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37話 風邪

 カイさんが来た翌朝。いつものように目覚めて、身体を起こそうとする。


「うん・・・?」


 どうも身体が重い。そして節々に痛みもある。筋肉痛か?


「はっくしょん!」


 なんか寒いな。窓の外を見る。


「雨か・・・」


 ザーザーと強い雨が降っている。それで気温が下がったのかな。窓も開けっぱなしだったし、寒さを感じるのも仕方ないか。


「はっくしょん!」


 とりあえず、一階に降りよう。


「はっくしょん!」


 どこかぼーとする頭でそう思い、部屋を出て階段を降りる。途中ふらつきそうになりつつも、なんとかリビングに入る。


「おはよーございます」


「おはよう、ユウ」


「おはようございます、ユウさん」


「おは・・・」


 結依がぴたっと動きを止めた。かと思うと、ずんずんと俺の方に歩いてきた。


「ん・・・?結依・・・?」


 思わず後ずさる。がしかし


「動かないで」


 がしっと肩を掴まれた。強い力だ。動けない。

 結依の端正な顔立ちが目の前に。息づかいが胸に当たってこそばゆい。ふわっと香る甘い香り。濡れたような黒髪には、青いシュシュ。俺を見上げる黒い瞳に吸い込まれそう。

 結依は俺の前髪をかき分け、俺のおでこに手を当てる。額に柔らかく、冷たい感触。そのままじっと上目遣いで見つめられる。

 すぐ近くに結依の顔。一歩間違えば顔と顔が触れあいそうなほど。まさかの展開にドキドキする。

 長い眉毛がゆっくり閉じられる。みずみずしい唇がゆっくりと動きーー


「熱ね」


 んぁ?ねつ?なにが?


「ユウさん。風邪ですか?」


「のようです。メイさん。悠を寝かせてきても良いですか?」


 俺が風邪?いやいやまさか。


「はい。ユウさん、ゆっくり寝てください」


「ぇ、ぃや、だいじょぅぶです。ーーっはっくしょん!」


 んむぅ。確かに身体の調子はよくはない。しかし訓練は?昨日褒められてやる気が上がったととこなのに・・・。


「悠。寝なさい」


「そうじゃぞ。無理するでない。どうせ今日は雨で訓練できん」


「・・・」


 そう言えば、雨降ってたか・・・。

 

「ほら、行くわよ」


 結依に背中を押されて、リビングを出る。ゆっくり階段を上り、寝室に入る。

 寝室に入った途端、すぐさま、ベッドに倒れ込む。一度横になったら、もう起き上がれそうになかった。身体が重いし、頭も痛くなってきた。

 ああ、これは完全に風邪ひいたわ。


「着替えなくていい?」


「ん。このままでいい」


 ここまでついてきた結依にそう答える。

 この世界って病院とかあるのかなぁ・・・。もし重い病気だったらどうしよう・・・。医療水準とか絶対日本より低いよな。大丈夫かなぁ。


「ちゃんと布団を掛けなさい。窓も閉めて。暖かくして寝るのよ」


 布団が掛けられる。窓がぴしゃっと閉まる。


「・・・ん」

 

 もう寝よう。そう思い、ベッドで目をつぶる。しかし、不安と不快感で眠れる気がしない。

 しかし、結依は部屋を出て行く気配がない。なぜ?それを聞く気力も無い。目を開くのも、口を開くのも、頭を使うのもおっくうだ。

 あー。頭が痛い。 


「っっぅ・・・」


「大丈夫。すぐ治るわ」


 いつもと違う優しげな雰囲気。そのひと言が、すっと胸に入っていった。ああ。俺は大丈夫なんだな、と。

 すごく安心・・・



「悠?起きなさい」


「・・・ん?」


 いつの間にか寝ていたようだ。結依のひと言で目が覚めた。

 なんで結依が俺の寝室に?・・・ああそうか、風邪ひいたのか、俺。

 窓の外を見る。ほのかに空が赤らんでいる。もう夕方だ。


「はっくしょん!」


「スープ持ってきたんだけど、食べる?」


「・・・たべる」


 そう言って、ゆっくり身体を起こす。身体のだるさは少しマシだ。おなかもすいている。

 壁に背中を預け、ぼーっとベッドに座る。


「はい。口開けなさい」


 口を開けると、冷たい金属のスプーンが唇に触れる。じんわり温かいスープが口に流れてきた。

 ゆっくり飲み下す。じゅっ、とスープが身体に染み渡る。


「はい」


 口を開ける。スープが流れてくる。ゆっくり飲みこむ。

 口を開ける。スープが流れてくる。ゆっくり飲みこむ。 

 口を開ける。スープが流れてくる。ゆっくり飲みこむ。

 口を開ける。スープが流れてくる。ゆっくり飲みこむ。


「全部食べれたわね。おかわりは?」


 ふるふると首を横に振る。


「汗かいたんじゃない?着替える?」


 汗が冷えて冷たい。着替える。

 首を縦に振った。


「じゃ、手を上げなさい」


 手をあげる。結依が身を乗り出し、近づいてきた。

 シャツの裾をつかみ、脱がされた。

 ポンポンと軽くタオルで身体を拭かれ、新しいシャツを着せられる。


「下は自分で着替えなさい。後ろを向いてるから。脱いだ服はこのカゴに入れて」


 カゴをベッドに置き、結依は後ろを向いた。中にはズボンとパンツが入っていた。

 重い身体をのろのろと動かし、なんとかズボンを脱ぎ、パンツを脱ぐ。カゴからパンツを取り出して、ゆっくりと履く、ズボンもふぅふぅ言いながら履く。脱いだパンツをズボンをカゴに入れる。苦戦しながらも、なんとかやり遂げた。


「・・・ぉわった」


 俺はそう言うやいなや、どさっとベッドに倒れ込んだ。着替えで体力を使い、もう動けそうにない。


「じゃあ、ゆっくり寝なさい」


 ベッドを優しくポンポン叩かれながら、ゆっくりと眠りに入った。明日には治ってるといいな。




☆☆☆




 昨日はロッシュさんとメイさんの後輩、カイさんが遊びに来た。といってもずっと悠の指導をしていたから、私とはあまり関わる機会が無かった。いきなり食事に誘われたのには驚いたが、メイさんには挨拶みたいなものだから気にするなと言われた。挨拶で女性を食事に誘うのもどうかと思うが。それにしても私には悠がいるから無理ってどういうことだろう。


「おはよーございます」


 そんなことを考えていると、ちょうど悠が降りてきた。


「おはよう、ユウ」


「おはようございます、ユウさん」


「おは・・・」


 一目見て、様子がおかしいことに気がついた。顔が赤いし、身体もふらついている。どうしたんだ、と思って悠に近づく。


「ん・・・?結依・・・?」


 悠が思わず後ずさる。しかし、


「動かないで」


 がしっと悠の肩んで、逃げられないようにする。

 悠の顔を見つめる。やはり赤い。表情もぼーっとしている。潤んだ瞳。赤らんだ頬。半開きの唇。

 ほのかに汗の香り。くさい。がこれはこれで癖に・・・。いや、何言ってるんだ。

 悠の前髪をかき分ける。涼しげな目元があらわになる。しかし今日は心なしか目尻も下がって、元気がなさそう。おでこに手を当てる。熱い。

 ああ、これは完全にーー


「熱ね」


「ユウさん。風邪ですか?」


 私のひと言に、メイさんも心配そうに聞いてきた。


「のようです。メイさん。悠を寝かせてきても良いですか?」


「はい。ユウさん。ゆっくり寝てください」


「ぇ、ぃや、だいじょぅぶです。ーーっはっくしょん!」


 なぜか大丈夫だと言い張る悠だが、どう見ても大丈夫じゃない。


「悠。寝なさい」


「そうじゃぞ。無理するでない。どうせ今日は雨で訓練できん」


「・・・」


 まさかこいつ、訓練したいのか?馬鹿じゃないの。こんなときぐらい休めば良いのに。

 

「ほら、行くわよ」


 これは強引にでも寝かしつけなければならない。そう思い、私は悠の背中を押して、無理矢理リビングから出す。ふらつく身体を支え、ゆっくり階段を上り、寝室に入る。

 寝室に入った途端、悠はどさっとベッドに倒れ込んだ。そのままピクリとも動かない。


「着替えなくていい?」


「ん。このままでいい」


「ちゃんと布団を掛けなさい。窓も閉めて。暖かくして寝るのよ」


 私は悠の身体に掛け布団をかけ、窓を閉める。


「・・・ん」

 

 そばの椅子に座り、しばらく悠を見つめる。ゆっくりとまぶたを閉じた。

 しかし、つらそうな表情だ。眉間にしわが寄っている。


「っっぅ・・・」


「大丈夫。すぐ治るわ」


 気休めにもならないと思うけど。そう言わずにはいられなかった。

 やがてすうすうと規則正しい寝息が聞こえた。

 そっとそばによって、寝顔を見る。


「まったく・・・」


 さっきとは違って、あどけない、安らかな寝顔だった。からかってくるときのいたずらっ子のような笑顔でも、からかわれて怒った表情でも、真剣に訓練をしているときも真面目な顔でもない。


「こっちは心配してあげてんのに・・・」


 やはり無理矢理でもフルーツを食べさせないといけない。

 せめてもの意趣返しに、鼻をつんとついてから悠の部屋を出た。



「どうじゃった?ユウは?」


「寝ました」


 リビングに戻ると、ロッシュさんに尋ねられた。私は簡潔に答え、椅子に座る。


「そう。しばらく寝かせてあげましょう」


「ロッシュさん。メイさん。病院はどこですか?」


「病院?ああ、医者か。貴族はともかく、平民はなかなか医者に診てもらうことはできんのぅ」


「え?」


 医者に診てもらえない?・・・ああ、そうか。ここは日本じゃないんだ。病院に行くなんて、簡単にできるわけじゃないんだ。いかに日本が恵まれているか、痛感した。

 じゃあ悠はどう手当てすればいいんだろう。私の疑問が顔に出ていたのか、ロッシュさんが教えてくれた。


「回復薬を飲んで寝るのが一般的じゃな」


「回復薬?」


「うむ。この前フローラ草を採取したじゃろう?あれを使って作れられるものじゃ」


「ユウさんにもあとでスープに入れて飲んでもらいましょうか」


 そう言って、メイさんはふぅと息を吐いた。


「ユウさんも、慣れないことばかりで疲れたんでしょうね」


「うむ・・・。無理させすぎたかのぅ」


「昨日もカイさんとずっと訓練してましたからね。カイさんは教え甲斐があるって言ってましたけど」


「うむ・・・。なまじ才能があるだけに、わしも楽しくなってついついやり過ぎてしまうんじゃ・・・。とはいえ、もとは普通の子供らしいからのぅ。ユウにはすまんことをしたのぅ」


「ええ。身体を壊しては元も子もないですからね。ということでユイさん。今日はあなたの訓練もお休みです」


「え!?」


 むしろ、今日こそ頑張らないと、と思っていたのに。確実に日本に帰るには、前田より先に魔王を討伐すべきだ。だから少しでも早く強くならないといけない。悠が寝込んでいる今、私が頑張らないといけないのに。


「ユイさん。焦ってはだめですよ」


「そうじゃ。おぬしもユウも頑張りすぎじゃ。むしろ、休むことも訓練。そう思いなさい」


「はい・・・」


「それに、どうせユウさんのことが心配で集中できないでしょう?」


「べ、べつにそんなことはありません!」


 本当だ。たかが風邪ぐらいで心配するほど過保護じゃない。が、結局、今日は訓練はせずに、ゆっくり過ごすことにした。休むことも訓練だと言われたら、従うしかない。

 とりあえず、メイさんから本を借りた。これも勇者と聖女の物語らしい。でも、劇で見たのとは少し違った。エルフや獣人も仲間として一部出てくるのだ。そう言えば、前にロッシュさんがこの国の貴族の中にはエルフや獣人をよく思わない者も多いって言っていたから、劇では削除されたのだろうか。

 エルフ。長い耳が特徴で、美男美女が多いとされる。主に森に住み、魔力量が多い。4~500年ほどの長命種族でもある。

 獣人。動物の耳や尻尾をもち、身体能力に長けている。

 どちらも地球にはいなかった種族だ。これに人間を加えた3種族が人類と呼ばれる。エルフはフィーリアちゃん、獣人はケインくんとサラちゃん、セナさんが知り合いにいる。彼女たちもアルス王国で苦労しているのだろうか。フィーリアちゃんケインくん、サラちゃんはもちろん、セナさんだって、あま悪い人ではなさそうだし。困っているなら力になりたい。

 そう思いつつ読書をしていると、お昼になった。しかし悠は起きてこなかった。


「ちょっと様子を見てきます」


「はーい」


 昼食を食べ終わると、ロッシュさんとメイさんに断りを入れ、悠の寝室へ向かう。

 扉を開けて、寝顔をのぞき込む。


「うぅ~ん」


 苦しそうな寝顔だ。よっぽど症状がつらいのか、それとも変な夢を見ているのか。


「大丈夫だから」


 頬をなで、そうささやく。

 すると、ふっと表情が和らいだ。


「のんきなもんね」


 しばらくたっても起きなかったので、一度部屋を出てリビングに戻った。



「そろそろ一度起こしましょうか」


 夕方頃になって、そうメイさんが言った。私は掃除を手伝っていた手を止める。


「ちょうど回復役入りのスープができましたし。ユイさん。食べさせてくれますか?」


「・・・分かりました」


 なんで私が、と一瞬思ったが、むしろロッシュさんとメイさんにさせる方がおかしいか。


「あ、それと着替えとタオルも用意したので、もし汗をかいていたら着替えさせてください」


「はい」


 ということで、カゴとスープを持って、悠の部屋へ。

 カゴを床に、スープを机に置いて、ベッドをのぞき込む。まだ寝ていた。

 そっと額に手を当てる。少し温かい。体温計がないから正確には分からないが。朝に比べれば熱は下がっていそうだ。

 起きる気配がないので、そっと身体を揺すりながら


「悠?起きなさい」


「・・・ん?」


 そう声を掛ける。やがてゆっくり目を開けて、悠が目を覚ました。


「はっくしょん!」


「スープ持ってきたんだけど、食べる?」


「・・・たべる」


 悠はそう言って、ゆっくり身体を起こし、壁に背中を預け、ボーとした顔で座った。顔色は多少よくなったが、まだ身体はつらそうだ

 自分で食べるのも難しそう。仕方ない。食べさせるしかないか。

 私はしぶしぶ、本当にしぶしぶ、スプーンでスープをすくい、軽く自分の息で冷ましてから、悠の口元に差し出した。


「はい。口開けなさい」


 悠は小さく口を開いた。そっとスプーンを口に付け、ゆっくりスープを流し込む。

 悠の口がごくりと鳴るのを見届けて、もういちどスープをすくう。


「はい」


 スープを差し出し、悠の口に流し込む。

 スープを差し出し、悠の口に流し込む。

 スープを差し出し、悠の口に流し込む。

 スープを差し出し、悠の口に流し込む。


 飲み込んだ瞬間から口を開け、スープを待つ悠。餌付けをしている気分だ。くすっと笑いながら、スプーンを差し出した。

 やがて皿に入っていたスープがなくなった。


「全部食べれたわね。おかわりは?」


 そう聞くと、悠は首を振っていらないと意思表示をした。


「汗かいたんじゃない?着替える?」


 悠は今度は首を縦に振った。

 しかし、身体を動かすのもつらそうなので、着替えるのも大変そうだ。

 仕方ない。


「じゃ、手を上げなさい」


 そう言って、悠に両手を挙げさせる。

 ベッドに身を乗り出し、悠に近づく。シャツの裾をつかみ、上にまくるようにして脱がせる。途中右手のミサンガに引っかかったが、無事に脱がせることが出来た。

 服を脱がせると、悠の胸板があらわになる。こう見るとやっぱり男の子なんだなって感じる。うっすら筋肉が付いた姿は、努力の証か。

 待て。じろじろ見るなんて変態みたいだ。ブンブンと頭を振って、カゴからタオルを取り出し、軽く悠の汗を拭く。意外と硬い。 

 それが終わると、また手を上げさせて、新しいシャツを着せる。


「下は自分で着替えなさい。後ろを向いてるから。脱いだ服はこのカゴに入れて」


 さすがに下半身の着替えは手伝えないので、後ろを向く。

 シュー。パサ。ゴソゴソ。ぅんっ。パサ。サッサッ。パサ。

 衣擦れとあえぐような息づかいが耳に入る。

 ・・・ものすごく気になる。何してるの?

 いや。落ち着け。悠は身体を引きずりながら一生懸命着替えているんだ。変な意図はない。そう。落ち着け。

 シュッ。んんっ。パサ。

 ・・・お願いだからもう少し静かにして。


「・・・ぉわった」


 その声になぜかほっとした。後ろを振り返ると、悠がどさっとベッドに倒れこんだ。

 疲れ果てて、眠るらしい。

 ・・・まったく、もう。こっちは振り回されっぱなしだっていうのに。


「じゃあ、ゆっくり寝なさい」


 ベッドをポンポン叩く。悠はゆっくりと目を閉じた。

 一階に降りようと、皿と、悠が脱いだ服が入ったカゴを手に持つ。カゴをじっと見る。キョロキョロと周りを見回す。当然だが、誰もいない。寝ている悠だけ。もう一度カゴを見る。その中にそっと顔を近づけて・・・。

 ・・・はっ。何をしようとしたんだ、私は。我に返り、ブンブンと頭を振る。

 深呼吸で息を整えながら、私は一階へ降りていった。


「あら、食べれたんですね。よかった」


 キッチンにいたメイさんにカゴと皿を渡すと、メイさんは空になった皿を見てそう言った。


「ユウさんは着替えましたか?」


 その一言で、先ほどの自分の醜態が思い出された。


「は、はい」


「?どうしました?ユイさん?」


「い、いえ。なんでも」


 慌ててごまかす。幸い、メイさんはそうですか、と言うだけだ。


「あとは寝るだけじゃな。疲れが出ただけなら、明日にでも元気になっとるじゃろう」


 そこでタイミングよく、テーブルを拭いていたロッシュさんがそう言った、


「だと良いですね。さ、私たちも夕食にしましょう」


「て、手伝います」


 ちょうどいい、と配膳の手伝いを申し出る。あの一連の記憶を消そうとテキパキと動いた。


「さて、食べようか」


「はい」


「いただきます」


 今日3度目の3人での食事。どこか物足りない気がした。

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