36話 カイさん
初めて俺が竹刀を使った訓練をした翌日。俺とロッシュさんは朝食を摂りながら今日の方針を話し合っていた。
「今日も竹刀の訓練ですか?」
「ふむ・・・。それもよいが、トレーニングも外せんしのう」
そんな話をしていると、コンコンと玄関のドアがノックされた。
「わしが出よう」
ロッシュさんがそう言って席を立ち、玄関へ出て行った。もぐもぐとパンを食べていると、結依が付け合わせのサラダを残しているのが目に入った。
「結依。ちゃんと野菜も食べろよ」
「食べてるわよ。悠こそ、フルーツも食べなさい。風邪ひいても知らないわよ」
「残念でした。今日はフルーツはありませーん」
「メイさん!明日から毎日フルーツを出してください!」
お前っ!言ってはいけないことを!
「せこいぞ!メイさん!明日から野菜多めで!特に結依の分を!」
「ちょっと!なんてこと言うのよ!」
「こっちの台詞だ!」
「うふふ。賑やかでいいですね」
朝からメイさんに笑われるようなやりとりをしていると、玄関に行ったロッシュさんが戻ってきた。
「喜べユウ。訓練の相手が見つかったぞ」
そう言いながらロッシュさんはリビングに一人の男性を招き入れた。
「お久しぶりっす!メイさん!遊びに来たっす!」
「まあ!カイさん」
その男性はカイさんという名前らしい。歳は30代くらい。長身で鍛え上げられた肉体。茶色の髪を短く刈り上げ、顔はニコニコと人なつっこい笑み。ロッシュさんと、そしてメイさんとも知り合いのようだ。
と、そのカイさんは俺の方を見て、にこっと笑った。
「君がユウくんっすか?俺はカイ=ロラン=ミード=シュタインっていうもんっす!近衛隊平民組に所属してるっす!」
「あ、はい!ユウ=ミード=タカシマです」
「そっちの子も初めまして!カイっす!」
「ユイ=ミード=イチジョウです」
「ユイちゃんっすね!かわいいっすね!この後食事でもそうっすか?」
!いきなりのナンパ。もしかしてこいつ、やべーやつか!?
「え?え?」
「これ、わしの前でナンパするとは良い度胸じゃの」
「おっと。これは失礼したっす。でもロッシュさんが子供を二人預かってるのは聞いてたっすけど、ずいぶんかわいがってるみたいっすね」
「むっ。べ、別にそれほどでもないわい。それにユイにはそこのユウがおるでな。諦めるんじゃな」
「ほうほう。それなら仕方ないっす。俺、略奪愛はしないって決めてるっすから!」
「じゃからユウ。そんな怖い顔をするな」
「え?」
俺が怖い顔?まさか。そんなことした覚えがないし、する理由もない。
「たしかに、こりゃー無理っすね」
「じゃろう?」
なんの話だろう。意味が分からない。
「おほん。話が逸れたの。ユウ。こいつはカイといって、わしの近衛兵時代の後輩じゃ。今日は非番だからと遊びにいたんじゃが、どうせじゃったらこいつに剣の指導をしてもらおうと思ってな」
「さっき玄関で頼まれたっす!君を指導してくれって!」
「あら。いいんじゃないですか、ユウさん。カイさんは近衛隊でも随一の剣の使い手ですから。いいお手本になると思いますよ」
「いやぁ。照れるっす」
いい大人が照れている姿は見たくない。がロッシュさんとメイさんお墨付きの人なら悪い人手はないのだろう。さっきのことはともかく。
「分かりました。お願いします」
「じゃあ早速行くっすよ!」
ということで、カイさんに無理矢理連れられ、庭に出た。
「ロッシュさん。どういう形が良いっすか?」
「まずはユウが攻めるから、カイは攻撃せずに避けてくれ」
「わかったっす!」
「ユウ。昨日と同じじゃ。カイは攻撃せんから、思いっきり攻めろ」
「はい」
「よーし!かかってくるっす!」
そう言ってカイさんは剣を構える。
と、さっきまで朗らかに笑っていた顔が、すっと真面目になった。
ヒシヒシと感じる、圧。
「行きます」
雰囲気に呑まれないよう、すぅ、と深く深呼吸。
呼吸を整える。静かに構え、集中力を極限まで高める。
よし。
あの男に一撃を入れる。そうじゃないと、俺が死ぬ。それくらいの覚悟を持って、集中。
絶対当てる。当てる。
「はぁっっっ」
カイさんに向かって、走る。流れる景色が、カイさんの動きが、やけにゆっくりに見えた。
「はっ」
縦に大きく振りおろす。カイさんは大きく後ろへ飛んで躱した。竹刀が空を切る。
「ふっ」
間髪入れず、突き。払い。突き。
「なかなかやるっすね」
カイさんは危なげなく避ける。その動きが、速い!
もっと。もっと速く!もっと鋭く!
切り上げ!右払い!突き!
今だ!足下!足払い!
「おっと。危ない」
「くっ。はぁっ!」
「よっと」
「せいっ。ふっっ!」
「おっと」
数十手と斬りかかっていくが、まったく当たる気配がない。
「よっ、と」
ひょいひょいと軽い足取りで次々と躱し、大きく距離を取られてしまった。
「はぁ。はぁ」
息が乱れてきた。しかしカイさんは余裕の表情。
「さあ、まだまだ来るっす!」
「はぁっっっ」
極限まで集中し、駆け出す。
シュッ、と音を響かせ突きを繰り出す。
横に切り、斜めに切る。
やはり、身体には当たらない。
!今だ!左肩!袈裟切り!
「おっと」
バシ、と竹刀で防がれた。
「くっ」
素早く竹刀を引いて、もう一度袈裟切り。流れるように剣を回し、横に切る。
「ほいっ」
バシ。カイさんは竹刀で軽々と防ぐ。
なおも何十回と攻撃を仕掛けるが、そのことごとくが避けられ、防がれる。
「はっ」
「よっと」
カイさんが大きく距離を取る。いったん間が空いたところで、カイさんはふっと身体の力を抜いた。
「よーし。いったん休憩するっす」
何十手打ち合っただろうか。
「はぁっ・・・。はぁっ・・・」
それを聞いて、俺はどかっと地面に座り込んだ。体力の限界だった。
「お疲れ様っす。ユウくん」
パチパチと拍手しながらカイさんが歩いてきた。余裕の表情だ。
結局、一度も当たらなかった。どこにどう攻撃しても、うまく避けられ、防がれた。さらに、ロッシュさんより若い分、身体能力も高かった。つまり避ける速度も速く、それもあってなおさら苦戦した。
「カイ。どうじゃった?ユウは」
横で見守っていたロッシュさんがひょこひょこと歩いてきて、カイさんにそう聞いた。
「いやー。びっくりしたっす。すごいっすね!ユウくん!めっちゃ強いっす!」
「え?」
なんと笑顔で褒めてくれた。一点の曇りのない表情。とても嘘をついているとは思えない。てっきりダメ出しをされるかと思っていたので、驚いた。
「確かに剣を振る筋力も、振り続ける体力も、まだまだ未熟っす。でもそれを補って余るぐらい、洗練された動きっすね。俺の死角に入り込んだり、俺の反応しづらい箇所に攻撃を仕掛けたり。狙ってやってるんすか?」
「いえ。そこまで考えてるわけでは・・・。ただがむしゃらに」
「ほぇぇ」
「カイ。こやつはすごいじゃろう」
「はい。すごいっす。近衛隊に採用したいっすね」
「ええ!?」
「ふふっ。気持ちは分かるが、それは無理じゃろうな」
「そうですよ。僕はステータスが低いですから」
「そんなもん、これから鍛えればよいと言っておるじゃろ。そうじゃなくて、おぬしは城に居づらくなったからここに来たのに、近衛隊に入れるわけ無いじゃろ、ということじゃ。資質だけなら間違いないわい」
「ロッシュさん・・・」
カイさんも、ロッシュさんも、俺を評価してくれたのがうれしかった。特にロッシュさんは前から俺を褒めてくれるが、今日会ったばかりのカイさんも褒めてくれた。いつもとは違う人が褒めてくれるというのも、なかなかうれしいことだ。これを励みに訓練も頑張れそうだ。
「そうっすよ!貴族達はやたらとステータスを重視するっすけど、それが全てじゃないっすから!あんなもん、鍛えたら誰だって上がるもんっすから!」
「カイさん・・・」
俺は前田の異常なステータスを知ってるから、それはいささか乱暴な意見だと思うが。あのレベルまでは、普通に鍛えただけではそう簡単にはたどり着けないだろう。でもステータスが絶対じゃないと改めて思わせてくれた。頑張れば上がる。そうだ。じゃあ頑張ろう。
「じゃ、もういっちょやるっすか!」
「はい!」
いつにも増して、今日は訓練を頑張った。俺が攻めるだけの訓練もあれば、カイさんが攻めて俺が避ける訓練。さらに素振りを見てアドバイスをくれるなど。いろいろ教えてくれた。
「やっぱ、ユウくんには才能があるっす!」
カイさんには、日が暮れるまで一日中指導をしてもらった。時折このように褒めながら俺のやる気を引き出し、俺もそれにつられてがむしゃらに剣を振った。
やがて夕方になり、そろそろカイさんが帰る時間になった。
「じゃ、俺はそろそろ帰るっす」
「もう帰るのか?夕食は食べいかんのか?」
「あーー。そうしたいのは山々っすけど、明日早番なんで。今日は早めに帰るっす」
「そうか。今日はすまんの」
「いえいえ。俺も楽しかったっす。じゃ、ユウくん。これからも頑張るっすよ!」
「はい!今日はありがとうございました!」
最初はただの軽薄な男かと思ったが、話してみると真面目で優しい人だった。もう結依にちょっかいは掛けなさそうだし、そこも安心して良いだろう。もちろん剣の腕は抜群で、教えるのも上手かった。分かりやすいし、褒めてくれるから、やる気も出る。明日も頑張ろうって思える。
「ユイちゃんを泣かせちゃだめっすよ?」
こうやって訳が分からないからかいをしててくるのが玉に瑕だが。
メイさんに挨拶だけして、カイさんは帰っていった。
カイさんが帰ったのを見届けたあと、急にどっと疲れが出てきた。へとへとだ。身体も痛むし、重い。
「では、わしらも戻ろうか」
「はい。っはっくしょん!」
疲れた。夕飯を食べたらすぐ寝よう。




