着いた。適度に手入れされた庭を通って玄関をノックする。ミシミシと足音がして現れたのは院長のセリアさんだ。ニコッと笑って歓迎してくれたが、クリスの姿を認めると首をかしげた。
「初めまして、マダム。僕は冒険者のクリスと言います。タカとイチカの友人です。今回どうしても来たかったので、こうしてお邪魔しています。僕は報酬もいりませんから、どうか子供たちとふれあう機会をお与え下さい」
子供たちとふれあう機会を。白々しい。結依と一緒にいたいだけだろ。
「は、はぁ・・・。私としては、子供たちと遊んでいただけるなら、歓迎いたしますが・・・」
「ええ。もちろんです」
「わ、分かりました。では奥のお部屋に案内します。子供たちがお待ちかねですので」
セリアさんは戸惑いながらもクリスを受け入れた。残念。セリアさんが断ってくれたらよかったのに。
そう思いつつ、セリアさんに続いて孤児院の中を歩く。相変わらず建物はボロボロだ。
「イチカは孤児院のお手伝いをしているのか。優しいな」
「はあ。どうも」
孤児院でも、クリスがそう言い出した。言われた結依は戸惑ったような、うさんくさいようなものを見る感じでそう返事だけした。恋人は嘘だが、しかし幼なじみである以上、そして結依が嫌がっている以上、俺が止めなければならない。
「おい。なに口説いてんだよ」
「おっと。口説いたつもりはなかったんだが。心の声が漏れてしまったようだ。失礼」
ずっとこの調子。腹の立つ奴だ。
「こちらです」
そう言っている間に、子供たちがいる奥の大きな部屋の前に辿り着いた。ギシと音を立てながら扉を開ける。中は前に見たとおり、大きな部屋。住人ほどの子供がいる。
扉が開いたことで、俺たちに注目が集まった。前回遊んだ子供たち。俺たちのことは覚えていてくれたようで、目が合うとと駆け寄ってきてくれた。
「わーー。タカのにいちゃんだ!」
「きたの!?」
「おねえちゃん!」
「あそぼーぜ!」
ライ、シーラ、ゼン、マフィなど。わらわらと俺や結依の元に集まった。そして笑顔で喜んでくれる。懐いてくれているようで、素直にうれしい。
「久しぶりだな、みんな」
「元気だったかしら?」
「げんきー」
「ひさしぶりー」
そう挨拶を交わす。と、そこで年長のライがクリスに気付いた。
「ん?もうひとりだれかいるぞ?」
その声で他の子供たちもクリスに気付き、目を見開いた。
「おにいさんはだれ~?」
「かっこいい!」
「タカのにいちゃんよりかっこいいぞ!」
・・・ゼン。あとで覚えておきなさい。
「当然だ。なんたって僕はイチカの恋人になる男だからな」
子供たちの注目を受けて、クリスはいつもの自信満々な姿でそうのたまった。誰が、と突っ込みたかったが、その前に子供たちが目を輝かせて反応した。
「こいびと!」
「タカにーちゃんふられたのか!?」
「三角関係だ!」
最近のガキはませてるな。
「イチカねーちゃん!クリスにーちゃんの恋人になるのか?」
「な、ならないわよ。彼が勝手にそう言ってるだけよ」
「つれないなあ」
わいわいがやがや。子供たちと盛り上がる。
そこで、とことこと俺の元へやってくる女の子が一人。人形のような整った顔立ちに、さらさらの銀の髪。
フィーリアは俺の足下へ歩いてくると、ひしっと抱きついてきた。かわいい
「フィーリア。久しぶり」
「・・・」
相変わらず無口だ。しかしこくっと頷いてくれた。そして足を抱く力は強い。
前回、俺と結依に特に懐いてくれた子。ずっとどちらかとふれあっていた気がする。帰るときも別れを惜しんでくれたし、今日もこうやって抱きついてきてくれた。何故こんなに慕われるのかは分からないが、うれしいことは間違いない。
「ほぅ・・・?」
そんなフィーリアに、なぜかクリスが反応した。
「・・・」
フィーリアもクリスが漏らした声に反応し、クリスの顔を見た。
「・・・」
「・・・」
フィーリアとクリスが見つめ合っている。じーっと見つめ合っている。どうした?と聞きたかったが、どこか邪魔してはいけないような雰囲気があった。ややあって、クリスが目線を外し、セリアさんの方を見た。
「・・・レディを見つめるなんて失礼だったな。院長先生!」
「は、はい!」
「これは僕からの寄付だ。受け取ってくれ」
そう言ってクリスは懐から金貨数枚を取り出し、無理矢理セリアさんに握らせる。
「えっ・・・。こ、こんなに!?受け取れませんっ!」
手の中の金貨を見たセリアさんはひどく驚いた。無理もない。クリスが渡したのは白っぽい金貨。つまり一枚で10万ゴルの白金貨だ。それを数枚。日本円で十数万円だ。それをぽんと何枚も渡すクリスがどうかしている。
「構わない。子供たちのために使ってくれ」
「・・・ありがとございます」
結局、セリアさんは深く一礼をして寄付を受け取った。それを見てクリスは満足げに頷く。
「ああ。さて子供たち。この僕が遊んでやろう」
「「「わーー」」」
「あ、ちょ、待て!そんなに群がるな!」
「おにごっこー」
「おにごっこ!」
「わ、分かったから!」
子供たちの勢いの戸惑いながら、クリスは押し出されるように外へ出て行った。
残ったのは俺、結依、セリアさん。そして今度は結依の足に抱きつくフィーリアだけだ。
「タカさん。イチカさん。少ない依頼料で来ていただいて、本当にありがとうございます」
セリアさんが、そう言って俺たちに頭を下げた。慌てて、顔を上げてください、と言う。
「いえ。僕たちも子供たちに会いたかったですから」
「そうです。なんなら無料でもよかったぐらいで」
「だめです。労働には対価を。それは譲れませんよ」
そうきっぱりとセリアさんは言った。やはり真面目な人だ。だから子供たちもまっすぐ育っているのだろう。
「それと、クリスさん・・・?確かA級冒険者で同じ名前の方がいらっしゃったような・・・」
セリアさんは、クリスという名前に心当たりがあるようだ。やはり以前自慢していたように、クリスは有名なのだろうか。少し癪だが、セリアさんの言葉に頷く。
「そのクリスです」
「まぁっ!そのような方が、何故うちの孤児院に!?」
「・・・クリスは、どうもイチカに気があるようで・・・」
「あらっ」
セリアさんがにまっと笑った。女性はいつになっても恋バナが好きなようだ。
「私はお断りしたんですけど、今日も勝手に付いてきて・・・」
「そうなんですか。青春ですね」
「すみません。ご迷惑はおかけしませんので」
「うふふ。クリスさんは評判の良い方ですから、心配していませんよ。では私は孤児院にいますので、お二人も子供たちと遊んであげて下さい。何かあれば声を掛けて下さいね」
「「はい」」
セリアさんに一礼して、部屋を出て行く。そうか、クリスはやはり有名なんだ。それも良い意味で。なんか悔しい。そう考えながら廊下を歩いていると、フィーリアが手をつないできた。小さな温かい手だ。相変わらずフィーリアは無表情だが、俺と結依と手をつなげて満足そうな雰囲気だ。
「おそいぞー!にいちゃんたち!」
「おにごっこするのー!」
「さいしょはクリスにいちゃんがおにー!」
「そういうことだ。・・・さっさと手を離して逃げたまえ」
俺をむっとした表情で睨みながら、クリスはそう言った。
「へいへい。じゃ、イチカ。フィーリアをよろしくな」
「ええ」
フィーリアは前回の鬼ごっこでも俺か結依のどちらかと常に一緒に行動していた。だから今回もそうした方がいいだろうと思い、結依に任せることにした。
フィーリアの手を離し、そっと離れる。少し名残惜しそうな目で見つめられた。心苦しい。手を振る。振り返してくれた。かわいい。
「よし。では逃げろ!」
「「「わーーー」」」
クリスの合図で、子供たちが一斉に散っていった。なんだかんだ、クリスは子供たちになじんでいる。子供たちも笑顔でクリスにーちゃんと呼び、懐いている。子供は大人の本性をよく見るらしいから、懐いているってことは、クリスは根は良い奴なんだろう。結依に言い寄ることを除けば。
「よし。行くぞ!」
さて、俺も逃げるか。そう思い、クリスに背を向けて軽く走り出した。
ビュン
一陣の風が吹き抜けた。と思ったら、目の前にクリスがいた。
「っっっ!?」
ぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。
回り込まれた!?なんで!?さっきお前から離れるように走り出したのに!?
「ふっ。タッチだ」
自慢するような、勝ち誇るようなにやけヅラで、クリスは俺の肩に触れた。そして、驚く俺の姿を見て、さらに満足そうに笑った。
「僕の速さに驚いたか?タカ」
「・・・っ。子供たちには手加減しろよ」
驚いたさ。目にも留まらぬ、という言葉を実感したよ。ただ、正直にそういうのは悔しかったので、負け惜しみでそう注意した。
「もちろんだ。君だからやったんだよ」
クリスは最後ににこっと爽やかに笑い、子供たちを追いかけていった。そのスピードはさっきとは似ても似つかない、とてもゆっくりとしたもの。前言撤回。全然良い奴じゃない。




