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3話 召喚

「ん・・・?」


 目を覚ますと、俺は床に倒れ込んでいた。冷たい石畳だ。周りにはクラスメイト。村上、柴田さん、結依もいる。前田とその取り巻き、大友先生まで。およそ20人ほどのクラスメイトがいた。誰もが戸惑いの声を上げながら友人と身を寄せ合っている。


「どこだ・・・?ここは・・・?」


 俺も起き上がりながら周囲を見渡す。全く見覚えのない建物の中だった。学校の体育館ほどの大きな部屋。丸みを帯びた天井には巨大なシャンデリア。壁には壮麗な装飾画。その他花瓶、ステンドガラスなど一般にはお目にかかれないような装飾品に彩られた空間である。まるでドラマで見る宮殿のようだ。


「ちょっと、悠。いつまで握ってるの」


 左から結依の声がした。見慣れた顔がすぐそばにあった。異質な空間にあって、そのことで少しほっとしてしまう自分がいた。


「ああ、ごめん」


 どうやらずっと結依の手を握っていたようだ。言われて、離す。

 あれ?でも最初に握ってきたのは結依だったような・・・?まあいいか。今はそれどころじゃない。


「おい、高島」


 右から村上がそっと話しかけてきた。その声はいつになく真剣だった。その目はキョロキョロと周囲を観察している。


「あの人達って、本物の騎士だよな?」


 壁際に鎧を着た偉丈夫がずらっと整列していた。全員が俺たちに鋭い視線を向けている。その迫力はさながら軍隊のよう。まったくコスプレではないと思わされる。



「気がつかれたかな?」


 部屋の奥。一段高くなった場所。大きな椅子がある。そこにゆったりと腰掛けた男が声を発した。頭には大きな宝石をあしらった冠。そして金の刺繍が施されて衣装を身にまとっている。


「悠、あれって」


 結依が俺にささやく。日本では見たことがない姿に驚いている。それもそのはず、あれはどう見ても貴族や国王と呼ばれる人の格好だからだ。


「余はアルス王国国王、クライス=アーレント=ミード=アルスである」


 案の定、その男が述べた。自分は国王だと。

 俺はその男をじっと見つめる。年は40代くらい。髪は金髪で、細身の体型。彫りが深くダンディで、海外の俳優だと言われても信じられるほどハンサムだ。

 そう思いながら王様を見ていると、急にすっと椅子から立ち上がった。そしつツカツカと俺たちの方へ歩いてくる。ザワッと驚きが広がる。警戒に身体を強張らせる生徒もいた。

 何か怒らせたか、と思っていると、王様はなんと王冠を脱いでスッと頭を下げた。


「まずは謝罪を。我らの都合で勝手に貴君らを召喚してしまった。大変申し訳ない」


 王様が行ったのは謝罪だった。驚く生徒たち。俺も驚いた。しかし、どれに驚いていいのか分からない。王様が謝罪したこと?イメージでは貴族だとか王様はふんぞり返っている感じがするから。それともその内容?召喚って言った?まさか・・・?


「頭をお上げください、陛下」


 どう反応すればいいか戸惑う俺たちの中で、女性の声がした。大友先生だった。担任としての責任感か、生徒の前に出て王様と対峙した。


「いや、そういうわけには・・・」


「そもそも、私たちは何が起こったのか把握できておりません。詳しく説明していただけますか?」


「うむ・・・」


 そう言われ、王様はゆっくり顔を上げた。その表情は決して晴れやかではなかった。謝罪したことから負い目を感じていることは分かるが、それ以上に顔色も悪いような気がした。


「ごほっ、ごほっ。まず、ここは貴君らがいた世界とは別の世界である。名をエリクシオンという。ここはエリクシオンにあるユードラン大陸にあるアルス王国である。そして余がアルス王国の国王だ。そこまではよいかな?」


「別の・・・?世界・・・?」


 大友先生はピンと来ていないようだ。幸いというか、俺はアニメでよくある展開なので、理解はできた。いわゆる異世界召喚というものだ。理解はできても、歓迎できるかというのはまた別だが。

 クラスメイトの反応はまちまちだ。まだよく分かっていない生徒も多い。


「ねえ、悠?どういうこと?」


 結依もその一人らしい。こっそりと聞いてきた。結依もよく分かっていないようだ。


「要は、ここは俺たちがいた世界とはまったく別の世界なんだ」


「・・・そのままじゃない。説明が下手すぎるわ。馬鹿なの?」


 こいつ。こんな時につっかかってこなくても。


「ごほっ。そして」


 結依に文句の一つでも言ってやろうかと思っていたら、咳き込みながら王様が口を開いた。


「私達は召喚魔法を使って、貴君らをここへ召喚したのだ」


「魔法・・・?」


 そのひと言に、クラスメイト達が大きな反応を見せた。何言ってんだこいつ、といううさんくさい目で見る者もいれば、目を輝かせる者、ぽかんとあっけにとられている者、さまざまだ。

 そういった反応を見て、王様は目を見開いた。


「貴君らは、魔法を知らないのか?」


「私たちの世界では、魔法は空想上のものでしかありません」


「そうか・・・。ごほっ」


 王様とやりとりする大友先生もまだ事態をよく飲み込めていなさそうだ。未知への恐怖か、後ろに回した手がわずかに震えているのが見えた。それでも自らの責任を果たそうと必死に立つ姿は尊敬に値する。


「陛下。私が今一番知りたいのは、私たちはもといた場所に戻れるのか、ということです」


 毅然とした態度で先生が問うた。それは先生だけでなく、この場にいる全員が知り体であろうと問い。

 しかし、王様は申し訳なさそうに首を振った。


「・・・すまぬ。少なくとも余は、いますぐ貴君らを返すことはできない」


 そして発せられる無情な答え。それに一番に反応したのはやはり大友先生だった。


「か、帰れない・・・?」


「うむ・・・。すまぬ・・・」


 申し訳なさそうな顔で王様がうつむいた。それを見て大友先生は嘘ではないと思わされたのだろう。


「あ、あなたは!私たちを帰すあてもないのに、勝手に連れてきたんですか!」


 感情をあらわに、叫んだ。こんなに声を荒げる先生は初めて見た。しかし、帰れない、というのはそれだけ残酷な答えだった。俺は異世界召喚と聞いた時点で薄々察してはいた。だがそれでもやはりショックはある。家族に会えないと思うと、心苦しい。


「帰れないの・・・?」


「なんてことしてくれたんだ!」


「嫌っ!ママとパパに会えないのっ!?」


「誘拐じゃねえかっ!」


 帰れない、と聞いて生徒達が口々に叫ぶ。悲鳴に近い非難の声。あるいはそれに隠れるようにすすり泣く声も聞こえる。

 ふと、左手に震える指先が触れた。そっと握ると、震えが治まった。


「お母さん・・・」


「美穂・・・」


 右隣では涙をながす柴田さんと、肩をさすって慰める村上がいた。


「すまない。ごほっ。もちろん、貴君らの生活は保障するが・・・」


「失礼します」


 突然、王様の話を遮るように、後ろの扉かから2~30人ほどの人が入ってきた。金髪で不摂生そうな太った男を先頭にした、きらきら光る衣装を着た集団だ。太った男は王様の横に、それ以外の人は壁に沿うように、騎士らしい人の前に立って一列に整列した。

 王様の横にたった男の目は、ギラついていた、一目見ただけだが、俺はなんだが好きになれそうにないと感じた。


「まて、カーン公爵。ごほっ。貴様らに入室を許可した覚えはない。ごほっ。ごほっ」


「まあ、よいではありませんか、陛下。私どもも、救世主様達に早くお目にかかりたいと、気がせいてしまいました」


 カーン公爵、と呼ばれた太った男は、王様の非難にたいして形ばかりの謝罪もせず、ニヤニヤと笑いながら答えた。


「それよりも陛下。体調が優れないようですな。おい、だれぞ、陛下を寝室へお下げしろ」


「まて、公爵。これは私がやるべき仕事なのだ。ごほっ。ごほっ」


 公爵の声に応えて、壁に控えていた騎士が二人ほど王様に歩み寄り、脇を抱えた。


「離さぬかっ。ごほっ」


 王様は抵抗したが、がたいの良い騎士にはあらがえず、そのまま俺たちから遠ざけられた。


「陛下。陛下は国の宝でございます。この場は私が引き継ぎますので、どうぞご自愛ください」


 王様が去って行くのを見ながら公爵はそう声をかけた。今度は頭を下げながら。それがいっそ慇懃無礼に感じてしまった。

 王様が部屋奥の扉から出て行くのを見届けると、公爵はそこで俺たちの方へ向き直った。


「救世主様方。陛下は体調が優れないので、この先は私が説明いたします。よろしいですかな?」


 退場させた後に、否とはいえない。大友先生も、はあ、と戸惑いながら首肯した。後ろからだと顔が見えにくいが、若干引きつっているようにも見える。


「さて、救世主の皆様。改めまして、私はアルス王国で公爵位をいただいております、ローレン=アダム=ミード=カーンでございます」


  うさんくさい笑みを浮かべながらそう名乗った男。そしてこう続けた。


「王はああ申しましたが、皆様を元の世界へお戻しする方法はございます」


 ざわっ、と空気が変わった。いらだっていた者は目を見開き、泣いていた者は顔を上げた。わらにもすがるような気持ちで皆がカーン公爵を見つめている。大友先生も食いついた。


「本当ですか?」


「はい」


 公爵はいったん言葉を切って、もったいつけるように俺たちを見渡した。そしてゆっくりと弧を描くように口を開いた。


「魔王を討伐なさってください」

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