35話 ロッシュさんとの訓練
孤児院に行った翌日は朝から訓練。なんと、竹刀を使って、ロッシュさんに一撃を入れるという訓練だ。これまで実践的な訓練はロッシュさんの攻撃を避けるだけだったので、少し緊張する。
ベイル家の庭に俺とロッシュさん。革の防具と竹刀を持って向かい合っている。
「わしはおぬしを攻撃せん。じゃから思い切って攻めてこい」
「はい!」
俺が一方的にロッシュさんを攻撃するだけ。相手が攻撃をしてこないと分かっているから、思い切って竹刀を振ることが出来る。そんな条件だから、まあちょっとぐらい当たるだろう。
軽く深呼吸だけして、静かに竹刀を構える。
「はっっ」
駆け出す。ロッシュさんに迫る。そして竹刀を振り下ろす。
「おっと」
ロッシュさんは後ろに下がってなんなく俺の竹刀を躱した。これは当たらなかった。まあしかし一撃目だ。仕方ない。そのうち当たるだろう。
「はっ。はっ」
「ほれっ。よいしょっと」
そう思いつつ、ブンブン、とロッシュさんめがけて竹刀を振るう。しかしことごとく躱されてしまう。
「くそっ」
「ほれっ。もっとわしを見んか」
ブンブン。数手、数十手。振れども振れどもロッシュさんには当たらない。
段々焦りが出てきた。なぜ当たらない。こんなに振っているのに。
「せいっ」
ブン。横薙いだ竹刀をロッシュさんは大きく後ろに下がって避けた。
「ほっほっほ。まだまだじゃのう」
「はぁっ。はぁっ。はいっ。ぜんぜん、あたらないです・・・」
結局ただの一度も当たらず、俺の体力の限界が先に来てしまった。
「どれ。少し休憩するかの」
「はぁっ。はいっ」
そう返事して、俺は庭にどかりと座り込んだ。疲労感がすさまじい。
「どうじゃ。難しいじゃろう」
「はい・・・」
「わしも剣で飯を食ってきたからの。単に剣を振り回してるだけでは当たらん」
そう言ってロッシュさんは、はっはっはと笑った。
「どうやったら当たるんですか?」
「わしはの。常に考えながら剣を振っておる」
「考えながら、ですか?」
聞き返すと、ロッシュさんは詳しく説明してくれた。
「相手の姿勢、身体のバランスを見ての。例えば、相手の身体は次どこに動きやすいか、動きにくいか。相手が動きやすいところに剣を振れば、相手は吸い寄せられるように剣に当たる。相手が動きにくいところに剣を振れば、逆に動きやすい方に逃げられる」
「はぁ・・・」
よく理解出来なかったので、中途半端な返事になってしまった。次にどこへ動きやすいか。そんなこと、見て分かるのだろうか。
「仮に、右足一本で後ろに飛んで、左足で着地したとしよう」
ロッシュさんは実際に立って、実演して見せてくれた。右足で地面を蹴り、後ろに飛んで、左足一本で着地する。
「今、わしは左足一本で着地した。この後、わしはさらに自分の左に飛ぶのは、実は難しい。右に飛ぶ方が楽なんじゃ。おぬしもやってみい」
「分かりました」
ロッシュさんに言われて、地面から身体を起こす。まず右足で地面を蹴って、後ろへ飛ぶ。そして左足で着地。そして次の行動。
まずそのまま左へ飛んでみようとするが、
「おっと」
左足で左に飛ぶと、身体を入れ替えて右足を着地させるか、そのまま左足で着地させるか。いずれも窮屈な動きになってしまう。
もう一度、初めから。右足で後ろに飛んで、左足で着地。その左足で自分の右に飛んで、右足で着地。これは窮屈さがなく、自然に身体を動かすことが出来た。
「ほんとだ。こっちの方がスムーズです」
「うむ。じゃから、わしはおぬしの右側を狙う。自然に動けば吸い寄せられるように剣が当たるし、左にさらに避けるのは難しいからの」
「なるほど・・・」
相手が次どこに動きやすいか。予測するとはこういうことか。すごく理論的だ。相手の嫌がることをしていき、追い詰める。なんだかまるで詰め将棋のようだと感じた。
「よし。ではもう一度やってみるか」
「はい」
離れて、向かい合い、構える。
よし。ロッシュさんの動きをよく観察して。考えて、振ってみよう。
「はっ」
まず、大きく縦に振る。ロッシュさんは左足で地面を蹴って、後ろに右足で着地。
えっと、だから・・・次は左に動きやすいから・・・。俺から見て・・・。
「ひょいひょいっとな」
「あっ」
考えている隙に、ロッシュさんがぴょんぴょんと大きく後ろへ下がってしまった。
「くっ」
もう一度だ。ダッと駆け出し、ロッシュさんに迫る。
「せいっ」
今度は、突きでロッシュさんを攻撃。それをロッシュさんは右足で地面を蹴り、思いっきり右に飛んだ。
「むっ」
左足で着地した。
えっと、次にロッシュさんが動きやすい方向は・・・。左足で着地したから・・・。
「ほれほれっ」
「あっ」
またも考えている隙に、軽い足取りで後ろへ飛んで行ってしまった。
「う~ん」
思うとおりにいかなかった。考えている間に逃げられてしまった。
「よし。一度中断じゃ」
「難しいです」
「そりゃそじゃろ」
考えている間に相手が次の行動をしてしまう。それでは結局意味が無い。瞬時に判断することが大事なのだ。そう思っても、実行するのは難しい。どうしたもんかと考えていると、
「そうじゃ。一度、何も考えず攻撃してくるといい」
「え?何も考えず、ですか?」
俺の口から驚いた声が漏れた。先ほどとは真逆の方針だからだ。
「うむ。しかし、やたらめったら振り回すのではないぞ。わしの剣を避ける訓練の時のように、或いは模擬戦の時のように。極限まで集中して、身体の動くまま、本能の命ずるまま。そういうつもりで振ってみい」
「うーん。最初も特に考えないで振ってたんですけど・・・」
「あれは適当に振り回してただけじゃろう。当たれば良いな、という漫然とした気持ちでな」
「う・・・」
そう言われたら反論できない。いつか当たるだろうと軽い気持ちでいた部分は確かにあった。ロッシュさんが反撃してこないから、そういう思いが芽生えてしまった。模擬戦の時ほど集中していたかと言われると、うんとは言えない。
「そうじゃのう・・・。わしに攻撃を当てねばおぬしが死ぬ。それくらいの危機感と集中力を持ってやってみなさい」
「はい・・・」
ロッシュさんに攻撃を当てないと、俺が死ぬ。
それぐらいの覚悟と集中力と緊張感を持って。
絶対に当てる。絶対に。
深く息を吸って、吐く。
集中だ。絶対に当てる。当てる。
「はぁっっ!」
考えるな。身体を動かせ。雑念を捨てろ。
駆け出す。周りの景色がゆっくり流れていく。
横!縦!
ブンブンと音を立てて竹刀が振られる。しかし虚しく空を切るだけ。
突き!切り上げ!
右払い!左払い!
突き!
「むっ」
俺の視界で、ロッシュさんがやや足下のバランスを崩したのが見えた。
今だ!
本能に従って、思い切り竹刀を上からたたきつける。
ミシっと音がした。
手に衝撃。
俺の竹刀が、ロッシュさんの竹刀にぶつかった。
と思ったら、俺の竹刀が弾き飛ばされた。
俺の竹刀が手から吹っ飛び、ぱさっと音を立てて地面に転がった。
俺は驚いて、それをなした犯人を見つめる。
「ロ、ロッシュさん!竹刀で防ぐんですか!?」
ロッシュさんが自分の竹刀で俺の攻撃を防ぎ、そのまま俺の竹刀を弾き飛ばしたのだ。てっきりロッシュさんは逃げ回るだけだと思っていたので、竹刀で俺の攻撃を防ぎ、なおかつ俺の竹刀を弾き飛ばしたことに驚いた。
「むむ。こ、攻撃せんとは言ったが、竹刀を使わんとは言っておらん!」
「た、たしかに・・・?」
攻撃しないと言っただけ。それはそうか。俺が勝手に避けるだけと勘違いしていたのか。でも、竹刀を弾き飛ばしたことは攻撃ではない・・・のか・・・?まあ流れの中でそうなったから仕方ない、と言えばそれまでだが。
「ふむ・・・。おぬしはあれこれ考えるより、何も考えず身体を動かす方が向いてるのかもしれんな」
「えぇ・・・?」
それじゃ、まるで俺が考えるのが苦手な脳筋みたいになるじゃないか。それは断固として反対だ。
しかし無情にもロッシュさんは竹刀を拾い直すよう指示して、再開を告げた。
「よし、今の感じで、もう一度こい!」
「っ!分かりましたよっ!行きますっ!」
その後、同じような感じで、深く集中して、ロッシュさんに挑んでいった。ロッシュさんは遠慮無く竹刀を使って防いできた。そうされると、避けるだけだったときと比べ、余計に難易度が上がる気がする。なんせ、竹刀に当たると俺のバランスも崩れるのだ。
「さあもっと!」
「はいっ」
「ほれっ」
「あっ」
斬りかかったら、竹刀で軽く合わされ、するっと受け流される。勢いを殺しきれず、前につんのめってしまう。
そんなこんなで、今日はこの訓練を、昼食を挟んで一日中行った。
「はぁっはぁっ。全然当たらなかったです・・・」
「まだまだわしも衰えておらんじゃろ」
結局、ロッシュさんの身体に当てることは出来なかった。ひらりと躱され、竹刀で防がれ受け流され、ということの繰り返しだった。
「やはり、おぬしは余計なことは考えない方がいい。頭で考えるのではない。本能で考えるのじゃ」
「はいっ・・・」
ロッシュさんはそうアドバイスしてくれるが、自分ではよく分からない。何だ本能で考えるって。
「ただ、漫然と剣を振り回すのではないぞ。集中して集中して、生存本能と闘争本能を極限まで高めた上で、暴れ回る。その時、おぬしは最も強くなる」
でも一日やってみて、考えて振るより本能的に動く方が向いている気がした。ロッシュさんが竹刀を突き出したのも、精一杯集中して竹刀を振るようにしてからだし。あれは俺のレベルが上がったからなんだろうか。そうだとしたらうれしいが。
頭で考えていたんじゃ、相手に逃げられる。そういうやりかたは向いてない。それはロッシュさんとの手合わせで分かった。
だとしたら俺は結局何も考えず身体が動くままに任せればいいのだろうか。それもそれで怖いが。だってこの本能的な動きにはなんの根拠もない訳だから。結局当たらなかったし。
「あとは経験じゃ。勘を磨け。そうすれば、もっと動きはよくなるはずじゃ」
「分かりました。頑張ります」
でも当たらなかったことに関して、一つだけ言い訳すると、最後の方は体力が無くなって動きが鈍くなってしまったのだ。
そう言うと、ロッシュさんの目がきらっと光った。
「では、筋トレも増やさんといかんの」
「あ・・・」
言い訳はやぶ蛇だったか。
そんなこんなで、今日の訓練は終わった。




